S-08『第四章前日譚』
前話からの続きです。
まずはS-07『第三章後日談』からお楽しみください。
驚きに声が出かかった。
その瞬間に、同じ声が別の言葉を発する。
「お待たせしました」
ことり、と。カウンターの上に、湯気の立つカップが静かに置かれた。
二杯目を頼んだ覚えはない。一杯目は、いつの間にか飲み干していた。声がかかったのは、ちょうどそんなタイミングだった。
フェオの驚きを、ちょうど止めるように発された落ち着きのある声音。
その主は、この喫茶店の店主だった。黒い髪――アスタのそれに似ている――に、黒い眼帯をつけている男。
アスタからはそのまま《珈琲屋》と呼ばれている相手。
名は――確か、レンだったか。
「あの……?」
「静かに」
レンは再び言った。隠されていないほうの視線は、そのままアスタたちのいるテーブルへと注がれている。
「ここで座っている分には警戒されないが、騒ぎ立てればお前だと気づかれる」
「……あの、どういう……?」
「興味があるんだろう?」レンはこちらを見ないで呟く。「なら、気づかれないようにな」
迷いは、まだ完全に消えていない。それでもフェオは頷いた。
「……わかった。そうする」
視線を、再びアスタたちのほうへと戻す。
シグの声が聞こえてきた。
「――奴らの目的は、人工的にヒトをヒトでないものに変えることだ」
核心を突く言葉だった。フェオは咄嗟に息を呑む。
「魔力に浸して肉体を……いや、魂魄そのものを変質させるってことだね」
言葉を継いだのはセルエだ。彼女は今、迷宮で出会った《金星》のことを思い出している。
魔物。それも人工的に生み出されたものであろう合成獣。
教団にとっては、それさえ実験の一環なのだとすれば。
「――人造魔人」
シグが、呟く。その言葉自体は知らずとも、込められたおどろおどろしい意味は察することができる。
「魔人……? そんな言葉、聞いたこともないが」
アスタは目を細める。正確には、地球で読んだ漫画や小説なんかでは聞いた言葉だ。
けれど、この世界に来てからそんな語彙を聞いたことはなかった。
「察しはついているんだろう。アイリスが普通じゃないということくらいは」シグが首を振る。「お前が彼女を《見て》こなかったとは思わない」
「…………」
確証はなかった。魔術師であるからこそ違和感には気づくが、魔術師であるからこそあり得ないと断じてしまう違和感。
ここ数日、アスタがアイリスを見てきた――文字通りに《観察》してきた――のは、つまるところそれが理由である。
「単に魔術を使える人間を魔人とは呼ばない。それは魔力に同化した――いわば人間という魔物の一種だ」
「人間と魔物の雑ざりモノ……それを、人為的に創り出そうとしているわけか」
「ああ。最終的には自分たち自身を人間からひとつ上の段階に移すために。アイリスはその実験体だったというわけだ。そんな工程を確証も予行もなく自分には使えないだろう」
たとえば、フェオは吸血種の血を引いている。
それを魔術的な理論に則って正確に言い換えれば、《ヒトに吸血鬼が雑ざっている》ということになる。ヒトと魔物の合成ということ。
これは先天的なモノだ。肉体も精神も魂魄も、全てが先天的な変質であるからこそ成立するものだ。肉体だけならばともかく、精神や魂魄といった領域に手を出せる魔術師はほとんどいない。だからこれまで、人間にあとから手を加える技術は不可能とされてきたのだ。
そういった不可能の領域に挑み、人間というモノを後天的に別の何かへと創り変えようとしているのが――七曜教団だ。
気づくべきヒントはいくつもあった。おそらく間違いではないだろう。
きっとクロノスも同じ実験を受けたのだと思われる。アスタはピトスから、彼がアイリスを指して《姉》と表現したことを聞いていた。
ヒトに、鬼を雑ぜたモノ。ヒトでも鬼でもない何か。
水星の変身も、金星の魔物操作も、全てがその《人造魔人製造計画》とも呼ぶべき陰謀のための必要とされた能力なのだろう。あるいはほかの《星》を持つ教団員たちも、計画のために集められたのかもしれない。
「それがマイアの出した結論だ」
そこまで言って、シグは口を噤む。
マイアは、アイリスを助け出したときに教団の施設を目にしている。錬金魔術師である彼女ならば、そういった、いわゆる人造人間に関する造詣も深い。
――今はまだ、七星旅団には及ばない。
彼らはそう言っていた。逆を言えば、いずれ及ぶようになるということでもある。
あえて強い言い方をすれば、七星旅団の団員は全員、先天的な異常者だ。皆が皆、きっと生まれたときから狂っていた。
ならば。その対極となる七曜教団は。
「だが、それは手段だろう」
アスタは言う。どこか断定的な口調で。
「奴らはなんのために魔人なんぞを目指している? そもそも魔人ってのはなんだ? 重要なのはそこじゃないのか」
「魔人は、人間の進化した段階だと言われている」
「……ファンタジーっつーか、もはやSFだな」
顔を歪めて呟くアスタに、シグが首を傾げる。アスタがときおり、こういう風に意味のわからないことを呟くのは昔からだが。
「何?」
「いや、すまん。話の腰を折ったな、続けてくれ」
「……もっとも俺も教授から聞き齧った程度の知識しかないんだがな。ヒトを模した魔物がいる以上その逆も理論上はあり得るだろうという、まあ机上の空論だ。研究している人間がいないわけではないらしいが」
「実際、連中はそれを大真面目に研究して、そして実現させようとしている、と」
「あくまでマイアの推測だ。確証はない。だが奴が言うなら、そう外してはいないだろう……連中の目的はわからないがな。それをして何がしたいのかも、なぜ俺たちに敵対しているのかも」
七星旅団は、別に正義の集団ではない。リーダーからして個人主義の塊のような女なのだから。
それでも敵対視されているということは、いずれこちらに害を為すつもりがあるから、ということなのだろうか。それにしては、単に殺そうというつもりがないらしい辺りは意味不明だ。
「奴らは、あれで宗教を名乗っているからな」
シグは呟くように言う。確かに、教団というほど宗教的な空気は感じないが。
「ともすれば、神にでもなろうと考えているんじゃないのか」
「……下らない」
吐き捨てる。だがアスタは、それもそう外れてはいない気がしていた。
魔術師は魔術によって、様々な行為を可能とする。
火をつける。結界を張る。傷を癒す。水を出す。
それは言い換えれば、不可能をひとつずつ失くしていくということでもある。ヒトの意志が、想像が続く限りの不可能を可能に変えていけば――やがて行き着くのは全能。
すなわち、神になるということだ。
それが古から続く、魔術師本来の史上目的であるという。
理念はやがて長い歴史を経て廃り、魔術は単に生活の、あるいは戦闘の手段に堕した。迷宮の古式魔術が衰退したのは、そういった魔術本来の目的が喪われたためだと言われている――。
「まあ、やっぱりなんだっていいよ」
メロが言った。眠たげにひとつ欠伸をして、彼女は断言する。
「あいつらはあたしたちの敵なんだから。その一点はもう変わらない。なら、悩むことなんてないじゃん」
「…………」
「――邪魔してくるなら殺せばいい。それだけのことでしょ」
端的、というか単純すぎる話だった。いかにもメロらしくはあるが、それで済むのはメロだからだ。
それでも、間違ってはいないのかもしれない。と、傍らで聞いているフェオは思う。
「いずれにしろ、俺はこれからオーステリアを離れる」
アスタは視線を天井に移して呟いた。
懐に手をやり、しばし静止してから手を離す。煙草を吸おうと思ったのかもしれない。
「こっちのことは任せた。俺は、向こうでいろいろ調べてくるから。――先出るぞ」
それだけ言うと、アスタはそのまま席を立つ。
周囲を一瞥することもなく、彼はそのままオセルを後にした。
残されたフェオは、しばし周囲に視線を巡らせる。黙ったままの三人や、温くなり始めたコーヒー。フェオはそれを、ひと息に飲み干した。
「すみません、わたし――」
「会計はいい」レンが静かに言った。「そもそも勝手に出したものだしな。追うんだろう、行ってきな」
「……ありがとう!」
それだけ言うと、フェオはアスタを追ってオセルを飛び出した。
その後ろ姿を見つめるいくつかの視線には、最後まで気づかないままで。
※
アスタの姿はすぐに見つけた。だが、どうしてか声をかけられない。
フェオはそのまま、後ろをついて行く以外になかった。
そのまましばらく歩いていると、アスタは煙草屋の方向に戻っていった。このままでは数分もせずに辿り着いてしまうだろう。
そうなると、それこそ声をかける機会を失ってしまう。
アスタが声を発したのは、ちょうど、そんな風に迷っている頃だった。
「……で、いつまでついて来るんだよ?」
「うえぇいっ!?」
「なんつー声出してんだ」
苦笑するアスタ。どうやら、フェオの尾行は気づかれていたらしい。
「……バレ、てたんだ……」
「まあ、気づいたのは店を出てからだったけどな。今の俺でも、そんなあからさまな尾行くらいは気づけるさ」
「……うぅ」
赤くなる耳を止められない。なんだか、自分が馬鹿みたいだった。
そんなフェオの内心を知ってか知らずか、アスタはなぜか笑みを作って言う。
「ま、ちょうどいい。ちょうど俺からも、フェオに用事があったんだ」
「え――?」
「……なんだよ。お前も俺に用事があったんじゃないのか?」
怪訝に眉を顰めるアスタ。さすがに挙動不審すぎたかもしれない。
「あ、ううん。私も用事はあったんだけど……」
「そっか。ちょっと寄ってってくれ。お茶くらいは出す」
「ふぇあ」
「は?」
「あ、ううん。なんでもない。――それで、用事ってなんなの?」
首を傾げるフェオ。アスタはそこで、初めて言いづらそうに視線を逸らした。
「あー。その、だな……」
「うん……?」
「――俺の血を、吸ってはもらえないだろうか?」
…………うぇい?
※
「ま、魔術が使えなくなったあ!?」
アスタの話を聞いたフェオは、思わず叫び声を上げていた。
場所は煙草屋の二階、アスタの自室。てっきりアイリスがいるかと思っていたのだが、彼女はどうやら煙草屋の親父さんとどこかに出かけてしまったらしい。見た目にはかなり差のあるふたりだが、あれで意外に仲がいいのだ、とはアスタの談。
今さらながらに、フェオは男の部屋に上がり込んでいる、という状況を強く意識してしまう。アイリスがいると思い込んでいたからこそ、なんの抵抗もなく上がり込めたのだ。
まあ、その緊張もアスタの言葉を聞いた瞬間に吹き飛んでしまったけれど。
「あんまり大きな声出すなよ……別に誰もいないけどさ」
「う、あ……ごめん」
「いや、そんな謝らなくてもいいんだけど……」
「……だって」
フェオは思わず俯いてしまう。意外にも、アスタは露骨に狼狽えていた。
割と口が悪いほうの男ではあるが、これで案外、下手に出られるとむしろ弱いのだろう。
「それ……私のせい、だよね……?」
「いやいやいや! あんなん自爆みたいなもんだから! いや、あれだ! もしくは水星が悪いだけだろ!」
――実際、あの場にフェオがいなければ水星を殺しきれたかどうかは微妙なところだ。
おそらくは逃がしていただろう。もちろん、あの人格を殺しても、別の人格が表に出てくるだけだったのだが。
あの厄介極まりない能力を前にして、万全を期すほうが難しい。
「そ、そうだ! あれだ、フェオも何か俺に用があったんだろ!?」
執り成すようにアスタが言う。
フェオとて別に暗いところを見せたいわけじゃない。そもそもここには恩返しをするために来たのだから。
とりあえず、ここに来た役目を果たすところから始めよう。
「うん……その、エイラ姉から、これを渡すようにって頼まれて」
言ってフェオは、持ってきた魔具をアスタに渡す。
紫の魔晶が嵌められた、ネックレス型の魔具。アスタはそれを受け取ると、矯めつ眇めつ眺め始める。しかし、すぐに懐に仕舞いこんだ。
てっきり着けるかと思っていたのだが、すぐに使うつもりはないらしい。
「ありがとう。悪いな、わざわざ持ってきてくれたのか」
「うん。……あの、恩返し、のつもりで……」
「恩返しって……いや、まあ受け取っとくけど」
苦笑するアスタ。断るほうが不義理だと判断したのかもしれない。
これはチャンスだろう。フェオは思った。今の勢いなら、ほかに何か言えるかもしれない。
いや別に好きだから云々とか告白したいとかなんとかいうわけではなくて。あくまでこう受けた恩にはヒトとして報いなければならないだろうという当たり前の話であって。
「それで! あの、もちろんこれだけで済ませるってわけじゃなくてね! そもそも、この街に来たのもアスタに何か返そうと思ったからだし! 結局ほら魔競祭じゃ役に立たなかったかな、なんて思ってね! それでね!! えっと――もうなんかそんな感じだから!」
「どんな感じだよ」
「……」
本当にそうだった。私は何を言っているのだろう。フェオは、なんだか頭がくらくらしてきたようだ。
「でもまあ、ちょうどよかったよ」
と、アスタはどこか安心したように言う。
フェオもそこで思い出した。この部屋に入る前、アスタは確かにこう言っていた。
――自分の血を吸ってほしい、と。
「…………」
フェオは咄嗟に身を引いた。だって意味がわからない。
吸血鬼の側が「血を吸わせてほしい」と言うならばともかく、吸われる側が求めるなんて理解できない。まさか血を吸われる感覚が快感に変わってしまったとでもいうのだろうか。いや、あのときは直接吸ったわけじゃない。でも血の交換はあくまで魔術的なものだから、その魔力を奪われる感覚が逆に好きになっちゃった的なこともあるのかもしれないどうしよう別に思ったほど嫌な気分じゃないしむしろ引かれてなくてちょっと嬉しいくらいだからここはアスタの言う通り血を吸ってあげたほうがいやいや何を言っているのかでもやっぱり恩返しだからこれは――。
「おいフェオ。待て、なんの妄想してるのか知らんが、とりあえず話を聞いてくれ」
「――はっ!?」
「いや、『はっ』じゃねえけど」
アスタの側が引いていた。おかしい。普通は逆じゃないのか。
もう割といっぱいいっぱいのフェオだった。
「さっき、魔術が使えなくなったって話しただろ?」
「うん」
フェオは頷きを返す。曰く、呪いの進行がついに限界を超えたのだとか。
もともと、血を吐いてでも強引に魔術を使ってきたアスタだ。それらの反動が積もり積もってしまったせいらしい。何より、魔競祭中に使った強引な魔力開放術式が、アスタの限界をかなり近づけてしまったようだ。
今、アスタは魔力の出口が完全に閉じている状態である。魔力がなくなったのではなく、出口がなくなったせいで魔術が使えない、ということ。
「だが魔力は根本的に、肉体にとって毒だ。排出できない魔力は肉体を侵す。俺は、自分の魔力をどうにかして外に出さないといけないってこと」
瘴気は毒だが、普通の魔力だって決して人体にとって優しいものだとは言えない。どころか充分に有害だ。
まあ放っておいたところで、所詮は個人保有の魔力ならば大した害もないのだ。それでも魔力を持つ人間は、例外なくその毒素を体外に放出する必要がある。少なくとも十日に一度、できれば毎日一回は。
これが半月を過ぎると徐々に体調を崩し始め、ひと月も経てば風邪のような症状に変わってくる。
まあ、普通は生きているだけで勝手に消費されるし、それで充分なのだが。生まれたばかりの子どもが、稀にかかる病気程度の認識が一般的だった。それさえ魔力を多く持って生まれた証だと歓迎されるくらいである。
アスタのようなパターンは、例外中の例外と言っていい。
「……ああ」さすがに、そこまで説明されればフェオにもわかる。「だから私に、魔力を抜き出してほしいってわけなんだ……」
「ま、そういうこと」
アスタは視線を逸らして頷いた。彼も実際、それなりに恥じらっているのかもしれない。
それがわかったからこそ、フェオも少し笑みを浮かべる。
「……わかった。出力口が閉じても、私なら血を経由して魔力を外に出せると思う」
「お前も俺の魔力を使えるようになるし。悪い話じゃないと思うんだが……どうだろ?」
確かに、と思う。アスタはこれでかなり魔力量が多いほうだ。
ひとたび血を吸えば、それは概念的にフェオへ流れ込む。つまり好きなときに引き出せるということだ。
まあ使いどころがあるかは別の話だが。ないならないで今度は逆に、フェオが消費しなければならない魔力が増えるだけではある。
「……んじゃ、えっと、頼めるか?」
アスタが問う。フェオは頷き、
「うん。えっと……どうすればいい?」
「どうすれば……え? いや、知らんけど……嘘、俺に訊く? え、あー……どうしたもんか……」
首を傾げるアスタだった。なぜそこを考えていないのか。いやわかるけれど。
まあ、血を吸うという以上は、どこかに傷をつけなければならない。最も簡単なのは指先などの末端部なのだが……フェオは自分が、アスタの指を咥えている様を想像した。
……無理無理無理無理無理。つーかあり得ない。そんなことできるわけがなかった。
となると、残る選択肢といえば――。
「……首筋?」
※
アスタとフェオは、狭い部屋の寝台の上にいた。
ふたりは正面に向き合って、お互い抱き合うような体勢になっている。
アスタの顔が近い――だがそんなことを意識するほどの余裕がそもそもない。これから行うのは、曲がりなりにも相手を傷つける行為だ。
「……いくよ、アスタ?」
「お、おう。来い」
緊張しているのだろう。少し赤らんだアスタの顔が見える。
そのことが、フェオを少し安堵させた。アスタだって、私で緊張することがあるんだ、と。
ともあれ、それよりも今は行為に集中せねばならない。
フェオはアスタの首筋に口を近づける。その首筋を軽く唇と舌で塗らした。
「ん……っ、ふ……」
「……えっと。なぜ舐める?」
「痛くしないようにだけど……なんかヘン?」
「いや。いいならいい。もうなんでもいい」
「だいじょぶ。先っちょだけ。先っちょだけだから……」
「逆に怖い……」
「ん――ぅ」
それから――ひと思いに牙を突き立てた。
八重歯というには鋭すぎる犬歯が、アスタの首筋に赤い水玉を浮かべる。
「――……っ!!」
「ごめん……痛かったかな、アスタ?」
「……いや、大丈夫。もっと入れていいぞ」
「うん。もっと深く……入れるね?」
「ああ……、っ!」
「んっ。あ――わかる? 流れ込んでる、よ……?」
「そうだな。わかるよ……」
「……」
「……」
「そろそろ、抜くね……?」
「おう……」
そうして、アスタはフェオに血を、というか魔力を抜かれた。
もちろんそれだけの話であり、それだけの話でしかない。ないのである。
「大丈夫、だった……?」
小首を傾げて、見上げるような視線になったフェオ。
アスタは首元を軽く押さえたまま、
「ああ。確かに魔力が減ってるな。少しくらっとするけど、まあそんなもんだ」
「そっか。なら、よかったんだけど。直接は初めてだったから、上手くできるかどうか心配で」
「大丈夫。ありがと、助かったよ」
軽く浮かべられた微笑が見えた。その笑みが直視できず、フェオは思わず顔を背けてしまう。まじまじとなんて見ていられない。
一方のアスタは、そんなフェオの態度に特段の反応を返さず続ける。
「……で、さ。しばらく、これ、頼みたいんだよ。何かしらの対応策が浮かぶまで」
「あ、ああ……うん。もちろんそのつもりだったけど――」
「いや、それでさ。――実は、もうひとつお願いがあるんだよ」
わしわしとアスタは髪を掻き乱す。どこか言いにくそうな様子だ。
とはいえ、言わないわけにもいかないのだろう。意を決したように息を吸い込むと、
「――俺といっしょに、王都まで来てくれないかな?」
「へ……へえっ!?」
――それはデートなのだろうか。
ほんの一瞬だけ、そんな考えが脳裏を通りすぎていく。
もちろん、そんなわけないのだが。
というわけで、短編章は今話でひとまず終了です。
お付き合いいただきありがとうございました。
第四章は明日、5月1日より開始です。
しばらくは早い投稿ペースを心がけますが、基本的には19時の更新となります。
では第四章『王都事変』にてお会いできることを祈って。
白河黒船でした。




