いけーーーーーーーー!!!
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします
空間表示モニタに表示された宇宙の光景。キャンパス内の至る所の空中に表示されているそれは多くの学生たちに歓声と悲鳴をあげさせた。
両極端の声があがったという事実は、ヒビキ・ミヤシロのアカデミー内での評判や人気の表れだといえるだろう。
「…………」
アマレットは歓声も悲鳴も上げることはできず、息をのんだ。ただ、細い指で目を覆いたくなるのに耐えるだけで精一杯だった。
さっきは目を瞑っているうちにヒビキの超剣術の試験は終わってしまっていた。だから、今回は怖くてもちゃんと見ていなきゃ。そう、思っていた。
三位以下の全機体が次々と放つミサイルが現在二位につけているヒビキのグラスパーを襲う。グラスパーの速度を超える推進剤を積んだミサイルは宇宙を貫く光となり、その一つ一つが誘導作用のためにカーブを描く。そのすべてが一機のグラスパーに迫っていく。
――あんなの、避けられるわけない!――
だがアマレットの予想はまたしてもあの少年、ヒビキ・ミヤシロによって裏切られた。
「――えっ!?」
続いて、さきほどより大きな歓声と悲鳴がキャンパス内に響き渡る。やや歓声の割合が増えたようだった。まるでお気に入りのSフットボールのチームが相手のタッチダウンを防ぎぎったようなその声は、アマレットに自分が見た光景が現実なのだと教える。
「うおおおおおっ!!!」
「すっげーーーーーー!!」
「どうやってんだあれ!!!」
「あー、くそ!! 惜しい!! 誰か当てろよ役立たず!!」
「ヒビキーーー!! 素敵!!!!!」
モニタに注目する多くの学生たちの声は宇宙にいるヒビキには聞こえるはずもない。だが、アマレットにはまるでヒビキが彼らの声をBGMとして聴いているようにすら思える。
それほどに、彼の駆るグラスパーの動きは華麗だった。
まるでダンスでも躍るように。
回転、加速、急停止、方向転換、上昇、下降、宙返り、逆宙返り。
ありとあらゆる宙間機動を連続して繰り出し、次々と襲い来るミサイルを避けていく光景はまるで弩星のサーカスを見ているようですらある。
予知のスキルなんてないはずの彼なのに、すべての攻撃を読んでいるかのようだった。
星空を飛ぶグラスパーに、彼の得意げな微笑みが重なって見える錯覚。それはアマレットの視線をモニタに釘付けにした。
しかもグラスパーは、そんな状態であるにも関わらず一位の機体との差を詰めようとしている。
「……み」
アマレットの胸が高鳴った。彼のことだから、なにか仕掛があるのかもしれないと思う。でも、それでも胸の鼓動は小さくなんてならない。それはきっと、彼なりに真剣に戦っている証だから。
嬉しかった。首席を取って見せる、と真面目な顔で言っていた彼の言葉を思い出すことができて、嬉しかった。
「……みやしろ、くん」
だから、アマレットはらしくもなく、気がつけば大きな声を上げていた。
「いけーーーーーーーー!!!」
こんな声をあげるなんて恥ずかしいし、みんなに見られて顔も熱い。
でも、なんだかちょっとだけ、すっきりして気持ちがいい。
アマレットはそんな自分がおかしくて、少しだけ笑った。
※※
コントロールレバーを倒して、スライスバッグ。
「……はっ……! りゃあっ!!」
これで9発目。
ブーストペダルを踏み込み、インメルターン。
「あああああっ!!」
これで10発目。
響はどこからか聞こえた気がした声援に答え、宇宙を彩る高速のマニューバを繰り出し続けていた。
ミサイルを一つ一つ回避していく。
隙間なく連続で襲い来る蛍光塗料弾に素早く反応し、瞬間の操縦に反映させることで間一髪の危機を避け続ける。敵機によるこちらの回避予測すら上回る反応で、機体を躍らせる。
「……くっ……!」
慣性制御システムによって抑えられてはいるものの、コックピット内のGは驚異的なものだった。だが、歯を食いしばりこれに耐える。後部席のリッシュも健気に合わせてくれている。
だからこそ、絶対に被弾するわけにはいかない。
「……馬鹿な? 何故貴様にそこまでの動きが……」
どうやら前を飛ぶシャルトリューズは驚いてくれたらしい。だが、響は種明かしをしてやるつもりはない。
「秘密さ。まあ、天才だからじゃないの……かな!!」
言葉とともに宙返を放ち、次のミサイルを避けきる。慣性制御のエネルギー割合を後部席に大きく回しているため、前部席に座る響は危うくミンチになってしまいそうな圧力を感じる。
酷使している手首や上腕の筋肉組織が引きちぎれ、神経細胞が焼き切れる。だが、それでも響は笑う。
「出来るわけがない……!」
「それが出来るからカッコいいんだぜ?」
シャルトリューズが理解できないのも無理はない。
生まれたころから宇宙やサイキックスキルが身近にある彼らは『やってみようともしないこと』。そして地球育ちの響だからこそ『発想できたこと』。回復スキルを持つリッシュをパートナーにしているから『効果を持続できること』
それは、種を明かせば簡単なことだ。
響はグラスパーの操縦体系を『マニュアル』にしている。だが、それだけではない。身体強化を限界使用し続けながら、である。
優先して強化するのは、全身の神経細胞。それによって神経系は性能を増す。
人間はいや多くの生物は、感覚器官によって得た情報を脳に伝え、脳が下した判断を手足に伝え行動する。このとき、『伝える』働きをするのは言うまでもなく神経系だ。
地球人を含むヒト型惑星人の、脳で判断してから体が動くまでのタイムラグはおよそ0.2秒。
だがこれは、身体強化によって短縮することが出来る。響はSフットボールの授業を通してそれを理解していたし、期末テストの対策ではこの能力をさらに高めていた。
「ほらほら、次! もう終わりか!?」
敵機の弾道を目で見て、脳で判断して、手足を動かしグラスパーを操る。神経系を強化させることで伝達スピードをあげた響がこの一連の行動を完了するまでのタイムラグは0.09秒。人間の限界を超えた速度である。
そしてこの0.09秒という反応速度は、手足を動かす必要がない『サイキック』の操縦体系を選択した場合よりも、速い。
感覚器官によって情報を感知するまでは同じ、だがそれが伝わる速度が違うのである。
念じるだけで機体を操れる操能力のスキルはたしかに便利だ。だが、念じるということ自体すでにタイムラグであり、それよりも早く肉体を動かせばいい。
「ヒビキくん! 右!」
「! しゃあっ!!」
リッシュの声を聴いて視線を右にやり、迫りくる攻撃を知覚した瞬間に機体を躍らせ、紙一重でこれを避ける。脊椎反射の領域に達した高速反応は、常識を超えた回避運動を可能にする。
コンマ数秒という一瞬の反応速度の差、だがそれは宙間戦闘においては絶対のアドバンテージとなる。
「貴様……どんな小細工かは知らないが……」
「考えてみろよ。テストで高得点を取らせる詰め込み教育より、考える力を育てる方が大事だって、地球の日本では教えてた時期があるそうだぜ?」
星雲連合において、グラスパーを含めた乗り物は『サイキック』、操能力のスキルで操作するのが普通である。
『マニュアル』はサイキックスキルの低い幼児のための補助輪、あるいは宗教的な信念など特定の事情でサイキックスキルを使えないマイノリティのための配慮に過ぎない。
思考した通りに機体が動くのだからそうなるのが当たり前で、一度その能力を身に着けた者がわざわざマニュアルを利用するなど、通常はありえないことだ。
そしてもう一つ重要なことがある。
「……くっ」
酷使したことで神経細胞と筋肉組織が損傷していく。
響はその激痛に小さく声を漏らした。
身体強化は、サイキックウェーブを用いた肉体へのドーピングだ。連続使用やキャパ以上の強化を行えば肉体はダメージを受ける。だから通常の場合、身体強化は限界の範囲内で、効果的なタイミングをみて使用する。
だが響は違う。『ずっと』『限界以上に』使っている。
攻撃を受けながら宇宙を飛ぶ以上、タイミングを見計らって一瞬だけ使う、なんてことは不可能だ。絶えず全開のサイキックウェーブを体中に流し身体強化を行い、緊張を保ち続けている。
そうしていなければあらゆる角度から攻撃に即座に反応し、宇宙を華麗に飛ぶことは出来ない。
だがその代償は大きい。ペダルを踏む足やコントロールレバーを握る手の筋肉は断裂し、神経細胞は焼き切れていく。
身体強化の制限時間はシビアなものであり、それを守らない愚かな人間は自分の体を破壊することになる。
常に周囲を警戒し瞬時の対応も求められる航宙機のパイロットが身体強化をほとんど使用しない理由がここにもある。一瞬だけ肉体の性能を高めてもさほど意味がなく、万が一肉体の損傷によってコックピット内で動けなくなれば死を意味する。
だが、響はこの問題についても解決策を編み出していた。
「ヒビキくん! 待ってて! すぐにボクが!!」
「さんきゅーりっちゃん。これで……」
響が痛みに声をあげた次の瞬間には、後部席から柔らかく暖かいサイキックウェーブが放たれていた。回復、リッシュの得意とするサイキックスキルは、響の体を包み、その傷を癒す。
「まだまだ行ける!!」
身体強化の使用によって損傷した肉体組織を都度回復し、強引に持続時間を長くする。もちろん、体力そのものが回復するわけではないため響の疲労は蓄積していく、ただのその場しのぎに過ぎない。
それでも、飛び続けることは出来る。
「オラオラオラ!! 追いついちゃうぜ! シャルトリューズ!!!」
「……調子に乗るな。地球の猿が……」
痺れを切らしたシャルトリューズは低く呻くような声を上げた。
そして、響たちの前を飛んでいたグラスパーを反転させ、こちらに機種を向けている。
響はそれを、待っていた。
神経を強化し、痛みに耐え、パートナーの力をもらい、疲労で意識が切れそうなのをこらえつつ、一瞬に賭ける。
「来い、シャルトリューズ」
「……死ね」
シャルトリューズ機は搭載した蛍光塗料弾をすべて一斉に発射した。広大に見えていた宇宙空間が、隙間のないミサイル群で埋め尽くされる。前方からの攻撃であるがゆえに、これまでよりも相対速度が高く、また巧みに逃げ場を奪う形で放たれてもいる。美しくすら見える曲線を描く攻撃が、高速で迫りくる。
だが。それがどうした。
「りっちゃん、しっかり体固定させといてね」
「う、うん! ボクのことは気にしないで!!」
響は思う。
今俺がやっていることは、常には使えないその場しのぎの一発芸だし、トリックなんていうほどたいしたことじゃない。ただの痩せ我慢とカッコつけだ。
だけどあいにく、この俺は、その二つが。
「……得意なんでね!!」
身体強化過剰行使、そう名付けた能力が、亜光速の反射神経が、たった一筋のルートを選び出した。
「あああああっ!!!!」
響は気合とともにグラスパーをロールさせ、加速し、推進剤で宇宙に奇妙な絵を描きながら、進む。
蛍光塗料弾をスレスレでかいくぐり、弾幕を切り裂くように飛ぶ。
そして。
「おっしゃあああ!!!!」
時間にして4,7秒。響は、すべての攻撃を回避したうえで、シャルトリューズに並ぶことに成功した。触れそうなほど近い距離で、二機は並走している。
背後を見れば、リッシュが息を荒くしながらも喜びの表情を見せている。
きっと、下では学生たちが大騒ぎしていることだろう。ラスティなんかは鼻血を出して歓声をあげているかもしれない。
「……勝った。と思ったかね? ミヤシロ」
少しだけホッとした響に通信で告げられた声は、あくまでも冷静だった。まるで、こうなることはわかっていた、というように。
「まあ、正直勝ったと思ってるよ。あんたは全弾使い切ったしね。さ、こっちはこれから撃っちゃうぜ?」
コックピット越しでも目が合うほどに接近しているため、響はシャルトリューズを指で撃つ真似をしてみせた。軽口を叩いてみせるのも忘れない。
「貴様は、まだ私のことを理解していなかったようだな。くく……所詮、地球人の知性などその程度か」
「はあ?」
「……勝つのは、私だよ」
まるで地獄から聞こえているのでは、と思わされるほど低く、冷たいシャルトリューズの声。勝利を確信したのは自分のほうだ、というその言葉は負け惜しみとは思えないほどの迫力があった。
「ミヤシロ、貴様の操縦テクニックは予想以上だった。だが、どうだろう? それはパートナーの小娘がいなくても出来るのか?」
「だから秘密だってば。もー、おじいちゃん、さっきも言ったでしょ? 晩御飯はさっきも食べたでしょう?」
響はコントロールレバーに手をかけた。お喋りはここまでだ。
「くく……まあいい。では、もっとはっきり言ってやろう。例えばその小娘がコックピット内で貴様を攻撃したとして……それでも貴様はクラッシュせずに飛べるのか?
「……まさか」
響はシャルトリューズがしようとしていることを理解した。たしかに、この距離ならそれが出来る。それほどまでに、両機は近づいていた。いや、おそらくはシャルトリューズがそう誘導していたのだ。
「もう、遅い」
シャルトリューズは最後に小さくそう呟き、彼のコックピットからは青い閃光が放たれた。
そしてその光は宇宙空間を飛翔し、響の背中を守ってくれていた少女の華奢な体に到達。
「? ……きゃあっ……うっ……やだ……ダメッ……あっ……!」
胸を押さえて、苦し気に喘ぐ少女の声は、彼女の肉体がシャルトリューズという亡霊に侵食されかけている、という事実を伝えていた。
伏線、ってほどじゃないですけど、バイタルブーストオーバーフローは32話、42話あたりに一応前置きがあったりします。
あと2話で2部終わりです




