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セブンスターズの印刻使い  作者: 白河黒船/涼暮皐
第七章 セブンスターズの印刻使い
303/308

7-05『決斗』

 大階段を上がってさらに奥へ進む。

 その先は長い通路だった。

 幾本もの柱が林立し、その中央には通る者を誘う豪奢な絨毯。

 普通の建物なら数階分はあろう高い天井さえ、あるいは中で戦うことを考慮に入れた造りなのかとわずかに疑ってしまう。


「王城っていうよりはやっぱ、魔王城って趣きだよな……」


 一番目の居城でさえなかったら、諸手を挙げてセンスを褒めたくなるところだが。

 ラスボスがわざわざラスボスらしくしているのは、さすがに皮肉の類いとして受け取りたくなる。


「大丈夫かな、アイリス」


 前を行くシャルが小さく言った。

 それに答えて、


「……大丈夫だろ。ほら、教授みたいなおっさんが幼女をアレとか外聞悪いし」

「あの人、外聞とか気にする人じゃないでしょ……」

「悪く言われても気にしないだけで、基本的には社会性あるよ。むしろ教授がいちばん」

「それいちばんタチ悪いだけなんですけど」


 それはそう。実際、教授の相手をアイリスにするのはある意味で賭けではあった。

 ただ《魔術師》として勝負する際、やはり教授に対し安定するのは《魔術師》には難しい。

 レヴィやフェオのような武器持ちの近接で勝負できる人間はまだしも、特にシャルのような純魔術師タイプには、単純に格上となる教授の相手は厳しい。

 基本、一点特化型が多い――つったって全員、基礎レベル自体が高いが――旅団の中でも例外的に、教授はあらゆるステータスが軒並み全部高い、というようなタイプだ。どっちかっていうと例外はほかの連中だろうが、ともあれこういう相手は、紛れが発生しづらい。

 それなら土俵そのものを覆す、アイリスのようなタイプが最も勝算があると踏んだのだが……賭けであることは事実か。


「まあ究極、勝たなくても時間さえ稼げればいいんだけどな」


 自分で言っておきながら、そういう展開にはならなそうだと自分で思う。

 誰も彼も我を通すためにここにいる。

 ウェリウスは本気でシグに挑むつもりだったし、アイリスもなんだかんだ王都に行っていた周りで面倒を見てくれた教授には、かなり懐いている様子だった。本気の戦いになるということは、その結果も全て委ねるということになる。


 まあ一番目というより、この状況を構築したのはおそらく《月輪》の執念だったのだろうが。

 あの男は、どちらでもいい――で、どうせ全てを済ませている。


「……この先は、塔みたいね」


 通路を行くレヴィが前を見て言った。

 やはり教授の言っていた通り最上層で待ち構えているのだろう。

 ――となれば。


「出てくるならこの辺りか、ね。いるんだろ?」

「――……」


 呼びかけに、素直に応じるように――と言っていいのか、どうか。

 ともあれ、奥から姿を現す人影は確かにあった。

 それもふたつ。


「はあ……私これ結構、複雑な心境なんだけどなあ。一応ほら教師だし、教え子に拳を向けるのかなり引け目あるし……」


 そのうちの片方が、言葉の通り複雑な面持ちで頭を抱える。

 ……いやまあ冷静に考えれば、敵に操られて足止めをさせられるとか普通こういうリアクションだよな。

 教授はなんか可能な限り歯向かっているが基本的にはあっさり受け入れているし、シグに至ってはたぶん『あいつらなら大丈夫だろたぶん』くらいの勢いで先制攻撃してきやがった。よく考えたら先制攻撃はしなくてよかったんじゃないですか、シグさん。


 ああいや、本来ならそれくらいの支配はあったということだろうか。

 その辺りは教授が上手く調整したのだろう。

 魔術云々というより、おそらく考え方で運命支配をある程度まで操作している。

 たぶん「命じられたのは足止めなんだからとりあえずひとり止めておけば運命には逆らってない」くらいの思考法だろう。そういうの一瞬で見抜くのは教授のお手の物だし。


「どーも、セルエ先生」


 苦々しげな顔で立ち塞がる彼女に、レヴィが優雅に声をかけた。

 それで察したように、彼女――セルエ=マテノはわずかに目を細めて。


「ん、そう……私の相手はレヴィさんか」

「ご不満ですか?」


 剣を――鍵刃を抜き放ち、けれど小首を傾げてレヴィが問う。

 一方のセルエは、やはり気乗りはしないといった表情で頷いて答えた。


「ご満足だったらおかしいでしょ……」

「あはは。かもしれませんけど、それではつれません」

「……私が言うのもなんなんだけど、なんだろ。もう少し『操られてる先生に刃を向けるなんて』的なテンションにならない?」

「なりませんよ」

「そうあるべきなんだけど、なんでだろ……教師として少し落ち込む……。私こんなんばっか……」

「そんなテンションで勝てる相手じゃないでしょう、セルエ先生は。それより――」


 ふと思いついたという風に、レヴィは言った。

 彼女に特有の、例の直感だったのかもしれない。


「先生。……もしかして、ほかの皆さんより支配が薄いんですか?」

「まあねー。効いたまま抗う(ヽヽヽヽヽヽヽ)なんて荒業は教授にしかできないけど、私にはそもそも効きが薄いの」

「それは……」

「私だけは持ってる運命が(ヽヽヽヽヽヽヽ)ひとつじゃない(ヽヽヽヽヽヽヽ)から、かな。私だけだね。それでも戦うとなったら手加減はほとんどできないと思ってもらわないと。なんとかギリギリ、上手いこと運べば殺さずに決着できるかもってくらい」

「つまり、――ほかは」

「……言いたくないけど負けたら殺される。私たちは魂を寄せられる形でこっちに来てるけど、肉体ごと転移してきてるみんなは本当に死んじゃうから……できれば、時間を稼ぐような戦い方にしてほしいな」

「…………」

「みんなに死んでほしくはないし、私の仲間にみんなを殺してもほしくないからね」


 それは、単に一番目のものの考え方なのだろう。

 俺たちを殺そうとは思っていない。戦いとはそういうものだと普通に認識しているだけ。

 だから普通に抜け道があり、どちらを選んでもいいという程度の思考しかない。


「――ふぅ。悪いわね、なんか私だけ割と安全みたい」


 そんな話を聞いて、レヴィはこちらを振り返ると気楽にそう言った。

 それに、俺たちは軽く答える。


「まあ、それなら運がいいんじゃないか」

「別に戦い自体が楽になるってわけでもないしね。まあ、私も私の相手でたぶん、手いっぱいだし――」


 受けて答えたシャルが、もうひとり――その場にいる少女に視線を投げる。

 そちらの少女は、さきほどから何も語らなかった。ただ不満げに視線を落として黙り込んでいる。

 ――そんな彼女にシャルは言った。


「何を不貞腐れてんの?」

「……あ……?」

「アンタの相手は私なんだけど、そんな様子だと簡単に勝てちゃうかも」

「……舐めてんの?」

「どう思うの」

「っ……」


 ふっと視線を逸らす少女――メロ。

 なんだか意外だ。あまりこの状況に狼狽えるタイプだとは思わなかったのだが――と。

 そんな俺に、なぜか周囲の全ての視線が突き刺さった。メロ以外の。


「え。……え? ナニコレ」


 狼狽える俺に、シャルが死ぬほど呆れたという表情になって。


「ナニコレ――じゃないから、バカ。さっさと行け」

「えっ?」

「アスタくんデリカシーなさすぎです死んだらどうですか」

「ピトスさん?」

「行くよ、ほら時間もったいない。ばか」

「フェオ? あの……」


 なぜか周囲から恐ろしく責められてしまう。え、なんで? どういうこと?


「ごめんなさい、ウチの馬鹿が……」

「いいんですよセルエ先生。私もここはどうしても矯正しきれなくて」


 セルエとレヴィまでやれやれと首を振っていた。

 なんなんだよ。さっきまでもうちょっと悲壮感あるやり取りしてたろ、お前ら。


 釈然としない気分になる。

 せめて助けでも求めてみようと、唯一何も言ってこないメロに目を向けてみれば――


「――あああああ、もうっ! いいからさっさと行け、大バカアスタッ!!」

「何ギレ!?」

「うっさい消えろバカ!」


 なんでこんなことを言われなくちゃいけないんだろう……。

 ……とはいえ、先を急ぐことは事実だ。

 かなりお呼びではないらしいし、レヴィとシャルを残して先へ進むとしよう。


「……わーったよ。んじゃ、俺らは先へ進むぜ」


 レヴィが頷く。


「ま、余裕があったら追いかけるから。あんたも気張んなさいよ」


 シャルが答える。


「簡単に負けたら承知しないからね、おにーちゃん?」


 言葉は、それで充分だった。

 小さく息をつき、それから待ち構えるセルエとメロの合間を縫って先へ進む。

 こちらを一切見てこないメロと、普通にひらひらと手を振るセルエ。

 これもおかしな状況だよなと思いながら、ふたりを残して俺たちは通路を駆け抜けていった。



     ※



 場所を移そうか、と――レヴィとセルエは、メロやシャルと離れた場所へ移っていた。

 それができること自体が、セルエに対し運命支配の効力が弱い証左だろう。


 日向の狼藉者――。

 あるいは日輪を喰らう狼たり得たかもしれない女性。

 その運命が潰えた今もなお、特性そのものは残っているというコトだ。


「……さて、やりますか、先生」


 ずいぶんと気楽な様子でレヴィは語る。

 セルエは微苦笑。あるいは自分に対する気遣いなのだろう、と自覚しながら。


「始まったら手は抜けないけど……負けそうになったら、手を抜いてくれたほうが加減が効くかも」

「……ああ。だとすると難しいかもですね。死ぬ気はありませんが、やっぱり勝ちたいので」

「レヴィさん……」

「ほら。覚えてますか、魔競祭。私が優勝して、エキシビジョンとしてセルエ先生と戦って」

「……うん。もちろん覚えているけど」


 懐かしむようにレヴィは目を細める。そして続けた。


「あのときは、まったく勝ち目がありませんでした。いえ――思えば私の優勝だって、別に実力なんかじゃなかった」

「……………………」


 セルエは否定しなかった。そんな言葉に意味はないだろう。

 ルールありきのトーナメント戦だ。組み合わせの妙だってあるし、別に実力順で勝負は決しない。

 それでも、納得は論理とは別の場所に存在する。


「だから、戦うならセルエ先生がいいと思ってました。――リベンジができる」


 そう言ってレヴィは笑う。

 今は違う。もう、かつての囚われていた自分じゃない。

 アスタに持ちかけてまで魔競祭の優勝を欲しがった理由は、それがガードナーの名に必要だと思ったから。

 勝ちたかったわけじゃなかった。

 優勝という肩書を欲しただけだった。


 そうだ、――今は違う。


「あのときから凍りついてた決勝戦。もう一度ここで、挑ませてください」


 肩書きが欲しいわけじゃない。

 まるで勝てるはずもなかった――強い先生に、ここで勝ちたい。

 ただそれだけの動機なのだと少女は笑って語っていた。


「……参ったな。どうして、手が抜けなくなっちゃうようなコト言うんだろう」


 だからセルエは呆れたように首を振った。

 でも慣れている。そういう風にいつも振り回されていたんだし。


「いいじゃないですか。どうせ肝心な勝敗はアスタです。あいつが勝てば全部解決で、あいつが負けたら全部終わり。私たちの戦いなんて、それこそエキシビジョンみたいなものなんですから」

「……開き直ったよね本当。いい傾向だけど。私、教師やっててよかったかも」


 くっ、とセルエはつけていた手袋を嵌め直す。

 そして構えを取った。

 たったそれだけで膨れ上がる威圧感を、レヴィは心地よく肌に感じる。


 彼我の視界に、お互いだけを見据える死線。


「胸をお借りしますとは、もう言いませんよ」

「戦いの相手に貸す胸はないよ。心臓は守る場所だから」


 そこは舞台ではない。

 観客はない。勝者にはなんの栄誉もなく、勝敗は運命を左右しない。

 それでも、なんら構わなかった。


 ――私はただ勝つために、この刃を振るうのだから。



     ※

 


「――よかったね。行ったよ、アスタ」


 先へ進む三人の姿が消え、レヴィとセルエも移動したところで、シャルはメロに向けてそう言葉を投げた。

 じとっとした表情で、目を上げてメロはシャルを睨む。


「さっきから、なんなん? 知った風な口ばっか利くけど」

「だって気まずかったんでしょ? 別れ際は素直だったみたいだし?」

「――――、喧嘩売ってる?」


 空気が、わずかに歪む。裏側の空間であるがゆえ、魔力の影響を受けやすいからだ。

 それにしたって、たったひとりの人間が起こす事象として破格なのは事実。


 それこそが《天災》メロ=メテオヴェルヌの持つ才覚。

 一個の人間でありながら、自然災害にさえたとえられる暴虐の魔術師。

 それを、シャルは笑いながら見据えて言った。


「売ってるけど」

「……へえ。これでも事情が事情だし、できる限り手加減してやろうかなとか思ってたのに」

「どうせできないでしょ。なんだっていいよ、あんたには勝つから」

「――――、さっきから」

「《創炎ブレイズ》」

「くっ――!?」


 端的な詠唱。会話中の不意打ちとして放たれた火炎を、メロは咄嗟に防御した。


「この……っ! 不意打ちとか、やってくれる……!」

「別に正々堂々やろうなんて言ってないけど。いいよ? だったら正々堂々、やろうか」

「どの口で――」

「これは返しておかないと。初めて会ったときの恨み、私のほうは忘れてないし?」

「――――――――」


 シャルが言っているのはかつてのこと。

 タラス迷宮へ行く依頼を受け、けれど隠れていたシャルに、メロが火炎を放ったのだ。

 いや。より正確には、それはシャルを狙った攻撃ですらなかったのだが――。


「……悪いけど別に覚えてないから。あんたのことなんか」


 メロは言った。それが事実か事実でないのかは、彼女当人にしかわからない。

 ただ、シャルは狼狽えなかった。あのときの自分が彼女の眼中になかったことは事実なのだろうし。

 それでも、


「じゃあ今の炎で思い出さない? 一応、あのときのと同じ(ヽヽヽヽヽヽヽヽ)だけど」

「……、こいつ……」


 そう――その炎がただの元素魔術ではない、メロの創作オリジナルであることには気がつかないはずもない。

 学ぶことなく独自の術式を創作する、それが天災/天才であるメロの才能だ。

 シャルにそんな才能はない。

 けれど彼女には、あらゆる魔術を習得できるという才能がある。


「……そこまで挑発して、知らないから、死んでも」


 天災メロは――きっとそこで初めて、シャルロット=クリスファウストを敵として認識した。

 そして、それこそが相対するシャルの望みであった。


「死なないよ。いいから、迷いなく全力で来なって――全部受け止めてあげるから」

「……いいんだ?」

「そのほうがそっちもスッキリするでしょ。スッキリして、スッキリ負けて――私の存在なまえを覚えて帰れ」

「…………」

「もう二度と――眼中にないなんて思わせるか」


 片や生まれついての天災。

 片や創り上げられた才能。

 その在り方から真っ向反するふたりの少女は、真正面から相手を見据えた。


「自己紹介はいらないよね?」


 緋髪の少女は言った。

 いつかも語ったその言葉を。


「いいや、今日は名乗らせてあげる」


 銀黒の長髪を少女が流す。

 いつかと異なる、不敵な言葉を。


 合わないな、とお互いに思った。

 そのほうがいいか、とお互いに笑う。


 なぜなら。




「メロ=メテオヴェルヌ。そっちの名前、聞いてあげてもいいけど」

「シャルロット=クリスファウスト。――二度と忘れるなよ、天災」




 目の前の女は、これから叩き潰す敵だからだ。








     ※



 最終連戦第三関門。

 決勝戦。


 レヴィ=ガードナーvsセルエ=マテノ。


 及び、


 最終連戦第四関門。

 自己紹介。


 シャルロット=クリスファウストvsメロ=メテオヴェルヌ。

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[一言] メロが生きててよかった……
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