この星にいるであろう美少女とお近づきになる!
オリオンアカデミーの門は、長期休暇中であっても開いている。
部活に所属している学生は練習のために出入りするし、そうじゃない学生も自学のために学内の施設を自由に使うことで出来るためだ。
なので、現在夏休み中のアカデミーだが、キャンパス内にはちらほら学生の姿があった。
超剣術の自主トレを終え、木陰で昼食休憩をとっているリッシュ・クライヌもそんな学生の一人である。
「ふーっ、美味しいな」
木漏れ日の眩しいベンチでコールドドリンクを飲み、一息。
奨学生であるリッシュとしては、休み中であっても勉強を欠かせない。午後は星雲史のデータテキストを読む予定である。
夏休みというのは、たいていの学生にとっては嬉しいものだ。まず早起きをしなくてもいいし、自由な時間も多い。自学自習に努めるリッシュであっても同様だ。
同様。そのはずだし、いつもより静かなキャンパスで飲むドリンクは美味しい。でもリッシュはこうも思っていた。
「はやく学校始まらないかなぁ」
空、つまりはオリオンタートル外壁が映し出す風景を見つめ、ぽつりとつぶやく。
リッシュの心によぎったのは、あの快活な少年の笑顔だった。当たり前のことなのだが、どこを見渡しても夏休み中のキャンパスに彼の姿はない。それどころか、オリオンタートル内にすらない。
いつも元気なあの男の子。期末テストでは一緒に頑張った彼。
期末テストの最後のほうは気を失ってしまったし、そのときちょっとだけ恥ずかしくなる夢をみちゃったりもした。
今思い出しても、顔が熱くなるような、そんな夢だ。
「……会いたいよ」
子供っぽいと言われることが多いリッシュでも、さすがに最近は自分の気持ちに気が付き始めていた。
彼といるとあったかい気持ちになる。
颯爽とした彼の姿をみると、胸がドキドキする。
今はいない彼がオリオンタートルに戻ってくるのが待ち遠しい。
リッシュは、世間一般で言われるところのその感情を覚えたことはこれまで一度もなかった。
でも、もしかしたらこれが、みんなが言うそれなのかな。そう感じていた。
「今ごろどうしてるのかなぁ、ヒビキくん」
地球からやってきた不思議な男の子。リッシュは最近、彼のことを一日に何回も考えてしまうのだった。
※※
華星の宇宙港に到着した響は入星手続きのカウンターに並んでいた。
地球にいるときも何度か日本国外に行った経験がある響だったが、手続きはそのときとほとんど同じだ。
どうやら、たとえ宇宙規模になろうとも、人の営みは案外変わらないものらしい。
「はい、次の方。サイキックパスの提出を。氏名と星籍は?」
淡々とした口調で促す若い女性係員の声に答え、響は自身のIDカードを差し出した。
当然、この女性もサイキッカーなので審査に必要な入星者の情報はカードを通して一瞬で読み取れるのだろうし、それはデータとして保存されるのだろう。なので『氏名と星籍は?』という質問は単に形式だけのものに違いない。実際、響の前に並んでいた人たちのなかには終始無言の人もいた。もしかしたら、銀河公用語が苦手な異星人だったのかもしれない。
だが、響は女性係員の質問にハキハキと答えた。
「宮城響。星籍は地球です!」
ワープを伴う宇宙の旅は疲れる、という人もいるらしいが響はそんなにヤワな鍛え方はしていないので、疲労は顔に出さない。
「はい。……えっ? ちきゅ……ミヤシロ!?」
さきほどまでひどく退屈そうに仕事をしていた女性係員の表情に驚きの色がさした。
「はい!」
「で、ではサイキックパスを……」
「どぞ」
彼女の動揺は、ある事実を響に思い出させた。
どうやら自分はやはりまだ有名人らしい。いやレアな人物といったほうが正しいかもしれない。
アカデミーには半年通っているので、オリオンタートル内ではそれなりに馴染んだつもりだが、全宇宙的に言うと地球人は大変珍しい惑星人のようだ。
星雲連合に加盟してからの年月も浅く、サイキックスキルを知らなかった地球人の大半は宇宙に上がってきていない。まず地球人というだけで驚かれる。
さらに、響の姓は宮城。今のところ、宇宙で一番有名な地球人と同じだ。
「は、はい。結構です」
サイコメトリーを終えた女性係員は響にサイキックパスを差し出した。
ちらちらとこちらの顔をうかがっている。興味津々な様子だった。
宮城余市の息子がオリオンアカデミーに入学した、という事実はニュースサイトで一時話題になったりもしたそうなので、無理からぬ反応である。
響はサイキックパスを受け取りつつ、女性が顔をあげるのを数秒待つ。
そして、視線があった瞬間に笑顔を向けた。
「ありがとうございます」
挨拶は元気よく。地球の小学校で言われがちなこれが案外大事だということを響はよく知っている。ちなみに相手が女性の場合は爽やかさと茶目っけをマシマシで、というのがポイントである。
「い、いえ! ではどうぞ。……あの、よいご滞在を」
女性係員は少しだけ頬を染め、嬉しそうな表情を見せてくれた。むっつりとしたまま旅客をさばいていたさきほどよりずっと魅力的だと響は思う。
「はい。黒髪が素敵なお姉さんも、良い一日を」
その場を去る前に最後にダメ押しで褒めておくのも忘れない。彼女が少しだけ顔を赤らめて照れていたのが可愛らしく、また会う機会があればいいな、とも思う。
「響どんは息をするようにナンパするだなぁ」
別のカウンターを通過してきたカクが隣にやってきていた。
あえてクラシカルなズタ袋に詰めこんだ荷物を肩に下げたカクは相変わらずデカイ。
響は親友の彼と並び、宙港の通路を歩きながら答えた。
「は? ナンパ? なにを言うんだいカク君。爽やかかつ健全な人間同士のコミュニケーションだろ」
「ほー。ほなら、さっきの人がオフのときに街で再会したらどうするんだべ?」
「そりゃ俺のことを覚えてもらったんだから、デートに誘うに決まってるだろ」
「それはナンパだべ」
「人生は出会いとロマンで満ち溢れているな。それよりお前、さっきなんか保安検査場で没収されてたな」
「オラの宝物が……。まさか紙媒体までチェックされるとは……」
「……あれか。持ってきてたのかよ……言っとくけどあの写真集は地球でも犯罪だからな」
互いにくだらないことを話しつつ長い通路を歩く二人。
星雲連合の中心地である華星の宇宙港であるため、周囲にも様々な異星人がいる。その多様性はオリオンタートル以上であるように思われた。
白く清潔な外壁に黒のフロア、モノトーンで統一された宇宙港は清潔であり、美しかった。
様々な惑星の言語による発着便のアナウンスや、空中のあちこちに展開している3Dモニタもスタイリッシュである。
さすがは華星だな。響はそんな風に感じていた。
「カク、お前も華星は初めてなんだっけ?」
「いやオラは二度目だよ。でもちっこいころだったからあんまり覚えてねぇだ」
二人は宇宙港の出口、『タクシー』乗り場まで到着。そこから見えた景色には、さしもの響であっても声を漏らさずにはいられなかった。
「おお……すげぇな」
「都会だべなー」
華星の宇宙港は地上280メートルに建設されている。滑走路も発着ロビーもすべてだ。
だから出口のタクシー乗り場からははるか遠くの景色までがよく見えた。
摩天楼。そういう言い方が適切かどうかはわからないが、デザイン性の高い高層ビルディングが無数に並ぶ光景は美しく、神秘的ですらある。
そして、それらのビルをつなぐ道路も、その下に見える街も、緑深い森でさえも、すべてが『浮いている』。
比喩ではない。文字通り空中に浮いている。そして無数のエアカーが空を行きかう光景が見える。
青空に浮かぶ都市。それが響が華星に感じた第一印象だった。
オリオンタートルはどこかリゾート地のような雰囲気だったが、ここは違う。
カリフォルニアとニューヨークくらい違う。
それにしても何故街が浮く? これはサイキックウェーブを用いた技術なのだろうか?そうだとしてもなんのためなのか? では地上はどうなっているのか? この星に住んでいるのはどんな人たちなのか? 遠くにみえるあの街はどんな場所なのか?
分からないことだらけだ。でもそれが。
「楽しそうだなぁ、響どん」
「そりゃな。ワクワクするぜ」
16歳の夏。銀河さえも越えた今、夏という概念が正しいのかどうかは知らないが、学生が夏休みを楽しむのは当然なのである。
まして旅行だ。それも海外どころか別銀河への。
「滞在は華星基準で七日だべ。予定は決まってるべ?」
タクシーを待つなか、カクが質問をしてきた。
「ざっくりな」
勢いでオリオンタートルを飛び出してここまでやってきたので機内で予定を考えておいた。
「まずお前に付き合ってアイドルのコンサートと翠星式格闘術の道場を見に行くだろ? それからあとはもう豪遊だ。ホテルはとにかくリッチなところ。夜は繁華街に繰り出す。旨そうなものを見つけたら食う。華星限定のコスモソーダがあるらしいからそれも飲む。この星でしか見られない景色をみる」
「ほうほう。だども、忘れちゃなんねぇこともあるだよ」
カクが言いたいことは響にもわかった。
さきほどの女性係員に悪意があるとは思えないが、すでに響たちは危険な状態にあるかもしれない。
なにしろここは華星、つまりは華星人至上主義者連盟(PP)の本拠地だ。PPの構成員はあらゆるところに潜んでいるし、情報も広くキャッチできる可能性がある。
すでに地球人の宮城響と翠星人のカク・サトンリーが入星したことは知られているかもしれない。
「ああ、わかってるよ。だから計画は他にもある。緻密なやつがな」
「ほー。響どんも大人になっただなぁ」
「もし襲ってくるやつがいたらどうにかしてぶっ潰す。PPやシーバスの情報もなんとかして調べる。あわよくば『オリオンの星』の鍵の一つアルニタクも手にいれる。やり方はそのとき考える」
「それのどこが緻密だべ。ガハハハハ!!」
カクは呆れたようにため息をついたが、それでも直後に爆笑した。所詮は彼も響の親友である。
「まだあるぞ。これが一番大事なことだけど」
「ほうほう、なんだべ」
「この星にいるであろう美少女とお近づきになる!」
響が断言すると同時にちょうど『タクシー』が到着した。当然、これも空を飛ぶ。
異星の空は意外なほどに澄んでおり、陽光が眩しい。
夏のバケーションのスタートは上々だ、響は弾む足取りも軽く新天地への一歩を踏み出した。
※※
少女はそこから出たかった。
でも、それが許されないことはわかっている。自分の存在価値は知っている。
私は、この場所にいるしかない。
私は、役割を果たすために生きている。
異星人たちは悪い人たちで、宇宙をダメにする。そう教えられた。
少女は異星人など見たこともない。だけどみんながそう言っている。
外に出てはダメだ。異星人に殺されてしまうぞ。
時が来るのを待て。そのときこそあの方のために力を尽くせ。
オリオンの星を手に入れるために。
あの方。シーバス・パスティスという人も少女は見たことがないが、それが正しいことらしい。自分は巫女だから、時を見る力があるから。
でも。
少女は、外に出てみたかった。たった一度でもいいから、とさえ思っていた。
少女は知っている。外の世界には自分と同世代の子たちもいて、学校というところに通っているらしい。
何不自由もない場所で育ったから外の世界はちょっとだけ怖い。でも、それでも。それでも。
「……っ」
軽い頭痛を覚えた。これは、力が発現する合図だ。
脳裏に様々な光景がよぎる。
どこだかわからない街、星の海、火花が散る宇宙船。そして……
「……誰?」
最後に浮かんできたのは、見知らぬ男の子の姿だった。
その男の子の瞳はまるで星のように輝いていて、その表情は陽の光のように明るくて。
一生懸命に前をみて、ただガムシャラに走っていた。
「ふふ、変わった人……」
少女の表情はいつしか彼につられてほがらかなものに変わった。
これは、とても珍しいことだ。少女はある事柄に関する『時』しか見ることができない。
だからいつもは、とても怖いものしかみえない。でも今回だけは違った。
どうしてだろう。この男の子はなんなんだろう。
時を見る力を持つ少女は知っている。この光景はただの幻なんかじゃなくて、今も宇宙のどこかに存在するもの。そして……
少女は記憶にある限り初めて、自分の明日が少しだけ楽しみになった。
自分の運命が変わることはない。それはわかっている。
でも一度だけでも、この男の子に会えるなら、それはきっと素敵なことだ。
カクヨム、という他のサイトのコンテストでもこの小説を公開しました。
念のため申し上げますとあっちのほうはちょっとだけ内容が違います
具体的には、序盤から響の持つ「オリオンの星」関係の話がちらほら出たりとか、父親の余市の閑話があったりする感じの超細かいところです。
こっちのほうはあくまでもこれまでこっちに書いてきたことの続きなので、もしありがたいことに両方読まれる方がいらっしゃれは混乱なさりませんようご注意いただければ幸いです。




