お前ズルすぎるだろ
期末テスト四年次最終科目、宙間機動試験。操縦、空間把握を選択している学生がペアで行う合同試験である。
ダルモアの働きかけによってこの試験はほかの試験がすべて終わったあとで行われることになっているため、すでにアカデミーは普段なら放課後といえる時間に差し掛かっていた。
操縦と空間把握を取っていない学生からすると関係ないのだが、意外にもキャンパスに残る学生の数は多かった。それは、学内の至る所のモニタで中継される試験映像がそれなりにスリリングであり、一種娯楽としても成り立つものだからなのだろう。
宙間機動試験は攻撃も許可された上でのレースであるため、裏では学生たちのトトカルチョにも使われていたりするのだ。
響は娯楽の視聴者ではなく、出演者である。
「さて、そろそろ行こうかな」
保健室のベッドから立ち上がった響はスペースエレベーターの発着場に向かう。ギリギリまで休んでいたので、航宙機のドッグに到着するのは最後の方になるだろうと思われた。
エレベーターホールには多くの学生が詰めかけておりワーワーと騒がしい。試験に望む友人の激励や見送りに来ているものが半分、あとの半分は自分が賭ける馬を選ぶためである。
そんななかに、響は見知った顔をいくつか見つけた。
「やー、ラスティ。俺の激励に来てくれたの?」
一人目はラスティ・ネイル。転入したばかりの事件以来、すっかり『仲良く』なったアカデミーの女王様である。彼女は今日も豪奢なブロンドをたなびかせており、凹凸の目立つボディラインを惜しげもなく披露してくれている。要するに、大変魅力的である。
「もちろんですわ! 私はいつでもヒビキだけを見つめていますもの!」
「ははは、さんきゅー。んじゃ、応援よろしくね」
「はい! 承りましたわ! 頑張ってくださいましね!」
一度深い関係になってからというもの、ラスティはもはや照れることなく、好意を全開にしてくれている。いつも瞳にハートマークが浮かぶ勢いだ。
今なんて周り一面学生だらけであるため、ラスティの変貌ぶりを知らなかった他の者は驚きの顔をみせているが、響からすればそれはそれで素直に嬉しい。
響は手にしたヘルメットを軽く持ち上げてラスティに合図を送った。
「響どん、どうだべ? 調子は」
野次馬をかき分けて次に声をかけてきたのはカクだった。
「ふつー」
「そこは絶好調、とか言った方がいいんでねぇかな」
「それよりカク。例の件だけど、もしもの時は頼んだぜ」
「ああ。わかってるだよ。響どんは気にせず飛べばいいだ」
「さんきゅー。んじゃ、行ってくる」
響は軽く手を上げてカクとハイタッチをかわし、そのままスペースエレベーターに乗り込んだ。
※※
「ぼ、ボク、少し緊張してきちゃった……」
宙間機動試験開始まであと数分、スタート地点についている航宙機の後部席からリッシュの不安げな声が聞こえてきた。響が振り返ってみると、彼女は童顔に不安の表情を浮かべていた。
「だいじょーぶだよ。りっちゃんは誰よりも一生懸命だし、ここしばらくもずっと一緒に特訓したから。ほら、胸に手を当ててー、深呼吸。すー、はー」
「うん」
すぅ、はぁ、と幼さの残る声で素直に深呼吸をしてくれるリッシュ。
「落ち着いた?」
「す、少しだけ。……ねぇ、ヒビキくん」
「なに?」
「どうして、ヒビキくんはボクに付き合ってくれるの?」
こうした素朴な質問をしてくるのがなんとも彼女らしい、多分本当に不思議に思っているのだろう。そう感じた響は正直に答えた。
「そりゃ勿論、りっちゃんの素敵な笑顔が見たいからさ」
いろんな要素が絡んでしまったが、これが今回、響が戦う一番の動機だ。健気なリッシュに心から笑ってほしい。人種のコンプレックスだのなんだのを全部吹き飛ばした笑顔が見たい。
そっちのほうが、シャルトリューズの暗躍を防ぐことよりよっぽど大事だし、モチベーションにつながる。
「あぅ……」
あまりにも直球な響のセリフにリッシュは顔を赤くして言葉を詰まらせた。ぼん! という擬態語が似合うほどの赤面ぶりだ。
「りっちゃんのため、っていうのはちょっと違うんだよね。俺がそうしたほうが嬉しいから、俺のためだよ」
これも響の本音だ。あくまで俺は自分勝手なのだ、ということは自覚している。
「そっか。ほんとに、ヒビキくんはカッコいいね。えへへ……うん、ありがとう!」
リッシュは響の思いを咀嚼したのか、先ほどまでとは違う明るく朗らかないつもの口調に戻っていた。あとは、試験が終わったあとのお楽しみだ。
〈全機発進位置に着きました。試験開始まで、あと10秒、9、8、……〉
スタートのカウントダウンが始まった。横一列に並ぶ航宙機は全部で32機、搭乗者は44名。いずれの機体も3発だけの蛍光塗料弾を搭載している。
「よ、よーし。ボク、負けないよ!」
無理に強気な声を上げるリッシュの可愛さに苦笑しつつ、響は前方に視線をやった。
光のポールで示されたコースは先に進むほど細くなっていき、障害物も多い。空間把握のナビがなければ飛ぶことは出来ないだろう。そして、試験ルートの最後にはデブリ群を突っ切らなければならず、高度な操縦技術が要求される。
だが、負ける気はしない。
「行くよ、りっちゃん」
「うん!」
〈2、1、スタート!!〉
試験開始の号砲が鳴り響き、グラスパー全機が一斉にスラスターを吹かした。32本の光の帯が宇宙空間にたなびき、遠くから見れば虹が出た様にも見えることだろう。
響もまた、サイキックウェーブをコントロールレバーから機体に流し込み加速。
だが、限界速度まではスロットルを開けない。
「……と、やっぱりそうきたか、みんな」
見れば、グラスパーの群れはほぼすべて横一列に飛んでいた。
「当たり前だけど、つまんねーな」
どの機体も突出しようとしないのにはわけがある。
グラスパーは全機、蛍光塗料弾を搭載しており発射も可能。そして一撃でも被弾すれば即失格。失格の場合の評価点は当然ゼロになる。
このような状況でスタートダッシュをかければ、つまり他の多くの機体に背中を見せれば、あっという間に滅多撃ちにされる可能性が高い。ゆえに、みんな様子をうかがっているようだった。
「さて、どうすっかな」
響はつぶやき、考えた。
セオリーとしてはコーナーに侵入するタイミングなど、狙われにくいポイントで加速して順位を上げる方法などがあるが、それは誰もが思うことだろう。では抜きんでるためには?
だが、響の思考に結論が出るより早く、事態は動いた。
「ヒビキくん! 前! 2番機が出てくるよ!」
「! 思ったより早いな……!」
リッシュのナビに遅れること数秒、予測通りに一機のグラスパーが集団の前に躍り出た。ロングの広いストレートで一人だけ突出、背後には弾数を減らしていない競争相手だらけ。
これは、普通に考えれば自殺行為だ。だが、ヤツならば仕掛けてきても不思議ではなかった。
「ちっ、りっちゃん! 俺たちも前に出る! 後ろから狙われたらすぐに教えて!!
「あ、わわ。わかった! 気を付けて!!」
響はリッシュに声をかけ、コントロールレバーに込めるサイキックウェーブを高めた。グラスパーは即座に反応しスラスターの出力を上げ、先に前に出た2番機のすぐ後ろに着く。
「やっぱり、お前か、やると思ったよ」
通信を用いてリッシュには聞こえないように2番機に声を送る響、帰ってきたのは聞きなれた高慢な口調だった。
「はっ、当然だろう? 僕は渋滞が嫌いなんだよ。下賤な連中に混ざるのはぞっとする」
ずいぶんと演技が上手いヤツだ、まるで本人がそのまま喋っているみたいじゃないか。俺じゃなければ、なかなか気が付かないところだ。
響は内心でそう思いつつ、会話を続けた。
「そうじゃないだろ。お前は、前に出ても撃たれない確証があったからそうしただけだ。違うか? オプティモ。いや……シャルトリューズ」
「……」
通信機の向こうの声が途絶えた。どうやら少しだけ驚いてもらえたらしい。
「……は? 何を言っているんだミヤシロ。意味がわからないな。シャルトリューズとは誰だ?」
「おいおい。マキシモ家のオプティモ君がPP幹部の名前も知らないはずないだろ。焦ってボロが出る受け答えをするなよ。ボケ老人かな?」
さらに挑発的な発言を繰り出す響。別に相手が認めないならそれでもいいが、言うことは言っておく、そのほうが相手の冷静さを奪える。
「説明してほしいのかい? おじいちゃん。お前が期末で一位を取ろうとするのなら、オプティモをメイン端末にして憑依するのが一番だからさ。少し頭が回ればすぐにわかることだ」
響は自分の推測が正解だったことを確信した。
PP創立期から幹部として存在していたシャルトリューズはすでに老人と言っていい年齢のはずだ。しかも10年以上投獄されており、最近になってその精神だけが脱獄した状態にある。
それで現在のアカデミーの試験内容についていけるわけがない。たしかにシャルトリューズは強いサイキッカーであり超一流のテレパシストだ、サイキック実技系の科目ならまったく問題なく首位を取れる実力があるだろう。だが、軽視されがちな銀河史は? 星雲地理は?
宇宙は目覚ましい速度で発展を続けているため歴史の教科書は変わっていく。響が知っている歴史とアカデミーで習った講義に乖離があったように、シャルトリューズには『テストで高得点を取るための知識』が欠けているのだ。
「それでもお前は首位を取る必要があったし、そうできる自信もあった」
響はさらに加速し、シャルトリューズの二番機に並んだ。抜きつ抜かれつを繰り返しコースを進む二機が、宇宙を切り裂いていく。
「お前は前にマニエの体を使って襲ってきた時、俺にこう言ったよな?『君とは操縦の講義で一緒だろ』って」
この言葉が意味することはなにか?
またシャルトリューズの支配下に落ちた学生たちは多いはずなのに、アカデミーではとくに目立った騒ぎとはなっていない。学生たちにはそれぞれ帰るべき家があり、人間関係があるはずなのに。
「それがどうかしたのか?」
シャルトリューズはいまだにオプティモの口調を再現していた。これもまた、響の仮説を補強する言動である。
「いい加減わかれよ。このカンニング野郎」
響は結論を叩きつけた。
つまりこういうことだ。『シャルトリューズはオーバーテレパスで洗脳した対象の記憶を共有することが出来る』、だから支配下に落ちた学生をそれまで通りのふるまわせることも出来たし、マニエと響が共通して受けている講義を知っていた。
そしてそれが可能であるのならば、優秀な学生に憑依すればテストに備えた知識を手に入れられることになる。
また響が戦った『マニエ』はサイキックウェーブの過剰使用で血を流していた。あの程度で、だ。
これは歴史に残るほどの強力なサイキッカーであるシャルトリューズにしてはおかしい。だが、マニエを基準に考えれば辻褄が合う。
マニエはテレポートの初歩を使える程度の学生に過ぎないため、あの戦いにおいても彼は限界を超えたサイキックウェーブを行使していたと考えられるからだ。
要するにシャルトリューズは端末とした個体の性能を極限まで引き出せはするものの、自分の生前ほどの力はない、ということになる。ならば当然、端末とするのは少しでも強いサイキックウェーブを持つ個体のほうがいいことになる。
そしてもう一つ、ダルモア副学長は決定的なことを言っていた。
『シャルトリューズのオーバーテレパスは、メイン端末には他の端末より強力なサイキックウェーブを宿すことが出来る』
ゆえに、期末テストで首位を取るためにシャルトリューズが取る最善の行動は、『座学系のテストに対応できる知識があり』『もともと強いサイキッカーである』学生を『メイン端末として使用』する。という結論が出る。
最も条件にあっている人物は、オプティモ以外ありえない。
「さてシャルトリューズ」
メイン端末の洗脳を解けばシャルトリューズの残影はすべて消えるという前提。
メインを端末間で移動させるためには近い位置に両者がいなければならない条件。
宇宙を飛ぶグラスパーに搭乗しているため、他の端末からは離れているという現状。
以上すべてを確認し、響は告げた。
「覚悟はいいか?」
だが、帰ってきたのは不敵な嘲笑だった。
「……ふ、ふははは。少しばかり驚いた。だが、所詮は子どもだな。それがわかったところで、なんになるというのだ?」
同時に、後部席で休みなしに空間把握を行っていたリッシュが大声を上げた。
「ヒビキくん! 後ろ……。みんなが、ボクたちをロックしてる……!?」
コックピット内にロックオンアラートが鳴り響き、響の前方のモニタにはリッシュがまとめてくれた弾道予測が表示される。真っ赤な線が、いくつもいくつも響たちの機体に伸びていた。
「……うひょー。お前ズルすぎるだろ。全部手駒かよ」
どうやら、そもそもこの試験に参加している学生はすでに全員シャルトリューズの端末と化していたらしい。
「……ゴミが。この私にたてつくことは許さん」
シャルトリューズの声が変わった。冷たく、歪んだその声は初めて聴くものだったが、これが、シャルトリューズの本当の口調なのだろう。
現在、コースの最前列を行くのはシャルトリューズと響たちの2機。その後方を追う30機のグラスパーの銃口は、すべて響たちのグラスパーを向いている。数秒後には確実に集中連続攻撃が来る。蛍光塗料弾でも一撃食らえば即失格。いやヤツのことだ、実弾が混ざっている危険性もある。
「ふう」
だが、響は笑った。いつも通りに口角を上げて、イタズラをしかけるときのように。
「アレを使うよ、りっちゃん」
「え? もう!?……うん。わかった!」
後部席に座るパートナーと言葉を交わし、響はコントロールパネルに手を伸ばした。
基本設定を変更するためだ。
操縦系統の一つである『サイキック』。これは、思考をサイキックウェーブにのせてダイレクトに機体に伝えてイメージ通りに動かす方法であり、今の時代では基本設定だ。
響はこれを変更する。
同時に背後を飛ぶグラスパーの銃口が一斉に火を吹き、無数の射線が響たちに襲いかかる。
「りっちゃん! 準備は出来た?」
「おっけーだよ! ヒビキくん!」
頼もしい相棒の声を聞きつつ、響はモニタの表示が『マニュアル』へと切り替わったのを確認した。
今年の更新はこれで終わりです。惜しくも目標には届かなさそうですが、個人的には満足です。
2015年は、色々お付き合いいたたき、誠にありがとうございました。来年もよろしくお願いいたします!




