唐突な中ボス戦だし心の中も修羅場だし
「ウッフフフン、また会えてとても嬉しいのことですわ、ミハネ! よく来てくださいましたの。このチビッコを助けるために、ルートを変えるなんて。魔王様からあなた方を遠ざけられた上、ここで始末しちゃおう計画は既に半分は達成されておりましてよ!」
薄い緑色の体をクネクネと動かすその影は、明らかに宿敵ベリベリアのものだった。
「いやー! ちょっと、いつの間にこんなとこに来たのー?」
人生初のタイムワープを体験して、美羽は焦っていた。確か、ヴァルタルの首につけられていた輪っかを外してぎゅっとされて。どひゃーえらいこっちゃ。
じゃなくて、その後、ブランデリンが自分も戦いますと言ってくれて相当なカッコよさだった。初めて見せた騎士らしい凛々しい姿は、ときめきに溢れたものでロマンティックであり、すっかり安心してお昼ご飯を食べたのだった。一番最初に食事を終えたのはウーナ王子で。それで、目があって。それでー、それで、それで、それで。
突然の叫びに驚いたのか、ヴァルタルが振り返る。
「ミハネ、どうしたんだいきなり」
「いやいやだってあのご飯食べたらそこにベリベリ!」
錯乱した美羽に指差され、ベリベリアも少し困惑した様子だ。
その小さく身をすくませた一瞬を、ウーナ王子は見逃さなかった。
「いけ、ブランデリン!」
「はい!」
王子の手元が輝き、青い光が騎士を包み、すぐにはじけて消える。
ブランデリンは腰の剣を抜いて猛然と駆けだし、ベリベリアの前で思い切り振り下ろした。
「ギャマーッ!」
まさかこれ程までとは。
美羽の中でくすぶっていた混乱を吹き飛ばしたのは、騎士ブランデリンの速さだった。ウーナ王子が何らかの魔法をかけた後のダッシュ。五十メートルはあったであろう距離を一瞬のうちに詰めて、既にベリベリアの右腕を切り落としてしまっている。そりゃ大きな悲鳴もあがるわ、と言いたくなる程の切れ味に、美羽の心は一気に沸騰していた。いけいけブランデリン。カッコいいぞブランデリン。
「ストーップ! ストップですわ、なんなんですのあモギャー!」
「すごい! ブランデリンさんすごい!」
切り落とした剣を下から返して、今度はオシャレ植物ワンピースをズバリと裂いていく。ベリベリアは狂ったような悲鳴をあげてのけ反り、赤い瞳をギラつかせ、髪の毛らしきウネウネのチューブを逆立たせている。
絶好調! だがしかし、ここで美羽は大変な問題に気が付いていた。
「わぁ、ブランデリンさんストーップ! ダメダメ超ダメ! 大変、やめて!」
「どうしたんですかオクヤマミハネ様?」
ブランデリンは最前線に。ウーナ王子はその後方に控え、その隣にヴァルタルが立っている。
この三人よりずっと後ろに、美羽はいた。横にはリーリエンデと、レレメンドが並んでいる。
「ユーリだよ! 安否確認済んでるの?」
「あっ」
「あっじゃないよ! 大切な弟子なんでしょ! 何のためにここに来たと思ってんの!」
美羽の叫び声を聞いて、慌ててブランデリンが後ろへ下がる。
そこへ二人の勇者様も寄って、事態は一旦、ふりだしに戻った。
「ウッフフゥ……ン、ですわ。ようやく気がついて頂けて光栄ですの。やっぱり人間のオスってサイテーですわね。自分たちの力を誇示するためなら、どんな犠牲をも厭わないってヤツなんですのだぁ!」
いや、全然ふりだしじゃあない。ベリベリアの呼吸は苦しげであり、体はがっくりと後方に傾いてしまっている。樹の幹のような地面から生えているような姿だったはずが、根元をザックリと切られて今にも倒れそうになっている。
物理攻撃が効くという読みは当たりだ。それはいい。あと、ブランデリンが特攻する姿はカッコよくて、病に怯えて震えていたことを考えれば恐ろしい程の進化だと言えた。あんなに重たい鎧と剣を身に着けてあそこまで早く走れるなんて。もしかしたら魔法の効果があるのかもしれないが、攻撃力は半端なさそうな具合である。
「アタクシをバカにして、許しませんのことよ! たくさん台詞を用意していたのに、一つも使わないまま全部ボツになりまして! こんな非礼をゆるしてなるものか、いや、ならないのでござあでやんす!」
繁りまくった木々の間から、大きな音を立てて何かが落ちてくる。それは、ベリベリアの髪と同じ色の蔦でグルグルに巻かれたユーリだった。肩から足首までみっちりと巻かれて逆さに吊られて、顔色は真っ青、意識を失っているのか目を閉じている。
「ユーリ! ユーリちゃん!」
美羽が呼ぼうとした名を先に叫んだのはリーリエンデだった。まさかのちゃん付けに、ほんのちょっとだけ引く。でも、引いている場合じゃない。ここまでユーリがたった一人で耐えていたかと思うと、美羽は胸が苦しくてたまらなかった。
ユーリをぶら下げている蔦を切れないか。
魔法は駄目だ。届く前に消えてしまう。ナイフか何かを投げて当てればいいのかもしれないけれど、そんな技術がありそうな人材がいない。投げられそうな鋭利な刃物もない。さすがに、自宅の包丁を持ち出すのも気が引ける。
「倒す前に気が付いて良かったですわね、このクソ人間ども! 先にアタクシを倒していたら、このチビッコともども石になって永遠に助からないところでしたわよ。そこの愛らしいお嬢ちゃんに感謝するのが吉と出ましたわ!」
「うわああ、ミハネ様ありがとうございますう!」
即座にお礼を述べるのんびり師匠の首根っこを掴んで、美羽は激しく揺らした。
「リーリエンデ、ユーリを助ける方法!」
「ふぐぐ。風の魔法でナイフを飛ばすとか」
「駄目だよ。魔法はあいつの前で消えちゃうんだから」
「ウッフフン! ウフフフフッフン!」
根本からガックンガックン傾きながら、ベリベリアは新しいリズムでもって笑う。
「ありますわよ、このチビちゃんを助ける方法なら!」
「ミハネ様、あいつが知ってると言ってます」
「……リーリエンデ、もしかしてバカなの?」
使えない師匠から手を離し、美羽はふらふらと揺れる少年へ目を向ける。
位置が高い。もしも蔦を切って落としても下手をしたら致命傷を負うかもしれない高さだ。逆さに吊られているので、まっすぐに落ちれば命に関わる。それじゃあ意味がない。
「ウッフフンフン。ミハネ、あなたが私のモノになってくだしゃあれ! そうすればこっちの小汚いのは即返品してさしあげてよろしくってなのよ!」
「小汚い? 小汚いだと? ユーリは誰が見ても人類史上稀にみる可愛さを備えた少年だろうが!」
師匠の弟子への愛情がどんな性質のものなのかまだよくわからないが、そろそろ曲解してしまいそうな要素が山盛りになってきた。
「いーえ! オスは駄目ですの。臭いんですもの! やっぱりガーリーが最高。アタクシ、魔王様が封印される前に、たーくさんのガールを集めてお部屋に並べて楽しんでいたんですのよ。それを、思い出したんですの。ミハネを見た時に、ハッ、って!」
半分なくなった両手を広げ、ベリベリアは嬉しそうにウフンウフンと笑っている。
女の子を集めて部屋に飾るなんて、随分と趣味が悪い。
そして、「魔王が封印される前」という表現がひっかかる。
前回魔王が倒された時、配下の魔獣たちも一緒に封じられたのだろうか。その辺の設定を突き詰めるときっと楽しいはずだ。ただし、想像上の場合は、だけど。
「黙れ、この植物オバケ! ミハネを渡すわけがないだろう!」
ヴァルタルは右腕をブンブン振って叫ぶ。
「そうだ! ミハネは私の物だ! ミハネが収まるべき場所は貴様の部屋ではなく、我 が 家と決まっている!」
ウーナ王子の台詞に、美羽の脳内で小爆発が起きていた。
そうだった。ああ、そうだった。
殿下が突然、愛の告白をぶちかましてきたのだった――。
異世界へ渡る術を使えるようになったら、君の世界へ行きたい。
そして、君と生きていきたいんだ……。
薔薇が咲き乱れ、世界を覆っていく。棘の生えた蔓が周りを囲んでいて、逃げ出せない。
白い花びらの中に浮かぶ金色の糸。そこから漂う芳しい香り。一点の曇りもない青い輝きの中に映る自分の顔。見慣れていたはずの形なのに、ぽうっとして、ふわっとして、まるでそれは初めて本当の恋に出会った乙女のような表情で。
「ミハネ」
駄目。呼ばないで。そんな素敵な声で呼ばないで。ウーナ王子は体は細いのに、声はちょっと低くて、よく響いて、腰の辺りがくすぐったい。ぞわぞわしちゃう。あれ、もしかしてこれが恋?
「ミハネ」
いやいや違う。駄目です殿下。だって出会ってまだ三日か四日か、そのくらいしか経っていませんし。まだお互いのことわかってない。うん、全然、私みたいなごく普通のただの女子高校生が、こんなにもお美しい殿下となんて不釣合いでございまして候。
「ミハネ?」
そうなんです。私、すごく普通なんです。普通じゃないのは、頭の中の世界が人よりほんのり広いくらいで。地球上には殿下とよく似合うであろう、白人女性がいっぱいいますの。スラーっと背が高くて、髪とか瞳とかも派手なカラーリングのスタイル抜群の美女がね! 日本にもいるし、いや、別に国とか人種関係なしに美女は山のようにいるんでございましてよ。私みたいなチンチクリンとじゃ全然つり合いが取れてなくて、周りからやんややんや言われちゃう! だって美羽は平凡だから。
「大丈夫か?」
そうだった。ああ、そうだった。
色々考えすぎた挙句、なーんにも答えられなかったんだった。
それで最後に王子様が目の前に来て、覗き込んできて。耐えきれなくてそこで。
なんだっけ?
「なんですの? ミハネ、ぽけらーっとして! さあいらっしゃい。そうすればこのチビッコは即返納致しますわ」
禍々しい声で我に返って、美羽は首を思いっきりブンブン振った。
浸ってる場合じゃない。ウキウキしている場合じゃない。
ユーリを助けるために、今は頭を働かせないと。考えて考えて、この状況をなんとかしなきゃ。
ベリベリアはこう言った。「石になってしまうところ」だったと。彼女は命を失うと石化する。その際、ベリベリアに捕まっている者も道連れになる。そういう可能性が示された、ということだ。
倒す前に、ユーリを助け出さなければならない。
「じゃあやっぱり、あの蔦を切らなきゃ」
切るだけではなく、安全にユーリを受け止めなければ。
自分が行くと見せかけて、ユーリを助けられないだろうか?
私が行くから、先にユーリを解放して! そんな頼みを聞いてくれる相手だろうか?
相手のマヌケさ、狡猾さ、誠実さ。
ブランデリンがさっきと同じ速さで斬りつければ、倒せそうではある。
けれど離れた場所から、地面から不意打ちをくらわしてくるかもしれない。
二日後、東の端で。この約束は守られている。
「ユーリ! 無事なの? 返事して!」
守られている? それはどうだろう。ユーリはぐったり、青い顔をしていて動かない。まさかもう、命が失われているとしたら?
「ちょっとベリベリ! ユーリは無事なんでしょうね」
「ウッフン。ベリベリじゃあありませんの! ベリベリ、ア! でございましょう!」
「アンタなんかベリベリでいいよ。人質取って戦ってる自覚があるなら、ちゃんと無事なとこ見せなさいよね。じゃないと、効果ないんだから」
美羽とベリベリアが怒鳴りあう中、三人の勇者はじっと構えている。
「ユーリが無事なら交替したっていいよ! 無事だって、確認できたらね!」
ウーナ王子の口は、ヴァルタルが咄嗟に塞いでくれた。
隙を見つけるんだ。ユーリを助けるために、揺さぶるしかない。早く解放してあげないと、逆さに吊られたままではどちらにせよ危ない。
いきなり始まってしまったバトルに、作戦も何もあったもんじゃなかった。事前に打ち合わせしておければ良かったけれど、王子様が爆弾ぶち込んできたんだから仕方ない。
「リーリエンデ、狼に変身して、いざって時はユーリを助けに行って」
「えっ? 無理、無理無理怖いもん!」
「いくじなし! ユーリがどれだけ怖い思いしてるか、師匠なのに平気なの?」
ブランデリンが斬って、ヴァルタルが受け止める。このコンビネーションが一番期待できるだろう。けれど、確実な未来なんてない。ベリベリアがいっぺんに何カ所まで攻撃できるか、どんな必殺技を隠し持っているかわからないんだから。
額にしっとりと汗を流しながら、美羽はすぐ隣にいるレレメンドを見つめた。
「レレメンドさん。期待しちゃ駄目かな?」
返事はない。
彼は一体、何故この場にいるんだろう?
勇者の力は四人合わせて、それで魔王を倒すんじゃないのか。
呼び出した本人に聞いてみたいけれど、そんな時間はない。何よりリーリエンデは今、いくじなし呼ばわりされてショックだったのか、しゃがみこんでいじいじしている。
「ウッフン。交替していいって、今、ハッキリ言いましたわね。わかりましたわ。じゃあ、この子がちゃんと生きているって見せて進ぜようぞ」
蔦がくねくねと曲がって、高さはそのままだけれど、ユーリの姿勢は正位置に戻された。頭が上、足が下。ふらふらと揺られて、ゆっくりと目が開いていく。
「……ブランデリン様、ウーナ様、それに、ヴァルタル様……」
かすかな声。奥にいる師匠と美羽は目に入っていないんだろう。手前の三人の名を呼んで、ユーリはぼうっとした表情を浮かべている。
「ユーリ! ユーリィィ!」
リーリエンデのやかましい声には、反応しない。
ベリベリアはニタアーッと笑い、両手をゆらゆらと手招きするように揺らしている。
「この通り、無事なのですの。さ、ミハネ、こちらへいらっしゃい。ベリベリアのお部屋へ招待して差し上げますからね」




