アイツが一番カッコいいからね
「到着したのかな?」
響は2Fの手すりから身を乗り出し、1Fロビーに目を向けた。やはり、というか見慣れない集団の姿が視界に入った。騒いでいるオリオンアカデミーの学生たちや銀河ネットワークのカメラマンやレポーターたちの視線が、彼らに集中しているのもわかる。交換留学の学生に対するには、なかなか盛大なお迎えだ。
「へー……。あれがペルセウスアカデミーの人たちか、なんていうか、キッチリしてんだな」
それが響の彼らに対する第一印象だった。学生やレポーターたちに撮影デバイスを向けられるなかゆっくりと歩いてくる彼らは、一言でいえば『理想的な学生』のように見えた。少なくとも、大半の大人はそう思うはずだ。
揃いのブレザー制服を着崩さず着用しており、ヘアスタイルも合わせて清潔感がある。
平均身長が高く、体格も立派。しかも姿勢が良いのでそれが際立つ。
とはいえ、単純に真面目そう、というのとは少し違う。堂々たる立ち振る舞いからはたしかな自信と精悍さ感じられた。
「なるほど」
全員、華星人の上流貴族の子弟というだけあって全体的に品が良く、かつ覇気に満ちている。同じ名門校同士とはいえ、気楽な雰囲気の者が多いオリオンアカデミーとはかなり印象が違う。あちらは、本当に『エリート』という言葉が似合っている。
そしてその中でも、ひと際目立つ人物がいる。
「ラスティ、さっき言ってたクラン・エンシェントって、アイツでしょ?」
響はそう言って、ペルセウスアカデミーの一団のなかにいた一人を差した。
「え? 正解ですわ。どうしてわかりましたの?」
変わらず響の腕にしなだれかかっているラスティは不思議そうな声をあげた。しかし、多分誰にもでもわかる。
「アイツが一番カッコいいからね」
なので、響は思った通りにそう伝えた。そう、たしかに、クラン・エンシェントという男は、一目でわかるほどに目立っている。やはり白のブレザーを着ているが、それが際立って似合っているし、観衆に手をふる佇まいも爽やか。銀色の髪と整った顔立ちは、まさに眉目秀麗という言葉がよく似合う。
そして響にはわかるのだが、彼はかなり鍛えられた体をしているし、立ち振る舞いに隙が無い。
ついさきほど名前を聞いたおばかりの人物ではあるが、学生の身でありながら報道陣がやってくるほどの有名人で、しかも女性ファンが多いとなると彼しか考えられない。
ちなみによく誤解されるが、自分のことを超カッコいと確信している響は別に自分以外の男を評価しないわけではない。誰かをカッコいいと感じたらカッコいいという。ただ、その評価基準はかなり高く、その意味でクランという男はかなりのレベルだと言える。
「でもヒビキのほうがずっと魅力的ですのよ!」
響の腕に抱きついたラスティの力が少し強まった。見上げてくる顔も頬が桜色の染まっていて、ちょっとムキになっているところが可愛らしいし、嬉しい。
「ありがと。それで、あのクラン・エンシェントっていうのはどういう人なの?」
響はラスティに腕を組まれたまま歩き始めつつ尋ねてみた。響の生い立ちや戦いを考えれば、華星からやってきた同世代の学生の譲歩は欲しいところだし、実際その目にしたクランなる人物に興味がわいたのだ。
ラスティは形の良い顎に細い指をあて、答えてくれた。
「そうね。私は何度か会ったことがありましてよ。えーっと、華星の上級貴族で……」
「ふーん」
「首相のご子息だそうで」
「へー。それはそれは」
「そうそう。ご本人はペルセウスアカデミーの首席をとられて」
「それは、すごいね」
「それから、学生ながらギャラクシーアタックのプロ選手されていて、去年のシーズンではルーキー成績で首位を」
「先日、華星で行われた抱かれたい男ランキングも首位を」
「……そんなヤツいたんだ……」
さすがに華星の大富豪の娘でパーティガールでもあったラスティは色々と詳しい。
2Fからの階段を降りつつラスティの話を聞いた響は、色々な意味で肩をすくめた。これまで、色んな華星人を見てきたが、そのなかでもクランという男は別格のようだ。なにしろ、この短い会話のなかに『首』という言葉が3回も出てきた。
と、いうか、ギャラクシーアタックのプロ選手?
響はそこまでギャラクシーアタックという競技について詳しくはない。宇宙でのメジャースポーツであり、高速宙間競技であるということくらいは知っているが、やったこともなければ生で試合を見たこともない。
ダルモア先生はそんなレベルの俺とプロを代表戦で戦わせようとしたのかよ、と脳内でツッコミを入れる響。大方、善戦できれば儲けもん、というところだろうか。あのオッサン……。
「ヒビキ? どうかされまして?」
ダルモアへの愚痴を脳内で漏らしていた響の顔を覗き込むラスティ。響はただ爽やかに笑って見せた。
「いや、なんでもないよ。じゃあ今日はどこいこうか? この前、いいお店みつけたんだけど、そこどう?」
「嬉しいわ!」
とはいえ、今知った同世代の男がどれだけ優れていようと、基本的には響には関係がない。今大事なのはラスティとデートに行くことである。響はさっさと思考を切り替えると階段を降りた。あとは騒ぎが起こっているロビーの横を抜けてアカデミーを出るだけだ。
大勢の人で混んでいるロビー。同じフロアに降りてみると、アマレットの姿が見えた。生徒会役員の彼女はペルセウスの連中のアテンドを任されているらしいので、これからどこかに案内したりするのだろう。声をかけようとかと思った響だが、やっぱりやめておく。この人混みだし、アマレットは仕事中だし、自分はラスティと一緒だ。
「ええと……ようこそ、オリオンアカデミーへ。あ、あの! 皆様、どうぞこちらへ」
マスコミの取材も入っているせいか、アマレットは少し緊張している様に見えた。しかも騒がしいので可愛らしい大声をあげようとして、でも上手く言っていない。
あとでからかってみるのも面白いかもしれない。響がそんなことを考えつつペルセウスアカデミーの留学生団の横をすれ違おうとしたときだった。
「……?」
見られている。視線を感じる。
それに気づいた響が横を向くと、『彼』と目が合った。クラン・エンシェントである。
近くで見ても見目麗しく堂々たる少年は、多くの人に囲まれながらも、まるで観察するかのようにこちらを見ていた。
視線が合ったのはほんの一瞬だけ、彼は小さく笑うとすぐに目をそらし、マスコミたいして爽やかに手を振ってみせる。
「……気のせい……か……?」
わずかな違和感を覚えた響だったが、たまたま目が合っただけのことかもしれないと思い直す。あるいは、単に地球人が珍しかったとか、腕を組んで歩いているラスティが可愛すぎたからとか。
「……うーん。ちょっと過敏になってるのかな、俺」
響はラスティに聞こえないよう小さく呟き、後頭部を掻いた。ここ半年、華星人至上主義の過激派組織〈PP〉からの刺客を相手にしてきたせいなのか、夏休みにスーズを攫う戦いでクリスタルを一つ失ったせいか、華星からやってきた団体、というだけで無意識に警戒心を抱いてしまったのかもしれない。
これはあんまり良くない。どこの星の出身だからというだけでなんらかの感情を持つというのは、つきつめれば響が戦っている連中と同じ考えにいたる道だ。
それとも、まさか俺が嫉妬? いやそれはないな。だって俺もかなりカッコいいし。
よし。結局代表戦には俺は出ないし敵対するわけでもない。クランを始めとしたペルセウスの学生たちもしばらくこっちにいるのだから、機会があれば話したり遊んだりしてみるか。
と、いうようなことを響は考えた。




