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悪魔の契約  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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12/19

少年の叫び

 ペドロと桐山が接触した翌日。

 昭夫は朝から車に乗り込み、皆の家を回っていた。計画が早まったことを伝えるためである。車には、ペドロも同乗していた。

 しかし、初っ端からトラブルに見舞われてしまう──




 昭夫は、最初に佐倉家を訪れる。だが、車が停まると同時に扉が開き、広志と京香が出て来た。ふたりとも、遠目で見てもわかるくらい顔色が悪い。明らかに、普通ではない様子だ。

 もっとも、今は外で立ち話をしたくなかった。誰が見ているかわからないのだ。昭夫は車を降りると、ふたりに声をかける。


「すみません。まずは入ってください。中で話しましょう」


 その言葉を聞き、夫婦は家の中に戻っていった。昭夫は、後から家の中に入っていく。

 三人は、玄関にて向き合う。異様な空気の中、まず口火を切ったのは広志だった。

 

「健太がいなくなった」


 その瞬間、昭夫は思わず顔をしかめた。


「えっ!? 何があったんです!?」


 聞き返すと、広志は弱りきった顔で答えた。


「いや、俺もわからないんだ。昨日、兄ちゃんがいないって騒いでいたんだけど、俺たちにはどうしようもない。だから、お兄ちゃんはそのうち帰って来るよ、って言ってごまかしてた。でも、今朝になったらいなくなってて……すまない、俺たちがちゃんと見ておけば……」


 うなだれる広志の横には、妻の京香がいる。彼女もまた、弱りきった顔をしていた。

 本来なら、この夫婦と一緒に出来る限りの人数を動員して探すべきだ。しかし、今はそういうわけにもいかない。


「わかりました。とにかく、おふたりはここにいてください。僕たちが車で探してみます」


 そう言うと、昭夫は車に乗り込む。すると、ペドロが口を開く。


「何かあったのかね?」


「ええ、あります。健太がいなくなりました。兄の姿が見えなくなり、探しに行ったようです」


 投げやりな態度で答える。まさか、こんな大変な時にイマジナリーフレンドがいなくなるとは……不運というのは、重なるものらしい。

 しかも、今は竹内徹の手下たちが村の付近をうろついている。こんな状況で、どうやって探せばいいのだろうか。

 ところが、ペドロはあっさりと答えた。


「そうか。では探さなくてはなるまい」


 事もなげに言ってのける。昭夫が言い返そうとしたが、ペドロは彼を無視して車を降りてしまった。

 外に出ると、ゆっくりと歩きながら地面や周囲の風景を見回している。その表情に、迷いは一切感じられない。自分がこれから何をすればいいのか、ちゃんと理解している様子だ。

 昭夫は、唖然となりながら彼の行動を見ていた。どうやって探すのだろう。健太は、ほとんど外に出ない少年だ。立ち寄りそうな場所がわからない。それに、地面や林を見て何がわかるというのだ。

 そんなことを考えていた時、ペドロがこちらを向いた。


「だいたいわかった。車でついて来てくれ」


 言ったかと思うと、道路に沿って歩き出す。周囲に目を配ってはいるが、行くべき場所はわかっているらしい。

 昭夫は、半信半疑で後に続いた。まさか、たったあれだけの動きで健太の行き先がわかったというのか。時間にして、ほんの一分か二分しかかかっていない。ワイドショーのインチキ超能力捜査官でも、もう少し時間をかける。

 それでも、ペドロなら出来るかもしれない、という期待はある。今は、この男の能力に頼るしかないのも確かだ。周囲に目を凝らつつし、ペドロに合わせたスピードで車を走らせていく。

 走り出してから五分ほど経った時、昭夫の視界に妙なものが入った。


「嘘だろ……」


 思わず呟く。二十メートルほど先の、道路から少し外れた木陰に、健太が座り込んでいた。虚ろな表情だ。あちこち探し回り、疲れたのだろうか。車の音には気づいているはずだが、反応していない。

 ペドロはといえば、健太から数メートル離れた位置で立ち止まり、無言で少年を見つめていた。声をかける気配はない。

 昭夫は車から降りると、まずペドロのそばに走り寄る。


「どうやって見つけたんですか?」


 耳元で囁く。この謎だけは、種明かしを聞かないと気がすまない。


「健太くんのデータから判断したのさ。彼の性格や思考パターンから、行きそうな場所を推測した。そして木々や土や草の微妙な変化を見て、ここだと判断した。人通りが少ない場所ゆえ、比較的楽だったよ」


 ペドロは、当然のごとく答えた。地元で有名なラーメン屋を教えるような態度だ。

 こんな状況にもかかわらず、昭夫は思わず笑ってしまった。この男は、いったい何なのだろうか。ぱっと周辺の林や地面を見ただけで、何のためらいもなく進んでいき、行方不明の子供を見つけてしまった。

 ひょっとすると、これが超能力というものの正体なのかもしれない。異様に鋭い観察眼と高い知能とを駆使し、常人には見えない僅かな違いを見ることが出来る。そうだとすれば納得だ。


「何をやっているのかな。笑っている場合ではないよ。彼を連れ戻す、そのために来たのだろう?」


 ペドロの声に、昭夫は我に返った。今は考えている時ではない。まずは、この少年を連れ帰らなくてはならない。

 当の健太は、昭夫とペドロのことを完全に無視し地面に座り込んだままだ。ふたりの存在には気づいているはずなのだが、こちらを見ようともしない。

 そんな健太に、昭夫はそっと声をかけた。


「健太、家に帰ろう。父さんと母さんが心配してるぞ」


 すると、健太は顔を上げた。

 

「嫌だ! 兄ちゃんがいないんだ! 俺が連れ帰る!」


 怒鳴り声で応じる。どうやら、戻る気はないらしい。昭夫は引き攣った表情で、彼の肩に触れる。


「とにかく、今は戻ろう。お兄さんも、そのうち帰って来る」


「嫌だ! 兄ちゃんを見つけるまで帰らない!」


 言った直後、肩に触れた手を乱暴に振りほどく。その時、昭夫の中で何かが弾けた。


「いい加減にしろ! 君の兄さんは、この世にはいないんだ!」


 気がつくと、罵声を吐いていた。恐らく、御手洗村に来てこんな声を出したのは初めてだろう。さすがの健太も怯んでいた。


「な、何を言ってるんだよ……兄ちゃんは、いるから──」


「いないと言ったらいないんだ! 君の兄さんは、もう死んだんだよ!」


 健太の言葉を遮り、凄まじい形相で怒鳴りつけた。ここ数日間、昭夫の周囲で起きたことは、完全に彼のキャパシティを超えている。アクション映画の世界に迷い込んでしまったような気分だ。今までは、どうにか対応できていたものの、精神的に大きな負担となっていた。

 その歪みが、ここで現れてしまったのだ。もはや、気を遣った物言いが出来なくなっている。

 しかし、健太の方も引く気配はない。


「そ、そんなこと……嘘だ! 兄ちゃんは死んでない!」


 その瞬間、昭夫は逆上した。思わず拳を振り上げる。


「死んだといっているのが──」


 言葉は、そこで止まった。振り上げた手は、がっちりと掴まれている。異常な腕力だ。誰であるかは見るまでもない。


「昭夫くん、あとは俺がやる。君はどきたまえ」


 ペドロの落ち着いた声で、昭夫は冷静さを取り戻した。同時に、自分が何をしようとしていたか気づく。愕然となり、下を向いた。子供に対し、暴力で無理やり言うことを聞かせる……そういうやり方を、一番嫌っていたはずなのに。

 一方、ペドロは昭夫の手を離すと、怯えている健太の前に立つ。


「健太くん、君のお兄さんは必ず戻ってくる。信じるんだ」


「でも、いないんだよ! 昨日から、ずっといないんだ!」


 収まる気配がない。その時、ペドロの手がそっと伸び健太の頭に触れた。

 その時、驚くべきことが起こる。頭に触れた……ただそれだけの動きで、健太の表情が和らいでしまったのだ。そんな彼に、ペドロは優しく語りかける。


「大丈夫だよ。俺を信じるんだ。君の兄さんは、必ず帰って来る。だから、今は戻るんだ」


 極めてシンプルな言葉である。しかし、今の健太にはこれで充分だったらしい。 


「わ、わかった」


 素直に頷いた。その様子を見たペドロは、顔を上げ昭夫に視線を移す。


「彼のことを頼むよ。俺は、やり残した仕事を片付けるよ」


 そう言うと、すっと立ち上がった。自然な動きで、林の中に消えていく。

 残された昭夫は、ただただ呆気に取られていた。

 直後、なんともいえない気持ちに襲われる。この村に来て、彼らと共に生活してきた。それなりに信用されているつもりだった。だが、その思いは一方的なものだった。何かトラブルがあれば、一瞬で吹き飛んでしまう、そんな脆いものだったとは……。

 理由は簡単だ。自分は、あの少年の信頼を勝ち得ていなかった。挙げ句、感情に振り回され暴力に頼ろうとしてしまった。

 ペドロは違う。あの男は、善も悪も関係ない。そんな凡人の作り出した概念など、いとも簡単に飛び越えられる。それだけの力を持っているのだ。だからこそ、健太のような少年をも従わせられる。圧倒的な腕力を持ってはいるが、それに頼る必要もない。ただ一言二言、言葉をかけるだけで充分なのだ。

 一緒に暮らした時間など、人を救う上ではたいして役に立たない。もっとも重要なのは、人を助け信頼を勝ち取れる能力なのだ。


(本当の意味で弱者を救えるのは……自分のような無力な善人ではなく、ペドロのような善も悪も超越した圧倒的な力を持つ怪物なのかもしれない)


 以前、そんなふうに思ったことがあった。

 今ならわかる。かもしれない、ではない。彼のような怪物こそが、この村には必要なのだ。


「西野さん、何してんの?」


 声をかけられ、昭夫は振り向いた。

 車の後部座席に、健太が座っており窓から顔を出している。先ほどの表情が嘘のようだ。昭夫は苦笑し、運転席に乗り込んだ。まずは、彼を連れ帰らなくてはならない。


 ・・・


 昼過ぎ、広田は田舎道を歩いていた。周囲の探索のためだ。

 傍らには、藤崎(フジサキ)という中年男がいる。自己紹介の時、元警官だと言っていた。何をやらかして、こちらの世界に入ってきたかは不明だ。少し遅れて、後を付いてきている。

 もっとも、藤崎の過去など今はどうでもいい。どうにも納得いかないことがある。本来なら、こんな探索などする必要はなかったのだ。元自衛官で山歩きにも詳しい矢部がいれば、何の問題もないはずだった。彼がリーダーとなり、山岳地図を見ながら皆にどう動くかを指示することになっていたのだ。

 ところが、頼みの矢部はいない。おかげで、時間をかけ慎重に回る羽目になった。

 全ては竹内徹のせいだ。もちろん、桐山譲治にも責任の一端はある。だが、そもそもあの少年は、揉めるのを察知し帰ろうとしていた。なのに、徹が無理やり引き止めた挙げ句、矢部と殴り合いをさせた。

 結果、矢部は病院送りにされ、自分たちは山奥の村を探索させられているのだ。

 

「何でこうなるんだよ」


 ブツブツ言いながら、山道を歩いていた時だった。


「やあ」


 声と共に、茂みから突如として現れた者がいる。Tシャツにデニムパンツという軽装だ。顔つきからして、外国人だろうか。

 広田は、思わず拳銃を抜いていた。その時になって気づく。

 藤崎が地面に倒れていた。いつの間にやられたのだ?


「だ、誰だてめえは!」


 銃口を向け、怒鳴り付ける。しかし、外国人は涼しい顔だ。


「他の人たちは、どこにいるのかな。出来れば、連れて来てもらえると助かる。もっとも、見つけるのは簡単だがね」


 言った直後、外国人は左手を上げた。広田はビクッと反応し、思わず相手の左手を注視する。だが、何もない。片手のみホールドアップ、という奇妙な体勢だ。

 次の瞬間、今度は外国人の右手が動いた。あまりに速かったため、何をしたのかは見えなかった。指で何かを弾いたように見え、ビシッという音もした。ただ、それだけだ。

 対する広田は、ビクッと反応した。だが、痛みはない。何をしたかはわからないが、問題はなさそうだ。

 この男は何者だ? 藤崎は、なぜ倒れている?

 それ以前に、この落ち着きようは何だ?


「は、はあ!? 何を言って……」


 言いかけたが、閃くものがあり慌てて口を閉じる。桐山が言っていたペドロ博士というのは、今目の前にいる男ではないのか──


「て、てめえがペドロか!」


 怒鳴ると同時に、トリガーを引いた。構えた拳銃から弾丸が放たれ、外国人の体を貫くはずだった。

 しかし、予想外のことが起きる──


「う、嘘だろ……」


 唖然となり、後ずさっていくのは広田の方だった。拳銃は、異様な音を発しただけだ。弾丸は出ていない。

 直後、信じられないことが起きる。頑丈な銃身が、ミシッという音を立て裂けたのだ──

 

「この業界で今後も生きていくのなら、ひとつ覚えておきたまえ。銃口に異物が入ると、拳銃は撃てない。今、俺は銃口に異物を投げ入れたんだよ」


 言ったかと思うと、ペドロは動いた。正確に言うなら、広田の目には揺れたようにしか見えなかった。

 直後、広田の視界は一回転する。一瞬の投げ技で、背中から地面に叩きつけられたのだ。衝撃のあまり呻き声を上げる。

 すると、ペドロが顔を近づけてきた。


「君らに聞きたいことがある。桐山譲治くんは、今どこにいるのかな?」


「えっ?」


「桐山譲治くんだよ。身長は百五十五センチ、体重は四十八キロ前後。額に大きな傷痕がある。ほっそりして見えるが筋肉質で、ゴリラの腕力と猫の敏捷さを兼ね備えている。端正な顔立ちだが、それを台なしにするほどの奇行が目立つ少年だ。わかるね?」


「わ、わかる! わかるけど、わからない!」


 何の考えもなく、頭に浮かんだ言葉を叫んでいた。途端に、ペドロの手に力が入る。広田は、思わず悲鳴をあげた。


「君は何を言っているのかな。俺は、桐山譲治くんの行方について尋ねたのだよ。今の意味不明な言葉が、君の遺言になってもいいのかね?」


 ペドロの口調は淡々としている。だが、広田にはわかっていた。目の前の男は、右手に持った聖書を読みながら、左手で人の首をへし折れるような男だ。慌てて言い直した。


「す、すみません! 桐山のことはわかります! でも、今どこにいるかはわかりません! そういう意味です!」


「なるほど。では、そのトランシーバーで今すぐ呼び出してくれたまえ」


「い、いえ、駄目なんです! あいつは、ひとりで好き勝手にうろうろしてるんですよ! それに、あいつはトランシーバーの使い方わかってないので持たせてないんです!」


「そうか。となると、もう君らに用はない」


 言った直後、ペドロの手がこちらに伸びてくる。広田は、恐ろしさのあまり声すら出なくなっていた。今なら、はっきりわかる。目の前にいるのは本物の怪物だ。自分の命を奪うことなど、何とも思っていない。

 生まれて初めて、己の死を意識した。そんな時にもかかわらず、妙な考えが頭に浮かぶ。

 桐山は、こんな奴とやり合う気なのか──


「いつもなら、どちらも殺しているところた。ところが、今の俺は他に優先すべきことがある。なので、しばらくここで風景を楽しんでいてくれたまえ」


 直後、足首に激痛が走る。広田は、思わず悲鳴を上げた──


 ・・・


 その頃、昭夫はまたしてもトラブルに見舞われていた。

 竹内の家に行った途端、杏奈が真っ青な顔で飛び出て来る。呆気に取られる昭夫の前で、彼女は叫んだ。


「大変です! 可憐が……可憐がいなくなってしまいました!」


 その瞬間、昭夫は思わず天を仰ぐ。なぜ、このタイミングでトラブルが頻発するのか。可憐は、健太とは真逆で行動範囲が広い。どこに行くか、まるきり見当がつかないのだ。

 だが、すぐに気を取り直した。不安はない、といえば嘘になる。しかし、あの男なら何とかしてくれる。

 そう、ペドロなら見つけてくれるだろう。彼ならば、あちこちに残った痕跡を見つけられるはずだ。

 昭夫は今、ペドロに絶対の信頼を置いている。もはや、それは信仰心に近いものだった。信者が、教祖に寄せるものと同質である。

 だが、本人はそれに気づいていなかった。

 







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