俺、なんで照れてるんだ?
「なにか?」
クランは響の言葉に振り返り、爽やかな声で聞き返した。なので、響も微笑みを浮かべて答える。
「気が変わったよ。やっぱ代表戦には俺が出る。残りの三人もどうにかするさ」
互いに笑顔を作っているが、二人の間には独特の緊張感があった。そしてそれは、この場にいる誰でも感じることのできるものだ。
「それは嬉しいな。でも無理にとは言わないよ。いい戦いが出来るかどうかはわからないからね」
それだけの実力差がある。と、言いたいのだろう。惨めな敗北を晒すことになるがそれでもいいか? と尋ねているのだ。
響は、やりとりを見ているはずのラフとオプティモに視線を向けた。
ラフは、どうみても怒っているようだった。クランや他の留学生たちを睨む目が、燃えている。わかりやすい彼らしい。これで一人確保。
オプティモは、彼らしくもなく俯いていた。これは意外だったのだが、オプティモはペルセウスアカデミーに委縮しているように見える。唇を噛むその表情からも、今のところ乗ってきてくれそうもない。彼については説得する必要がありそうだ。
あとはこの場にはいないカク。今頃ロリ画像でナニかしているであろう彼が代表戦を断った理由は、ロリアイドルのライブを視聴したいからというものだった。アイツを口説くのが一番骨が折れそうだ。
ベストメンバーがそろえば、1%くらいは勝ち目がある。ならば。
「心配するなよクラン。俺が勝つんだから、めっちゃ盛り上がるに決まってんじゃん」
歌うように、響はそう告げた。
根拠なきように聴こえるであろう断言に、その大言壮語にオリオンアカデミーの同級生たちから歓声があがった。多くの者が情報端末を片手に、今の様子を動画撮影してもいる。
クランの後ろにいる他の留学生たちは半分が眉をひそめ、半分が嘲笑を漏らす。だが、クランの表情は変わらずにこやかなままだ。
「期待しているよ。響くん」
動揺も、かけらほどの不安もないその言葉。圧倒的な余裕を感じさせるクランは、響がこれまで戦ってきた誰よりもたしかな自信に満ちていた。
※※
「……どうしてあんなこと言ったのよ?」
パーティからの帰り道。ホバーカーのハンドルを握るアマレットは、助手席の響に横目をやった。その目はさきほどから落ち着かない。
「んー。なんかノリで? これで後夜祭でアマレットとダンスする約束がパーだよ。めっちゃ楽しみにしてたのに。残念」
「そんな約束はした覚えがないけれど」
「え、そうだっけ」
時間が遅いこともあり、海沿いの車道は空いていた。夜のドライブは気持ちがいいが、月明りが照らすアマレットは、いつもより元気がない。普段ならば今のやり取りで怒られていたはずだ。
「貴方知ってる? 代表戦のギャラクシーアタックは全銀河で中継放送されるのよ?」
「らしいね」
「星雲騎士団の幹部や政治家、華星の有力貴族も観戦にくるのよ」
「へー」
「……それに、さっきの貴方とクランさんのやりとり。誰かがもう銀河ネットワークに動画でアップしてて……」
「あ、ホントだ。すげー閲覧数820万だって」
見れば、響とクランを撮影した動画が猛烈な勢いで拡散されていた。
タイトルは『あのクラン・エンシェントがあのヨイチ・ミヤシロの息子と対決!?』。文中における『あの』の位置の違いが少し気に入らない。
コメントもたくさん入ってきている。その大体は響を揶揄し、あざけり、笑う内容だった。
「ははは、すげー言われよう」
「笑い事じゃないでしょう!?」
信号で止まったアマレットは、響をきっとみつめて可愛らしく怒鳴った。予想以上の大事の当事者になってしまった響のことを案じてくれているのだとわかる。
たしかにあれでオリオンアカデミーがボロクソに敗北した場合、響が受けるダメージはそれなりに大きいものとなるだろう。それはカッコ悪いという精神的なことだけではない。
オリオンアカデミーを首席で卒業し、星雲連合内で影響力を持ち、その力でPPを叩き潰すというのが響の目標である。大舞台で敗北する姿を全銀河にさらせば、その目標に悪い影響が出ることは間違いない。
響の目標を知るアマレットは、そこを真剣に心配しているのだ。彼女らしい、と響は思った。だから、響も響らしく応える。
「いいじゃん。これでペルセウスアカデミーに勝ったら超カッコイイし。やべー、これ以上モテたらどうしよう」
ふざけた響に、アマレットは額を押さえて溜息をついた。
「貴方は狙われることのある身でしょう? そんな大舞台に出場するなんて……」
「大丈夫大丈夫」
「それに……その、いくら貴方でも……」
アマレットは胸に手を当て、言葉を詰まらせた。さすがに、今回の相手は強敵すぎる、と伝えたいのかもしれない。
ただ、今のアマレットの発言は響には少し嬉しかった。『いくら貴方でも』、これはアマレットがこれまでの響の戦いを見てくれていた証拠だからだ。
もっとも、彼女は自分がそう言ったことに気付いていないようだが。
「んー。まあねぇ。俺、ギャラクシーアタックってやったこともないし。で、クランはプロで、それ以外の向こうのメンバーも強いんだよね。ははは、やべー。ちょーめんどくせー」
響としても、今のところ勝ち筋は見つけられていない。勝負が競技ということであれば、これまでのように裏技めいた戦い方をするのも難しいだろう。
だから、やるとすれば正々堂々実力で勝つしかない。やったこともない高速宇宙空間機動スポーツで、だ。どうすればいいのかは、これから考える。
「い、今からでも代表を降りましょう! 私も一緒に謝って……!」
信号は青に変わったが、アマレットはアクセルを踏まずに響に詰め寄った。その優しい心遣いに、惚れ直してしまう。だが、響は彼女その唇に人差し指を当てて心地よい囀りを止めた。
「ん!?」
「俺は負けないよ」
アマレットは拗ねたような表情で、しかしそのまま動かないでいる。
「……んん」
車内に沈黙が降りた。後続車がいないため、海沿いの道は二人だけの広々とした密室だ。
宇宙空間に人工的に作られたものとは思えない精度の海鳴りや星のきらめき。すぐ傍に互いの顔があり、指に感じる柔らかい唇の感触。
響がアマレットと過ごしたなかでは、格段にロマンティックな時間に思えて、これだけでもクランの挑発に応じた意味はあったかもしれない。そんな風に思える。
短くも長くも感じられる時間が過ぎて、アマレットははっと我を取り戻したのか、勢いよく響の指から唇を離した。
「……もしかして、その、もしかして、なんだけど。ええと、もしそうなら私は……。あの、だから!」
アマレットは顔を真っ赤にして、なにやら言いたげにしている。響にしては珍しく、彼女の言いたいことがわからなかった。
「なに?」
「ああ! もう! な、なんでもないわよ! ちょっと自意識過剰になっちゃっただけだから! 気にしないで! はいこの話終わり!」
うがー! と怒ったような顔をするアマレット。猫なら毛が立ち上がってそうな勢いだ。それで、響も彼女の言いたかったことがわかった。
「うん。そうだよ。代表戦に出ることにしたのにはいくつか理由があるけど、一番はそれ。クランがアマレットの肩を抱いたじゃん。……で」
アマレットの肩がぴくんと跳ねた。響から顔をそらし、海のほうに目を向けている。
彼女が聞きたかったのは、おそらくこうだ。『私のため?』。
当然のことなので、響は普通に応える。クランはアマレットの肩を抱いた。本人がイヤそうにしていたのに。そのうえ強く握っていたい思いをさせた。
それが、響にはたまらなく。
「ムカついたから」
「なななな!? なんで貴方がそんなに怒るのよ!! 意味わかんない!!」
「え? だって俺アマレットのこと好きだし」
「バカじゃないの!?」
アマレットは勢いよくそう言うと、ホバーカーを発進させた。ちょうどトンネルに入ったためため、彼女の顔の色がよくわからない。
「だからさー。アマレット、もし俺がクランに勝ったら、ご褒美に……」
響はそこでアマレットに身を寄せ、彼女の耳元で囁いた。二人しかいない中でする内緒話は、こそばゆくて、恥ずかしくて、でも魅力的だ。
「……してくれない?」
ボン! アマレットの頭からそんな音が聞こえた気がした。運転中なので、少し危ない。
「ななな、なにを……! そんな……! 貴方ってホントに……!! バカじゃないの!?」
「えー、いいじゃんそんくらい。だって厳しい戦いに挑む戦士にはそういうの必要じゃない? モチベーションが違うよ。」
「黙りなさい!」
アマレットは響のおねだりにいつもの罵倒で答えた。予想は出来ていたので、響は笑いながら彼女から離れる。アマレットは本気で怒ったのか、もう何も言わなくなった。
もうすぐ響のプールハウスに到着するわけだし、今夜は色々あった。アマレットをからかうのもこのくらいにしておこう。半分はマジだったけど。
響はそんな風に思い、助手席側の窓のほうに顔を向けた。
しばらくはお互い無言のまま。ホバーカーはトンネルを抜け、また海沿いに出て、月明かりや道路照明でアマレットの表情がさっきよりよくわかる。赤い。
それから数分が過ぎ、響の自宅であるプールハウス前にホバーカーは止まった。
「送ってくれてありがと。んじゃ、また学校で」
そう言ってドアを開けた響だったが、アマレットは答えない。ただ、ホバーカーから出ようとした響のジャケットの裾を摘まんだ。
彼女の方からこんなことをするのは、とても珍しい。初めてだったかもしれない。
「さっきのことだけど」
耳に心地よい、鈴のようなアマレットの声は、何故だが震えていた。
「ん?」
俯いたまま、ハンドルを握った手に妙に力を込めながら。
何秒も経ってようやく、アマレットは囁くようにつづけた 。
「か、考えとく」
ぎこちなく伝えられた答え。
陶器のように美しく、普段は白いアマレットの肌は今、耳の先まで真っ赤に染まっていた。
今夜のやりとりはそれだけ。アマレットは家に帰ってしまったし、響はプールハウスの前にポツンと取り残された。
「……マジで?」
つい、そう口にしてしまう。それくらい予想外だった。まさかアマレットがあんなことを言うとは。
アマレットにはあまりカッコいいところを直接みせたことがないように思う。それに、不真面目軽薄ちゃらんぽらんな響は、本来彼女が苦手とする人物であろうし、デートも毎回断られている。
それなのに、なぜ?
「……あ、あれ? 俺なんで照れてるんだ?」
ふと、響は自分の頬が熱くなっていることに気が付いた。多分、赤みがさしていることだろう。その理由がわからない。
ただ、たしかなことがある。
今回は、絶対に負けるわけにはいかない。
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