30話:祭
「下級天使らが攻めてきました!」
悲痛な声で叫ぶ天使に、その場にいた全員がぽかんとしていた。
え、何? 誰が攻めてきた? 下級天使が? 天使達相手に?
多分、全員が僕と同じ思いで居ただろう。
ケツァールさんは渋面を作りながら、複雑に指を動かす。
それに呼応するように、空中に浮かんでいた遠見の鏡の中に映像が映される。
「これは……!?」
その場に居た全員が、鏡に映された光景を見て息を呑む。
報告してきた天使の宣言どおり、外はまるで戦場のようになっている。
綺麗な模様の彫刻や建物は打ち壊され、燃え盛る火炎に飲まれていた。
何よりも驚いたのは、逃げ惑っていたのが下級天使ではなく、天使族たちだった。
下級天使は青空を黒々と染めるほどの大集団で、天使達に次々と襲い掛かる。
集団を率いているのは見知った顔、イカルちゃんとアトリちゃんらしい。
「それ、やっつけろー! 突撃ーっ!!」
イカルちゃんが標的の天使を指差すと、下級天使達が数十人、下手をすると百人単位で、獲物を狙う猛禽のように急降下して天使に襲い掛かる。
「ひいいっ! やめ、やめなさいよっ! あんた達、天使族にこんな事をしてどうなるか……! むぎゅう!?」
対象となった天使の言葉は数の暴力に押しつぶされる。
そのままタコ殴りにされ、下級天使が去った後には、殆ど裸にまでひん剥かれ、綺麗な羽を一本残らずむしりとられた天使が伸びていた。
あ、大丈夫、動いてるし一応生きてるみたいだ。多分。
無論一人だけではない、そこら中で人柱、もとい天使柱が発生している。
「この、舐めるんじゃないわ! ドブネズミ共っ! 吹き飛びなさいっ!」
「きゃー!」
襲われていた天使が衝撃波を放つが、下級天使達が数人、文字通り吹き飛んだだけだ。
「何するのよ! びっくりするじゃない!」
「そんな! 何で!? 下級天使の癖に!」
下級天使達は大きな怪我はしていない。
以前のガリガリの状態だったら、多分そのまま消し飛んでいただろう。
確かに彼女達はドブネズミかもしれないが、汚れて痩せ細ったドブネズミではない。
いまやたっぷりと栄養を取り、艶やかな毛並みを持つドブネズミなのだ。
それに対して、天使はエミューとモアのせいで力を吸い取られていて、元から疲労の色が濃かった。
栄養失調、疲労困憊の人間が、百匹の怒り狂うドブネズミに一斉に襲われたらどうなるか。
半狂乱になってまともに対応できないだろう。今、それが起こっていた。
「空襲部隊、爆撃開始!」
「え……? ぎゃああああ!?」
今度はアトリちゃんが叫んだ。
それとほぼ同時に、上空から巨大な白い塊が雨あられと投下される。
あれは……聖域の結界に使っていた豆腐ブロックだ。
僕の神力を固めた塊、殺人豆腐をぶつけられて、反撃してきた天使はそのまま気絶した。
「イカル様! アトリ様! あらかた片付きました!」
「よーし! ミサキ様、カナリア姉ちゃん! それに神域の天使ども! わたし達の声が聞こえてるでしょ!」
イカルちゃんは天を睨み、高らかに宣言する。僕達がこの状況を覗いていると察しているのだろう。
中々どうして優秀だ。
「よくもカナリア姉ちゃ……下級天使の長カナリア様と、心優しいミサキ様を侮辱してくれたわね! もう我慢できないわ!」
イカルちゃんは激怒していた。烈火と呼ぶに相応しい。
「絶対ゆるさない! わたし達がいつまでも大人しくしてると思ったら大間違いだから! 今のわたし達は、やれば出来る子なんだから!」
控えめなアトリちゃんまで、胸に溜まった怒りを吐き出すように叫ぶ。
カナリアが笑いものにされ、おまけに僕のあまりにも卑屈な態度が追い討ちとなり、彼女達の怒りが臨界点を突破してしまったらしい。
儀式が終わった後でダメだったと口頭で言われたら怒る程度で済んだのだろうけど、百聞は一見に如かず。
実力行使に出たわけだ。実況中継なんてするからだ。
「これは一体どういうことだっ!」
ケツァールさんが凄まじい勢いで叫び、遠見の鏡を叩き壊し、映像が途切れる。
怒りのあまり空気がびりびりと震え、高そうなステンドグラスまでもが粉々に砕け散る。
「あんた達、何で下級天使にいいようにやられてるのよ! それでも天使族なの!?」
モアが報告に来た天使を糾弾する。
天使はびくっと体を震わせ、それでも何とか言葉を繋げる。
「我々も必死に応戦しております! ですが、エミューとモア様に力を捧げすぎて、碌に休息も取れておりません。それに下級天使達は、何故か異様に力を付けているのです!」
「何だっていいわ! 今すぐにあいつらを鎮圧し、処分しなさい!」
「そ、そんな……! もう殆どの天使族が奴らの捕虜になってしまいました!」
「モア、少し落ち着きなさい! ケツァール様、とにかく我々は下級天使達の鎮圧に向かいます。ミサキ、あんたも来るのよ!」
「そりゃ行きますけど……」
「早くせぬかっ! いつまで私の庭に薄汚い鼠どもをのさばらさせている気だ!」
ケツァールさんに追い立てられるように、エミューとモアが僕を引っ張って上神の間を飛び出す。カナリアも慌ててついてくる。
そのまま暫く廊下を駆け抜けていたが、不意にエミューが僕を柱に押し付けた。
カナリアがあっ、と叫ぶが、エミューは万力のような力で僕の肩を掴んで離さない。
「ミサキ……これは一体どういう事よっ!」
「ど、どうって言われても……!」
「しらばっくれるんじゃないわ! まさかあなた、この機会をずっと狙っていたの!?」
「いやいや! そんな訳ないでしょう!」
「嘘を吐くんじゃないわ! だったら何で下級天使が天使族に歯向かうのよ! 天界始まって以来、そんな事は一度も無かったのよ!?」
「そう言われましても……」
僕だって困惑しているのに、そんなに怖い顔で問い詰められても答えようが無い。
普段から天使は下級天使を見下してて、しかも今弱っている。
その分、下級天使が強化されて、そのリーダーが辱められて……テロを起こす理由なんていくつでも思いつく。
ただ、これは僕の指示じゃないのだ。その辺をどう説明しようか答えあぐねていると、エミューの体が不意に廊下に付き飛ばされた。カナリアが横から殴りつけたらしい。
「ミサキ様! お怪我はありませんか!?」
「こ、この……! 下級天使ふぜいが、私を突き飛ばしたわね!?」
「黙りなさい! ミサキ様をこれ以上侮辱する事は私が許しません! それに、ミサキ様はこんな暴動を計画するほど愚かではありません!」
カナリアが大声で僕の無罪を訴える。
いや、もっとひどい計画を立てていたのだけど、それはこの際黙っておく。
エミューは燃えるような瞳で僕達を睨んだが、意外にも噛み付いては来ず、怒りを押さえるように髪を掻き揚げる。
「覚えてなさい! 下級天使達の前であんた達の手足をもいで、二人仲良く公開処刑する姿を鼠どもに見せてやるわ! 行くわよ、モア」
「お、お姉さま! 待ってください!」
言うが早いか、エミューとモアは飛び出していった。
てっきり僕をこの場で叩き伏せるくらいはすると思ったのに、これはちょっと意外だ。
「ミサキ様! 急いで下級天使達を止めなければ大変な事になります!」
「え?」
「恐らく、エミューとモアはミサキ様の意思に関係なく暴動の首謀者とするでしょう。そのままミサキ様を追放させる気なのだと思います。いえ……追放で済めば良いでしょうが、最悪は……」
そこまで言ってカナリアは二の句を告げられずに唇を噛んだ。
確かに、これは非常にまずい状況だ。
下級天使達は、多分冷静な判断が出来ていない。ただ感情のままに力を暴走させている。
「とにかく止めなきゃ! カナリア、行こう!」
「は、はい!」
僕とカナリアも慌てて廊下を駆け抜ける。
行く時はもっと時間が欲しいと短く感じた廊下が、今はイライラするほど長く感じた。
超高速で走りぬけ、転がるように宮殿を飛び出す。
輝く太陽の下に飛び出し、僕はそのままありったけの力で雲を蹴り、宙に浮かぶ。
「みんな! 止まりなさい!」
今までの鬱憤を晴らすように、天使達をなぎ倒し、建物を打ち壊していた下級天使達は、僕を見た途端、金縛りにでもあったかのようにぴたりと動きを止めた。
こういうのはいつまで経っても慣れないが、かといって黙っているわけにも行かない。
「ミサキ様! ミサキ様のお陰で、わたし達こんなに強くなりました! さあ、わたし達にご命令を! 聖戦をっ! 革命をっ!」
下級天使の興奮度は凄まじく、ミサキ様! ミサキ様! と大音響でコールする。
さながら僕はジャンヌ・ダルクか。
「え、ええとね、みんな……」
みんな僕の言葉を待っている、どうしよう。止めるべきか止めざるべきか。
さて、どうしようか――少し逡巡した後、僕は口を開く。
「皆! 思う存分ぶっ壊して、暴れて、全部を破壊しよう!」
「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」」」」」
「み、ミサキ様っ!?」
「もうここまで来たら止められない。謝っても許してもらえないだろうしね」
みんなの真摯な視線を感じて分かった。こうなってしまった以上、止めるのは無理だ。
聖戦、革命、そう言った言葉をみんな口にしているけど、多分、心の奥はもっと単純だ。
皆、暴れたいのだ。溜まりに溜まった憎しみや怒り、悲しみを爆発させたいのだ。
導火線に火はついてしまった。ならばもう、行ける所までいくしかない。
今更謝ったってどうせ許して貰えないだろうし、暴れるだけ暴れ、破壊できるだけ破壊し尽くそう。
カナリアにはどん引きされてしまうと思ったが、意外や意外、彼女は目をきらきらと輝かせ、実に晴れやかな笑顔を僕に向けた。
「分かりました! 私もぶっ壊します! ミサキ様を追放するような世界なんか、全部、全部破壊します!」
「その意気やよし! さあカナリア、一緒にぶっ壊そう! お祭りの始まりだ!」
「はいっ!」
御輿をぶつけ合って喧嘩をする、全裸で海に飛び込む、街全体で狂ったようにトマトを投げあう、世界には狂った祭りが沢山ある。今、僕はあの『祭り』をやる理由が分かった。
こうした魂の大爆発を防ぐための、ガス抜きのためのものなのだろう。
カナリアは僕の前に躍り出ると、下級天使達全員に念話で通達を送る。
エーテル操作の得意な彼女なら、この場に居ない下級天使達にもはっきりと伝えられるだろう。
「皆の者、ミサキ様の宣言を聞きましたか! 我らの敬愛するミサキ様は、我々の暴走を抑えるどころか、後押ししてくださいました! さあ、もう何も恐れる事はありません! 戦うべきは今! 下級天使の力を知らしめる時が来たのです! 」
「「「わあああああああああああああああああっ!!」」
カナリアの最後通達で、下級天使達の熱狂は頂点に達した。
結局、僕は冷静な判断なんて出来ないのだ、心の赴くまま感情を爆発させるしかできない。
けれど、それでいいじゃないか。
たとえ良くないと言われても、僕にはそういう生き方しか出来ないのだ。
生きていくという事は、我を通すという事だ。
そして、通したい主張があるなら、衝突して傷を負うことだってあるだろう。
不完全燃焼でくすぶり続ける位なら、彼女達にもやりたいようにさせてやりたい。
今、この瞬間に全てをつぎ込む。
僕とカナリアの発言が決定打となり、下級天使達は一斉に思い思いの方向に飛び出していく。
空を覆う巨大な影となり、豆腐ブロックを爆撃機のように天使達の家に投下し、落ちたブロックを一糸乱れぬ行動で地上のチームが拾い上げる、そうして除夜の鐘をつくように、天使や建物にどっかんどっかん打ちつけていく。
天使達も必死に反撃しようとするが、完全に空気に呑まれていて、碌に抵抗も出来ないまま倒されていく。
「「「あははははははははははははっ!!」」」
下級天使達の少女達は、悪魔のように哄笑しながら、世界遺産に登録できそうな美麗な建物や彫像を片っ端から粉砕し、火を放つ。
地獄の業火のような火柱がそこら中から立ち上がる。
天界は上層、中層、下層で、まるでウェディングケーキのように綺麗に分けられているから、純白に彩られたこの世界を俯瞰して見たら、お誕生ケーキのロウソクが燃えているように見えるだろう。
お誕生日おめでとう、おめでとう。だが今日が命日だ。
「そう言えば、エミューとモア、あいつらは何処!?」
「上層の中央へと向かいました! アシュラ隊長がいる辺りです!」
間髪居れず、近くに居た下級天使の一人が教えてくれた。
電波塔の役割のカナリアが参戦したことで、念話によるネットワーク回線が強化されて、各自の状況を把握できているらしい。
さすがカナリアの指揮下にあるだけあって、よく統制が取れている。
しかし、いつの間にかアシュラが隊長づけされて呼ばれていたことに驚いた。
なかなか信頼されてるじゃないか、アシュラ。
「上層の中央……あれか!」
僕が首を向けた方向に、ひときわ巨大で純白な塔が立っているのが見えた。
以前はあんな建物無かったから、恐らくエミューとモアが上級天使になった時に見栄で建てたのだろう。
下で悶えている天使族を見捨てて、真っ先に自宅を心配するとは彼女達らしい。
上級天使と勝負するにはやはり僕とカナリアがやるしかない。急がないと。
「私はあっちに向かう! カナリア、飛ばすけど付いて来られる?」
「勿論です!」
言うが早いか、僕は弾丸のように空気を切り裂き、下級天使達の指差したほうへ急行する。
殆ど最高速度で飛行しているが、カナリアは全く遅れずついて来る。
僕達がその場所へ着く直前、塔はいきなり燃え上がった。
「いやあああああああああああああああああっ!? 私達の……私達の神殿がっ!?」
「お姉さま! 気をしっかり!」
耳をつんざく悲鳴がすぐ前で聞こえ、エミューが半狂乱になって叫んでいるのが見えた。
僕達より随分早く向かっていたはずだが、あんなにごてごてと着飾っていたせいで碌にスピードを出せず、残念ながら間に合わなかったらしい。
一方、下の方からやたら上機嫌なだみ声と、きゃはははと笑う小さな子の声が聞こえた。
聞きなれたその声は、アシュラ&ツグミちゃんの凶悪コンビだ。
アシュラは目を爛々と輝かせ、燃え盛る炎を囲み狂ったように踊っている。
「ひゃっはー! もえろー!」
「いいぞツグミぃ! 燃やせぇ! こんな辛気臭ぇ建物は全部燃やし尽くせー!」
ツグミちゃんはアシュラに肩車された状態で、両手に燃え盛るたいまつを持って振り回している。
どうもこの屋敷に火を放ったのは、この二人が主犯らしい。
炎をバックにアシュラの腕、ツグミちゃんの手足が影を作り、まるで腕が六本生えているように見える。
その姿、まさに阿修羅だ。
「の、野良犬ぅ……! あんたが……あんたがやったのね!?」
「悪ぃ悪ぃ。俺は育ちの悪い野良犬だから頭が悪くてよぉ、上級天使サマの家だと分かってたら、ちょっとは手加減できたんだがなぁ。いやぁー残念残念っ!」
これっぽっちも悪いと思っていない表情で、アシュラは凄惨な笑みを浮かべた。
ツグミちゃんもアシュラに感化されたのか、小悪魔みたいにけらけらと笑っている。
「こ、殺してやる……殺してやるぅぅっ! 野良犬も下級天使も、みんな、みんなっ! 皆殺しにしてやるわっ!」
エミューとモアが拳を握り、明確な殺意を向ける。
今の彼女達には僕達より、アシュラとツグミちゃんが倒すべき仇敵と映っているようだ。
「アシュラっ! ここは私とカナリアが……!」
「心配すんなっ! ここは俺達がやる! 行くぜツグミ!」
「あいあいさー!」
アシュラが吼えると、肩車をされていたツグミちゃんが滑り降りて、コアラのように背中に張り付く。
それを合図に、回りから下級天使達が一斉にアシュラの背後に駆け寄ってきて、ムカデ競争のようにツグミちゃんに張り付いていく。
「神力連結!」
ツグミちゃんが叫ぶ。
その瞬間、ツグミちゃんの背中の小さな小さな純白の翼に下級天使達が吸い込まれていく。ツグミちゃんの翼が、白鳥のように巨大な翼に急成長した。
「行くよー! アシュラ!」
「おう! やれっ!」
そしてツグミちゃんは羽ばたいた。
ぐん、と急上昇し、人狼であるはずのアシュラは、たちまち僕達と同じように空を舞った。
「野良犬……! 何であんたが神力連結を使えるのよ!?」
「バァカ、エーテルなんとかを使ってるのはツグミだぜ? 生憎俺は飛べねぇからな」
「なら、もう一度叩き落してあげるわ! 燃え尽きなさいっ!」
モアが火球をアシュラに放つが、背中に張り付いたツグミちゃんが、高度を上げて回避すると、高度を利用してきりもみ回転で急降下、アシュラが鋭い爪でエミューに襲い掛かる。
「しねー!」
「死ねやオラァ!」
ツグミちゃんとアシュラが同時に吼えた。
アシュラの鋭い爪がエミューを捉える――寸前に、エミューは不恰好な動作で何とか回避した……というより、アシュラがわざと外したように見えた。
「こ、この野良犬っ! 調子に乗って……!」
「お姉さま! 血が!?」
「……ち?」
モアの指摘で、エミューが恐る恐る自分の頬に手を伸ばすと、かすり傷程度だが頬にはうっすらと血がにじんでいた。
それを見た瞬間、エミューの顔がみるみる青ざめる。
「ち、ち、血……!? 私が血を!?」
「お姉さま、お気を確かに!」
狼狽するエミューを宥めるモアも顔色が悪い。
かすり傷にもなってないと思うんだけど、まるで惨殺死体を見たような表情になっている。
「どうした? お前らまさか、自分が傷つく事が無かったのか? そりゃそうだよな、てめぇら『蹂躙』はしても『戦闘』はした事ねぇんだもんなぁ?」
「うぅ……!」
アシュラはケダモノの凶暴性をむき出しにして、鋭い爪に付いた血をべろりと舐めた。
「アシュラはすごいつよいよ! ミサキしゃまのエーテルをまいにちたべてるから、ツメもキバもすっごいとがってるよ!」
「くっ……! う、うるさいわねっ! だから何だっていうのよ!」
「すっごいとんがってるんだよ! かたーいホネとかバリバリかみくだくんだよ!」
ツグミちゃんが後ろからいい感じで煽っていく。
純粋な分、嘘を言っていない事が伝わりやすい。
いいぞいいぞ。もっと煽るんだ。
「う、ううっ! だったら何よ! 私達は上級天使よ! そんな野良犬なんて……!」
「ウオオオオオーンッ!」
「ひいっ!?」
アシュラが威嚇するように吼えると、エミューとモアは抱き合うように小さな悲鳴を上げた。
アシュラを見下していたのは、彼女達にとっては格下の野獣だからだ。
しかし今のアシュラは、僕のエーテルを毎日食べて、ある程度ドーピングを受けている。
さらに、ツグミちゃん達の力を借りて、空を飛ぶことも出来る。
つまり、アシュラはもう異世界の野良犬ではなく、正体不明の魔獣なのだ。
それでも単純に考えたら、純正の上級天使二人なら、僕の神力ドーピング、下級天使の飛行能力が入ったアシュラよりずっと強いはずだ。
けど、『知らない』という事が、エミュー達の恐怖心にじわじわと侵食していく。
夜中に揺れる柳の枝が幽霊に見えたりするように、鼠のような物が、妄想でとんでもない怪物に見える時だってあるのだ。
「動くな」
天界全体に響くその声に、世界が止まった。
燃え盛る炎も、狂騒に飲まれた下級天使も、逃げ惑う天使も、怒りと恐怖の混じったエミューとモアも、僕もカナリアも、アシュラも、みんな、みんな一点を凝視していた。
「さて、と……なかなか面白い事になっているな」
遥か上空で、太陽を背負ったケツァールさんが、氷のような表情で僕達を睥睨していた。




