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てのひらに星雲を  作者: Q7/喜友名トト
シーズン2~期末テスト編~
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で、あるからしてね。

わかりにくいと言われたので……歴史について少し

 シャルトリューズと相対してから二日が過ぎた。テスト初日まであと三日、というところだ。響はその日の午後一の授業を受けていた。


「で、あるからしてね……」


 銀河史の教師ブッシュミルのゆっくりとした声が教室を満たす。期末テスト前の授業なので、これまでのおさらいとテスト範囲の確認という内容の授業なのだが、あまり緊張感はなかった。


それにしても、歴史の教師の口ぶりは宇宙レベルで似通うものなんだな。響はそんなことを考えつつも初老の杢星人である男性教師の講義に耳を傾けていた。


この教師は学生たちに『ブッシュ爺や』とあだ名されていたりするのだが、それでも講義内容はわかりやすいし、たまに脱線する内容も面白い。


「と、いう流れになったのね。ここまでがいわゆる近代直前までの流れね。はい、ここね。大事なところだからね」


 学生たちの眼前の空間に年表が改めて表示された。響は計画上、銀河史は高得点をとっておかなければならないので、今一度年表の大事なところを確認しておく。


 星雲歴0年。華星にてサイキックウェーブの存在が認められる。これ以降、拡張機具デバイスが次々と開発され、サイキックスキルが一般化。


 星雲歴14年。テレパシーデバイスによる超長距離通信機と第一世代の航宙機が誕生。サイキックスキルは宙間航法に転用されるようになり、以降華星人は本格的な宇宙開発に着手。


星雲歴19年。華星人、翠星に到達。異なる星に住む知的生命体同士のファーストコンタクトが果たされる。


星雲歴20年。華星、翠星によるプレアデス戦争勃発。


星雲歴22年。プレアデス戦争終結。銀河初となる星間条約が締結。


星雲歴28年。華星、翠星による星雲連合発足。


星雲歴36年。枯渇が予想されるPクリスタルなどの資源や他惑星の技術を求め、星雲連合による外宇宙開拓プロジェクトが開始される。


星雲歴37年~74年。宇宙開拓時代の到来により99の惑星が星雲連合に加盟を果たす。


「……ふむ。おっけー」


 ここまで読み返した響は小声でつぶやいた。前期の講義で習ったここまでの流れは大体覚えている通りだ。『大陸』が『星』に変わっただけで地球の過去の歴史も同じようなものだからわかりやすい。


多分、当初は突如訪れた星雲連合は、ネイティブアメリカンたちにとっての白人のようなものだったのだろう。サイキックスキルは西洋の科学技術のようなものだったに違いない。だが現在の地球、アメリカ合衆国では様々な人種が「建前上」平等に住んでいる。それと同じだ。


もちろん細かな事件や出来事はほかにもたくさんあるので、それはもう一度復習しておく必要があるだろう。


「さて、じゃあ最後に近代の流れをもう一度話すね」


 ブッシュ爺やが一度手を叩き、学生たちの視線を集めた。


「星雲歴99年。はい、この年にあったことを覚えている人、いるかね?」


 その問いかけに何人かが挙手で答え、その一人が指名された。オプティモである。


「未開惑星の地球という星が発見されました」


 得意げに答えるオプティモだが、これは教室にいる学生は全員知っていることだ。響も例外ではない。星雲歴99年。今から20年前、地球では西暦1999年だったその年にすべては動き出したのだ。


「また、その星にいた地球人という原始的な人種とのコンタクトが行われました」


 オプティモは『原始的な』という部分のアクセントを強くして響に視線をやり、それにつられた数人が響のほうをチラチラ見てはクスクスと笑った。


「オプティモ・マキシモ。そういう物の言い方はあまり感心しないね」


「失礼いたしました」


 ブッシュ爺やはややきつめの口調でそう告げるが、オプティモの顔はいやらしく緩んだままである。


「……では、続けよう。実に数十年ぶりに星雲連合は未知の星に出会ったんだね」


 このあとのことは、もしかしたら自分のほうが詳しいのではないか、と響は思っている。だが、歴史のテストというものは『本当のこと』を書けば高得点がもらえるものではないのも事実だ。だから黙って聞くことにした。


「連合と地球の接触は困難をきわめた。当時の地球では異星人の存在は一般的ではなかったからね。結局、地球が星雲連合に加盟したのはそれから10年後、星雲歴109年のことだった。ちなみに、同じ年にオリオンタートルとオリオンアカデミーは建設されたんだよ」


 あれだけのことがあったが教師に言わせれば数秒。封じられた『オリオンの星』もそれを開けるための三つの鍵も、姿をくらましたPPのトップも省略されてしまう。まあ、歴史なんてそんなものだ。


「ちなみに、君たちも知っていると思うけどね。このとき活躍したのが、当時は連合の高官だったダルモア副学長と……この教室にいるヒビキ・ミヤシロの亡き父君だ。お二人は地球や他の惑星を力で支配しようと陰で動いていたPPの存在を突き止め、それを未然に防いだんだね」


 クラスメートたちの好奇の視線が集まり、響はふう、と小さく息をついた。

今ブッシュ爺やが話したことは間違っていない。だが、足りてもいない。宮城余市はPPという脅威をはらんだ連合との接触の危険性にいち早く気づき、警鐘を鳴らした。でも死ぬまでそれを受け入れられることはなかった。それどころか地球に害をもたらす危険人物扱いだった。


当時の地球からすれば星雲連合は凄まじい力を持つ未知の存在であり、それに文句をつけるなんてとんでもない話だったのだろう、『お前の父親のせいで同盟が結ばれず、地球が攻め滅ぼされたらどうするつもりだ』。何度そう言われたのか、響は覚えていない。


余市やダルモアたちの働きによって連合内に巣食っていたPPの動きが抑えられ、平和的に地球が連合入りしたのは事実だが。世間一般がそれを知ったのは余市の死後だ。


 現在余市が英雄扱いされているのは連合側の配慮と地球側の贖罪の気持ちの表れなのかもしれない。


「……」


 ふと視線を感じ響が横を向くと、離れた席に座るアマレットがこちらを見ていた。他のクラスメートたちとは異なり、なにやら悲しそうな、心配そうな表情だ。胸を押さえ、瞳に切なさの色を浮かべた表情は彼女が響を慮ってくれていることを伝える。


(抱いてって? アマレット、今は授業中だ。マズイよ)


 響は携帯端末でメッセージを送り、それを確認したアマレットが再び視線を向ける。

 視線があった瞬間、響はおどけてウインクをしてみせた。クラシカルで気障な行為だが、この手のことは照れずにやるのが一番だ。


「……ぷっ……!」


 アマレットは面白い。最初はきょとんした表情、次にプルプルと怒りに震えるそぶり、最終的には呆れたように吹きだし、『しょうがない人ね』と言いたげな笑顔を見せた。


女の子が一番可憐に見えるのは笑っているときだ、と響は思う。


「アマレット・アードベック? 今は授業中だね。貴方らしくないね」


「も、申し訳ありません!!」


 ブッシュ爺やの鋭い指摘に慌てるアマレットと、爺やにはバレないように彼女を指さし、声を殺して笑う響。多分、あとで彼女に怒られるだろうけど、構わない。


 ちょうどそのタイミングで講義時間の終了を告げる電子音が教室内に響いた。


「あ、時間だね。では講義をここまでね。みなさん、テスト頑張ってね」


 ブッシュ爺やは手短にそう告げると足早に教室を去っていった。これで今季の銀河史の講義は終わりで、あとは期末を残すのみとなる。


「……ふーっ……」


 響は大きく背伸びをするとすぐに立ち上がった。アマレットにつかまる前に教室を出るつもりだ。怒られるのは夜の楽しみにとっておく。その前に別の期末テスト対策に入らなければならないからだ。


「ちょ、ちょっと、待ちなさい! ミヤシロくん!!」


 後ろから甘く清らかな声が聞こえるが、響は後ろ手を振って答えた。


「俺次サボりだから! また夜ね!!」

 それだけ言うと、響は駆け出し、カクのいる武道場トレーニングルームに向かう。


「10年……か……」


 響は走りながらさっきの講義を思い出し、考えた。

今度戦う相手、シャルトリューズは父を襲ったことがあると言っていた。きっと、先ほど聞いた歴史のなかのどこかの時点に登場した人物なのだろう。


 PPが今以上に力を持ち暗躍していた時代。

 地球の星雲連合加盟が進められていた時代。

 父である余市が命をかけて地球と星々を守ろうとした時代。

 

 シャルトリューズはそんな時代に秘密裏に投獄され、10年以上の月日をかけて戻ってきた敵だ。歴史上の人物であり、過去から蘇った亡霊のようでもある。


 そんな相手を倒すのは、ただの学生である自分には難しいことだろう。

 でも。

 そんな相手を倒すのに、一番ふさわしい人物は、多分俺だ。


「だから、ってわけじゃないけどね」


――期末テスト開始まで、あと三日。


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