6 聖女が報復しないなんて法律は無いぞ?
無事パレードは終了し、お披露目の終わった私は晴れてこの国の聖女になった。特に変な事は起こらなかったし、めちゃくちゃ歓迎された。大量の花が投げつけられたくらいだ。
テレビでパレードとか見ると華やかだなって思うけど、やる側になってみてわかる。小っ恥ずかしいし、すごく大変だ。ライスシャワーや、大量の花が撒き散らされる中、ニャオンテがてしてし歩いて進む。道の両サイドには城下町の人達がぎゅうぎゅうに集まっていて、私を見ている。花や花束、小さく切られた紙などが私に向かって投げられた。中には顔にビシッとヒットするものまであるのだ。できればもう二度とやりたくない。
マリエッテさんが言うには贈り物が毎日山の様に届いているらしい。けど、宝石やドレスはニャンコのお世話係には不要です。幾つかはイベントで使うかもしれないから、とマリエッテさんに強制的に残されているけれど、それ以外は侍女さん達やメイドさん達にお配りした。とても喜んでもらえた。しかし、それすらもダメだと怒られたので、お姫様達に呼ばれたお茶会でばら撒いている。王様にもお妃様にもお姫様にも大変喜ばれた。王子様には嫌な記憶が蘇るのでお会いしたくありません。
お菓子の類は喜んでみんなで分けて消費する。これまた侍女さんやメイドさん達に熱烈に支持を受ける。私は欲がなくて周りに福をばら撒く素晴らしい聖女らしいよ。単に要らないものを押し付けてるだけなのにね。甘いもの好きなマリエッテさんもお菓子は渋い顔をしながらも嬉しそうに食べていた。
あと、ニャオンテ行きのお魚やお肉類は色々アレンジしてニャオンテに還元した。どこそこの名産品の何々のお肉ですとか、なんちゃらのお魚ですとか色々言われたけどあんまり覚えられなかった。私の代わりにマリエッテさんがきっちりメモっておいてくれたのできっと大丈夫だ。茹でて潰して可愛く盛り付ける。ニャオンテに褒められた。うふふ、うれしい。
さて、私がニャオンテと話した事により、私を召喚した国がニャオンテを害そうとしていた事が発覚した。私のスキルで無事回復したとはいえ、それはただの結果論である。聖獣と精霊を愛し、彼等に護られるこの国にとっては一大事だ。その結果、正式に抗議と損害賠償を請求をする事になった。
数度の公式文書のやり取りの後、教会が間を取りもち、話し合いが行われる事になった。最初の抗議から何と三ヶ月も掛かっている。本当に国という組織は腰が重い。(知ったかぶり)
その間、私が何をしていたかと言えば、ひたすらにニャオンテを可愛がって構い倒していた。毎日朝晩の健康チェックを行い、栄養バランスの取れた食事を摂らせる。
こちらには存在しなかったので、ペーストオヤツを開発研究したりした。ニャオンテには大変好評であったとだけ記しておく。
一緒に日向ぼっこしたり、ニャオンテの長い体毛をこれまた専用に作ったブラシで梳ったり、撫で撫でカリカリしたり、お尻トントンしたり、ねこ吸いしたりと、大変に幸せな時間でした。時折おはぎの話をして鼻を啜ったり、猫じゃらしの向こうに幻影を見たりもした。
ちょっと脱線しちゃったね。それで、私を召喚した国、マレークス帝国というらしいんだけど、その国との会議に話を戻そう。三ヶ月という時間をかけて開かれたその会議で、お互いの主張を述べる。
アストリア王国側は、聖獣が毒を盛られたと主張する。また、先んじて聖女召喚を行った事での聖女召喚の阻害と、一方的な宣戦布告による侵略と、殺戮被害。その全ての責任はマレークス帝国にあり、その被害は甚大で算出された損害賠償額は途方もない額であった。
マレークス帝国側は「まさかそんな事しませんよ。そちらが聖獣に見限られる様なことをしたのでは?」とごね、逆に言い掛かりをつけられた、として名誉毀損による損害賠償を請求してきた。こちらもとんでもない金額だ。だがしかし、その金額どうやって算出したのだろうか?
間に立った教会の偉い人は、既に私と話をしている。私の事情を既に知り、ニャオンテと話し合っているのを見ているので、しらけた目でその交渉人を見ていた。ちょっと面白い。
ちなみに私は隣の控え室(覗き穴付き)にてニャオンテとアーサー達と待機中。みんな正装していてかっこいい。ベティだけは動きづらいとあちこちもそもそばさばさ弄っている。そんなにスカートを捲ってはいけません。パンツ見えちゃうでしょ。え?下着姿でも普段の格好より肌が隠れている?そんなの関係ありません。
基本的に私が呼ばれたらアーサーに連れられて、私とニャオンテだけが出て行くことになっている。万が一、彼方が武器を抜く様であれば、他のみんなが入ってきて守ってくれるのだとか。ありがたい。
「アタシも守ってあげるわよぅ?」
「ありがとう!百人力だね!」
顔の前で爪をきょっきり出して黒く笑うニャオンテにお礼を言って顎の下をかしかしする。ぐるぐると喉を鳴らし擦り寄るニャオンテはとても可愛い。あー幸せ。ここにおはぎもいてくれたら良いのにな。
「では証人をお呼びしましょう」
「できる事ならやれば良い」
宰相さんの言葉を鼻で笑うのは、私がこの世界に来た時に王子を名乗った男だ。彼の中では私は死んでいるみたいだし、新しい聖女が来たところで、彼らの罪は明るみには出ないのだ。そりゃあ胸を張っていられるだろう。聖女が私でなければ、ね。
アーサーに手を引かれ、交渉の場に私が顔を出すと誰もが何も言えなくなった。マレークス帝国の人達が素直に認め過ぎてびっくり。
……と思ってたら、私とニャオンテだけでなく、女神様も一緒に顔を出していたらしい。柔らかなニャオンテボディに隠れてほとんど見えないけど、女神様は私の背後に降りてこられたようだ。春風の様な温かな空気を感じる。そして後光。明らかに後ろから強い光が差していて、ナニカがいるのを感じる。振り返るのがこわい。
『不届者共には天罰を』
「「ぐわああぁぁぁッ!!」」
「「ぎゃああぁぁぁっ!」」
前触れもなく、鐘の鳴る様に響く、美しい声が降り、光が落ちた。私を召喚する事に関わったであろう人達が悲鳴を上げてその場で崩れ落ちる。「殿下ッ!」慌てた声を上げて王子に駆け寄る数名の男たち。当の王子は転げ回り悲鳴を上げ続けている。
しかし、他の人はアストリアの王様を含め、マレークス帝国の人も皆、跪いている。自称王子、ほっといて良いの?一応自分とこの国の王子様なんでしょ?アーサーすら私の手を離し、すぐ目の前に跪いていた。タイミングを逃した私だけボッ立ちである。今からでもやった方が良い?それとも余計なことしない方が良い?ちょっとわからないので誰か答えてプリーズ。
『彼方の方も許さぬ』
視界の上空に光る袖と美しい指先が現れ、すい、と振られた。“彼方”が指すのはマレークス帝国に残る関係者の事だろうか?
怖いのは、彼らは死んだわけではなく倒れた、という事。彼らの悲鳴と呻き声を聞くに、想像を絶する痛みと恐怖を与えられているらしい。
チラリと背後を窺えば『狂えなくしておきました』と女神様が神々しく美しくも大変に恐ろしい笑顔でこちらを見ていた。慌てて視線を逸らし、みんなの方を向く。
場は女神に支配されたと言って良いだろう。いつまでも呻いて騒ぐ彼らを『五月蝿いので時空一枚向こうに置いておきましょう』と歌う様に言って指を振ると姿は見えるのに声が全く聞こえなくなった。しかも触れる事が出来ない様で、王子に群がっていた人達がパニックになっていた。
残った数人の使者には、女神から直接この要求された賠償を全うする様に、また、彼の国は今後一切の召喚の禁止、と神命を下された。彼らは平身低頭でただ頷くだけの人形になるしかない。だってそれ以外は許されていないのだから。拒否れば自称王子の二の舞になるだけだものね。
それらの話が終わると女神は私の前にやってきた。圧!圧が強いです女神様!後光と神々しさというのだろうか?無条件で跪きたくなる様なオーラがあり、膝を折ると、手を添えて立たされた。
『不要な召喚で度々時空に穴を開けられて困っていたのです。罰を下したいけど、それらの穴をを塞ぐ方が優先で、塞ぎ終わった時にはそれらに関わった者達はすでに死んでいる事が多くて中々罰を下せなかったのです。それを防いでくれた貴女はいい子良い子。私の加護をあげましょうね、異世界の娘』
ぶわりと温かな光が膨れ上がり、包まれた。その光が自分の中に入り込んでくる衝撃と言ったらもう。私を含め、その場にいるすべての人がポカンと口を開けることしか出来なかった。正直、私は強制的に喚び出されただけだ。何もしていない。女神は詳しく話す事もなく去って行った。まさに神様らしい自由な振る舞いである。
後には花の様な甘い香りだけが漂っていた。
後に聞いた話だけど、あの時、女神様が常に私の背後に立っていて、悠然と立っていた私がとても神々しく見えたそうな。跪くタイミング逃しただけなのに。
「ああ、聖女様!どうか、どうか我が教会へッ!」
「へ?!」
立会人として来ていた教会の偉い人が駆け寄って来て私の前に跪く。パニックになっている間に王様達が割って入り、お互いにぎゃーぎゃーと叫び合っている。
教会の偉い人や王様達の前で加護貰っちゃったから聖獣のお世話係ではない正真正銘の“聖女”と認識されているらしい。王様より尊い、と祭り上げられそうになっているのだとアーサーが耳打ちしてくれた。女神から直接加護をもらうなんて、一国の王でもあり得ない。聖獣も連れて教会に来てくれ、と言うのが彼らの言い分の様だ。
何不自由ない生活と、聖獣のお世話を約束すると言う教会の人達。象徴として教会にいるだけで、お給料も支払うそうだ。でも私はニャオンテと一緒に居たいし、それだけで十分だ。
それに“象徴としているだけで十分”と言うのは私に決定権が無い的なことでは無いだろうか?余計な事をせず、祭り上げられて、金儲けのタネになれと言われている気がする。
「ニャオンテといられるだけで良いんだけどな。余計な柵は遠慮したい」
「じゃあアーサーとツガって王族になってアタシに仕えたら良いわよ」
本音を呟いた私にニャオンテが爆弾を落とした。




