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セブンスターズの印刻使い  作者: 白河黒船/涼暮皐
第五章 学院都市陥落
232/308

5-35『奪還作戦Ⅰ』

 ――名を《創獣魔術陣ビーイングゼロ》。

 それが、オーステリアの街に設置された術式であった。


 空を月輪の夜天結界に、地を金星の遺産である創獣陣に支配されたこの街は、もはや文字通りの異界と化している。

 そこでは本来の物理法則はなく、魔術によって導かれた別種の法則が支配権を得ていた。

 ゆえの異界。

 街そのものが魔物のために存在する今、人間がこの場所で生きていくことはできない。


 創獣陣が生み出す魔物。

 それが夜天結界の力で強化されているわけだ。

 この場所がオーステリアだったからこそ、一般市民の避難が可能だった。街を統べるガードナーの力があったからこそ、まだこの程度で済んでいる(丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶)のだ。

 だが、それも徐々に押されている。

 魔人と化した七曜教団幹部の魔術の質は、もはや通常の魔術師が及ぶ範囲ではない。

 街はその全域が完全なる死地だ。


 魔物は、その中を我が物顔で闊歩する。

 ヒトを殺す機構。

 人間に対する殺害本能は、こうして創られた(丶丶丶丶)魔物であっても変わらない。

 地獄。

 そう表現して、些かも事実に反しはするまい。


 だが、忘れてはならない。

 そういった不条理に反する不条理を、ヒトもまたその手にしているのだということを。


 ――たとえばここに一体の魔物があった。

 獣然とした大型の魔物だ。魔獣、と表現するほうが近いかもしれない。

 魔獣型の大きな特徴といえばその膂力だろう。獣としての特性を魔力によって強調されているため、人間など簡単に殺し得るだけの身体能力を持っている。

 加えて魔物は飢えていた(丶丶丶丶丶)

 この場所は、餌となる魔力の量が少なすぎる。よって、少しでも魔力を持つ存在がいるのなら、ほかの魔物を出し抜いてでも口に放り込む――そういう欲求があるらしい。


 だから、当然。

 目の前に見つけたヒトガタを、魔物は餌として認識した。

 同時に害意が膨れ上がる。

 それは決して捕食には必要のない感情だ。何かを食べるのに憎悪は要らない。いや、その目的をエネルギーの補給と定義するなら、そのために消費するエネルギーは極力まで抑えるほうが理に適っている。

 しかし――魔物の本能は人間を殺すべき対象として認識していた。

 殺してから、初めてそれが餌になることを思い出すのだ。

 真っ当な生物らしからぬ欲求。

 ――まあ、いずれにせよ、やることが変わるわけではない。


 殺す。

 殺す。

 殺す。


 それだけに全てを支配される。

 純粋殺意――感情として矛盾するそれだけが、魔物を支配する感情だった。

 当然の、代謝にすら等しい行為として、魔物はヒトガタに襲いかかる。

 恐怖などなかった。

 ただ殺すだけの対象の強弱なんて測ることすらしない。

 知能がないわけではなく、知能を本能で塗り替えられているから。


 だから脅威はない。

 恐怖はない。


 ――たとえその身を撃ち抜かれても。


 生命として死を迎えるまで、魔物は当たり前の本能に身を任せ続けていた。


 そう。彼らは永久に理解を得ない。

 人間を殺す機構が、殺す理由や相手の抵抗を斟酌するはずがないのだ。

 だから死んでもわからない。

 ヒトに、戦い抗う能力があるのだという事実を。

 彼らは微塵も考えない。


 ――魔術。

 世界法則を改変する技術としての異能。

 人間が持つ、それが魔物という脅威に抵抗するための力だった。

 魔弾が、乱れ飛ぶ。

 ひとつひとつは弱くとも、それが一度に襲いくれば充分な威力を発揮しよう。

 輝く魔力に、その身体ごと撃ち抜かれた魔物は。


 一切を理解せず命を落とした。


 その情報は、魔力という波を通じて付近の魔物にも伝わる。

 人間がいたという事実が、だ。

 脅威ではない。

 強度でもない。

 意志でもない。

 意味でもない。

 ただ、そこにヒトがいたということを知覚するだけ。


 それでいい。

 魔物を撃った魔術師たちも理解している。

 これは宣戦布告だ。

 人間が、魔物に――魔人に、全ての不条理に不条理でもって抗うという意志の発露。


 オーステリア奪還作戦。

 その、反撃の狼煙が各地で上げられた。



     ※



「――決してひとりで当たるな!」


 叫ぶのはひとりの少女。

 陣頭指揮を買って出た学生会会長――ミュリエル=タウンゼントの声だった。


「確かに相手の数は多い、だが知能は働いていない! こちらが数で当たるんだ! 必ず勝てる状況を作り出せ! 我々の足掻きに命は懸かっている――だからこそ、それを無駄遣いすることは認めない!」


 義勇軍。そう言って差し支えないだろう。

 オーステリアの学生から募った、およそ二百名弱の若き魔術師たち。そのうち特に実力のある百余名を三つの部隊チームに分け、街の魔物を殲滅する作戦が実行されていた。

 一陣を担当するミュリエルの部隊が最も前線に立っている。

 実力的に中位以上の学生で構成されたこのチームは、《とにかく目立って数を倒す》ことが目的の部隊だった。主に二、三学年の学生たちが危険を前提に戦っている。


「はっは。いやあ前に出すぎじゃないですのん、会長?」


 戦い自体は優勢だ。もともと才ある魔術師が集まる学院である、こうして優秀な指揮の下ならば、本職の冒険者たちにすら劣らぬ戦いが可能である。

 そんな余裕があるからか、ミュリエルにかけられる声。苦笑しつつ彼女は答えた。


「無駄口を叩く暇があるなら、もう少し活躍しろ――レフィス」

「おっと失敬。そいつは確かに言う通りよなあ」


 目元どころか顔全体が隠れるほどの長い髪。その奥に隠された舌からは、けれど外見からでは想像もできないほど陽気で明るい声が発されている。

 レフィス=マムル。

 魔競祭の本選にも出場していた、学生の中でも特に実力の高いひとりだった。


「せやねえ。会長にはもちょい楽してもらわんと」

「私が最も危険な場所に立つことは、全員に了承させたはずだ。――その上でなお、さらに危険な役回りを、私たちは後輩に押しつけなければならないのだからな」

「さっすが学生会長――っと。《近いぞゼロ》《寄るないち》」


 呟くと同時、空から襲い来ていた魔物が、まるで見えない糸に引きずられたかのように真後ろへと飛んでいった。

 そして、


「《爆ぜいオーバーカウント》」


 レフィス=マムルは数秘魔術師だ。

 マイナーもマイナー。それこそアスタ=プレイアスの印刻魔術や、セルエ=マテノの混沌魔術すら上回る――というか下回る程度の使い手しかいない超マイナー魔術。

 それを独自の解釈によって使い回すレフィスは、本人がもう少し真面目ならば学年の上位陣に食い込んだことだろう。そのときは、四傑ではなく五傑と呼ばれていたはずだ。


「アスタ=プレイアスも相当だが、レフィス、お前の魔術も大概、謎だな。私の知る数秘魔術とは、そんな便利な術ではなかったと思うのだが」

「あっはっは! あのトンデモ印刻男と比べられちゃあ世話ないけどねえ会長さん! まあ数秘魔術の応用の《数遣い》――これでも一応、切り札なんでね?」

「……髪を切ったらどうだ」

「それやったら、俺みたいな地味男ますます出番が減りますやん?」

「お前のどこが地味なのかわからん……」

「ひひ。まあ、ともあれ、だ――」


 不敵な笑みを浮かべている(らしいが、口許がギリギリ見えるくらいの)レフィス。

 彼の視線が向かう先を、ミュリエルもまた追って。


「――この街も、そうそうやられてばっかじゃないでしょや?」

「ああ。我々は魔術師だ――自らの領分くらい、自らで守らずしてなんとする」


 ふたりの――街を守る魔術師たちの目の前に現れたのは、強大な体躯を持った魔獣だ。

 怪物。その言葉から連想する、最も単純な形と言ってもいいかもしれない。闇に似た体色の五、六メートルはあろうかという図体で直立する、大樹の幹じみた四肢を持つ異形。

 どこからともなく現れたそれは、どんな間抜けでも脅威を感じ取るに足る威圧感があった。


 けれど――それに絶望する者などひとりもいない。


「下がれ!」


 ミュリエルは叫ぶ。しかし、それは決して逃亡を命じる言葉ではない。

 むしろ逆。その脅威を前に臆せず、折れず、まだ戦う意志を持つ者たちのために告げられた言葉だった。


「陣形などと面倒なことは言わん。列を作って順に撃ち抜け――君らの魔術は充分に、目前の脅威を打ち滅ぼすに足るものだろう!」


 応じる声は幾重にも重なり。

 そのひとつひとつが奏でていくのは、詠唱であり、儀式だった。

 魔術師は個人主義者ばかりだ。

 迷宮に挑む冒険者でもない限り、そうそう協力するなんてことはない。

 だが数は力になる。そして魔術が意志の発露ならば、統一されたそれらが相乗効果を生むように魔術の威力を増幅させていくことなど考える間でもない当たり前の理屈。


 ――多くの学生が、敵の存在さえ認識していない。

 だがそんなことは関係がなかった。

 街を魔物に占拠された。自分たちが暮らす、この街(オーステリア)をだ。

 ただ、それに抗う。

 認めず、許さず、我を通すことを決めている。


 それだけで――充分だったから。


「――撃ち抜けッ!!」


 夜天に閉ざされた暗闇の底を、鮮やかな魔力光が染め上げていった。

 多くの確固たる魔術師たちの意志が、まるでひとつの彩を描いていくかのように。


 倒した魔物は魔力に還る。

 これは言い換えるなら大気中の魔力量が増える(丶丶丶)ということだ。消費されなかった分のエネルギーが無色の魔力として空気の中に流れ込む。

 だがそれは目には見えずとも、ただの魔力ではなくあくまで瘴気だ。

 やがて再び塊となって――新たな魔物を生み出してしまう。

 それも、より強大で凶悪な魔物に変わって、だ。


 魔物とは倒せば倒すほど、より上位の魔物を呼んでしまうということ。

 ゆえに、この戦いに終わりはない。

 魔物を完全に消し去るのは非常に難しい。ひとたび術式でもって呼び出せば、あとは放っておくだけで勝手に増殖する。これほど楽なこともないだろう。

 ひとつの街を攻め滅ぼそうとするなら、魔術師が必死に攻め込むより、魔物でも送り込んだほうがずっと楽ということ。


「魔力切れに留意しろ! 死ぬことは許さんぞ!」

「会長こそ、指揮を執る貴方がこんな前に出てどうするんです!」

「おう、そうだぜ! アンタは後ろでふんぞり返ってな!」


 喉を酷使するミュリエルに、答える声が方々からあった。


「……まったく。本当に、我が校の学生たちときたら、会長わたしの言うことなんて聞きやしないな」

「何。慕われてる証ってことじゃないの。羨ましい財産だねえ、会長さん?」


 呵々と笑う長髪星人レフィスの失礼さには目を瞑り。

 思わず、ミュリエルもまた笑みで返してしまう。


「言ってろ変人め。お前のような連中を纏め上げる大変さ、少しは学べというものだ」


 ――魔術の世界は才能の世界だ。

 この学院の生徒は、おそらく誰もが例外なく、一度は天才と、神童と呼ばれた者ばかり。

 けれど、その才能を優に跳び越えていく者がいて。その存在を、少なくともミュリエルは深く知っていた。自分がそこに届かないことを弁えていた。

 だからどうした。

 そんなものがなくとも戦える。

 その意志だけは――誰にだって否定できないものだ。


 この戦いは、単なる時間稼ぎに過ぎない。

 数を削ることで質が増える。やがて手の届かない強さの魔物が生まれる。

 それを倒す役割は、きっと負える人間が限られているもので。


「――と。向こうでも始まったか……! 負けていられないな」


 街の向こうに上がる光を見た。

 おそらく、市民や冒険者の中から戦い始めた者がいるのだろう。

 その全員が何を考えているのかなんて、きっとそれぞれ違っている。

 けれど、それでもいい。今このときだけでも、同じ方向を向いているのなら、それはそれだけで――とても素晴らしいことなのだろう。


 その抗いが記録に残らず、

 その戦いが歴史に遺らず、

 そこにいた多くの人間が名前さえ定かでなかったとしても。

 きっと意味が。

 確かな価値が。

 そこには存在しているのだから。

 先へと繋がれているのだから。

 ならば今、

 この街の主役は。


 ほかでもない――名もなき魔術師たちだった。



     ※



 無論。その戦いは、すでに色を濃くした絶望に抗うためのもの。

 命を賭すことは前提条件でしかない。

 落とすことも、また含めてだ。

 負傷者は数え切れず、中には当然、死に至る傷を負う者だっていた。その数がたとえ些少であっても、それはこの街が魔術師の街であったからに過ぎず、そして――喪われた命は、数の大小で計るものではない。

 戦いとはそういうものだった。

 ほんの一瞬、たった刹那の間に命を失うことだってある。

 強さなど多数ある基準のうちのひとつ。運や環境でどんな強者もあっさり死ぬことがあるように。まして戦いに慣れない者が傷つくことなど当然だった。


 ピトス=ウォーターハウスは、けれど治療役としての自己を捨てていた。

 それが己の主義を――生存意義を捨てるものであると理解していて、なお。

 数は多くないとはいえ、学院には治癒魔術の専門医が詰めている。離れた管理局にはより多くの数がいるだろう。魔術師の数が多いということは必然的に治癒魔術師の数も多いということだ。冒険者の街である以上、その需要がほかより多かったことが幸いしていた。


 だからこそ。

 彼女に求められる役割は、治療役ではなく戦力だ。

 そして。


「――――っ」


 その戦力としてさえ役に立てていない現状に、彼女がどれほどの意志で甘んじているかなど言うまでもなかった。

 魔力は温存する必要がある。これまでの消費だって馬鹿にならないし、回復する手段が限られている以上、ピトスが自分以下の戦力のために魔力を割くことなどあってはならない。

 そう。単純な一個戦力として――彼女の存在は重要だ。

 ここが戦場である以上、どうあっても命の価値に差をつける必要性は出てきてしまう。


 戦えもせず、さりとて治療にも回れず。

 ただ過ぎる時間を待つ苦しみは、できることがあるとわかっているがゆえに大きかった。


「――大丈夫?」


 思わず、フェオ=リッターがそう訊ねてしまうほどに。

 ピトスとフェオの役割は、本拠地であり防衛線である学院そのものの守護だ。その他、オーステリアに点在するいくつかの結界地にも、同様に戦力が割かれていることだろう。

 現状、魔物の群れが前線を突破して学院に訪れることはない。

 その前にほとんどが倒されているし、よしんば近づいてきても結界に弾かれるため、中に入るようなことはできなかった。


「大丈夫。……大丈夫ですよ、ええ」

「……そっか。なら、いいけど」


 血が滲むほど強く手を握り締めるピトスに対し、それでもフェオは頷きを返した。

 フェオ自身、歯痒い思いを抱いていることは事実だった。予期される襲撃のために戦力を温存している――と言えば聞こえはいいし、事実としてそれ以外の選択肢はない。

 だとしても現状、何もしていないということが変わるわけではない。


 出入りの激しい敷地。敷地の一部はすでに治療者のために開け放たれている。

 重傷はそう多くないものの、すでに死体となった者をひとりも見なかったわけではない。軽傷だったとしても、多少の治療を受ければすぐまた戦線に戻っていく。魔力の切れた者は雑用や使い走りに回り、誰もが意思を統一してオーステリアの奪還を目指していた。

 そんな中で、ただ待機しているだけの自分を――恵まれているとは思わずとも、忸怩たる思いまでは否定できないだろう。


 ――自分でさえそうなのだ。

 ましてピトスは、その思いも如何ほどか――。


 フェオは無言のうちに想った。

 痛みや死という概念に、いっそ過敏と言えるほどの抵抗を示すピトス。その在り方の、本当に詳しいところをフェオが知っているわけではない。

 それでもかつて、大した繋がりもなかった《銀色鼠フェオたち》のために命すら捨てようとした少女のことを思えば、この状況で平然としていられるはずがない。


「……いっそ、さっさと来てくれたほうが楽かもね」

「その言い方はどうかと思いますが」


 フェオの零した呟きに、ピトスが答える。

 わずかに漏れた苦笑は繕ったものか、それとも本心からなのか。

 彼女は言った。


「……まあ、同感ではありますね。ええ――正直、もうたくさんなんです」

「こわい顔してるよ、ピトス」

「フェオさんだっていうほど変わらないと思いますがね。……暴れたくないですか?」

「……そうだね。同感だ」


 鬱憤なら爆ぜるほどに溜めている。

 いい加減、我慢も限界などとうに超えているのだ。

 こんな事態を作り上げてくれやがった連中に、落とし前をつけさせなければ気が済まない。

 言いように弄ばれるのはそろそろ終わり。

 ようやく巡ってきた反撃の機会。それを愉悦じみた意志があることは事実だった。


 ――叫びが上がったのはその瞬間だ。


「来ました! 正面、正門の方角です!」


 叫んだのは学生会書記――スクル=アンデックス。

 彼女は自身の魔術で、学院に近づく魔物以外の魔力を探っていた。魔力と瘴気に溢れ、異界化の進んだ今のオーステリアで、そこまで細かな感知をすることは難しい。

 彼女の能力は、感知や索敵の方面に長けたものだった。


「全員、下がってください! ――おふたりとも、お願いします!」


 スクルの号令。

 それより先んじて、ピトスとフェオはすでに立っていた。

 その前にはひとりの女性。


 ――いや。

 それをひとり(丶丶丶)と表現するのは、さすがに欺瞞も過ぎるだろうが。


「今度こそ本体ですか? それとも、また変身体ですか」


 前に踊り出たピトスが問う。

 現れた女性――《水星》ドラルウァ=マークリウスは、意外にも嫣然とした笑みで答える。


「さて。今の私に個も群もない。子も親もなく、自も他もない。その問いは、いささか的を外していると言わざるを得ないが――それでも、まあ君らがいくら足掻いたところで、私を殺せないことは断言しておこう」


 同じ顔の、

 同じ存在が群れるように現れる。

 魔物を遮る結界で、魔術師を阻むことは不可能だ。

 ましてこの街を支配する下手人ともなれば。


 そう。この襲撃は当然のもの。

 あって然るべきそれを、当たり前のように迎え撃つというだけ。

 だからこそ、水星は小さくこう訊ねる。


「……解せませんね」


 心底から不可解だというように。

 答えたのだから返せとばかりに彼女は言う。


「どうして、ここに? そんなことに意味などないだろう」


 水星は群体だ。多くが、どこにでも現れる。

 それをふたりで押し留めようとういうほうが無体な話だ。ふたつの大きな戦力を、水星のためだけに割くことが正解なのかと彼女は問う。


「――ありますよ。意味なら、ここに作れますとも」


 それに、ピトスは答える。


「うん。もういい加減、その手品は見飽きたんだ――」


 フェオも言った。


「たったふたりで、水星わたしたちを止められると言うのかい?」

「その群体は数に限りがあります(丶丶丶丶丶丶丶丶丶)

「…………」

「どういう理屈か知りませんが、貴方は魔人化していない――たとえ群体に限りがなくとも、それを操るあなたの魔術に限界がある。一度に操れる限界――それは魔人化していても変わらない。魔術の理屈上、それは絶対だ。――もう、こわくないんですよ、アンタ程度」

「私たちがアンタを止めるんじゃない。――アンタが、私たちを止めてみせろ」

「……なるほど。道理です」


 そう。これは受け身ではない。

 水星は群体がゆえに、単身の強度が非常に低い。ゆえに彼女がピトスとフェオ――このふたりの近接戦闘者を止めようとするのなら、全力を割く必要がある。

 それで、たとえ水星を倒しきれずとも。

 その間中――水星は他に何もすることができないということだ。


 どこにでも、何体でも現れることができる――そう思わせること自体(丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶)が水星の罠だったということだ。

 彼女の変身はそこまで便利ではない。これまでそれをやらなかったのは、温存していたのでもなんでもない――ただできなかった(丶丶丶丶丶丶)だけのこと。

 考えてみれば当たり前の話だ。

 水星の変身は魔術で、

 ――ならば、魔力が必要に決まっている。

 上限があるということだ。

 保有量が上がろうと、行使できる上限が変わらない以上は意味がない。

 水星は魔人化しなかったというより、だから、する意味がなかったと言ったほうが近いのだろう。


「――アンタのほうこそ、考えたほうがいいんじゃない?」


 剣を抜き放ち、フェオは小さく笑う。

 この女にはずいぶん痛い目を見せられてきたものだ。

 その分を、今ここで返すことを誓って。


「アンタひとり(丶丶丶)で、私たちふたりに勝てるとでも?」

「――ていうか、ですね」


 それに答えてピトスも笑った。

 嘲るように。

 いや――憤るように。


「いい加減、うざってーんですよテメーは。何度も何度も出てきちゃ、ころころころころキャラ変えやがって。初対面とキャラ違いすぎなんだよ、面倒臭えな分裂ババァ」


 ――オーステリア正門付近。

 ピトス・フェオvs水星。


「……ピトスこわ」

「フェオさーん?」


 開戦。

ピトス「初対面とキャラ違いすぎなんだよ!」


アスタ(おまいう)

レヴィ(おまいう)

ウェリ(おまいう)

シャル(おまいう)


ピトス「なんですか文句あるんですか」

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