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てのひらに星雲を  作者: Q7/喜友名トト
シーズン3~夏休み編~
54/70

覚えてやがれ

華星旅行も二日目の夜を迎えた。

 これまでのところ、響は知らない星を十分に楽しんでいると言える。


 初日にはカクが愛するロリ美少女属するアイドルグループのライブに出かけた。友人の熱すぎる声援に最初若干ヒキつつも、ライブ自体は非常に楽しめた。


 異星人のアイドルは可愛かったし、テクノを過剰進化させたような楽曲も興味深く、ステージの演出などはサイキックデバイスを駆使した派手なものだった。


 あまりそのアイドルには詳しくない響だったが、こういうことはノッたほうが楽しいのでカクと一緒に声援を送り、オタ芸のようなものを身に着けて大騒ぎした。


 二日目には翠星式格闘術の道場をいくつかめぐってみた。華星は意外と翠星式格闘術を学ぶ人が多いのである。二つの星の歴史的背景については教科書程度の知識しかなかった響だったが、要するにアメリカで空手が流行っている、みたいなことだろうと認識していた。


 カクやその父親の翠星式格闘術を見慣れている響からすると、さほどレベルが高い道場はなかったが、独自の方向性に進化している様々な流派を見学するのは刺激になったように思う


 ライブも道場もそうだが、やはり見知らぬ新しい文化圏で出会うものは新鮮な驚きを与えてくれる。


空に浮いている都市は、実際に来てみると清潔かつ都会的でありながら、緑豊かでもある美しい街だった。

ニューヨークのような超高層ビルが並ぶエリア、ローマのように歴史を感じさせつつも華やかなエリア、そして多くの異なる雰囲気のエリアを結ぶ発展した交通網。


なるほど、さすがは星雲連合の始まりの星というだけのことはあるな、というのが響の感想であった。


さて、旅行二日目後半。響とカクは夜の街に繰り出していた。


「しかし、この辺もすげーな。100年後くらいには地球のラスベガスもこんな感じになってんのかな」


「オラ、ちょっと目がチカチカしてきただよ」


 三件目のバーを出てブラつく二人。

周囲ではどこからか漏れてくる音楽が絶え間なく聞えてくるし、空中のいたるところには3Dモニタが展開し派手な広告を表示している。七色のカクテルライトが夜の街中を照らし、幻想的でありながら退廃的。そんな世界だった。



「そーだなー。ちょっとこの辺はもういいかな。西のほう行ってみる?」

「あの辺は治安があんまりよくないそうだべ」

「だから?」

「面白そうだと思うだよ」


 少し移動すると、そこはそこでまた違う世界だった。

まず道行く人たちの年齢が若く、そしてどことなくガラが悪い。アルコール飲料を手にフラフラしている者もいるし、変な色の煙を吸っている人もいる。女の子は大体露出度が高い服を着ている。立ち並ぶ店も雑多で、騒々しい。


「ここはあれだな。なんつーか、普通の繁華街だな。不良っぽいぞ」


 さしもの華星といえども、そういう場所もあるらしい。


「んだな。それにしても、オラたち浮いてんじゃねぇべか?」


 たしかに、カクの言う通りのようだった。周囲にいる若者たちがチラチラと二人を見ていた。どうやら、この辺にはあまり観光客が来ることはないらしい。


 身長2メートルのカクはいるだけで目立つし、地球人である響もやはり雰囲気が少し違うのか、ずいぶん目を引くようだった。


「いいだろ別に。俺たちだって若者だし、別に品行方正ってわけじゃない。……お、そこでちょっと飲もうぜ」


 響が目を付けたのは、通りに面しているバースタンドだった。店の外にカウンターがあり、そこで立ち飲みが出来るらしい。ちなみに響がそこを選んだのは、すでに女の子が二人そこで立って飲んでいたからである。


「コスモソーダの華星エクストラ二つください」


 堂々と注文してドリンクを受け取る。たとえここが地球から遠く離れた宇宙の彼方の繁華街でも、響はいつもと変わらない。


「こんばんは。元気?」


 そして速攻で隣に立つ女の子にも声をかける。近くでみてもやっぱり不良っぽいというか、擦れた雰囲気の二人組だったが、それはそれで嫌いではない。


「はぁい。あれ? あんたたち見かけない顔ね?」

「遠い星から来たんだよ」

「そっちのおっきい子は翠星人?」

「そ、そうだべ」

「あんたは? 解桜星かいおうせいあたり?」

「はずれ。それより、どう? 奢るからもう少し飲まない? お姉さんたち綺麗で優しそうだし、この辺のこと教えてよ」


「そう? んー。仕方ないわね。ふふ」


 セクシー系の女性に対してはやや腰が引けるカクとは対照的に、響はどんな女の子相手でも基本的に接し方は変わらない。ちなみに酒を奢ったのは言葉通りの意図が半分、あとの半分が単なるナンパである。


 それから十五後。


「へー、そうなんだ。家この近くなの?」

「そうよ。ふふ、今夜は暇だけど、来る?」


 お高めの銘柄のボトルキープを済ませるころには、ここまでありつけていた。

 響は彼女の問いかけに上手く答えようとしたが、それは別の人間の声に遮られた。


「ずいぶん楽しそうだな? お兄ちゃんたち」


 明らかにこちらを威嚇しようとする声。響がその方向に顔を向けてみると、酔った顔の男が4人ほど、クチャクチャと何かを噛みながら寄ってくるところだった。


「うん。楽しいよ」


 しかし響はにっこりと笑って答える。


「ははは。お坊ちゃまも来るようになったんだな、この辺も」


「……お坊ちゃまって、もしかしてこの人が言ってるのオラたちのことだべか?」


 揶揄してくる男たちの言葉に対し、不思議そうに小声で聞いてくるカク。まあ、響にも気持ちはわからないでもない。


 念のため、一緒にいた女の子たちを確認してみた。


 彼女たちは怖がっていた。つまり、彼女たちにとってもこの事態は想定外であり、別にこの男たちと親しいわけではない、ということだろう。


「まあいいや。お兄ちゃんたちさー、お金持ちなんだろ? ちょっとお金貸してくれないかな」


 男たちは、ズカズカと響の目前までやってきて、薄く笑って歯を見せた。ヤニで汚れている。


「お、おいカク!」

「これ絡まれてるべ!! 懐かしいだなぁ……」

「な! しかもカツアゲとか超久しぶりだなー。さすがは華星だ」

「あれじゃねぇだか? 10歳くらいのときに千葉で暴走族に絡まれた時以来だべ!!」

「あったあった!! あんときは死ぬかと思ったな!!」


 響とカクはつい思い出話で盛り上がりそうになったが、そこに彼らの怒声が割って入った。


「ああ!? 舐めてんのか!!??」

「アニキがキレたらオメーラ死ぬぞオラァ!!」


 言葉とともに、男の手のあたりが青い光を放ち、響の体に締め付けるような圧力がかかった。宇宙の中心では、ヤンキーの方々もカツアゲにサイキックスキルを使うらしい。というか、これほどストレートな方々は宇宙に上がってきてからはじめてみた。基本的に良家の子女しかいないオリオンアカデミーとは違い、人口の多い華星には色々な人がいるようだ。


「あ、ごめんごめん。無視はいけないね無視は」


 ただ、響が感じる彼のテレキネシスは、非常に弱かった。オリオンアカデミーなら最低クラスの成績しかとれないだろうと思われる。だがそんな彼もこの集団では強い人物として一目置かれているようだ。


 なるほど、オリオンアカデミーが最高のカリキュラムをもつエリート校である、というのはたしかなことらしい。響は銀河における標準的な若者の能力水準と、これまで学んできた成果を冷静に分析した。

もっとも、たとえサイキックスキルで劣っていたとしても恐怖は感じなかったことには変わりはないのだが。


「ざけんなオラァ!!」


 近い。唾が飛ぶ。それにもし巻き込んだらいけない。そう考えた響は、一緒にいた女の子に手で合図を送り、その場から立ち去らせた。


「ぼ、暴力はいけねぇだよ!!」


 カクは優等生的な発言をしつつ、丸太のような腕を繰り出し勢いよく空中を掴んだ。


「ぐっ……ごほっ……!」


 同時に男たちのうちの一人の頭部にみるみる手形が食い込んでいく。翠星式格闘術、遠距離でのベアクローである。


「……はな……せ……」


「話せばわかりえるだよ!!」


 続いて、空中を掴んだ右腕を振りかぶり、オーバースローで投げ下ろす動作。名前も知らない男Aは、少し離れたダストボックスのあたりに飛んで行った。


「……!? 何しやがる!!」


 残っていた方の男が響を空き瓶で殴ろうとした。さすがにそれは痛そうだ。


「暴力はいけないってば」

 なので、響はごく普通に男の腕を掴んで止めた。さらにバーカウンターに置かれていたレモンのような柑橘類をテレキネシスで浮遊させ、男の目の前で勢いよく絞る。


「痛っ……!? こいつなんで動けるんだ!?」

 

 男は果実の汁で染みる目を抑えつつ叫んだ。


そういえば、彼はテレキネシスで響を締め付けているつもりだったということを思い出す。実際のところ、あの程度のテレキネシスならそれほど問題なく動けた。


「あー、なんでっていうか……」


「アニキ、こいつら、ペルセウスアカデミーの学生かもしれねぇ!」

「なんだと……!?」

「ま、マジかよ……!」


 男たちはなにやら勝手に推測を立てて、勝手に驚いていた。


 ペルセウスアカデミーというのはよく知らないが、華星圏では有名な学校なのかもしれない。高等教育機関であるサイキックアカデミーはオリオンアカデミー以外に存在しても不思議ではない。


 そしてどうやらそうした教育機関の学生は、一般的基準からするとかなり高い能力を持つと認識されているようだ。


「……えっと、じゃあどうしようか。もう少しやる?」


 響はさきほど絞った柑橘類をグラスに入れて一気に飲み干し、彼らの選択を待った。


「覚えてやがれ!」


 やがて、リーダー格の男が大変オリジナリティのない捨て台詞を吐き、去っていく。


「生意気なやつとデカイやつ!! おめーらの顔覚えたからな!! 俺らのチーム舐めたこと後悔させてすっぞおらぁ!!」

 

 だいぶ離れたところでさらにそう叫ぶ彼ら。もう何回も思ったことだが、人間には宇宙のどこでも変わらない伝統様式があるようだった。


「……だってさ」

「困っただなぁ」


 ちなみに、響たちは知っているが、実はああいう手合いは結構厄介だったりもする。

あの場だけで終われば別に問題ないのだが、仲間に声をかけて~、みたいなパターンで執念深くウジャウジャ出てくる数の利をもって因縁を付けられると面倒くさいのだ。

 

「まー、仕方ないな。どうせあと数日しかこの星にいないんだし、ほっとこう。あと、明日からは……」


「別行動にするべ」


「だな」


 短い言葉で意思の疎通をかわす二人。

響もカクもこの星の者ではないし、容姿も目立つ方だ。旅行者には珍しい若者ということもある。そんな二人が一緒にいると人目を引くし、さっきの連中も多分『二人組』ということで記憶しているだろう。なので、一人でいたほうがよさそうだ。もともと後半はそれぞれの行きたいところの別に行く予定だったので、それが少し早まるくらいなんてことはない。


「お前は明日どーすんの?」

「オラはもう少し道場巡りだな。まだ一番デカイ所に行ってねぇだよ。響どんは?」

「俺はそうだな、もっと健全な観光地でナンパしてくる」


 方針を決めた二人は少しだけ飲みなおしてから高級ホテルに戻り、華星旅行二日目は終わったのであった。


※※


 少女がはじめて見た街。

華星の中心街であるジェネヴァは彼女にとって驚きに満ちていた。


 なんてたくさんの人がいるのだろう。なんて高い建物だろう。

 緑の街路樹はいきいきと輝いていて、陽光は眩しい。


 行きかう人たちも様々だ。大きい人、小柄な人、お年寄りに子ども。

 千差万別な表情を見せる彼らを見ているだけで飽きない。



 少女が知識としてしか知らなかった光景が目の前に広がっている。

 

「わぁ……!」


 不思議と足取りが軽くなり、胸のなかを爽やかな風が通り抜けていく感覚を覚える。


 楽しい。

 少女はそう感じていた。

 今自分がしていることはきっと良くないことだ。それは自覚していても、キラキラした感情が湧き上がるのを抑えることできなかった。


 そんなチャンスはもう二度とこないかもしれない。そう思った瞬間、少女は衝動的に足を踏み出していた。


憧れた外の世界。ほんの一日だけのワガママ。もしかしたら、一生に一度だけの外出。


 特に少女の目を引いたのは自分と同世代と思われる若者たちだった。

 みんな見たこともない素敵な服を着ていて、楽しそうで、輝いて見える。 

 

 外の世界は悪い異星人がいっぱいいる。と聞いていたけど、そんな風には見えない。みんな幸せそうで、優しそうだ。


 さっきなんて、お花屋さんの店先で可愛い鳳星花ラークスパーの花束に目を奪われていると、お店のかたが一輪手渡してくれた。


 『申し訳ございません。大変可愛らしいお花なのですが、お金は持っていないのです……』

 と正直に話したところ、年配の女性店員さんは……

『いいよーお嬢さん可愛いし、一輪くらい! お花もきっと喜ぶさね』

 などと言ってくれた。


なんて優しい方なんだろう。


 少女はある理由から植物を身近に置くことがずっと出来なかったが、本当は花が大好きだった。そういう事情もあって、感動してしまう。


もしかしたらこの街は華星のなかでもとくに華星人が多い場所なのかな?

 少女はそんな風に感じつつ、ジェネヴァの街を足取り軽く歩いた。

 そして、そのうちにたどり着く。


見覚えのある場所。もちろん実際に来るのは初めてだが、ここから見える街並みは『時を読む力』でみた映像と重なる。


どうやらここは街の中央広場らしい。だからこそ、初めての少女でもたどり着くことが出来た。


「どこかに、きっと」


 きょろきょろ、と見渡してみる。そういえば『力』を自分のために使ったのは初めてのような気がする。


 でも、彼女が探している人物は広場を見渡してもなかなか見つからかった。


「今日では、なかったのでしょうか……?」


 不安の影が差し、急に少しだけ寂しくなった。

 広場にはやっぱりたくさんの人がいて、それぞれ友達や家族で連れだって歩いている。


 でも、自分は一人きり。

一生に一回しかないかもしれないチャンスだったけど、もしかしたら私が見た未来は、別の日だったのかもしれない。


 ふう、と小さく息をつく。

 少し残念だけど、それでも今日はとっても貴重な日だ。外の世界の色と輝きを出来るだけ覚えて帰ろう。


 少女がそう思った瞬間だった。


「ねー、君。どうしたの?」


 耳に心地いい涼やかな声。その言葉が自分に掛けられたものだとすぐには気が付かなくて、少女は数秒遅れて振り返った。



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