1 召喚聖女とは、捨てられるものなのか?
一週間くらい毎日更新してそれくらいで完結します。
良かったら読んでみて下さい。
私、泉名寺美沙は失意の底にいた。
家族が事故で亡くなった時も辛かったが、今も同じくらいに辛い。子供の頃に拾って、長年連れ添った黒猫、おはぎが家に帰ったら冷たくなっていた。
拾ってから既に十五年が過ぎようとしていたので、猫としては大往生であるが、そんな事はこの悲しみを全く軽くはしてくれない。
陽に当たると判る程度に赤味のある黒猫で、此処数年は寝てばかりいたおはぎ。それなりに覚悟をしていたけれど、それでもやはりキツいものがあった。
何よりも、今日は仕事に行く前に玄関でお見送りまでしてくれていた。それが嬉しくて嬉しくて、仕事終わりに猫まっしぐらなペーストオヤツを買って帰ったのに。「ただいま!」と部屋に入ったら、お気に入りのクッションの上で丸まって冷たく、硬くなっていた。
あまりの衝撃に、慌ててかかりつけの動物病院に連絡して駆け込んだ。
時間外であったけれど、優しく受け入れてくれた獣医さんは、いつもの様におはぎを抱き上げ、診察台に乗せてくれた。死後硬直も始まっていて、抱いた時には手遅れだとすぐにわかっただろうに、何も言わないでくれた。脈を見たり、目を開いて見たりしてくれ、そして最後に悲しそうな顔でそっと首を振った。
人は悲し過ぎると何も考えられなくなるんだろう。言われるままに火葬場に連絡して、動物用の納骨施設を予約する。
看護師さんに「最後に二人でお別れして下さいね」と言われて部屋に残された。冷たく固まったおはぎを抱きしめ、そこで初めて涙が溢れた。覚悟していたはずなのに、覚悟はちっとも足りなくて、ただひたすらに泣いた。
あまりに泣きすぎて、咽せて、上手く呼吸が出来なくなって、看護師さんからおはぎとちょっと離れて屋上で少し休んでくる様に優しく言われてしまった。
屋上は、涼しい風が吹いていて、泣き過ぎて火照った身体を冷ますのにちょうど良かった。ビルの間に星空が広がっていて、都会なのに美しくて、ああ、おはぎは虹の橋を渡ってあの星になったんだな、と思うと、また泣けてくる。
ーーーその瞬間、私の足元に魔法陣が広がった。
「え?!な、なに?!」
声を上げたつもりだったが、ちゃんと発せたか判らない。ぐらりと揺れる世界に立っていられず、転んだ私を大きな声が迎えた。
「成功だ!」
「本当に人がいるぞ!」
「うおおおっ!」
乗り物酔いの様にぐわんぐわんと視界が回る。吐き気を飲み込み、視線を上げると、目の前にはローブを着た魔法使いコスの壮年と、偉そうな王子コスの少年が立っていた。
「よく来たな、異世界の聖女よ」
「私達が貴女をお呼びしたのは他でも無い……」
倒れている此方の体調などお構い無しに、挨拶も自己紹介も無しに、なにやらぐだぐだと話し始める二人。視線を巡らせると、その向こうには姫っぽいのも居る。
そこまで確認して初めてぞわりと嫌な予感が背中を這う。コスプレかと思ったが、場所が違う。ここは病院の屋上じゃないし、目の前の二人も異世界から呼び出したんだよ俺スゲーだろ?と主張を続けている。何より意味はわかるものの、聞き慣れない言葉で話す二人。
私のいる場所は他の場所よりも少しだけ迫り上がった舞台の様な所だ。周りを取り囲む様に兵士や魔法使いがズラリと並んでいる。チラリと耳に入った装飾過多の言葉を要約すると、なんか隣国とトラブルがあって、そのトラブルで権利を主張する為に私を呼んだんだとか、なんだとか。
まさかのラノベ展開である。自分に降り掛かるとは思わないだろう?でも事実だ。正直話は殆どをぼんやりと聞き流した。
吐き気がおさまってきた頃に気付いた。そんな事よりおはぎは?おはぎのお葬式まだやってない。そんな状態で異世界に飛ばされたの?そこまで考えた途端にパニックに襲われる。
「おはぎっ!おはぎっ!ーーーッわあぁぁぁぁぁっ!」
お葬式が出来なかった、ちゃんとお別れ出来なかった。お見送り出来なかった。悲しい。寂しい。おはぎが死んでしまった!そんな感情がぐるぐるとかき混ざり、泣いて喚く事しか出来ない。どこの誰とも知らない目の前の男二人よりも私はおはぎの方が大切なのだ。
泣き喚く私に、なんか偉そうな二人がやちゃもちゃ話しかけてくるけど、そんな事気にしていられない。ちゃんとお別れ出来ていないままに、こんなわけもわからない世界に召喚されるなんて信じられない。最後のお別れくらいちゃんとさせてよ神様!おはぎっ!おはぎに会いたい!
「此奴を魔の草原に捨てて来い。どうやら世界の転移に精神が耐えられなかったらしい」
「し、しかし……」
「卿は私の指示に逆らうと言うのかね?」
「い、いいえっ、かしこまりました」
自分の声の向こうで、交わされていた会話がなんとなく聞こえた。泣き喚くだけの私に手を焼いた二人が今回の召喚を『無かった事』にしようとするのは仕方の無い事だったのかもしれない。私は引き摺られる様に馬車に乗せられ、草原に放り出された。抵抗する気力はもう無かった。ひたすらに泣き続け、連れて行かれるままに従った。
おはぎの居ないあの世界ですら、今後どうやって生きたら良いのかわからないのに、魂さえいない別の世界でなんて生きていける訳がない。
草原でしゃがみ込んで泣き続けていたら、誰かが近寄ってきた。女性二人組の様だ。盗賊か何かかもしれないが、もうどうだって良い。もしこの世界で死んだら魂はおはぎのもとに行けるかもしれない。それならそれで良い気もする。
「ねぇ、貴女、人間よね?バンシーじゃ……無いわよね?」
バンシーが何かはわからないが、人間ではある。一つ頷いた。声を掛けてくれたのは、茶色の長い髪をふわりとハーフアップにした清楚で優しげな女性だった。隣に立っているショートカットの女の子の頭には三角の耳がピンっと立っていた。
それが異世界だな、と思う前に耳から猫が連想されて、また私の口からは「おはぎぃぃぃ〜っ」と潰れた声が出てしまった。合わせて新たな涙もぶわりと湧いて、会話もままならない状態になった。
わあわあ泣くだけの私を、二人は背中を撫でて慰め、近くのキャンプ地に案内した。自分達は冒険者だ、他に男達が居るけれど、呼んでも大丈夫か?と尋ねてくれる。その優しさに泣きながら頷いた。
彼らは優しく接してくれて、根気よく話を聞いてくれた。水分をしっかり摂れ、とたくさん水を飲ませてくれ、ただ私の悲しみを受け止めてくれた。
「そう、それは辛かったわね。ねぇ、貴女行く所がないのなら、しばらく私達の拠点に来ない?このままでは死んでしまうわ。それはオハギちゃんも望んで無いのではないかしら?」
ロングヘアの女性の、「おはぎが望んでいない」の言葉が胸にストンと落ちて来た。そうだ。このまま泣き喚いて、のたれ死んだらおはぎもきっと良い気分はしない。こくりと頷いて、彼らの拠点にお邪魔する。
甘えん坊で、優しいおはぎ。ごめんね、心配させて。今も、足元に擦り寄って、「なぁお」と見上げてくるおはぎが見える様だった。こんなに泣いたら心配で虹の橋を渡れないかもしれない、でも、ごめんね、今日だけは、今だけは、あなたが居なくなってしまったことを悲しませてね。
手を引かれて歩いているうちに、いつの間にか彼らの拠点に着いていたみたいで、軽く汚れを払われた後に、ベッドに案内された。促されるままに布団に入り、目を閉じた。それでもやっぱり涙は止まらなかった。
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