当たり前でしょ?
急いで病院を抜け出した響が向かったのは、プライベート宙港であった。
華星ほどの規模の星であれば、一般旅客機が行きかう公の宙港のほかに、使用料を払い自家用機で宇宙に飛びたてる施設があるのだ。
もちろん、すでにローゼスやスーズの宇宙船はすでに出発している。ワープが可能な宙域まで数時間もかからないだろう。だから、響にはあまり時間がなかった。
「うわ、景気よく買うだなー。響どんは」
宙港へ向かうタクシーのなか、携帯端末で次々と決済処理を済ませる響。それを見たカクは驚きの声を上げた。
「金は使うためにあるからな。けど、これで一学期の初めにダルモア先生から貰った『お小遣い』、5億クレジットが全部パーだから、夏休みの残りはバイトかな。ま、それはそれで学生の青春っぽくてよくない?」
まずプライベート宙港の使用料を払い、そこに待機している小型高速航宙機をレンタル。さらにグラスパーに積み込んでおいてもらう機動宇宙服とサイブレードを購入。
これだけで数億が飛んだ。
「あとは……」
響は端末を操作し、宝石店のサイトを閲覧する。表示されている商品のなかから、一番それらしく見える物を購入し、宙港に届けてもらう手続きも済ませる。
「とりあえずこんなもんかな。カク、二人乗りのグラスパーは空きがなかったから、お前は地上で待っててくれ。ついでに、オリオンアカデミーに連絡を取ってダルモア先生にさっきのことを伝えといてくんない?」
戦いのための準備を一通り終えた響は、戦ったあとのための処置を依頼した。
今回はローゼスを倒すだけではダメだ。そのあと、スーズが幸せになれなかれば、勝ったとは言えない。
後処理をお願いされたダルモアはまた頭を抱えるかもしれないけど、結局はやるだろう。何故ならやるしかないからだ。
「ああ、ええだよ。けども響どん、予知能力相手にどう戦うつもりだべ?」
「そこはだなー……。と、あと10分くらいで到着だから、詳しくは終わってから説明する。まあ、簡単に言うと『未来なんか読むものじゃない』ってことさ」
「なんだべそれは」
カクは苦笑したが、それ以上ツッコんでこなかった。
今から40分後には、響は宇宙へと飛び立つ。
それも、ムカつくやつが連れて行った可愛い女の子を奪いにだ。なんともクラシカルでヒロイックなシチュエーションだと言えるだろう。
「ワクワクするぜ」
もちろん恐怖もあるし、不安もある。でも、口にした台詞も本気だった。
※※
ローゼス・フォアは華星に駐留しているPPのなかでも特殊な立場にいる。主な役割はスーズの監視及び、スーズの予知能力から得られた有益な情報の管理だ。
そんな彼にとって、今日起きた出来事は僥倖だった。
ヒビキ・ミヤシロとの出会いを予知したスーズが計算通り彼と接触、そこを狙って『ミンタカ』を入手した。
もともと所有していた『アルニタク』とあわせ、PPはキークリスタルを二つそろえたことになる。残り一つ『アルニラム』はオリオンアカデミーが管理しているとのことなので、手は出しづらいが、それも時間の問題だろう。
何故ならば、キークリスタルには共鳴しあう性質があり、複数をそろえれば秘めた力は何倍にもなるからだ。
「くく……」
中型宇宙船のシートに座ったローゼスは笑みを漏らした。その視界の先は星の海、そこからワープホールをいくつか越えれば、『あの方』、つまりPPのトップであるシーバス・パスティスのもとにたどり着ける。
「……待っていてください。シーバス様。この、ローゼスが、目覚めさせて差し上げます」
『アルニタク』を手にしたまま長き眠りについているシーバスだが、『ミンタカ』を届けることで再び立ち上がるだけの力を取り戻すはずだ。そうなれば、オリオンアカデミーなど一瞬で落とせる。そして三つのキークリスタルは我らのものとなり、『オリオンの星』の扉が開く。宇宙を手に入れる力だ。
「貴女のおかげですよ。スーズ様、感謝申し上げます」
ローゼスは自分の横に座る生気のない表情の少女、スーズに嗤いかけた。
「……お父様のもとに、向かわれるのですか?」
「ええ、その通りです。きっと、私の功績を喜んでくれることでしょう。ああ、そうだ。我々の婚姻についてもお話しなければなりませんね」
「……っ、そ、それは……」
スーズはいつも、この話をすると怯えた顔をする。だが、ローゼスはその表情が嫌いではなかった。嗜虐的な喜びを感じさせてくれる。
「貴女が生まれたころには決まっていた話ですよ」
そう。高貴な血と優れた才は、その純度を保ち、世代を重ねねばならない。
スーズと似た力を持ち、華星の貴族であった自分は彼女の夫となるべき存在なのだ。
宇宙の王のもとで私は、その後継者となるのだ。
「……うっ……うっ……」
スーズは口元を抑え、必死に嗚咽を殺していた。丹念に教育してきたはずだが、どうやら自分は彼女にとって結ばれたい相手ではないらしい。
だが、そんなことはどうでもいい。
むしろ、そのほうがいい。
どうせスーズには逆らう力などないのだから。立場的にも、権力の上でも、そして純粋な強さでもだ。
この女は、ただの人形だ。とびきり美しく、高貴で、役に立つ人形だ。私にとっても、そしておそらくはシーバス様にとっても。
「その日が、楽しみですよ、私は」
ローゼスは、泣き叫ぶスーズを強引に犯す想像に愉悦の笑みを浮かべた。
薄暗い欲望が下半身にこもるのを感じる。宇宙船の操縦を任せている部下がいなければ、今この場で吐き出してしまいたいほどだ。
いや、もういいのではないか? オートパイロットに切り替え、彼らを船室に下がらせればいいのではないか。それとも、観客として残らせてもいい。
「! これは……ローゼス様!」
愉悦を感じていたローゼスの思考は、部下のパイロットの声に中断された。不愉快ではあるが、ローゼスは感情を表にだすことはなく、答えた。
「落ち着きたまえ。……どうしたというのだ?」
「後方から、高速で接近する機影があります! おそらくこれは……航宙機です!」
「ほう?」
ローゼスはシートから立ち上がり、フロントモニタに表示されるレーダーを確認した。
たしかに、こちらを追ってくる機体がある。こちらは居住性も備えた中型船なので、小型の高速機ならついて来れても不思議ではない。
「……一機か」
ローゼスは状況を把握し、鼻で笑った。
一機だけで追跡していきているということは、追手は星雲騎士団や軍隊の類ではない。そもそも、各所にPP構成員が深く入り込んでいる華星圏内近くで騎士団がこうも早く動けるわけがないのだ。
ではこの追手は何者か? 『ミンタカ』を奪いにきたPP内部の造反者という線もあるが、もっとも可能性が高い答えはそれではないだろう。
「ローゼス様、未確認機から通信要請が入っています。答えますか?」
「繋ぎたまえ」
ナビゲーターを務めていた部下が回線を開いた。フロントモニタの一部に、航宙機のコックピットが表示される。
そして、そこに座っていた者は。
「やはり君か……。ヒビキ・ミヤシロ」
ローゼスの視線の先には、場にそぐわない爽やかな表情の少年が映っていた。
※※
「やっほー。スーズちゃん、元気?」
響はモニタに移った船内の様子を確認し、そこにいたスーズに向けて手を振った。ローゼスやその部下はとりあえず無視だ。
「!……ヒビキ様!」
うつむいていたスーズが顔をあげた。その表情に一瞬だけ喜びの明るい色がさす。
「……ど、どうして……!?」
だが、すぐにスーズは沈んだ声をあげた。ついさっきボコボコにやられた響が、再び危険な人間の前に姿を現したことを悲しみ、心配してくれているのだとわかる。
自分が再び牢獄にとらわれてしまったというのに、これまで持っていた価値観が揺らぎ、迷っているはずなのに、宇宙を包む暗雲を感じているのかもしれないのに。
それでも、スーズは響のことを思ってくれた。さっきも、今も。
響は思う。
――そんな君だから、俺は――
「ヒビキ様、スーズのことはもういいんです……。早く、逃げてください!」
スーズは涙声で叫んだ。彼女の着ている宇宙服、そのヘルメットのなかに輝く粒が舞っている。
「やだよ」
響は短く答えた。スーズが宇宙服を着ている。これで、最初の条件は整った。引く理由がない。スーズは多分、響がローゼスには勝てないと思っていて、だから逃げろと言ってくれているのだろうけど、それは余計なお世話ってやつだ。
「どうして!? どうしてですか……!?」
スーズのまっすぐな瞳、響はそれを見つめ返し、彼女を撃ち抜くように指をさし、答えた。
こういうことは、気障なくらいがちょうどいいと響は思っている。
「俺は君のことが好きだから。好きな女の子を追いかけるのは、当たり前でしょ?」
「ヒビキ、様……!」
「スーズちゃんが俺のことを嫌いだっていうなら、諦めるよ。でも、もしそうじゃないなら。そこよりも、俺のそばに居たいと思ってくれるなら……俺はもう負けない。必ずそこから救い出して見せる。信じて」
おどけた態度を少しだけやめて、真剣に想いを告げる。
「どうかな? スーズちゃん」
スーズは、わずかの沈黙のあとで、シートから立ち上がった。迷いながら
胸を抑え、祈るような姿勢で、やっぱり涙声で、でも、はっきりと告げた。
「……スーズは、スーズは、ヒビキ様のことが、大好きです!!」
そんなスーズに、響は明るく答えてみせる。
「A-OK!」
「ローゼスとは結婚したくありません!!」
「はぁ!? え、なにそれ!? そんな話が出てたの!? びっくりなんだけど!」
夏の恋は命がけ、そんなキャッチコピーをどこかで見たことがあるような気もするけど、俺の場合は、まさに、その通りだ。そんなことを考えて、響は少しだけ笑った。
「茶番は終わりかね? ヒビキ・ミヤシロ」
空気を読まない美青年が口を挟んできた。仕方がないのでそっちにも視線をやる。
「俺たち青春してるでしょ。うらやましい? っていうかあんた、未成年が好きな人なの? ロリロリなの?」
「……君は、本当に愚かな男なようだね。私はこう言ったはずだが? 次に私の前に現れたのなら、殺す、とね」
ローゼスはあくまでも冷静な口調で告げると、次に部下に命じてスーズを拘束した。これで、彼女は自害もできないというわけだ。
「まさかとは思うが、航宙機での宇宙戦なら勝てるとでも思っているのかね? 我々の船は兵装がないとでも? 未来を予知するこの私に、ドッグファイトを挑むつもりならば、諦めたまえ」
ローゼスはシートに深く腰掛けて頬杖をつき、冷たく見下した言葉を放った。
「んー。ちょっと違うかな?」
「どういうつもりかは知らないが、もういい。……撃て」
ローゼスの命令に部下たちが動く前に、響は口を挟んだ。
「やめさせたほうがいいよ。俺を撃墜するのはあんたには無理だから」
「なにを言っているのかわからないが?」
「無理なんだよ。能力的に、って意味じゃないぜ。立場的に、あるいは状況的に不可能だって言ってるんだよ」
自信満々にそう告げる響。あえて、だ。本当ならば、問答無用に墜とされかねない状況で、あえてそうする。サイキックレーザーやテレキネシスミサイルを撃たせないためにだ。
「意味がわからないな。ヒビキ・ミヤシロ」
「仕方ないなー。説明してあげるよ。多分、これ聞いたらアンタはその宇宙船から出てきて俺と戦うことになるよ。ちなみに、機動宇宙服とサイブレードくらい積んでるよね?」
「ほう……?」
ローゼスの口角が微妙にあがったのを響は見逃さない。
予知能力と剣の腕に自信のあるローゼスならば、乗ってくるはずだ。
女の子を賭けて、宇宙空間で、剣で戦う一騎打ち。言葉にすると冗談みたいなその状況に、持ち込む。そうすれば『予知能力者の倒し方』で勝てる。
そしてその状況を作るためのロジックも作ってきた。
「これ、なーんだ?」
響がコックピット内で、ある物を掲げた。
そう、どんなに低い確率であろうとも、まず間違いなくハッタリであることがわかっていようとも、ローゼスの立場ならば絶対に直接接近して確認しなければならないもの。絶対に破壊するわけにはいかないもの。間違ってもミサイルを向けることなど出来ないもの。
たとえ0.1%でも本物の可能性があれば、そうせざるえないもの。
「……私にはただのクリスタルに見えるが?」
ローゼスは頭のキレる男だ。だから、響の意図が伝わったらしい。その目に、鋭い光が宿った。
「いいや、これは『アルニラム』だ。ダルモア先生から預かっててね。俺は最初からキークリスタルを二つ持ってたのさ。って言ったら、信じるか?」
こっちも(作者的には)いいところなのですが、新作も始めました。
ワールドドライブ という小説です。
http://book1.adouzi.eu.org/n0725dl//
あと、ひさしぶりに悪の組織の求人広告の短篇も書いてみました。
http://book1.adouzi.eu.org/n9924bw/101/
よろしければこちらも読んでやってくだされ。夏休みでたくさん書いたので……宣伝でした!




