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セブンスターズの印刻使い  作者: 白河黒船/涼暮皐
第四章 王都事変
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4-01『王都への旅立ちと道連れ』

 更新直後、誤って完結済み設定にしてしまったようですが、ミスです。

 誠に申し訳ありませんでした。

 祭りの喧騒も、終われば後を引かずに消える。

 魔競祭が終わったオーステリアの街は、元の平穏を取り戻していた。元より活気と喧騒に満ちたこの街も、さすがに祭りのときと比較すれば静かになるということか。


 ――兵どもが夢の跡。

 なんていう有名な句も異世界では知られていないが、通底している感覚があると思う。

 そういえば、今の地球はいったいどんな風になっているのだろう。

 地球にいた頃の記憶なんて、もうほとんどが薄れてしまった。どちらが自分の故郷なのかと問われれば、感覚としてはすでにこの世界のほうが近い。

 両親も、幼かった妹も。全て記憶の彼方に埋没して、その色彩を喪っている。

 そのことを、俺は悲しいとさえ思わない。なんの感慨も浮かばない。

 浮かばなくなって、しまっている。



     ※



 オーステリア城壁外部。広い草原地帯のそこは、地平線の彼方に朝焼けが見えていた。

 朝も早い、というよりはまだ夜が近いというべき時間帯。いかに目覚めが早いオーステリアの商人たちでも、この時間ならほとんどが眠りを味わっている頃だろう。

 こんな時間に、煙草屋を抜け出して城壁外に出た理由は、実のところそんなに深くはない。

 単に、出るところを誰にも見られないようにするためというだけだ。


 俺たちは、これからオーステリア出立して王都まで向かう。

 日数にしておよそ三日を予定している旅だ。地球で言うならそれなりだろうが、この異世界で三日など旅のうちに入らない。

 まあ、とはいえ旅と称しても間違いにはならないだろう。


 俺の連れ合いはふたり。

 そのうちの片方は、早い時間にもかかわらず意外と元気な様子だった。


「……アスタ。あれが、そう……?」


 俺のすぐ横をちょこちょこと歩いてついて来る、ひとりの小さな女の子。

 肩口くらいまで伸ばした藍紫のまっすぐな髪の毛に、少し日に焼けたような薄褐色の肌が印象的な子だ。地球で言う白色系が多いオーステリアでは、歩いているだけで目を惹く気がする。

 その名前を――アイリス=プレイアス。

 俺にとっては一応、義理の妹に当たる少女だ。


 暖かな夜の満月に似た黄金色の双眸。それがこちらを見上げるようにしている。

 きょとんと小首を傾げ、知らないことを、知っているはずの大人おれに訊ねる幼い少女の様子だった。それくらいには信頼されていることを、俺は素直に嬉しいと思える。

 彼女が指差しているのは、道の先、いくつもの轍が刻んだ跡の上に止まっている一台の馬車。見た目には質素な造りながらも、おそらくは熟達した魔術師の手によるだろう術式が刻まれたものだ。

 待ち合わせている相手が、すでにそこで待っていたらしい。

 無防備だ、とは思わなかった。アレに手を出せば、待っているのは終わりだけである。


「そう。たぶん、中で待ってるんだろう」

「おうじょさま……」

「そんな感じしないけどな」

 俺は苦笑。あのじゃじゃ馬が王女の地位にあるなんて、未だに少し信じられない。

「まあ結界くらい敷いてるだろうから、迎えがそろそろ出てくるんじゃないか」

 軽く呟いた声に、答えたのはもうひとりの連れ合いだった。

 俺の横、アイリスとは逆側を歩いている彼女には、俺から頼んでついて来てもらったのだ。


「――うぅ。どうしよう、なんかすっごい緊張してきたよ……!」


 そんな風に呟いて、彼女は肩を震わせる。

 元は異世界人の俺や、まだ幼いアイリスとは違い、この世界で普通に生まれ育った人間はおいそれと王族の前には立てないのだろう。俺でさえ、初めて会うときにはかなり緊張したという覚えがある。

 そんな幻想は、言葉を交わして数秒で吹き飛んだのだが。


「失礼があったら駄目だよね……アスタ、どうしたらいいかな!?」

「失礼があったら、あいつならむしろ喜ぶと思うけど」

「そ、そんなヒトいるわけないじゃん! もう、自分は知り合いだからって……!」

 ぶつくさと文句を言う少女――フェオ=リッター。飴細工みたいな長髪を流し、勝気そうな瞳を持っている……のだが、実はこれで結構、人見知りする。初対面の相手だと判断力が暴走し、その結果として攻撃的になるという悪癖があった。

 まさか、仮にも一国の王女に対して、そうそう下手な真似にも出ないだろう。……出ないよね信じてる。

「……まあ、あいつならそれも喜ぶか」

「だから、そんなヒトいるわけないじゃんか……」

 知り合いだからこそ事実を述べられたのだが、フェオはどうも冗談だと判断したらしい。まあエウララリアがおかしいだけで、真っ当な反応だと俺も思うが。


 フェオには、俺の護衛を依頼してあった。同時に献血もするが、まあこちらはおまけだ。

 術式の反動で魔力の出口が壊れ、今の俺は魔術が、というか魔力が一切使えない。そんな状態でエウララリアに同行するなど、ほとんど自殺行為だと思うからだ。

 いや、別に何があるわけでもない。あくまで王都に旅するだけであって、迷宮に入るとか魔術師と戦うとか、そういうことが予定されたものではないのだ。一応。

 魔術師ではない人間だって、旅くらいなら普通にする。

 だが俺は自分を、正確には自分の運というものをまったく信じていなかった。運勢というか、あるいは運命というべきか。《何もないはず》という状況で、実際に《何もない》ことなど俺の人生にあるわけがない。どうせ面倒な事態に巻き込まれるに決まっている。

 それくらいの悟りは開いていた。

 半ばジンクスだが、教団のことがある以上、馬鹿にできたものではないだろう。


 この街で再会したとき、エウララリアは俺にこう告げた。

 ――曰く、一番目の魔法使い(イプシシマス)が殺された、と。

 魔法使いは魔術師の頂点だ。世界で最も魔術に長けた三人のうち一角が、ほかの魔術師に殺されるわけがない。理屈なんてものを超越しているからこそ、三人は《魔法使い(イプシシマス)》と呼ばれるのだから。

 つまり、魔法使いが殺されたのならば、その容疑者は魔法使い以外にあり得ない。

 世界でふたりだけの容疑者――片方は隠居して世間に顔を出さないと聞くが、その名前は魔競祭で聞いている。もう一方に関しては、もはや言わずもがなだろう。

 あのクソジジイが関わっている可能性が、単純計算で五割あるのだから。警戒しないわけにはいかなかった。


 自己自身者。向こう側の存在。

 本来、《魔法使い》という表現は現実に即していない。なぜならこの世界に魔術はあっても、魔法なんて存在しないからだ。

 というよりも、存在しないものを魔法と呼ぶ、と表現すべきだろうか。

 物語に出てくるような、杖を振って豪華な食べ物を生み出すとか、箒に跨って空を飛ぶとか――そういう術式によらない、イメージだけの架空の奇跡を《魔法》と呼ぶ。逆を言えば、誰かが使える技術なら、たとえそれが魔法使い以外には不可能なものだとしても《魔術》だ。

 魔法使いは魔法を使わない。

 それでもなお魔法使いと呼ばれるのは、彼らが子どもの夢のような《魔法》にも等しい力を振るうということに対する畏怖や尊敬、忌避や皮肉の意図が含められているからだ。


 もちろん、それだけが魔法使いの条件ではない。ほかの人間に不可能なことをする、というだけならメロだって魔法使いだ。

 けれど彼女は魔術師であって、決して魔法使いではない。

 この辺はもう観念的というか概念的というか、理屈の話ではないのから。

 魔法使いは魔法使いだから魔法使いなのである――そう表現するよりほかにない。


「――ようこそ。このたびはありがとうございます、アスタ様」


 馬車の近くまで辿り着くと、御者台から老年の男が降りてきた。

 おそらくは結界でも張られていたのだろうが、彼ならばきっと感覚だけで気づいてもなんらおかしくない。それほどの達人でなければ、王女の護衛など務まるまい。


「お久し振りです、グラム翁。その節はどうも」

「ええ。マイア様にはあの後も幾度かお目通りしましたが、アスタ様とはずいぶんお久し振りですね……苦労なさったご様子だ」

「それはもう。騒動には事欠きませんでしたよ」

「はは。七星の英傑は、今も人気の絶頂ということですかな」

「それは嬉しくないですねー」

 冗談を重ねながら、互いに笑みを交わし合う。

 アイリスは無言の無反応だが、フェオのほうは目を白黒としていた。さすがに剣士ならば、彼を知らないということはないだろう。

 くすんだ金髪。だがそれは決して彼の品位を貶めるものではなく、むしろ熟練の武芸者だけが纏い得る力強さの証となる。その肉体は齢六十を超えてなお壮健、鍛えられ、引き締まった肉体は、ただそれだけでひとつの芸術だとさえ表現できよう。

 遠慮より興味が勝ったか、どこか興奮した様子でフェオは言う。

「……あ、あの! 失礼ですが、もしかしてグラム=ペインフォート様では……?」

「フェオ=リッター様ですね。お噂はかねがね」グラムさんが微笑む。「ええ。確かに私が、グラム=ペインフォートです。このような老骨の名が、若く綺麗なお嬢さんに知られているとは、何やら年甲斐もなく、気恥ずかしいように思えてきますな」

「…………」

 フェオは絶句。冗談めかして、お茶目なお爺さんという風のグラムさんだが、その正体は凄まじい身分なのだから、これはフェオを責められまい。


 ――グラム=ペインフォート。

 かつての高名な魔術師の家系でありながら、その半生を武術のみに捧げた変わり者。

 そして――そのまま《最強》の二文字に到達した偉大な男。

 そう。彼はかつて、魔術師ではなく武術家として王国に名を馳せた英雄だ。

 年齢から、さすがにかつてほどの強さは持っていないものの、剣士ならばその名を知らぬ者はいないというほどの有名人である。

 迷宮ではなく戦場で。彼はその有名を轟かせた。魔術師でも冒険者でもなく、そして騎士でさえなく――彼はもともと傭兵だ。

 彼は魔術を選ばなかった。というと、正確には異なっている。

 彼は得物を選ばない。

 剣も、槍も、斧も、弓も杖も鉈も弩も素手でさえ、彼にとっては等しく武器なのだ。時も場も選ばず、誉れを求めず、ただひたすらに勝利だけを追求した武人の中の武人。


 そして実際に、最強の二文字に辿り着いた英雄。


 傭兵稼業を引退して以降は、こうして要人の警護を仕事に変えた。

 ここ数年はずっとエウララリアのお付きだろう。護衛であり、同時に執事としての役割もこなしていえる。

 まあ端的に、失礼と誤解を恐れず言えば化物である。

 剣士には槍で対し、槍兵には弓を射る。そういった戦い方が評価されのし上がった彼だから、当然のように嫉妬や悪評を集めたのだ。

 実際には、剣士を剣で下し、どころか魔術師を素手で仕留めるレベルの武術家なのだが。今でこそ最強の座からは退いて久しいが、その実力は未だ凡百の冒険者が及ぶところではない。

 王女の護衛としては、これ以上ないという人選だろう。

 逆を言えば、彼がいるからこそエウララリアは勝手気ままにあちこち出歩いているのだが。


「ささ、立ち話もなんでしょう。どうぞ、中へお入りください。エウララリア様が、首を長くして皆様のご到着を待っておられましたからな」

 俺たちを馬車の中へ誘うグラムさん。その振る舞いたるや紳士のひと言だ。

 これで現役の頃は傍若無人の暴虐振りで、たとえるならメロの男版みたいな性格だったと聞くけれど。その状態の彼は正直、あまり見たくなかった。

「ちょっとグラム、あんまり余計なこと言わないでよ! いいから早く皆さんをご案内して!」

 と、幌の中から反駁が聞こえる。言わずもがな、エウララリアだろう。

 普通なら王女と相乗りなんてあり得ないが、まあこの王女様は普通ではないので、今さら気にしても意味がない。

 グラムもまた、普通にエウララリアをからかう言葉を吐くのだった。

「しかし、エウララリア様? もっと遅い時間でいいと申し上げましたのに、早く出ると言って聞かなかったのは――」

「いいから! 早く! 入れてもう行くわよなんなのもう!」

 いかに王女とも、グラムさんを前には小娘ということか。

 わずかに苦笑を零しながら、俺は先んじて馬車の中へと足を入れた。

「……こほん。アスタ様、よくお出でくださいました」

 途端、取り繕って言うエウララリア。今さら遅いと思うのだが。

「今の俺が、どこまで役に立つかなんてわからないけどな。こっちにも事情はあったさ」

「その辺りのお話ものちほど。ですが――」

 続けてアイリスに手を伸ばし、背の高い馬車へと持ち上げてやる。アイリスに介助がいるとは思わないが、こういうのはまあ男の役目だ。必要不要の問題ではない。

 続けてフェオにも手を伸ばした。躊躇う彼女を強引に引き上げ、広い馬車の椅子に腰かける。


「――まずはお互い、自己紹介から初めてもよろしいですか?」


 綺麗に微笑むエウララリアは、きっと、単に自分が興味を持っているだけなのだろうと思う。


 ともあれ。

 この五人が今回、王都を目指す旅の仲間ということだった。

 というわけで本編再開です。

 どうぞお楽しみください。

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