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13話:神のみぞ知る

 あの羞恥のドレスアップから数日が経ったが、相変わらず僕はカナリアの家に居候している。

 天界の下層生活にも、徐々にではあるが慣れてきたし、格好に関しては、誰も僕を変だと言わないので半ば開き直っていた。

 ただ、神を崇めるような羨望のまなざしを向けられることには未だに慣れないけど。


 ともかく、僕の服装が解決した事でようやく次のステップへと移れた。

 カナリアの上神の儀式対策である。

 他にもやる事は色々あるけれど、とりあえずはこれが今の最重要課題だ。


 で、そもそもいつ次の儀式が行われるのかカナリアに確認したら、驚いたことに天使達は誰も把握していないらしい。

 いつも開始の二、三日前に唐突に告知されるので、常に臨戦態勢だとか。

 なんていい加減なんだろう。


「恐らく、何か深い意味があるのだと思われます。神の位の方がされる事ですので」

「そうかなぁ……」


 勝手に決め付けるのは良くないけど、ケツァールさんは見かけに寄らず、凄くいい加減な気がする。

 正体不明の僕を外見と力だけで上級天使に認めたり、気分でカナリアを試験パスさせたり、部下の中のごく一部だけしか把握してなかったり。

 偉い人だからと言って、必ずしも全ての言動に意味がある訳じゃないと思うけどなあ。


「今は時間が余り無いので、細かい話は追ってします。さ、イカル、行きましょ?」

「ぇー……天使の所に行きたくないなぁ……」

「文句言わないの。それではミサキ様、行って参りますね」


 ぶつくさと文句を言うイカルちゃんを引き連れ、カナリアは家を出る。

 そう、今日は彼女達が天使達の元へお勤めに行く日なのだ。

 ちなみにアトリちゃんはツグミちゃんのお守り役として自宅待機だ。


「うん。行ってらっしゃい」


 カナリアの遠慮を押しのけて、家の外まで彼女を見送ると、今日の担当らしき下級天使達が何十人も待機していた。

 みんな本当に嫌々という感じで、カナリアに先導され、仕方無さそうにのろのろ飛び立っていく。


 狭く四角い青空に吸い込まれていく背中を見ていると、何となくやるせない気持ちになる。

 とはいえ、嫌だからやめるという訳にもいかないのだ。

 下級天使達は所持している神力が非常に少なく、そのまま放っておけば消えてしまう。

 ストライキを起こしても、先にこちらの神力が尽きてしまう。

 生きていくためには、嫌な飼い主でも尻尾を振らねばならないのだ。


 下級天使達の中でローテーションが組まれており、体調の優れない者や、酷使され力が弱まっている者は休ませている。

 天使側からすれば下級天使の個々の違いなど殆ど分からず、十把一からげで考えているらしく、そこに言及された事は無いのだとか。

 単に便利な道具程度にしか考えてないのかもしれない。

 

 カナリアが生まれてくる前は、本当に片っ端から出撃し、どんどん消費されて行くだけだったらしいが、彼女が管理するようになってから、多少は下級天使達の消耗がましになったらしい。


 話を聞いた限りだと、別段カナリアが優れていたという訳じゃなく、気弱な彼女は下級天使の中でもあまり断るという事が出来ず、馬鹿みたいに真面目に取り組んでいるうちに自然と力がついたんだとか。

 そして、いつの間にかリーダー的ポジションになってしまったのだ。


「あの子、貧乏くじを引くタイプなんだなあ……」


 空を仰ぎつつ僕は一人ごちる。

 僕も大概だけど、カナリアはそれ以上に不器用だ。

 とはいえ、損な役回りをしたお陰で、上神の儀式にねじ込むくらいまで登り詰めたんだから、世の中というのは分からない物だと思う。

 

 そんな頑張っているカナリアに対し、僕は家でぼけっと待っているだけだ。

 家事を手伝おうとすると、僕の力だと片っ端から破壊してしまうので、かえって邪魔になってしまう。

 

 カナリアいわく、僕がここに居るだけで神力が漏れ出し、下級天使たちの体の維持に良い影響を与えてくれるので、居てくれるだけで充分と言っていた。

 そういえば、神力は勝手に放出されていくと言っていたっけ。

 でも、年端の行かない少女達にいつまでも養われているというのはどうかと思う。

 僕だって丈夫(ますらお)としての矜持(きょうじ)があるのだ。今の体は女だけど。


 そんな訳で、僕は下級天使達を見送ると、アトリちゃんにツグミちゃんをお願いし、聖域へと足を向けた。


 ここ数日、僕は豆腐職人になっている。

 いや、豆腐職人に『なっている』というより、『なってしまった』が正しいか。

 僕はあくまでエーテル固定で食事を出す練習をしているのであって、豆腐を作りたいわけじゃない。

 だが僕が作ると、どうしても白くて四角いあの物体しか作れないのだ。

 自分で言ってて悲しくなるけど、まさかここまで料理の才能が無いとは思わなかった。

 生前にお婆ちゃんに任せきりで、全く自分でしなかったのが災いしたのかもしれない。


 ただ豆腐に関しては完全にプロフェッショナルで、三メートルくらいある大理石みたいなものから、手のひらサイズの物まで作れる。

 強度の方も、僕がグーで殴っても破壊できない物から、飢えた原始人とかなら何とか食べられそうな堅さの物も作れるようになってきた。


 でも恐ろしいので誰にも食べさせていないし、僕も食べていない。

 自分で作っておいて何なんだけど、こんな得体の知れない物体、食べるのが怖いじゃないか。

 特に、カナリアの作るエーテルブロックに舌鼓を打っていた皆の舌は恐らく肥えており、


『私のエーテルブロックおいしい?』

『ミサキ様……この味は、ミサキ様の内面からにじみ出てくるものなのでしょうか……』

『おえっ! ミサキさまサイテー!』

『ミサキさまは私たちを苦しめたいのかな?』

『ミサキしゃま、おっぱいだけおいてあっちいって……』

『う、うわああああっ!?』


 ……という想像をしてしまうと、空恐ろしくなってしまう。

 僕のしょぼくれた内面が、白日の下に晒け出されてしまうのではないか。


「それにしても、さすがにちょっと作りすぎたか……」


 これまで牧場の柵の如く等間隔にモノリスを突き刺してきたが、いい加減置き場に困っている。

 このまま行くとストーンサークルどころか、ピラミッドでも作れてしまいそうだ。

 今更だけど、下級天使達の聖域を冒涜的な豆腐で汚すのはさすがに気まずい。

 もう食事は諦めて、才能の有効活用を出来る方法を模索すべき段階ではないだろうか。


「あ、そうだ。風呂なんかどうだろう?」


 下級天使達は皆、穢れが完全に取り切れないので薄汚れた体をしている。

 彼女達も禊をしたいのだけれど、食うや食わずの状態で神力に余裕が無い。

 だったら、このだだっ広い聖域に公衆浴場を作ったらどうだろうか。


 初めて禊をして貰った時を思い出す。

 あの時、僕は意識せずに最上級の聖水を作る事ができた。

 どうも僕が水に入る事で、紅茶のティーパックの如く神力が溶け出すようだ。

 ということは、大量の水とそれを収める場所さえあれば、後はふやけたみかんの皮の如く、何も考えずお湯に浮かんでいれば、聖水のプールが出来上がりという訳だ。


「うん、これは割と良いアイディアな気がする」


 少なくとも、食えもしない岩のような謎の物体で聖域を埋め尽くすより、余程有意義だ。

 いくら僕に料理センスが無くても、さすがに水を張るくらいは出来るだろう。

 よし、これで行こう。

 頭から豆腐のイメージを追い出し、目を閉じて意識を集中させる。

 

「水よ! 出ろっ!」


 僕の叫びに呼応するように、勢い良く水流が放出される――されすぎた。

 ブッシャアアアア! なんてレベルじゃない。

 これは破壊兵器だ。分厚い鉄板を切り裂くウォータージェットだ。

 暴力的なまでの聖水の奔流が、屈強な豆腐たちの壁を、数枚単位で軽々とぶち抜いていく。

 一瞬呆けていたが、僕は慌てて手を空中へと向ける。


 太陽を撃墜する勢いで撃ち出された水分が空中に拡散し、光を乱反射させ巨大な虹を作り出す。

 灰色に近い、くすんだ白の世界に写る七色の光は大変に美しい。

 だから何だと言うのだろう。

 僕は今、風呂を溜める予定だったのに。


「あ、でもこれはひょっとして……」


 僕は先ほどより少しだけ肩の力を抜き、神を拝むように両手の平を合わせる。

 すると、両手の間から細いビーム状の聖水を出すことが出来た。


 そのまま僕は、適当な豆腐に向かい一礼し、両手剣を振るうようにえいやっ、と手を振り抜く。

 鋼鉄のように硬い豆腐が、まるで本当の豆腐のようにすぱっと切れた。

 うん、これは加工には丁度いい。


 一通り満足すると、地面に刺さっている大型冷蔵庫みたいな豆腐ブロックを引っこ抜き、両手で担いで聖域の片隅に並べていく。

 元々同じ材質で出来ているせいか、二つを並べると、隙間が無くなりぴったりと密着される。


 これは僕が豆腐を並べている時に気づいた性質だ。

 これまでは豆腐ブロック同士が引っ付かないように等間隔で並べていたのだが、今回は敢えてその二つのブロックをくっ付ける。

 豆腐の大きさはまちまちなので、恐るべき切れ味と射程距離を持つ聖水ビームで、はみ出した部分を削っていく。

 こう見えて僕は、こういう作業が得意なのだ。


「何か根本的に間違ってる気がするけど……まあいいか」


 一体何故こうなったのだろう。

 僕はただ美味しいご飯を作ろうと思ったのに、鋼鉄すら凌駕する豆腐を作り、水すら満足に生成出来ず、殺人聖水カッターで豆腐を裁断している。

 何もかもが間違っている。


 でも仕方ない。僕は昔からこうなのだ。

 小さい頃、近所の田んぼで魚を捕まえて帰ってきたことがあったのだけど、バケツに入れておくと上からの姿しか見えず、僕はどうしても横から眺めてみたいと思った。

 生憎うちには水槽が無かったので、僕は魚を大きなビンに入れて眺めていた。

 実は、それはお婆ちゃんが梅酒を作るために用意したもので、僕は滅茶苦茶怒られた。


 何が言いたいかというと、昔から僕は道具を正しく使えないということだ。

 本来こうあるべきと作られたものなのに、僕は全然別の使い方をしてしまう。

 でも待って欲しい。僕には僕の言い分があるのだ。

 魚は絶対に水槽に入れなきゃ駄目という物でも無いでしょう。

 あの時の僕は、透明で横から魚を覗けるものが必要だったのであって、その条件さえ満たせれば何でも良かったのだ。


 つまり、最終的に形が整うというか、皆の利益になればそれはそれでOKじゃないだろうか。

 まあ、あの時は全面的に僕が悪かったが今は違う。

 きちんと目標に向けて力を振るっているのだ。

 それが例え豆腐であり、ウォーターカッターであってもだ。


「ミサキ様が何かなされているわ……」

「しっ! 声を荒げちゃ駄目! 何かきっと深い意味があるのよ……!」


 そうして僕が一人テトリスをやるように黙々と豆腐を積み重ねていると、たまに非番の下級天使達の囁きが聞こえてくる。

 どうも彼女達は一日のスケジュールに、ミサキ製モノリス――豆腐を拝むことを入れているみたいだ。

 特に太陽が一番高くなる時間になると、その数は凄まじい事になる。

 この時間帯にお参りをするとご利益がある、みたいなジンクスが出来ているらしい。


 産廃を参拝するなんてあまり笑えないが、それで楽しそうにしているのだから、まあ実害はないのだろう。


 一応、僕は上級天使という肩書きになっているので、下級天使達の方からは殆ど話しかけてくることは無い。

 ただ遠巻きに『何か凄い事をしている』と憧憬のまなざしを向けてくるのが分かる。

 別に偉い人が忙しそうにしているからと言って、必ずしも素晴らしい事をしている訳じゃないんだけどなあ。

 僕はただ、自分の行動のツケを自分で処理をしているだけなのに。




 ◆ ◇ ◆



「ミサキ様、ただいま戻りました!」


 日が暮れるまで黙々と豆腐を塗り固めていた僕は、上方からのカナリアの声に振り向いた。

 西日を背にしているため表情は見えないが、声のトーンから上機嫌なのが分かる。


「カナリア、お帰りなさい」

「ミサキ様、先程の激励、本当にありがとうございました!」

「え……? 何のこと?」


 僕は今の今まで、ひたすら豆腐で巨大建造物を作っていただけなのだが。


「お昼前にとても大きな七色の光を見たのです。あれはミサキ様が作ってくださったのですよね?」

「ああ、あれね……」


 恐らく、さっきの聖水ビームの誤射だろう。

 天使達のエリアにまで届いてたのか。うわあ恥ずかしい。


「あの虹を見たとき私たち思ったんです。ミサキ様が私たちを見守ってくれているって……そう考えると、凄く勇気が出てきて、いつもより頑張って早く帰って来れたんです!」

「そ、そう……それは良かった」

「はいっ! ありがとうございます!」


 カナリアの後ろに付き従う下級天使達も、皆が皆疲れた顔をしていたが、本当に満足しきった笑顔をしていた。

 ううむ、まあ彼女達が喜んでいるならいいか。

 怪我の功名ということにしよう。


「ところでミサキ様、結界の中に作られている物体は何でしょう? 神殿の土台でしょうか?」

「ああこれ? 風呂桶にしようかと思って」

「お風呂というと……禊の事でしょうか? 確かにうちの浴槽ではミサキ様には手狭ですしね」


 僕は丸一日かかって、五十メートルのプールほどの巨大な箱を作る事に成功した。

 小学生程度の下級天使達が溺れないように、深さも浅めに調整してある。

 初めてにしては割と上出来じゃないだろうか。


「そうじゃなくて、ほら、皆少し汚れてるでしょ? だから皆で使える禊の場所があればと思って……」

「え!? 私たちのために!?」

「うん」

「み、ミサキ様……」


 カナリアは絶句している。他の下級天使達も驚きを通り越し、無言になっている。

 まずいなあ。また非常識行為をやってしまったのか。


 冷静に考えたら、ある日突然、知らないおじさんが自分の家の庭にプールを作っていたような物だ。

 それを見た家の人はどう思うだろうか。

 そんな危ない人、通報するに決まってる。

 毎度毎度の事だけど、自分の学習能力の無さにがっかりしてしまう。


「みんな聞いた!? ミサキ様が私たちの禊の場所を作ってくれたのよ!」

「す、凄い! 本当に私たちが使ってよいのですか!?」


 そんな僕の内心とは裏腹に、カナリア達は大興奮だ。

 中には泣き出す子まで出る始末。僕はほっと胸を撫で下ろす。


「でも一つ問題があって。風呂桶を作ったのはいいんだけど、肝心の水がね……」


 そうして僕はカナリアに事情を説明する。

 僕が水を出そうとすると、勢いが凄すぎて何もかも破壊してしまう。

 力を絞ると聖水カッターになってしまうし、手を広げて出すと聖水キャノンになってしまうのだ。

 カナリアのように繊細で、清らかな湧き水のような美しい放水が出来ない。


 そのことを聞くと、彼女は神妙な顔になる。

 いくら巨大な貯水場が出来ても、肝心の水が無ければ聖水もへったくれも無い。

 エーテルの扱いに長けたカナリアなら何か良い方法を知らないかと、一応枠だけは作っておいたのだが、粗大ゴミを集めて巨大ゴミを作っただけなのだろうか。


「あの……もしかしてぬか喜びさせちゃっただけかな?」

「いえ、一つだけ方法があります」

「本当に!?」

「あるにはあるんですけど……その……」

「何? 凄く難しかったりするの?」

「い、いえ! 凄く簡単な方法ではあります……ありますが……」

「とりあえず、どんな物かだけ教えてよ」

「……そ、それは、神力連結(エーテルリンク)と言う方法です」


 カナリアは少しだけ頬を赤らめ、もじもじと恥ずかしそうに答えた。


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