第16話「人が死ぬ物語」
広間に戻ると、空気が変わっていた。
カティアとアンナが睨み合っている。ドーラが2人の間に立ち、おろおろしている。
ヒルダは、壁際で俯いたまま動かない。
「何があったの」
私が尋ねると、ドーラが振り返った。
「カティアさんが、アンナさんを疑っていて……」
「疑う?」
「フリーダに票を入れたのはお前だろう」
カティアがアンナを指差した。
「あの子は怯えていた。1番弱そうに見えた。だから狙ったんだろう」
「私は自分に入れたわ」
アンナは、冷静に答えた。
「証拠もないのに、決めつけないでちょうだい」
「証拠がないから疑っているんだ。全員が自分に入れたと言っている。なのにフリーダは3票で死んだ。誰かが嘘をついている」
「それがなぜ私だと?」
「勘だ」
「勘で人を疑うの?」
2人の間に、殺気にも似た空気が漂っていた。
「やめてください」
ドーラが叫んだ。
「争っても、何も解決しません。協力しないと、脱出できないんです」
「協力?」
カティアが鼻で笑った。
「この中に人殺しがいるのに、協力しろと?」
広間が静まり返った。
人殺し。その言葉が、重く響いた。
「面白いですね」
声がした。イルマだった。
彼女は窓辺から離れ、ゆっくりと広間の中央に歩いてきた。
「何が面白いんだ」
カティアが睨んだ。
「人が死ぬ物語」
イルマは、微笑んだ。
「私、人が死ぬ物語が好きなんです」
「何を言っている」
「カティアさんは、アンナさんを疑っている。アンナさんは、身の潔白を主張している。ドーラさんは、協力を訴えている。ヒルダさんは、諦めたように黙っている」
イルマは、一人一人を見回した。
「みんな、それぞれの立場で、それぞれの感情を持っている。まるで物語の登場人物みたい」
「ふざけているのか」
「ふざけてなんかいませんよ」
イルマの目が、私を捉えた。
「セラさんも、ユーリアさんも、そう思いませんか?」
「どういう意味?」
「人が死ぬ物語を、あなたたちも好きでしょう?」
私は、言葉を失った。
「小説を読んで、泣いたことはありませんか。悲劇の主人公に感情移入して、胸が締め付けられるような思いをしたことは。登場人物が死んで、涙を流したことは」
イルマは、穏やかに続けた。
「人が死ぬ物語は、心を揺さぶる。感動を与える。だから、みんな好きなんです。あなたたちも」
あなたたち。その言葉が、妙に引っかかった。
「物語の中で人が死ぬのと、現実で人が死ぬのは違う」
アンナが冷たく言った。
「そうでしょうか」
イルマは、首を傾げた。
「物語の登場人物だって、その物語の中では生きているんですよ。笑って、泣いて、苦しんで、死んでいく。それを私たちは読んで、見て、感動する」
「だから何だ」
カティアが苛立たしげに言った。
「今、私たちは物語の中にいるんです。死亡遊戯という名の人が死ぬ物語の中に」
沈黙が落ちた。
「フリーダさんは死にました。存在しなかったことになりました。でも、私たちは覚えています。彼女がいたことを。怯えていたことを。震える声で自己紹介をしたことを」
イルマの声は、どこか夢見るようだった。
「それって、素敵なことだと思いませんか。物語の中で死んだ登場人物を、読者が覚えているように。私たちも、フリーダさんを覚えている」
「お前、頭がおかしいのか」
カティアが言った。
「そうかもしれませんね」
イルマは、笑った。
「でも、あなたたちも同じですよ。人が死ぬ物語が嫌いな人なんて、いないんですから」
私は、何も言えなかった。イルマの言葉が、胸に刺さっていた。
人が死ぬ物語。私も読んだことがある。悲劇に涙を流したことがある。登場人物の死に、心を動かされたことがある。
それは、今ここで起きていることと、何が違うのだろう。
「さあ、物語を続けましょう」
イルマは、踵を返した。
「次の投票まで、あと少し。誰が死ぬのか、楽しみですね」
彼女は、広間を出て行った。
残された私たちは、しばらく動けなかった。
「あの子、何者なんだ」
カティアが呟いた。誰も、答えられなかった。




