6-32『君に、誉れを』
なにせ私は、非常に恵まれた人生を歩んできた。
――ガードナー家の最高傑作。
その言葉に相応しいだけの待遇を貰ってきた私は、だから当然、報いるだけの存在であらなければならない。
たとえ生涯を、このオーステリアというひとつの街だけで過ごすことになろうとも。
そんなことは当然の義務なのだから。
私に不満はなかったし、それを求められる自分であることを誇りに思っていた。
それは、絶対に嘘じゃない。
私は求められることをこなしてきたと思う。
ガードナーの、防人の一族として恥じることのない力を身に着けて、生涯をこの街に捧げ、守り通す。
私の為すべき唯一がそれだ。
そうして、やがては優秀な血筋をガードナーに引き入れ、次代を担う子を遺す。
今は学園長を務めている祖母だって、その遥か祖先に遡るまで――ガードナーの人間はそうやって生きてきた。
例外は体面上、追放を受けてしまった母くらいのもので、私はそういうふうには生きられないだろうことを知っている。
けれど。
けれどもだ。
――それは本質的には、何もするなと言われているに等しかったのだ。
だってそうだろう?
王国は安定期に入っており、貴族制も事実上の解体を受けている。外政こそ未だに不安定ではあるものの、近隣の国では最大の国力を誇っており、オーステリアの守護者たるガードナーが戦争に駆り出されるような事態はまず起こり得ない。
現代において、ガードナーにはもはや役割がないのだ。
この街を守ることこそガードナーの使命。
それはいい。
だが、では果たして私は、いったい何からオーステリアを守ればいいというのだろう。
この街を脅かす外敵など存在しない。
もし迷宮に異変が起きようと、管理局と冒険者たちの戦力でどうとでもなる。
私は私自身が培った、街を守るための力を、最高傑作と評される能力を――おそらくは生涯発揮することなく死ぬ。
自分自身が不自由であるなどとは、口が裂けても言えないだろう。
事実、私の使命は生涯をこの街で暮らすことと、優秀な子孫を遺すことくらいのもの。
それだって、たまに旅行に出るくらいならなんの問題もなく許される程度だし、結婚相手だって魔術師として優れていることこそ求められるだろうが、認められない相手との婚姻を強制されるようなことはないだろう。
たとえば事実上、教員として街に縛りつけられ、自由にオーステリアを出ることもままならないセルエ先生や、なんらかの理由で望まぬ結婚を強いられるどこぞの息女などより遥かに恵まれている。
それだけで、私はガードナーとしての責務を過不足なく果たせてしまう。
果たすことができてしまうのだ。
けれど。
それはあくまでも、ガードナーとしての役割に過ぎなかった。
では、私は?
ガードナーとしてではなく、個人としてのレヴィ=ガードナーは?
いったい、この世界に何を遺せるというのだろう。
何を――印し、刻みつけることができるというのだろうか。
私にはわからなかった。
※
そうして俺は、ついに迷宮の最下層へと辿り着いた。
ここまで来るに当たり、手に入れたものがあれば失ったものもある。
何かを為そうという以上、それは当然のことだけれど。
「――……」
それらに思いを馳せている暇はない。
俺にはやるべきことがあり、そのためにここに立っている。
残すはひとつ。
自分ひとりが犠牲になって死のうとする共犯者を、再び陽の当たる場所へと引きずり戻すことだけだ。
「――来たのね」
果たして、そこに立つ一刀の少女は、俺の顔を見るとそう言った。
常と変わりない態度。
まるで当たり前とでもいうような振る舞いが、俺にはあまり気に喰わなかった。
「……妙な場所だな」
と、俺は言う。レヴィは笑い、
「私と貴方は来たことがあるはずでしょう。思えば、初めて会ったのはこの場所なんだから」
「――ここは、」
「迷宮の最奥――いえ、それを反転させた《裏側》と呼ぶべきかしら。あのときより何もなくて、静かな場所にはなっていると思うけれど」
確かに、この場所は光の溢れる、広く静かな空間だった。
地球にいた頃の、病院なんかを思わせる。あまりに清潔が過ぎる向きとでも言うべき、何色でもない空間。
それを、ただ四角く切り取っただけのこの場所は――魔術的に言うならば。
「神殿、か」
「魔術用の儀式空間である以上、そう表するのが妥当でしょうね。にしても面白いものよね? この場所を――神の殿堂と呼ぶなんて。なんだかちょっと、皮肉だと思わない?」
「……ガードナーが本当に守っていたものは、この場所だったってコトなんだな」
「そういうことになるんでしょうね。……実のところ、少し安心したわ」
「安心?」
「ええ。ガードナーは決して、時代の流れの中で役割を失っていたわけではないのだから。そうでしょう? むしろ遥かな未来のために、脈々とこの場所を……世界の中心を守り続けてきた」
ゆえに防人。
ゆえの鍵持つ者。
なるほど。
レヴィの一族だけは、ずっと――遥かな未来に、この星が死ぬことを予見していたということだろう。
「だからね」
と、レヴィは言う。
それは、実に彼女らしい、自負と自信に満ち溢れた姿で。
「だからね、アスタ。――私は、嬉しく思ってる」
「この街の……世界のために死ねることが、か?」
「そうじゃない。いや、間違ってはいないのかもしれないけど。そういうことじゃなくて」
「…………」
「私が――ほかの誰でもない、純粋なレヴィ=ガードナーとしての私が、この世に役割を遺して死ねることが」
――泣きたくなるほどに私は嬉しい。
そう、彼女は言った。
それがレヴィ=ガードナーという個人の意思であると。
彼女は言うのだ。
「それを、アスタは知ってるでしょ?」
「……ああ」
「だってそれが、私と貴方の間にある最初の――唯一の契約。共犯関係の、大元」
「…………」
「悪いことをしてみればいい、と。誘ってくれたの、アスタだったじゃない」
「そう、だったかな……どうだろうな」
レヴィの言葉に、そっと俺は上を仰いだ。
見えるのは迷宮の天井だけだ。それ以外の何かがあるわけじゃない。
それでも俺の目に、幻視されるものがあるとするのなら――。
「俺はむしろ、お前に唆されたような気がするけどな」
「責任から逃れようっての? 女の子ひとり、悪の道に誘い込んでおいてそれはないんじゃない?」
「人聞きの悪いことを言うなよ。それはもともと、お前が願ってたことだろう」
「……そうね」
「なんでもいい。なんでもいいから、自分自身が成し遂げたと言える成果をこの世に遺したい――だったな」
「うん」
「そして、俺はその手伝いを可能な限りする――そういう契約だった」
「懐かしいね。今思えば、曖昧な約束もあったものだけど」
「ああ。そのせいでずいぶんと振り回された。本当、体よく使われたもんだよ」
「あはは! かもね、ごめん。ちょっと甘えた」
くつくつとレヴィは笑った。彼女にしては、珍しく尖りのない柔らかな反応だ。
だが、そうだ。確かに、当時を思えば懐かしいという気分になった。
ずいぶんと恣意的に――というか都合よく使われてきたものだ。契約はもっと詰めておくべきだったかもしれない。
「まあ確かに、俺が吹っかけたってのはあるけどな」
「悪の道に、ね?」
「悪、悪と連呼しないでくれる……?」
――この街で一生を過ごすしかない、とレヴィは語った。
それに満足している、不満なんて持ってない、それで構わないとも、確かに言っていた。
けれど。
そんな言葉がある時点で、それは諦めと同義だろう。
だから訊いたのだ。
――それ、お前自身がやりたいことに一回も触れてないだろ、と。
だから言ったのだ。
――やりたいことがあるなら、やったほうがいいぞ、と。
言ってみれば無責任な、他人事のような言葉。
それができればやっているに決まっていた。現にレヴィもそう言っていた。
だから俺は、その言葉の責任を取るべく――何て深く考えいたわけではないけれど――こう言ったのだ。
――だったら、俺が手伝ってやる。
彼女はこの街に留まらなければならなかった。
そういう義務があった。
けれど彼女の望みは、自分自身の力で、魔術師として名を上げたい、成果を上げたい――という、たったそれだけの望みは、街にいるままでは絶対に敵わない。
だから、俺は彼女を悪の道へと誘ったのだ。
やりたいことをやれ。
我を通せ。
それに必要なことがあるのなら、俺が協力してやるから、と。
「まあでも」
レヴィは笑う。
いつか、今ではないもっと昔――きっと初めて会った頃に見たような諦めの笑顔で。
「確かにアスタはもう、責任を負わなくてもよくなった」
「……レヴィ」
「だって、私の望みはこれで叶う。この街を、世界を守って死ぬことができる――もう、アスタに共犯でいてもらう必要は、なくなったってこと」
「…………」
「だから、これで終わり」
レヴィは言う。
笑顔で。
「勝手だけど、――今までどうもありがとう。貴方のお陰で、この一年は……楽しかった」
なにせ、それは《世界を救う》ための人柱である。
成果としてこれ以上はない。個人としての功績を印し刻みたいという彼女の願いは、確かに遂げられる。
だが、
「本気で言ってるのか?」
「冗談で言ってると思うの?」
「それが本当に、お前の望んだ成果なのか? ガードナーとしての役割に殉じてるだけじゃないのか」
「同時に叶えられるようになったってだけでしょ。思ってた以上よ」
「それで死んでもか?」
「魔術師が恐れる概念じゃないでしょ。命を懸けて成し遂げられることがあるなら、それに越したことはない。むしろ上等だと思うけど」
「……確実に死ぬとわかってることだろう。それも、ガードナーであるという理由でだ」
「いいえ。歴代のガードナーにも不可能なことを私はやる。代替はできない。これは、確かに間違いなく、私以外の人間にはできないことでしょう」
世界の裏側を閉じ、星の自己崩壊を防ぐ――。
なるほど、それは確かに、完成形と呼ばれた彼女にしかできないことなのだろう。
少なくとも歴代のガードナーでそれが可能なのはレヴィだけだし、代替品であったシャルでは安定性に著しく欠ける。
鍵刃はあくまでガードナーの術式。いかに全ての魔術に適性を持つシャルだろうと、本物より劣るのは自明の理。
ならば万全を期す場合、それはレヴィが行うべきことなのだろう。
「あいつらは――教団は」
「ええ。きっと私が成功するとは思っていない。いえ、成功させても、それは崩壊を留めるだけで、完全に無効にできるとは思われていない」
「――そして、それでも問題ないと思われている」
「でしょうね」
世界の崩壊を防ぐことは、誰にとっても《絶対》だ。
そのはずだった。
だが教団は――《日輪》の考えは違う。
奴は、そうなったらそれでもいいと考えている。
それが《運命》の魔法使いたる思考なのか。違うだろう。
――全人類の魔人化。
その反則とも言うべき切り札がある以上は。
奴は最悪、世界が滅んでも構わない。
この星が魔力の渦に呑み込まれても、魔人であれば肉体を捨てて生きていける。
もちろん成功するに越したことはないだろうが、いつだって《日輪》の計画はどうなってもいいようにできている。
――どうせ最後には自分が描いた絵面になる。
彼はそう信じており、最悪なことにそれはおそらく、ここに至るまで揺らいだことのない事実なのだ。
この世界の《運命》そのものが奴の手の中にある以上、彼にとっては全て代替が利いて、全て都合よく回るモノなのだから。
それが父親の、娘に対する態度だってのか。
「それでも、いいって?」
俺は問う――問わずにはいられなかった。
たとえその問いの答えを、初めから知っていたとしても。
「もちろん、癪には思うけどね。だけど、私にはきっとできると信じている。これまでこの街で好き勝手やってくれた連中への意趣返しは、ま、それで含んでおいてあげることにするわ」
「俺は、……そういうことを言ってるんじゃない」
「…………」
「わかってんだろ? この計画は――成功するほうがキツいんだ」
わかっている――そうだ、俺にはわかっている。
おそらく、今のレヴィにならできる。
決意を、覚悟を固めたレヴィ=ガードナーという魔術師が、己に任じた役割を仕損じるはずがない。絶対に。
俺はこの信頼を、確信として認識している。
レヴィは成功するだろう。
この世界に蓋を閉じ、その鍵を閉めることに成功する。
必ず。
だがそれは、決して終わりを意味しない。一度成功すれば終わりという話ではないのだ。
これはいわば、開けば絶望が飛び出す箱を押さえ込み続けるような行為。
鍵を閉めて終わりなら、どれほどマシだっただろう。
だが一度鍵を閉めたところで、内側から鍵ごと破壊して飛び出そうという圧力が止むわけではないのだ。
レヴィは、鍵を閉めに行くのではない。
鍵を閉め続けに行くのだ。
何年も。
何十年も、何百年も――この星の寿命が続く限り、おそらくは永遠に。
彼女は魔力体になり、魔術を行使し続ける。
魂だけの存在として在り続ける。
だが、それはあのキュオネですら――もう限界だと言うほどの行為なのだ。
彼女が死んでから、まだたったの二年程度。
いや。それですら奇跡と言っていいほどの存在強度だ。同じ真似ができる人間など、この世に何人もいないだろう。
ガストには、ほとんどできなかったと言っていい行いである。
それを、気が遠くなり、精神すら摩耗して擦り切れるほどの時間を。
人間の一生と比較するのなら、永遠とすら言っていいほどの時間を。
彼女は、自分を《個》として保ち続けなければならない。
魔術師として、我を――通し続けなければならない。
「……策はあるわよ」
レヴィは言う。
そんなの、己が使命と比べれば、なんでもないことなのだと笑い飛ばすように。
「知ってるでしょ? 私の剣は閉じるだけじゃない、開くこともできる鍵の刃――自分の魂を解放することで、強度を一段階押し上げることもできるはず。加えて肉体を封印することで、魂魄、精神を含めた三要素全てを保ち続けることを視野に入れてる。どう、勝算はあるでしょ?」
「……魂を抜き取った肉体を、封印することで生かし続けるつもりか」
「ええ。それなら接続の経路として機能する私の精神が健在な限り、存在としての破滅はない。三要素をそれぞれ分割した上で、生きた人間としてのレヴィ=ガードナーが定義され続ける。三要素揃った、存在としての安定状態を保てるんだから、肉をある意味で捨てる魔人化よりも成功の公算は高いわ」
かもしれない。いや、実際に彼女の言う通り、この方法は確かに成功の可能性が高い。
おそらくこれより確実な方法は今、この世に存在しないだろう。
その上で唯一でもあるのだ。
これしかないという、たったひとつの冴えたやりかた。
それを止めようとする行いそのものが――なるほど確かに間違っている。
マイアが俺を、世界の敵として定義したのも頷ける行いだ。
けれど――違うんだ。
俺が言いたいのはそういうことじゃない。
「だから、成功するのが問題だって言ってるんだ……!」
「……、……」
「お前こそわかってるのか? いや、わかって言ってるんだよな。自分の精神を保ち続ける? いつまでだ。どれほどの時間を、お前は人間のままで過ごすつもりでいる? その地獄が――わからないはず、ないだろ……!」
確実に、レヴィの精神は蝕まれる。
人間の精神は、久遠を過ごすにはあまりに脆い。
ならばそれは――終わりが決まった悪足掻きにほかならない。
「そうね。その通り、アスタの言ってることは間違ってないと思う。もちろん、なるべく持たせるつもりではいるけど――どうかなあ。こればっかりは、やってみないとわからないから」
「わからないって……そんな軽く言うことか?」
「実際そうでしょ? ま、任せなさいよ。軽く千年はとりあえず、持たせてみせるつもりだから。その間に、きっと未来の人類が……たとえばアスタの子孫とかが、また何か方法を考えてくれるんじゃない? ま、気持ちとしては、私の限界より先に、人類の滅亡が起こるくらいを目指したいところだけど」
「…………そんなの、認められるか」
俺は言う。言わざるを得ない。
わかり切った時間稼ぎに、レヴィ=ガードナーというひとつの命を消費するなど。
俺は、認めることができなかった。
「でも」
だがレヴィは言う。
わかりきった返答を彼女はする。
「意味がない、とは言わないでしょう?」
「…………」
「私を否定するのなら、アスタ。代案を出しなさい。貴方に――アンタに、私より優れた結論が出せるというのなら聞いてあげる。それとも、本当に作もなしにここへ来たってワケ?」
その言葉に、俺は。
「……代案なら、組み立ててきた」
そう答えた。
その答えでレヴィは悟ったようだった。
「そう。やっぱりね」
「――――」
「つまり、アスタの出せる代案は、私の策に確実性で劣るってことだ」
その指摘は正解だった。
どう足掻いても、レヴィがやる以上の結論を出すことができなかったのだ。
いや。むしろ真っ当な人間が考えたら、成功確率なんてないと言ってもいいレベルだ。
「でも!」
俺は言う。
「少なくとも、それならお前は犠牲にならなくても済む。先に試すくらいは――」
「――ダメに決まってるでしょ」
だがその言葉は、レヴィによって封殺された。
俺は、さらに言い募る。
「なんでだ。それくらいは試してからでも遅くないだろ!」
「ダメだってば」
「だから、なん――」
「――これ以上、私に未練を与えないでよ」
「……っ!!」
その言葉で。
俺は、説得の無為を悟った。
「精神の調子が大事だって言ったじゃない。せっかく固めた覚悟が揺らぐような真似、するわけにはいかない。成功率に直結するんだから」
「…………」
「気持ちは嬉しい。それは嘘じゃない。だけど、いえ――だからこそ、これ以上はもう甘えられない」
「……レヴィ」
「うん。だからアスタ、ここで言っておく。私の邪魔はさせない。絶対に失敗はできない。私は、アスタのどんな説得にも応じるつもりはない」
だから俺には、もう何も言えなくて。
だからレヴィも、それ以上には言葉を重ねなかった。
「――私を止めようというのなら」
言って、少女が剣を抜く。
生身の刀。鋭く、美しくも強固な輝きを放つモノ。
そうだ。彼女の在り方は刃に似ている。
たとえ望まずとも、己が在り方に背くことは決してない堅牢。
「アスタ。力尽くで来なさい。――男でしょう?」
「……わかった」
俺は答えた。
それが宣戦布告だ。
「力尽くでもお前を止める。魔術師として我を通す。――決闘を受けろ、レヴィ=ガードナー」
「……ふふ」
俺の言葉に、レヴィはなぜか顔を綻ばせた。
大事なものを見るように――そう、とても尊いものを得たような表情で彼女は微笑む。
「よかった。――嬉しいな」
「……レヴィ?」
「やっと見てもらえたから。私を。戦いを挑む、敵に足るひとりの人間として」
「お、前……」
「こんな状況だけど、ごめん、それが嬉しくなっちゃって、ついね」
そんな言葉を。
「私が憧れた――自らの力で伝説になった魔術師のひとりから」
こんな状況で。
「戦いを挑んでもらえるなんて」
言われるほうの気持ちを、考えてみろってんだ。
「……馬鹿だな、お前」
「何よ。せっかく珍しく、持ち上げてあげたってのに」
「そうだな。今日のお前は珍しく素直だ」
「最後くらいは、まあそりゃね。これでも感謝してるんだから。本当に、心から。――アスタと出会えて、よかった」
「……それが馬鹿だって言ってんだよ。今さらだ」
「え?」
「わかりきった話だろ。なんで気づかない。――認めてない奴の共犯者に、わざわざ時間割いてなる奴がいるかよ」
その、今まで言うことのなかった俺の言葉に。
レヴィ=ガードナーは。
この街で、最初にできた友人であり――最高の共犯者である魔術師は。
「……ずるいなあ。解呪の方法を探すための、契約だと思ってたのに」
「そう思わせといたんだよ。……あんまり、恥ずかしい話は、したくねえんだ」
「そっか。でも、悪いけど私は開き直っちゃってるから」
「あ?」
「すごく――すごく、本当に嬉しい。私の努力は無駄じゃなかったんだって、今、全部が報われた気分」
「――――」
「でも、馬鹿はアスタも同じ」
彼女は言う。
そして、その剣の切っ先を俺に向けて。
「今の、最後のひと押しだったよ。今ので私は最強になった。最強の私が、アスタの前に立ってるから」
「……そうかよ」
「負けない。絶対に。絶対に勝ってみせる。超えてみせる。――それを私の成果にする」
まっすぐな視線が突き刺さる。
驚いた。さきほどまでわずかに残っていた迷いが、もう完全に晴れている。
まったく俺という奴は、いつだって自分以外を強めてしまう。
「もしも私が向こう側に、持ち込めるものがあるとするなら。ひとつだけ、それを許してもらえるなら――」
「――……」
「どうしようもなく憧れた。胸を掻き毟るほどに嫉妬した。同世代に伝説がいることが、狂おしいほどに眩しかった。なぜそこにいるのが私じゃないのかと、血を吐くほどに自問した。ねえ、アスタ。アンタが――貴方が、どんだけ私を意識させてたかなんて、わからないでしょ」
ならば。
嘘でも偽りでも構わない。
今だけでいいから。
俺は――彼女の想いに報いることがでいるほどの、最強の魔術師でありたいと思った。
初めて、そう思ったのだ――。
「だから最後に、もうひとつだけ。私の――私だけの成果を貰っていく。それは――」
――それは今ここで、最強の魔術師を倒すという、願ってやまなかった最高の報酬だ。
唇を噛み、息を整える。
感傷は余分だ。
目の前の敵が最強であることを自覚しろ。
もし本当にレヴィが、己が鍵刃を完全に手中に収めたのなら。
その能力は、最強の魔術師殺しの力である。
俺は、煙草に火をつけた。
親父さんから貰った、七つ星を冠する地球の銘柄。
その一本に火を灯すことを、レヴィは妨害してこなかった。
だから言おう。
もういい。もうなんだって構うものか。どうせ初めから、この戦いは俺のワガママだ。
そうだ。
俺は、お前と、戦うためにここへ来たんだ。
だから――今だけは、どうか。
彼女の我を正面から叩き折るに足る、最高の障害でありたいと思った。
「――七星旅団、六番目。《紫煙の記述師》」
「学院序列第一位。ガードナー家現当主――」
火を向ける。
刃が向く。
交わし合うものは全霊だ。
込めるべきものは渾身だ。
今ここに、必要なものはそれ以外になく――。
「アスタ=プレイアス」
「レヴィ=ガードナー」
願わくは、この戦いに誉れのあらんことを。
※
レヴィ=ガードナー奪還戦。
最終戦。
vsレヴィ=ガードナー。




