第四十一話 あなたは誰?
エルヴィン様は、怪しくペロッと唇を舐めながら笑うと、そのまま私を大きな木の幹まで追い込む。
そして、逃げられないように両手をドンっと幹に置き、私の退路を断った。
「ああ、愛しいアイリーン……あんな犬も、くだらない試験も全て投げ捨てて、僕とここで愛しあおうじゃないか」
今までエルヴィン様が、私に好意を向けてくることは何度もあったけど、ここまであからさまなのは初めてだった。
しかも、今までと違って、今の私はエルヴィン様への恋心を自覚している状態。こんな状態で愛の言葉なんて言われたら、ドキドキしてしまうのは避けられないだろう。
でも、そんなドキドキを全て無に帰してしまうほど、エルヴィン様の言葉から嘘の臭いがしていることに気が付いた。
それも臭いなんて生半可なものじゃない。ありとあらゆる悪臭を詰め込んだと言っても過言ではないくらい、酷い臭いだった。
つまり、エルヴィン様の今の言葉は、全て嘘しかないということだ。
……そうだよね。エルヴィン様が私の気持ちを無視して勝手に物事を決めたり、ソーニャちゃんを見捨てるはずが無いもんね!
「あなた、誰ですか? いや……誰!? エルヴィン様をどこにやったの!?」
「なにを言っているんだい? 僕はエルヴィンだよ?」
「嘘だ! 私の知っているエルヴィン様は、そんな酷いことを言ったりやったりする人じゃない!」
「ははっ、怒った顔も愛らしい。今すぐにでも僕のものにしたくて仕方がない」
「っ……!!」
私の顎をクイっと持ち上げるエルヴィン様は、確かに私の見慣れたエルヴィン様その人だけど、絶対にこの人はエルヴィン様じゃない。早く逃げないと。
そう思った私は、顎に触れてきた手に噛みついて、驚いた隙を突いて尻尾で足をすくい上げてエルヴィン様を転ばせると、急いでその場から逃げ出した。
「おいおい、いつの間にこんな手荒い真似を覚えたんだい? 僕の愛するアイリーンは、そんな乱暴な人じゃないよ。これは……お仕置きが必要だね」
「そんな必要は無い! だって、私はもうあなたとは二度と会わないから!」
全力で走っていると、何か刃のようなものが頬にかすった。
ほんのちょっとしか当たってないとはいえ、ツーっと滴り落ちる血と痛みが、エルヴィン様の偽物が、私を攻撃してきたことを、強く訴えかけてきた。
「本当に君は悪い子だね。まあいい、君がそのつもりなら、いくらでも付き合ってあげるよ……ふふふ」
相手が偽物だってわかっているとはいえ、エルヴィン様の顔で不敵に笑われると、他の人よりも嫌悪感を強く感じる。
私の大好きな人を騙るだなんて、絶対に許せないけど……ここでやられて全てを失っては、元も子もない。
「はぁ……はぁ……くっ!」
「ほらほら、もっと早く逃げないと」
偽物は私の頬を切った風の刃で、執拗に攻撃をしてくる。
認めたくないけど、この状況で、なおかつ偽物に被害が及ばない魔法として、この魔法の選択は完璧に近いと思う。
直接攻撃してくるのはもちろん、木を切って私の行く手を阻んだり、木で潰そうとしたり、行く手に大量に置いておくことで、私の逃げ道を確実に潰してくる。
実際に、逃げている間に何度も危ない場面はあったけど、偽物はそのチャンスを全て棒に振っている。
おかげで、今もこうして逃げられているけど……逃し方が少々露骨で、違和感を感じるけど、とにかく逃げないと話にならない。
そう思って走って、走って、走って……流石に息切れしてきた頃に辿る着いた場所は、断崖絶壁だった。
「ど、どうしよう……行き止まり……!?」
「鬼ごっこは楽しかったかな?」
あいも変わらず不敵に笑う偽物を見て、自分がここまで誘導されていたことに気づいた。
気づいた頃には、もう遅い。魔法が使えない私では、偽物の魔法から逃れる術はない。
「さっきは随分と偉そうに啖呵を切っていたけど……またこうして顔を合わせて、会話をしているじゃないか」
「…………」
「黙って少しでも抵抗を見せようって魂胆かな? いじらしくて可愛いじゃないか。だが、逃げている時に死にかけた時の、あの恐怖に染まる顔をもっと見せてくれないか? そうじゃないと、わざと見逃した意味が無いじゃないか」
そうか、どうして何度も機会を逃していたのかと思ったけど、そういう魂胆だったのね。あまりにも悪趣味すぎて、吐き気がしてきた。
私が大好きなエルヴィン様の姿で、そんな悪趣味なことをしないでもらいたい。
「あなた、一体どうして私にここまで執着するの!?」
「その質問に答えて何になる? 僕は無駄なことが嫌いなんだ。だが、同時にとても優しくもあってね。だから代わりに、面白いことを教えてあげるよ」
なんなのこの人! いちいち鼻につく話し方をして! そんなの、ゲオルク様だけで十分だよ!
「ここであったことは、現実世界の僕達の肉体には反映されないけど、実際に痛みや疲れを感じているようになっているだろう? 試験官は、強いショックを受けると気絶すると言っていたが……それ以上の痛みを受けると、さらにその先に行く。つまり、死ぬほど強い痛みを与えられると、精神が死んだと勘違いして、壊れてしまうのさ。まあ、そこまでなった生徒が出た記録はないけどね」
……ま、まさか……私を本当に殺すつもりなの? ただの学園の試験で、そこまでする!? 私、そんなことをされる覚えなんて、これっぽっちも無いんだけど!
「あははははっ! 君がセレクディエ学園の歴史に、新たな一ページに名を残すんだよ! 無様な女狐には丁度良いんじゃないか!?」
「め、女狐……まさか、あなたは……!」
何度も聞かされて、半ばトラウマになりかけている単語と共に、私は偽物の作った巨大な魔法陣の放った光に、成すすべなく飲み込まれていった……。
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