よく見てるんだな、って思って
今回の期末テストにあたり、響が集中して対策を進めているのは選択科目の三つだ。
身体強化。
超剣術。
操縦。
いずれも難関だが特に操縦については時間割的に最後の科目であるため、シャルトリューズが仕掛けてくる可能性が高い。
サイキッカーとして学び始めたばかりの人間がこれら三つの科目に必要な能力をバランスよく高めるのは難しく、響はこれを非効率的だと判断した。第一そんな時間はない
そこで響が取ったテスト対策は特殊だった。ある一つのテクニックを身に着けることでこれら三科目の試験に対応する、というものである。
そのテクニックは今後響が宇宙を舞台として戦っていくなかで汎用的に役に立つものなか? あるいはまだ学生のサイキックレベルがさほど高くない四年次でしか通用しないその場しのぎのものになってしまうのか? それは現時点の響にはわからないことだ。
だが、今はそれに賭けるしかなった。
武道場を貸し切り、集中的に特訓を重ねる響。特訓に付き合うのは、カク・サトンリーである。
カクにはカクの目指すものがあり、この訓練はカクにしても非常に有意義なものであるため、二人は黙々と特訓を続けていた。
結果として、カクはサイキックウェーブの出力をあげることができ、響もまた一定の成果が得られるところまで辿り着いていた。
「……くっ……! っ……! だぁっ……!!……ふーっ……こんなもんか……?」
手にしたサイブレードが形作る光刃を消しつつ、その場に座り込む響。彼の周辺にはバラバラに砕け散った金属の破片が無数に転がっており、それはこの特訓が実を結びつつあることを意味していた。
「さすがは響どんだべ。今全部切り払ってたんでねぇか?」
「……いや、三発くらい当たった。後半は筋肉が痛すぎて続けられなかったからな。っていうかカク、お前、最初の頃より重くしただろ?」
「そら当たり前だべ。オラは別に響どんのためだけにこの練習やってるわけじゃねぇだよ。おかげでオラは期末バッチリだぁ」
「へいへい。……んじゃカク……ここまでにすっか。悪ぃけど今日も頼むわ……」
「わかってるだよ。ほれ」
軽く会話をしたあと、響はカクに肩を貸してもらい歩き始めた。一人では歩行すらままらないのだ。
『特訓』で直接受けた傷は三か所、これはたいしたダメージではなく青アザが出来た程度だ。だから響が歩けないほどの状態になっている理由は別にあった。
「しかし、大丈夫だべか? 日に日に酷くなってるだよ」
「いいんだよ。酷くなってるってことは、それだけ完成度が上がってるってこった。それに特訓はもう今日で終わりだ。明日はアカデミーサボって一日中寝てることにする」
響はカクより20センチほど背が低いが、貸してもらった肩は同じ高さだった。カクが膝を曲げているためだ。そんな状態なので二人の歩みは非常に遅い。
「今日も病院直行だべ?」
「もち。タクシー呼んである」
ここ数日、響は自宅に帰っていない。アカデミーへの通学は毎日サイキックヒールを受けられる専門病院からの直行である。
アカデミーでの講義、宇宙に上がってリッシュと行う操縦訓練、その後深夜まで行われるこの特訓、合間をぬって知識の。つめこみ。そのすべてをこなしたあとはとても家に帰れる状態ではないので仕方がない。
「あの病院、ラスティとかいう娘っ子の親父さんが経営してる施設だべ? なんでラスティに送ってもらわねぇだか?」
ラスティの父親はセレブであるため、様々な施設を所有している。病院もその一つだ。また、彼は娘を溺愛しておりおねだりはなんでも聞いてくれるという話なので、もし響がラスティを頼れば手厚い上に無料での看護を受けられるかもしれない。でも、響は自分の病院通いをラスティには秘密にしていた。
「……わかってるくせに聞くなよ」
「ははは。仕方ねぇだな。それにしても、テスト勝負に持ち込むとは恐れ入ったべ。……で、どうだべ? 勝てると思うだか?」
「勝つさ」
響の即答にカクが破顔してみせた。二カッと歯を見せるカクの笑顔も、それをみてニヤリと口角をあげる響の笑顔も、子どものころから変わらないものだった。
「言うと思っただよ」
「当然だろ」
この場合、勝つ、というのは期末テストで首位を取る、という意味だけではない。その過程のなかでシャルトリューズのメイン端末を見つけ出し、他の端末から引き離し、始末するということも含む。
だが、そのための策はすでに響の脳内に存在した。今まで行ってきたことはすべてのそのための準備であり、ほぼ完成している。
「言うと思っただよ。ところで、響どんがトップ狙ってることはわかってるけんど、オラは手を抜くつもりはないだよ」
「いいぜそれで。お前とは二科目しかかぶってないし、超剣術の試験も学生同士でやりあうわけじゃないしな。大体お前、座学系の成績メチャクチャだろ」
「うぐ……」
言葉を詰まらせたカクに、今度は響が笑う。
「まあ見てろ。最終科目の、操縦の宙間機動試験が終わるころには、全部片づけてやるさ」
※※
アマレットはよくわからなくなっていた。あのヒビキ・ミヤシロという少年のことが、である。
彼の父親のことや、彼自身が目指すことについてはアマレットも知っている。彼自身が以前話してくれたからだ。そのときの彼はいつもと表情が違っていて、少しだけ凛々しくて、なんだかドキドキしてしまったことも覚えている。
でも、それからの彼を見ているとアマレットにはこうとしか思えなかった。
ミヤシロくんは、グータラで、不真面目で、えっちで、遊び人で、不良!
期末テスト前の大事なときだというのに相変わらず授業はサボってばかりだし、ここ数日なんて、自宅の灯りがついているのを見たことがない。どうやら外泊を繰り返しているらしい。
それなのに、私と顔を合わせれば条件反射のようにデートに誘ってきたりして、なんなのよもう! なんでそんな適当なの!? もう知らない!! 関係ないもん!
アマレットは男性と交際したことはなかったが、いずれそういう時がくるのなら、相手は真面目で誠実で優しい人がいいな、と純粋に思っていた。
なので一瞬でもヒビキにときめいてしまったことが悔しく思える。
バカじゃないのわたし!? あんな人にドキドキしたりして!!
と、いうのが最近のアマレットの胸の多くの部分を占める気持ちだった。あのトキメキを返してほしいくらいだと思っていた。
もちろん、今日もである
「……」
今日はテスト初日、最初の科目は数学だ。アマレットはすでに全問解き終えており、すでに見直しまで終わっている。勉強の成果はバッチリ出たようだった。
なので、本来なら満足感に浸れるところなのだが、アマレットは困惑していた。
「……!?」
少し離れた席に座るあの少年、ヒビキ・ミヤシロは机に突っ伏して寝ていたのである。しかも回答入力用の空間モニタをすでにクローズにしている。
アマレットは数学が得意だ。いつもテストではクラスメートと比べてかなり早く問題を解き終えている。そんなアマレットがテストを終えて顔をあげた瞬間にすでに寝ている。しかも、その安らかな寝顔からは眠りに入ってだいぶ時間がたっていることを感じさせた。
たしかに一部の女子生徒が噂するように、ヒビキは爽やかで整った顔だちをしている。だからこそ余計に子どものようなその寝顔が忌々しい。
「……」
アマレットは一瞬でいろいろなことを考えた。
あまりにもテストが出来なくて諦めて眠ってしまったの!?
そんなつもりじゃないけど夜遊びのしすぎて寝不足!?
「……ちょっ……」
つい声をかけそうになり、慌てて口をふさぐ。今はテスト中だ。メッセージも遅れないし、彼を起こす方法がない。
ちょっといいの!? あなた、首席で卒業するって言ってたじゃない!
あれは本気じゃなかったの!?
……バカじゃないの!?
「……むーっ……」
結局、どうすることも出来ないので、アマレットは顔を真っ赤にさせ、頬を膨らませつつ、テストが終わるまでじっとしていた。多分、肩はふるふると震えていたと思う。
※※
その日の午後、選択科目の関係から、アマレットにはスポット的な空き時間があった。こういう場合にアカデミーの女子学生がとる行動として、実技系の授業の見学というものがある。
彼女たちは男子のサイキックスポーツなどの試合を観て黄色い歓声をあげて楽しむ。そして誰々がカッコいいとか、そんな風にお喋りしたりする。
普段ならアマレットはそんなことはしない。きゃーきゃー言うのはちょっとみっともないと思うからだ。
しかし、今日のアマレットは他の女子生徒に遅れること数分、男子の超剣術の試験が行われている第二グラウンドのスタンド席にやってきていた。
「あれ? アマレット? どうしたの珍しいね! ははーん。あれだ? ミヤシロくん?」 やっぱり好きなんだ!?」
「べ、別にそんなわけじゃ……!」
目ざとくアマレットの姿をみつけた友人の一人、ミードが妙な邪推をしてきた。そう、邪推である。邪推なのである。
アマレットは断じてヒビキのことが好きなわけではい、と、思っている。
「隠さなくてもいいじゃん」
「だから、違います!」
「赤いよ?」
「怒ってるからよ! 変なこと言わないで!」
「そうなのー? でも、どうだろうね、ミヤシロくん、転入してきたばかりだし、もしかしたら全然だめかもしれないね」
「……そうね、あの人、全然勉強してないみたいだし」
ミードの言葉にアマレットは力なく頷いた。
超剣術や身体強化の授業中のヒビキを見たことはないが、他の講義でああなのだから、想像はつく。多分、いつも通りフニャフニャと不真面目にやっているのだろう。
星雲連合の標準的サイキックレベルを大きく上回るアカデミーにおいて、ヒビキのような姿勢が通じるわけがない。
「……超剣術のテストは実戦だもんね。ちょっと心配だよね」
「そ、そうよ? もし何かあったら大変だから、見に来ただけなんだから!」
アマレットはそう言ってスタンド席からグラウンドを見渡した。
グラウンド内はいくつかのエネルギーウォールで区切られており、各ポイントでは学生たちがそれぞれの対戦相手の戦闘用アンドロイトにサイブレードを振るっていた。
「うわー、みんな大変そうだねぇ」
「え、ええ、そうね」
危険レベルは落としてはいても、高性能の戦闘アンドロイトは並のサイキッカーより強く、アカデミーの学生であっても苦戦を強いられているようだった。ある者はサイブレードを弾かれて降参し、ある者は飛びかかったところを硬質ラバーハンマーで返り討ちにされている。
そんななか、グラウンドの端には明らかに他とは違う状況にある男子が二人。
一人はそもそもサイブレードを持ってすらおらず、もう一人は足を止めたままアンドロイドの接近をただ待っているようだった。
「あ! あれサトンリーくんだ。ね、アマレット」
ミードの言葉を受けて、アマレットはカク・サトンリーのほうに視線をやった。と、同時に、耳が痛くなるほどの大声がグラウンド中に満ちた。
「よいしょおおおおっ!!!!!」
声の発信源は、カク・サトンリー。彼は独特の掛け声と同時に、目に見えない何かを投げ飛ばすかのような動作を見せた。豪快で力強いその動きは、スタンドで観戦していた女子生徒たちの視線を一気に集める
次の瞬間、カクからはまだ離れた位置にいたはずのアンドロイドが宙を舞った。全長3メール、重量400キログラムの巨体が、である。
そしてそのままのアンドロイトは高速でグラウンドに叩きつけられ、半壊。
衝撃的な光景を目の当たりにしたスタンドの女子生徒たちは一瞬絶句したが、思い思いの感想を口にした。
「うっわ、すご! 翠星式格闘術ってやつだよね、あれ」
「あれ誰? あー、サトンリーか。変態のくせに強いとか怖いよねー」
「素敵……サトンリー様……!」
「キモッ。引くわ、あれは」
「瞬殺とかウケル。やばいちょっとカッコイイと思っちゃったよあの銀河猿人」
「っていうか、アレありなの? サイブレード使ってなくね?」
「なんでもありが超剣術だから、いいんじゃないの?」
みんな勝手なことを言っている。一方アマレットは驚いて言葉が出なかった。
カクという人は、ヒビキの親友であるあの人は、あんなに強かったの?
アマレットにはいつも二人でバカな話をして遊んでいる、という印象しか持っていなかったので、正直かなり驚いた。
「あ、じゃあ隣はミヤシロくんかな? ……あっ 危ない!?」
誰かの声が聞こえて、アマレットは視線をカクの近くにいた別の生徒に移し、すぐにわかった。
あれはミヤシロくんだ。
細身の体と長い手足はプロテクターをしていても彼だとわかる。
そんな彼は、今まさにアンドロイドが振り上げた巨大なハンマーの餌食になろうとしていた。
バーニアを吹かし、高速で接近してくるアンドロイトを目前としているにもかかわらず、響はサイブレードの光刃を構えたままぴくりとも動いていない。
このままで、間違いなく叩き伏せられてしまう。
「……いや……っ!」
アマレットは自分の目を覆った。
不思議なことに、ヒビキが打たれることが、見ていられないほど、怖かった。
だが。
「……?」
少し経ってもヒビキの叫び声やハンマーの打撃音は聞こえてこなかった。代わりに聞こえてくるのは、周囲の女子生徒たちの不思議そうな声だ。
「なに? 今のどうやったの?」
「えっ、終わり?」
そんな言葉に、アマレットは恐る恐る目を開け、グラウンドを確認した。
「……ミヤシロくん……?」
そこには何事もなかったかのように立っているヒビキと、その近くで横倒しになり機能を停止しているアンドロイドがいた。
ただ、ヒビキはもうサイブレードを握っていない。それはアンドロイドの機関部に正確に突き刺さっていた。
一部始終を見ていた者でさえ『何が起こったのかわからない』『すれ違ったと思ったらいきなりアンドロイドが倒れていた』としか認識していないようだった。
次の瞬間、グラウンドのバックモニタにはカクとヒビキの評価点が表示され、スタンド席からは女子生徒たちの歓声があがった。
二人の評価はいずれもAA、点数化して100。最高得点である。
「うわー、すごいね! ミヤシロくんって! あんな強いって知ってた? アマレット!」
「え? あ、ごめんなさい。今なんて言ったのかしら?」
隣にいた友人が目をきらめかせてはしゃいでいるが、アマレットには気になることがあり、彼女の言葉をよく聞いていなかった。
「? どうしたの?」
「……ミヤシロくん、何か変……」
「え? なにが?」
ヒビキの様子がおかしいように思えた。
いつもの彼ならば、両手をあげて女子の歓声に答え、躍るような足取りでグラウンドをあとにするはずだ。これだけ注目されたら、ダンスくらい踊っても不思議ではない。
それなのに、ヒビキはスタンド席を見ようともしない。ベンチに戻る足取りもゆっくりだ。
彼が軽々と試験を突破したことは驚きだが、それよりも、なにか、変。どこか、気になる。
アマレットはミードにそう伝えた。すると彼女はなにやら含みのある笑顔を見せた。ニンマリとしていて、どこか嬉しそうだ。
「へー? ふーん? なーるほどー」
「な、なに?」
「いやー? ただ、アマレットって、ミヤシロくんのこと、いつもよく見てるんだな、って思って、ふふ」
「!……それは、その……」
顔が熱い。別にあんな人好きでもなんでもないのに。
アマレットは、ミードの勘違いを否定する言葉を持たない自分に気がついていた。
あとは宙間機動試験で、それが終わったら2部完結です
バレバレだとは思いますが、一応、響がやっているテクニックの正体も明らかになります。




