お待ちしていましたわ!
仲の悪い男子生徒四人と、そこにやってきた副学長が一人のトータル五人。その間に漂う空気は独得のものがあった。
響には想像するしかないが、おそらく自分以外のほかの四人はこんなことを思っているに違いない。
『小さい子が好きという、オラのごくまっとうな性的志向を異常呼ばわりとは頭おかしいんじゃねぇだか』
『俺はSフットボールの練習があんだよ、なんてこんなクソどもと一緒に呼び出されなきゃなんねぇんだ』
『この変態と脳筋と原始人が。不愉快極まりない連中だ』
『なんでこの子たちはなんでこんなに険悪のムードなんだろう?』
多分、正解だろう。
副学長の手前、喧嘩を続行するわけにもいかない学生たちと、ピリついた空気に戸惑っている副学長。
わずかの時間、室内には奇妙な沈黙が訪れたがいつまでもこうしていても仕方がない。俺はこのあとデートの予定があるんだ。ということで、響が代表して口を開くことにした。
「で、センセー。俺たちになんか用事ですか?」
「あ、ああ。そうだった。いや、実はね。まあ、座ってくれ。なに、ちょっとした頼み事というか、提案があるんだが……」
副学長室ダルモアから瀟洒なソファへの着席を促され、響たち四人は従った。内心では辟易しているものもいるのだろうが、一応それは表には出さない。
「来週から、ペルセウスアカデミーとの短期交換留学が始まるのは知っているかな?」
「はぁ、それがなんすか?」
嫌そうな顔で響の左隣に座っているラフは、ガムを噛みながら答えた。
Sフットボールクラブのレギュラーであり、学園内の体育会系グループのリーダーでもあるラフは、いつでも王様のように偉そうにしている。それはダルモアが相手でも基本的には変わらないようだ。
「……交換留学期間中には体育祭があるだろう? その最後には我が校とペルセウスとの代表戦として行うギャラクシーアタックが伝統行事となっていることも知っているね? 両校のネームバリューを考えれば銀河全体が注目するイベントだ。銀河ネットワークに動画が配信されるし、その視聴率や社会的影響も大きい」
ラフの不遜な態度になにか言いたそうにしたダルモアだったが、それは飲み込んで要件を続けた。
「知ってるけど、オラ全然興味ねぇだ」
心底どうでも良さそうなカクの欠伸にもめげず、さらにダルモアを続けた。
「……代表戦では我がオリオンアカデミーは創立以来10年以上、一度も勝ったことはない、残念なことにね」
「副学長、失礼ですが、それと今日の呼び出しと何の関係があるのですか?」
さすがに華星の貴族出身でもある優等生のオプティモだけは慇懃な態度を取っているが、あくまでも表面的なものであるのが響にはわかった。
学生たちのあまりの振る舞いに、少しばかりダルモアに同情しそうになった響だが、かといって別に彼を応援するつもりもない。要件の想像は付いているので、さっさと切り出してほしいところだ。だから黙って聞いている。
「我が校の理事会は、今年こそは代表戦に勝ちたいと思っているわけだよ」
「そら結構なことだべ」
「したがって、代表メンバーはこちらで厳正に選抜した学生を推薦し、アカデミー側でも十分なバックアップを行う予定だ」
「あー、そうすか」
「代表の学生には早朝や放課後に特別カリキュラムを与える予定だし、体育祭の他の競技への参加も免除するつもりだ。本番のギャラクシーアタックのさいに着用するスラスターギアもこちらで最高級のものを用意させてもらう」
ここでダルモアがいったん話すのを止めた。たっぷりと間を取り、それから両手を広げて、今日一番の通る声を出す。
「喜んでくれ! 君たち四人が代表選手に選抜されることになった!」
どうだ名誉なことだろう、と言わんばかりにダルモアは笑顔だった。が、もし本気なのだとしたら、いささかこの教育者は最近の若者に対する理解が浅いとしか言えないだろう。その証拠に、この場にいる男子学生は全員白けた顔をしている。
「……それは、強制でしょうか?」
オプティモがそう切り出す。念のための確認、という感じだ。
「? ああ、いや、もちろん強制などはしないよ。自由を校風とする我が校では、学生の自主性を尊重しているからね。だが、これほど名誉なことだ、まさか断ったりは……」
「んじゃオラは出ねぇだ」
「俺も無理っすね」
「申し訳ございませんが」
瞬殺である。カク、ラフ、オプティモはそれぞれの言葉で断りをいれ、ダルモアに最後まで喋らせることすらなかった。
「そうかそうか、やってく……え!? 今、辞退する、と言ったのかな……? な、何故……!?」
ダルモア副学長は絵に描いたように狼狽していた。まさか断られるとは思っていなかったのだろう。しかも即答で。
「代表戦って夜だべ? その日は『魔法の天使ミルキーろりろり』のライブがあるだ」
「Sフットのシーズンも近いし、時間ないんで」
「話はそれで終わりでしょうか。それでは、失礼します」
カクとラフは不参加の理由を告げて、オプティモはとくになにも説明せずにお辞儀して、そのまま副学長室を退出していった。
響は、といえば、頭の後ろで手を組み、ひとまずその場に残っている。ダルモアの提案も同級生たちの反応も予想通りだ。
「な、なぜ……? ヒビキくん。彼らはいったい……?」
「何故ってこたーないでしょセンセー。あれが普通の反応だと思いますけど」
「!?……!??」
「うーん。若者に幻想抱きすぎですって。とりあえずコーヒー貰っていいですか?」
響はダルモアの返事を待たず、副学長室のコーヒーメーカーを起動させた。一応は二杯入れて、ダルモアに片方を差し出す。
「だって先のあれ、俺たちになんのメリットも提示してないじゃないですか」
ダルモアの向かいのソファに腰かけコーヒーを一口。美味しい。ダルモアは地球のコーヒーマニアであるため、宇宙で飲めるコーヒーのなかでは一番うまいと響は思っていた。
「メリット? 代表に選抜されて堂々と戦えること自体が名誉では……」
「いやいや、別に俺たち高校球児じゃないですし」
「う、うーむ。では、成績や卒業後の進路に有利と言ったことはあるかもしれないが」
「それも微妙かなぁ。だって、カクとラフは成績とかどうでも良さそうだし、オプティモは貴族だし成績いいし。だからメリットはないも同然なんですよ。それなのに爽やかに『ご期待にそえるよう頑張ります!』とか言う方がおかしいですって。……それに」
「それに?」
「どっちかというと、代表戦に勝つことでメリットがあるのは、俺たちじゃなくてアカデミーですよね?」
「……」
ダルモアは口をつぐんだ。大人とはそういうものだと響は知っている。
昼間のガイダンスでも聞いたが、オリオンアカデミーとペルセウスアカデミーは銀河でも有数の名門校であり、その代表戦は注目度が高い。ゆえに試合動画も銀河中で中継されるし、スポンサーもつく。莫大な利権が動くことは間違いないのだ。
それに、この代表戦自体がアカデミーの宣伝としての側面もあるのだろう。
卒業生たちの輝かしい経歴や優れたカリキュラムとは別に学校の名を売るチャンスだ。運営に必要な学費、すなわち入学希望者を集める必要上、好成績を残したいはずだ。
地球の日本でだって似たようなことは多い。私立の高校が野球に力を入れて甲子園で名を売ることで入学希望者を確保するのはありふれた話だし、ある意味では大人の利益のために学生の情熱が利用されている、ともいえる。
ただ、高校球児たちはあくまで好きで野球をやっているわけで、そこはWIN-WINの形になるが、今回は違う。そしてあの癖のある同級生たちが、それに気づかないわけがない。さらに言えば、自分たち四人はかなり仲が悪い。手を取り合って共に戦えるわけがない。
「……と、思うんですよね」
響がそうした自分の考えを説明している間、ダルモアは口を中途半端に開けて唖然としていたが、ようやく口を開いた。
「……なるほど。たしかに、少し都合よく考えすぎていたかもしれない。……それで? ヒビキくん、君だけがここに残っているということは、君は代表を務めてくれる意志があるのかい? それとも、また私と取引かね?」
ダルモアはそう言うと響が淹れたコーヒーを啜った。出会ってから半年以上が経つためか、彼も響のことを少し理解してきたのかもしれない。今度は何を言われるのかとハラハラしている様子が伝わってくる。
ただ、今回の彼の読みはハズレだ。
「やだなー。久しぶりにここのコーヒーが飲みたかっただけですよ。そういつもいつもセンセーに取引もちかけませんって。あと、代表選手はー……んー……」
一応検討してみる。さっきはああ言ったが、代表に選抜されて戦うメリットは響には無くはない。ダルモアには世話になっているし、力になりたい気持ちもありはする。
「か、考えてくれるのかい……!?」
ダルモアの目に光が差した。なんだかんだ言っても、ここ半年の響の戦いを知っている数少ない一人である彼は、思ったより期待してくれているのかもしれない。それ自体は嬉しいことだ。だから響はダルモアに笑顔を浮かべて見せた。
「ヒビキくん!! ありが……!」
「俺もやめときます。コーヒーご馳走さまでした」
「えぇ……?」
「だって、代表戦なんか出たら練習とかで遊ぶ時間減るじゃないですか。あと、体育祭の他の競技とか、後夜祭にも参加したいですし」
ダルモアはどんよりと肩を落としたが、これは重要なことである。
響としては、本気の代表戦を戦うより、遊び半分の一般競技で活躍してきゃーきゃー言われたい。それに後夜祭のダンスも見逃せないイベントだ。
熱血体育会系よりも、温くて軟派で女の子と遊ぶ青春こそ、響の流儀なのである。ゆえに、それを阻害しかねない真面目な代表戦に出るのはやっぱりわりに合わないと思う。それに加えて……
「俺は勝算のない戦いはしない主義なんですよ」
ひらひら、と手を振って響は立ち上がった。
他の三人、つまりカク、ラフ、オプティモの三人が辞退した以上、オリオンアカデミーはベストメンバーではなくなるということだ。
翠星式格闘術の達人であり怪力の大男カク。
四年生ながらSフットボールチームのエースを努めるジョックの王様ラフ。
高いサイキックスキルを持ち、すべての教科で優秀な成績を納めているオプティモ。
前期の惑星探査実習及び期末テストでトップ成績を取った響自身。
この四人ならすこしは面白かったかもしれないが、彼ら以上のチームメイトがいるとは思えない。創立以来一度も勝てていないというからにはペルセウスアカデミーの学生は優秀なのだろうし、まず勝てないだろう。
全校生徒及び銀河ネットワークをご覧のご家庭の皆さまの前で無様に負けるのはゴメンである。カッコよくないからだ。
「じゃ、失礼します」
響はなおも説得にかかるダルモアの言葉を聞かず副学長室を出た。
※※
「さて、と」
本日の放課後は元々ラスティと会う予定だった。一緒に帰り、イイ感じになるようならそのままどこかで外泊する。響は彼女との待ち合わせ場所であるアカデミー2Fの広場に向かうことにした。だ
「……あれ?」
2Fの広場が近づくにつれて、いつもとは違う雰囲気に気が付く。やたらと人気が多いのだ。副学長に呼び出されていたから、下校時刻はとっくに過ぎているはずなのに、クラブチームに所属していない学生の姿まで見える。
「ハァイ、ヒビキ!! お待ちしていましたわ!!」
人だかりの中からラスティの姿を探していた響だったが、彼女の方に先に見つけてもらった。満面の笑みを浮かべて走り寄られ、ハグをされるのはかなりキモチがよい。今日も彼女の体は柔らかく、良い匂いがして、華奢なのに部分的にボリューミーなところも最高で、豪奢なブロンドの髪が頬にさわさわと触れる感触も好きだ。
「お待たせ」
軽く抱きしめ返しつつ優しく囁く響。その場に居合わせたたくさんの男子学生に向けられる嫉妬の視線は特に気にしない。
「ごめん。ダルモア先生につかまっててさ。じゃあ行こうか。……って、その前に、なにこれ? 今日なんかイベントとかあったっけ?」
抱きつかれたまま周囲を見渡してみると、2Fにいる学生の多くが、廊下の手すりにもたれて、吹き抜けになっている1Fのロビーを見下ろしている。そればかりか、1Fロビーには銀河ネットワーク局のカメラまで入っており、レポーターらしき人までいるようだ。まるで、誰か有名人でもロビーにやってくるかのようだった。
「あら? ヒビキは知らなくて? 今日はペルセウスアカデミーの方々がいらっしゃるそうよ?」
「あー……。噂の。もう来るんだ」
短期交換留学及び代表戦のためにやってくる、銀河の向こうの名門校学生たち。話によれば、しばらくはオリオンアカデミーの寮に住み、アマレットたち生徒会が彼らのアテンドをするとのことだ。
「それにしても、こんな注目受けることなの?」
「今年の留学生のなかには、あのクラン・エンシェントがいるそうだから。そのせいじゃなくて? あ、もちろん私はヒビキ一筋だから全然興味はなくてよ!」
「? ありがとう」
ラスティが口にしたエンシェントなる人物を響は知らなった。だがおそらく有名なのだろう、と推測する。その姿を一目見たい、という人間がこれほどの数いるほどに。
ペルセウスアカデミーは男子校ということだから、その人物は同年代の男ということになる。そして、よく気を付けてみれば、ここに集まっている学生たちは、8:2で女子が多い。アイドル的な人気がある、ということかもしれない。
奇妙な話の様にも思えるが、甲子園球児にだって追っかけの女性ファンがいるくらいだし、そういうこともあるのだろう。
「ふーん」
響も少し興味がわいてきた。宇宙に上がって半年もたつわけだから、銀河ネットワーク上の有名人くらい知っておきたいところだ。結局さっきは断ったわけだが、違う選択をしていたら戦っていたかもしれない人物でもある。
「ラスティ、俺もちょっとその人見てみたいから、もうちょっとここに残ってもいい?」
「もちろんですわ!」
ラスティは響の右腕に抱きついたままニコニコと幸せそうにしている。あと少しくらいならそれほど迷惑はかけないだろう。響がそう考えたのと同時に、下の階から歓声があがるのが聞こえた。




