表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
セブンスターズの印刻使い  作者: 白河黒船/涼暮皐
第六章 運命を超える意志
272/308

6-14『ひとつの決着のために』

 狭い廊下で、壁に背をつけ、すぐ目の前の壁を見つめている俺たち。

 なんだか学校の廊下で雑談でもしている風情だが、隣に立っているのが魔女ともなれば油断はできない。

 いや。油断などしてはいなかった。

 彼女はその上で、ごく当然のようにそれができる存在だということだ。


「そんなに固くならなくてもいいんだけどね」


 ノートは言う。煽りだとしたら大したものだった。

 まあ、彼女にそんなつもりはあるまい。少なくとも教授ユゲルに聞く彼女の性格からすれば。

 俺にとって、敵対する相手の性質を知っておくことは有用だ。

 プロファイリング――などというほどご大層なことはしていない、というかできない。だがある程度、その考え方や価値基準などを掴んでおくことは、戦いにおいて意味があると思う。


 そして。その意味で言うのなら。

 俺には彼女――《夜の魔女(ナイトウィッチ)》ノート=ケニュクスの思考など、読めない。

 理由は単純で、それは彼女が魔女だから。


「……あんた」


 仕方なく、俺は言った。

 訊ねるように。


「何してんだ?」

「ふむ――何をしているのか、か」

 ノートは、その言葉で少し考え込むように呟く。

「深淵な問いだね? なるほど、どう答えるかでこちらを測っているということなのかな?」

「……え、いや、そんなことはないと思うんだけど」

「さすがは紫煙の記述師、ということかな」

「そんな想定してないことで持ち上げられても、という感じだなあ……」


 いやマジで。謙遜とかじゃなくてマジで。

 そんなつもり欠片もなかった。ちょっと天然なのか、こいつ。


「ん、まあいい。対話から逃げる僕ではないよ。確かに君とは一度、話をしてみたいと思っていたから」

「……そう、なのか?」

「しかし改めて訊かれると解に困るな……たとえば現状の僕の目的としては、このまま地上に戻ることなんだけれど」

「――地上うえに用があるのか?」


 訊ね返す俺に、ノートは変わらぬ様子で言った。


「おや。雰囲気が変わったね」

「…………」

「自らの窮地にすら対話を選ぶ君が、他人の窮地を想像すると途端に敵意を漏らす。いいね、そいつは善だ」

「善、ね……あんたからそんな言葉を聞くとは思わなかった」

「――はは。なるほど、君にとって正義と善はまったく別のものか」

「ちっ」


 俺は軽く舌を打ちをしてみせる。

 その意味さえ、おそらくノートは理解しているのだろうが。


「これだから魔女は怖え……まるで思考を見透かされてるような気分だ」

「おや、話題をリセットされてしまったね。なら話を変えようか」

「――あ?」


 訊ねた俺に、ノートはあっさりと。


「単刀直入に言おう。この先に入るのをやめてくれないか?」

「…………」

「驚いた、顔を見せてくれたね。それは作った表情じゃなくて本心かな? だと嬉しいけど」

「……確かに、お前がそんなことを言い出すとは予想してなかったよ」


 その意味では実際、驚きはした。

 俺が頷くはずがないし、そんなことはノートだって期待していないはずだ。そもそも脅威として認識されているとは思わない上、仮にそうだとしても実力で排除してしまえばいい。

 ノートが俺に言葉をかける意味はないはずだった。――いや。

 それを言うなら、こうして今、会話に応じてくれていることさえ気紛れに過ぎないのか。


「なんてね」

 果たして、ノートは言う。

「言ってみただけさ。そのほうが僕にとっては都合がいいから」

「……お前は、俺を殺しにきたんじゃないのか?」

「別に。少なくともそんな命令を、日輪から受けた覚えはないからね。やらなくてもいいことまではしないよ。戦うこと自体だって僕は好きじゃないね」

「…………」

「そりゃもちろん、君が僕を殺そうというのなら応戦しないといけなくなる。実際、君にその動機がないとは思わないからね――だけど、見逃してくれるっていうんなら、別にわざわざ君と戦わなくたっていいんだよ」

「……あまり信用できないな。だったらなぜ、わざわざ俺の前に姿を見せた?」

「別にわざわざ会いに来たわけじゃない。上へ行こうとしていたら、たまたま見かけたというだけだよ」


 どうなのだろう。感情ではなく、あくまで理性で考えてみる。

 実際問題、俺を倒す気で出てきたのなら不意打ちでよかったことは事実だろう。まあ単に、殺す前に話をしてみたかったとか、その程度の理由かもしれないが。教団の連中なら、それくらいは平気で言うだろう。感傷もなく感傷的に。

 論理的に考えるなら、月輪が嘘を言う理由はない。実力的に騙す必要がないからだ。

 そこまで考えたところで、俺は最終的にかぶりを振って結論した。


 ――そんなことは考える必要がない。

 考えさせられている時点で、それはもう魔女の術中だ。


「どうやって俺の後ろを取ったんだ?」


 俺は訊ねた。

 今度はノートが驚いたように答える。


「……また話が変わったね?」

「そうでもねえよ。ただ俺も全力で警戒はしてたからな。そんなことのできる人間が、アルベル以外にいるとは思いたくないだけだ」

「ひとりいるならふたりいてもおかしくない、と僕なら考えるけれど。まあ言わんとせんことはわかる。アルの、あの世界そのものからさえ自身を隠す技術は、彼の才能があって初めて可能なことだから」

「でなきゃ、まるで空間転移でもしてきたみたいじゃねえか」

「まさか。そんなことのできる人間は、それこそ《二番目》以外にはいないよ。まあ技術的には近い技術も、最近は結構、開発されていると聞くけれど」

「……タラス迷宮で、《銀色鼠シルバーラット》の連中が使ってた転移の指環。あれはガストが持ってきた、とフェオから聞いた。なら提供元は、大本を糺せば教団おまえらだろ?」

「あんなものとうに使えなくなってるよ。元から完全な品じゃないんだから。もう持ってないしね」


 ――やはり、と俺は直感する。

 何か違和感があった。ノートは何かを隠している。

 少なくとも《たまたま俺がいたから現れた》という点は確実に嘘だ。ノートは初めから、なんらかの目的があって俺の前に姿を見せている。

 これは直感であり、特段の根拠はない。けれど俺は俺の直感に、素直に従おうと思う。

 ノートは、誰かを騙すときに意味のない嘘まで平気でつく教授とは逆に、嘘を最低限に留めようとするタイプだろう。


 そうだ。ノートは嘘をついた。

 なんのためか。

 それは俺を騙すためだ。

 俺はすでに(丶丶丶丶丶)ノートに騙されている(丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶)と見ていい。

 だが――それはなんだ? 俺はノートの言うことなど何も信じていないというのに、それで何を騙せる?

 そこまでは現状、掴めそうになかった。


「まあ、とにかく僕に、君を殺そうとする意志がないことは理解してもらいたいな」

「……だけど、別に死んでもいい(丶丶丶丶丶丶)とは思ってる(丶丶丶丶丶丶)、だろ?」

「そこまでは期待しないでほしいし、責められることじゃないだろう。敵なんだから」

「違いないな」


 その通り。ノート=ケニュクスは疑いようもなく俺の敵だ。

 ならば選ぶべき行動など決まっている。


 俺は笑った。

 ノートが回避行動を取ったのはその直後であり、


「――《(Hagalaz)》」


 魔女に敵対するのなら、初手から全霊を懸けるなど当然の話である。


 刹那。

 狭い迷宮の通路を、荒れ狂う元素が満たした。


「――――、……」


 高火力の攻撃。それは迷宮の壁という壊れないものにぶつかり、さらに乱れた。

 閉ざされた視界が晴れていく。

 ノートは俺から即座に距離を取っていた。思惑通りに。


「……頭が回るものですね」

「そりゃどうも」


 答えた彼女は、傷ひとつとして負っていない。

 ただ、《ハガラズ》を発動した理由はとりあえず距離を貰うためだ。その意味では成功している。

 対するこちらはまだ、一歩たりとも動いていなかった。


「あえて自らを中心として術を発生させる……こちらは当然、回避行動を取る。だが逃げた先こそが罠だ。正解は動かないこと――その場に、いわば嵐の目(丶丶丶)に留まり続けることだった、と。思いついても普通はやらないよ。だがリスクに見合うリターンは見込めるってわけだ。見事だね」

「あっさり全部見抜いてる奴に言われてもな……」

「そりゃこうまで見事に引っかかればね。思考を許さず反射で行動させる策――ゆえに落とされる穴というわけだ。はは、魔女より悪辣じゃないかい、君?」

「それこそ、あんたにゃ言われたくねえよ」


 あわよくば《ハガラズ》に巻き込んでしまいたかったのだが、さすがに甘すぎた。

 ただ、まあいい。それは予想の範囲内だ。

 しいて言うならば――策を破られたのでも見破られたのでもなく、策が通った上でなお無傷で切り抜けられたことが、格差の決定的な証だったというくらい、か。

 まったく絶望的で困る。


「ま、いいや。どうせ敵なんだ――ここで倒させてもらうぜ」


 俺の宣言にノートは笑う。


「意外だな。君はここで僕に拘泥しないと思っていた」

「なんだそりゃ。敵を見逃す理由があるかよ。何しに地上へ行くのか知らないが、どうせ碌なことじゃねえ」

「それこそ魔女への偏見だろう」


 くつくつと。どこか愉快そうに。

 その魔的な笑みこそが、脅威の証明であるかのように。

 ノートは、言った。


「ま、僕も別に、君が死んでも構わないんだけど」

「だからお前は魔女なんだよ!」


 義手に魔力を込めルーンを起動する。

 直後。雷の棘が、ノートめがけてまっすぐに飛んでいった。



     ※



 痺れる右手。それを払うように振るって、ノート=ケニュクスは前を見据える。

 そこに、アスタ=プレイアスの姿はとうになかった。

 身を隠したから――ではない。アスタの思惑にノートは気づいていた。


「……なるほど。逃げたか(丶丶丶丶)。まあ賢明、というか妥当な判断ではあるね」


 その通り。アスタ=プレイアスには初めから、ノートと戦う理由がない。

 地上へ向かうのが目的ならば、行かせてしまえばいいのだ。そこには頼れる戦力が残っている。

 なにせ時間が深夜だ。

 そもそもこの時間は魔女の独壇場。ただでさえ消耗しているアスタが敵に回せる、そんな存在ではなかった。時間だってどれほど猶予があるか知れたものではない――アスタが辿り着く前に、儀式が終了してしまっては無意味なのである。


 だがノートは確かにアスタの前へ姿を見せた。

 偶然であるはずがない。少なくとも、姿を現したことそのものにはなんらかの意味がある。

 だからアスタは、その狙いを外すことを最大の目的とした。

 逃がされる(丶丶丶丶丶)のではなく、戦うと見せかけて自ら逃げる(丶丶丶丶丶)こと。罠にかからないために、アスタが求めた結果がそれだ。

 そして実際、それは完遂されている。

 もちろん向かう先が迷宮の深部である以上、追うことはできるけれど。ノートにそのつもりはない。ここで離れて地上を目指す、という宣言は事実だからだ。


 ノートは、アスタに対してひとつも嘘をついていない。


「彼は自分の特異性を、本当に理解していないんだな」


 あるいはそれが、ノートの思い違い、単なる買い被りに過ぎないとしても。


 彼女がアスタを不意打ちしなかった理由など単純だ。

 それが絶対に失敗する(丶丶丶丶丶丶丶)と確信していたからにほかならない。 


 敵意を見せなかった。

 だからアスタも気づけなかったのだ。

 もし殺意で不意を打てば、それは必ず悟られただろう。ノートはそう強く確信している。

 まるで、運命そのものを捻じ曲げられるように。

 必ず。

 アスタ=プレイアスはそれに気がついた。


「まあ、こんなものだろうね。義理もこれで充分だろう……あとは任せるさ」


 踵を返すノート。

 当初からの言葉通りこのまま本当に地上へ向かうからだ。


 ――狙いは、残りの七星旅団。


 再び地上への侵攻を開始した魔女は、けれどその中途で振り返った。

 その先へ進んだひとりの青年を。

 あるいは、彼が出会うことになるひとりの青年を。


 思って――魔女は、わずかに呟く。


「妄執も、ここまで来ると目に余るけれど。力あることに変わりはない」


 誰も聞く者はいない。

 知る者があるとするのなら、それこそ魔法使いくらいだろう。


「――そうだよ、アスタ=プレイアス。魔女は嘘なんてつかないさ。なにせ――」


 嘘などつかずとも。

 ヒトを騙すなど容易いのだから。



     ※



「……追ってこねえ……か?」


 逃げ出した俺は、背後を確認してひと息つく。

 あのまま一層分を猛ダッシュで逃げた。

 奴が魔術的な移動法を確立しているなら俺を追えるだろうが、そのつもりはないらしい。

 少なくとも、地上を目指していたことは本当だろう。

 その目的は気にかかるものの、姉貴たちに任せておけば問題はないはずだ。


 ふう、と小さく息をつく。

 あの魔女は、魔人化する以前から旅団級の実力を持っていた魔術師だ。

 そんな奴と戦って消耗するなど馬鹿げている。


 ともあれ、これで逃げ切ることは――、


「――っ、な――」


 その瞬間だった。全身を、悪寒が鋭く貫いた。

 毒物を頭から被ったかのような不快感。それは世界が裏返る(丶丶丶丶丶丶)感触だ。

 ――覚えが、ある。

 王都で味わった感覚だ。ここではない世界の裏側、魂の境界。それとの入口が開く感触――いいや。


 そこから何かが出てくる感触。


 はっとして、俺は背後へと振り返る。

 そのときにはもう遅かった。今度こそ俺は逃げられない。

 ノートではない。

 だがその魔力の色ならば、今もきっちり覚えている。

 疼く。

 なくした腕が。

 それは感覚的なものではなく、実際に奪い取られたという事実から。


 目の前で。

 べり、と空間が剥がれた(丶丶丶丶)

 そこから何かが現れる。


「――■、■■■、■■■■■――!!」


「嘘、だろ……おい……ッ!」


 ――やられた。あの女、やってくれた……。

 結局、アレは単なる時間稼ぎでしかなかったということだ。

 あいつはただコレを俺の元へ送り込みたかっただけ。

 何が、できない(丶丶丶丶)、だ。

 あの会話は、こいつという存在(丶丶丶丶丶丶丶丶)から、俺の意識を背けさせるためのモノだったのか……。


「――アァ、ア、ア、アア、アアア――」


 呻く、それ(丶丶)

 それ(丶丶)としか呼べないような肉の塊。

 いや、肉でさえないのだろう。

 恨みや妬み、憎しみ、死への恐怖。呪いとして煮凝りになった《アスタ=プレイアス》という男への妄執。

 それら全てを引き連れる形で、呪詛そのものである男が舞い戻った。

 死後の世界から、

 迷宮へ。


 ただ俺を殺すためだけに。


 見る影もない。それは醜悪で悍ましい呪詛の塊。

 まともなヒトのカタチなど取れていない。肥大化した情念がヒトガタを忘れさせた巨大な異形。

 そんなものはもう、在り方だけで世界を歪める極大の殺人感情塊だ。


「アア、アアア――アアアアアアア……」

「お前は……バカ野郎。そんなに、なってまで……」

「――アアアアアアア――」

「そんなになってまで、俺を――憎むのか、お前は……ッ!」

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」


 ならば。

 俺は。


「――アスタ=プレイアスウゥゥゥゥゥゥゥッ!!」


「アルベル=ボルドゥック――!」


 もう一度。今度こそ。

 しっかりと、お前にとどめを刺してやろう。



     ※



 レヴィ=ガードナー奪還戦。

 第四戦。


 選手交代(丶丶丶丶)


 vs《木星》アルベル=ボルドゥック。

これは読めなかったんじゃないですか2。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ