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てのひらに星雲を  作者: Q7/喜友名トト
シーズン4~二大アカデミー対抗体育祭編~
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君たちはなにをしているんだ?

 後期が始まったオリオンアカデミーは、久しぶりに通学してきた学生たちで賑やかだった。


 在校生のほとんどが星雲連合社会における富裕層の子女であるため、それぞれが過ごした夏のバカンスの話題にも事欠くことはない。なので、構内キャンパスのあちこちではそんな彼らが夏の思い出話に話に花を咲かせていた。


 講義自体は午後からであり、午前中は後期課程についてのガイダンスが各講義室で行われているのだが、これには参加義務が課せられていない。学生は自分の携帯端末からでも必要な情報を入手できることもあり、初日の午前中は実質的には自由時間のようなものなのだ。


 そんな中、響はごく真面目なことに後期課程のガイダンスを行う講義室にやってきていた。

駐車場にホバーバイクを止めてから講義室までの道中では前期で親しくなった女の子たちに呼び止められたりもしたわけだが、それでも響がガイダンスを受けに来たのには理由がある。


「んーっ……。多分ここだよなー」


 ガイダンスが始まる五分前に講義室に入った響はきょろきょろと席を見渡し、探していた女の子を発見した。


 周囲と比べて小柄で、元気な印象のサイドポニーテールや童顔のために年齢よりもやや幼く見える彼女。頑張り屋な彼女なら、きっと来ていると思ったのだ。


「おはよ、りっちゃん」

「あ! おはよう! ヒビキくん!」


 隣に腰かけた響に気づいた彼女は、花のこぼれるような表情をみせて笑ってくれた。挨拶もとても爽やかで朗らかで、彼女が自分との再会を嬉しく思ってくれていることが伝わってくる。


 これが昼なら『こんにちは!』夜なら『こんばんは!』と礼儀正しくハキハキと挨拶をしてくれる彼女。まるで清涼剤のようだな、と響は思ってもいた。あととりあえず抱きしめて頭撫でたりもっと色々したいな、とも思っていた。


 りっちゃん。と響が読んでいる彼女の名前はリッシュ・クライヌ。杢星出身でアカデミーには奨学金で通っている純情健気な女の子である。前期の期末には宙間機動試験でパートナーをしてもらった相手だ。


「ひさしぶり。」

「うん! 夏休み、どうだった?」


 とはいっても、夏休みの間に響は彼女とデートもしている。ただ、後半はリッシュが杢星に里帰りをしていたため、会うのは二週間ぶりだった。


「まあ楽しかったかな? りっちゃんは?」

「ぼ、ボクは……えっと、うん。楽しかったよ。えへへ。でも、アカデミー始まるのも楽しみにしてたかな」


 などと、夏休み明けの学生の定番の会話を交わしつつ、次第に話題はアカデミーの後期課程のことに移っていく。


「ヒビキくんもガイダンスを聞きに来たんだね」


「それもだけど、りっちゃんがいるかなー、と思ってさ」


「え? え?」


「会いたかったら」


 響が言い切ると、リッシュは頬を桜色に染めてはにかんだ表情を浮かべた。


「あぅ……もー、ボク、恥ずかしいよ。でも、ありがとう!」


 しかしお礼の言葉は素直で朗らかなリッシュ。どういう育て方をしたらこんな女の子になるのか親御さんに聞いてみたい、むしろお礼を言いに行きたい、と響は思っていた。


「はい。静粛にしてね。自由参加のガイダンスだけど、ここは講義室だからね……。

はい。じゃあ早速ガイダンスを始めるから、転送したデータを開いてね」


 もう少しリッシュとお喋りをしていたかったところだが、ガイダンスを担当する講師が入室してしまった。銀河史のブッシュ爺やこと、ブッシュミルズ先生である。講義のときと同じようにゆっくりとした特徴のある口調だ。


 リッシュは真面目なので、彼女の邪魔をしたくない響はとりあえず口を閉ざすことにした。それに一応はガイダンスも聞くつもりはある。


「後期の主なスケジュールと行事の予定はね……」


 ブッシュ爺やの解説を聞きつつ、データを閲覧していく響。なんだかんだいっても宇宙に上がってきてからまだ半年と少しなので、前期と同じく首席を狙うにあたっては予備知識があるにこしたことはない。


「……ふーん……」


 空間表示ディスプレイの画面を次々と切り替えて後期の主だった予定を確認していくと、期末テストや惑星探査実習など、前期と変わらないものも並ぶ中、気になるものが二つほどあった。


 まずは短期交換留学。


華星圏のタートルにあるペルセウスアカデミーという学校から、10名の学生がオリオンタートルにやってくるそうだ。対象は響と同じ4年生。オリオンタートルのほうからは5年生がペルセウスアカデミーに留学することになっていて、期間は一か月とのことだ。


「ペルセウスアカデミーについては、みんな知っているね?」


 ブッシュ爺やの問いかけに学生たちの多くが頷いた。響も名前だけは聞いたことがある。


 夏休みに旅行してきた華星でチンピラに絡まれ、サイキックスキルで彼らを撃退したことがあったが、あのとき、チンピラたちは響をペルセウスアカデミーの学生だと勘違いしていた。


 宇宙は広いので、オリオンアカデミー以外にもエリートサイキッカーのための教育機関もあるのだろう、くらいに思っていたわけだが……。


「一応説明しとくと、ペルセウスアカデミーが星雲連合に最初にできたサイキックカレッジなんだね。ちなみに全寮制の男子校だ。連合の中心地である華星からほど近い宙域にあって、学生は全員華星人の王族や貴族の子弟だね。高いレベルの人材を輩出することでも知られていて、卒業生の多くは星雲連合の幹部として活躍している老舗の名門校だね」


 ブッシュ爺やの説明を聞いて、響はなんとなくイギリスの名門パブリックスクールをイメージした。例えばイートン校のようなセレブたちが通う歴史ある学校なのだろう。


「教育水準が高いという点ではウチも負けていないけど、なにぶんウチは開校20年も立っていない新設校だし、あとは校風もかなり違うね。向こうは」


 爺やの言う通り、オリオンアカデミーもレベルの高い学校ではあるが、地球が発見されたあとに出来た学校なので歴史は浅い。またこちらは様々な惑星出身者に門戸を開いており、自主性を重んじた教育をおこなっている。


カリフォルニアやハワイといったリゾート地を思わせるオリオンタートルの環境設定もあり、自由な校風といった印象をうける。


学生たちがセレブの子弟ばかりという点は両校共通にも感じるが、これも少し違うようだ。

オリオンアカデミーの学生の親にはビジネスで成功した成金やアーティスト、各惑星の重要人物といった人もおり、全員が由緒ある貴族というわけでもない。それに奨学生のリッシュや地球人の響にも入学が許されているのだ。


「であるからしてね、本校はそんなペルセウスアカデミーと毎年短期交換留学を行っているんだね。両校の学生間で交流を持って互いに刺激とするためだね。ここまで、なにか質問は?」


 交換留学についてのブッシュ爺やの説明が一通り終わったらしい。響は挙手をして質問することにした。


「俺たち四年生はペルセウスからの学生を受け入れる立場ですよね? 交流って具体的には何するんですか?


「うん。難しいことはないよ。彼らは普通にここの講義を受講して、イベントにも参加する。基本的には生徒会の役員が案内係ホストを務めるから、君はー……、あー……ヒビキ・ミヤシロ、君は彼らに悪い遊びを教えないようにね」


「はーい」


 どうやら響はブッシュ爺やにすら問題生徒と認識されている模様だ。それはともかくとして、四年生の生徒会役員と言えばつまりアマレットだ。彼女ならアカデミーの案内役に適任だろうと思われた。


「はい、じゃあ次ね。体育祭についてだけどね」


 スケジュール説明が次の項目に移った。ここは話半分に聞いていてもたいした問題はなさそうである。


 体育祭はクラス別の対抗戦であり、一日を通して行われるオーソドックスなものらしい。

 ただ、多様な競技種目には運動能力だけではなくサイキックスキルが必要だという点だけが特別といえば特別だが、アカデミーの教育内容を考えればこれは当たり前のことだろう。


「んー」


 読み進めると、体育祭はある程度成績評価にも影響するとのことだし、そもそも活躍するとカッコいいので、響としては力を入れたい行事ではある。クラス対抗ということなので、最大の敵はクラスの違うカクになるかもしれない。


「あー……」


 データによると体育祭の競技がすべて終了したあと、二つのことが行われるらしい。


 一つは後夜祭。これはまあ、体育祭の鉄板であるし、いかにも青春なイベントだ。フォークダンス的なことをするのならぜひ参加したい。

 

 もう一つは、オリオンアカデミーから選抜された数名の学生とペルセウスアカデミーからの留学生による代表戦。ギャラクシーアタックという響の知らない競技で戦うらしい。


 時系列的には体育祭一般競技、代表戦、後夜祭という順番で行われるとのことなので、学生たちは体育祭を頑張ったあと代表戦を観覧し、それから後夜祭に突入することになる。


 なかなか疲れそうだが、その分テンションも上がりそうに思える。多分楽しいイベントになるのだろう。


「ちなみに、この代表戦は毎年やっているけど、我が校は一度もペルセウスアカデミーに勝ったことはないね」


 ブッシュ爺やが溜息交じりにあまり誇らしくはない事実を告げた。学生たちが力なく笑っているところをみると、皆が知っていることらしい。


「……多分、これだろうなぁ……」


 響は小声でそう呟いた。と、いうのも昨日ダルモア副学長から送られてきたメッセージの件が思い出されたからだ。

 

 後期の行事について話があるというそのメッセージは、響とカクを含む四人の男子に送ったとのことだ。

響は前期の成績トップを取っているし、カクは超強力なテレキネシスと身体能力を持つ翠星人の武家の男子である。となれば、ダルモアの『話』の中身も大体想像がついた。


「ヒビキくん? どうかした?」


 ふと気づくと、リッシュが不思議そうにこちらを見ていた。


「や、別になんでもないよ」


 響はそう答えつつ、とりあえずギャラクシーアタックなる競技と、過去の代表戦の動画について調べてみようと決めたのだった。


※※


 放課後。

 カクとともに副学長室を訪れた響は、室内にいたダルモア以外の人物にたいして驚かなかった。


「あ? ミヤシロ? お前らも呼ばれたのかよ?」


 一人は長身で筋肉質、茶の髪の少年だ。いつものようにSフットボールのチームジャンパーを羽織っている彼の名はラフ・ロイグ。四年生ながらにチームのエースであり、横暴かつ乱暴な体育会系ジョックスの一人だ。


「それにサトンリーだと? 意味がわからないな」


 もう一人、細身に金髪の少年はオプティモ・マキシモ。

仕立ての良いブレザーを着ている彼は、際立って高いサイキックスキルを持つ高慢かつ皮肉屋な文科系プレッピーグループのリーダーである。


副学長室には二人だけがいて、ダルモアは不在だった。聞けば、別の教師に呼び出されて一時中座したとのことだ。


ダルモアはおそらくすぐに戻ってくるのだろうが、その間残された四人の男子生徒の間には独特の緊張が走った。


ラフ・ロイグとオプティモ・マキシモ。


二人ともスクールカーストにおいては上位に位置している男子生徒と言えるだろう。

響はこの二人とは仲が良くはない。むしろ敵対されているという表現のほうが当てはまるかもしれない。


ラフとは転入初日に揉めて、大勢の前で彼に恥をかかせているし、その後もラフは自分に従おうとしない響を嫌っている。


 オプティモは華星貴族出身だけあって差別的なところがあり、地球人でろくなサイキックスキルも使えなかった響を見下しやたらとバカにしてくる。前期の期末試験のときはシャルトリューズに憑依されていたせいでもあるが、普段の彼も程度の差こそあれあんな感じだ。


 なお、なんの工夫もなくまともに戦ったとしたら、多分響は二人には勝てないだろうと自覚していた。


「それにしても脳筋の次は変態と野蛮人か。僕に君たちとの共通点があるとは思えないが?」


「そう? 共通点はあると思うけどな。オプティモくんって意外と頭悪いよね」


 別に彼らが憎いというわけではない響だが、挑発的な言動をされると煽り返してやりたくなる程度には子どもだ。


「ミヤシロ、お前誰に向かって口をきいているかわかっているのか?」


「俺に勝ったことのない貴族様(笑)のオプティモ君にだよ」

「くっ、一度や二度のマグレで調子に乗るなよ……!」


 自分を無視して揉めかけた二人にイラついたのか、ラフが口をはさんだ。


「ウゼーぇんだよお前らは! どっちもクズ野郎のくせに偉そうな口聞いてんじゃねぇ!」


 しかし、それには即座に言い返すオプティモと響。


「はっ、体力とパワーだけが取り柄の馬鹿が言うじゃないか?」

「いつもの君のほうがよっぽど偉そうじゃん」


「あ? 喧嘩売ってんのか!?」

「はっ、君やミヤシロ程度が僕と勝負になるわけがないだろう?」


 二人の反論にラフが激高しかけ、それをうけたオプティモが鼻で笑う。

 さらに遅れて、カクがあることに気づく。


「!? もしかして変態ってオラのことだべか!? オラのどこが!!」


 脳筋がラフのことで、野蛮人が響のことだとすれば、残るは変態ということになる。だが、そもそもそんな消去法などしなくても答えは明白な気もするのだが、カクはそうは思わなかったようだ。


「キモイんだよお前は。その図体でガキが好きとかありえねぇだろ!!!」

「ロリのどこが悪いだ!! 物わかりの悪いヤツはオラが締め落としてやるだよ!!」

「ふん、馬鹿同士ちょうどいいじゃないか、好きにやりあえばいい」

「オプティモくん、煽るなよ。カクが本気出したらシャレにならないぜ」

「僕に命令するな。今ここで格の違いを教えてほしいのか?」


 全員がサイキックウェーブを放ち始め、副学長室が大騒ぎになりかけたその時、ようやく四人を呼びつけた張本人であるダルモアが入室してきた。


「やあ、お待たせしてすまない……? ……君たちは、何をしているんだ?」


 ヒートアップした少年たちとは異なる穏やかで素朴な問いかけだった。

どうやら副学長は学生同士の微妙な人間関係をよくわかっていなかったらしい。


響は内心で溜息をついた。ダルモアの話す内容は予想がついているが、仮にこの場の全員がその話に乗ったとしても、おそらくダルモアの期待にそえる結果とはならないだろう。


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