不思議だね
謎の敵による襲撃事件が起きたあと、響はどう動いたか? 答えは、目に見えて特別なことをなにもせず普通にアカデミーでの一日を過ごした、である。
相手の情報が不足しすぎている現状でできることはすくない。PPやアカデミー内に安置されているあのクリスタル、通称『オリオンの星』についての事情を知るダルモア副学長が不在にしている今動くのは得策ではないとの判断だった。あの謎の敵も、人目のあるところで派手にしかけてはこないはずだし、打てる手は『打っておいた』。
それに、響には自分の出生や宇宙全体にかかわるシリアスな問題の解決のほかにも、やりたいことがある。
「やっほー。りっちゃん。待った?」
放課後、響はアカデミー内にあるスペースエレベーターロビーへやってきた。しばらく一緒にテスト対策をする約束の相手は一足先に来て待っていたようだった。学生たちの行きかうロビーのなかでも、彼女は一際輝いて見える。
「あ! ううん。ボクも今着たところだよ!」
響の到着に気が付いたリッシュは、こぼれる笑顔を浮かべて子犬のように響に駆け寄ってきた。が、二人の距離が近づくと彼女は目に見えて慌てふためく。
「ど、どうしたの? ヒビキくん!? 怪我、怪我したの? 大丈夫!?」
響の腕や顔には、午前中に手当てされたときの細胞活性化包帯や絆創膏がそのまま残っていた。エレン先生のサイキックヒールのおかげでもうほとんど完治しているのだが、響はあえてそのままの姿でここにきていた。
リッシュの大きな瞳が潤んでいく。あたふたと動揺している姿は愛らしいのだが、さすがにあまり心配をかけたくもないところだ。
「たいしたことないよ。ぼんやりしてたら転んだだけで傷もたいしたことないし。ほら」
響はそういって顔の絆創膏を一枚はがして見せた。そこには、だいぶ薄くなった擦過傷があるだけだ。そこで間髪入れずにさらりと嘘をつく。
「保健室行ったんだけど、エレン先生がいなくてさ、仕方ないから細胞活性化の包帯とバンソーコーだけもらってきたんだよね」
「でも、痛そうだよ……」
「大丈夫大丈夫」
リッシュはなにやらしばらくモジモジと言葉を濁らせたあと、意を決したように口を開いた。
「あの! ボク、回復はちょっとだけ得意だよ。もし、よかったら、その」
待ってました。と言いたい気持ちを抑えて響は速攻で答えた。
「マジで!? お願いしてもいい?」
目を輝かせてそういったつもりの響だったが、言われたリッシュの笑顔には勝てないだろうな、と思わされた。
「うん! じゃあ、ちょっとだけ、じっとしててね」
ふわり、とおでこに手を当てられ、そこから優しく暖かなエネルギーが伝わってくる。エレン先生の事務的な治療もなかなかだったが、こっちも素晴らしかった。
「……はい! どうかな?」
「おおー! 治った! りっちゃん、やっぱりすごいじゃん」
響の顔や手の擦過傷は、治りかけだったこともあって完全に消えていた。それを確認した響は、小躍りして喜んだ。つられて、リッシュの顔も朗らかになる。
「良かったー!」
「やー、りっちゃんと仲良くてよかったよ。これ、学年トップレベルじゃないの?」
「そ、そんなことないよ。おっきな怪我は治せないし」
「いやいや、だって回復は難しいんでしょ? 選択してるやつも実用レベルまで出来る人は少ないらしいし。ありがとう。りっちゃん」
治してくれたこと自体よりも、彼女がそうしようと思ってくれたことが嬉しい。なので、響は素直に、心からお礼を言った。彼女は、もっと自信を持ってもいい人なのだ、馬鹿にバカなことを言われて悲しい思いをさせたままじゃいけない。
「えへへ……もー。大袈裟だよー……なんだかボク、ちょっと照れるよ」
はにかむリッシュの表情が見られたことは大きい。バイクをぶっ壊されたことを差し引いても、あの敵に感謝したいくらいだ。
「よし、じゃあお礼に今からデー……」
「え?」
「あ、そうだった。じゃあ、りっちゃん、準備できてる?」
条件反射のようにリッシュを遊びに誘いかけた響だったが、今日の目的は一応覚えている。期末テストでオプティモに勝つためには、それなりの対策が必要だ。
「うん! よろしくお願いします!」
ぐっ、と小さな拳を握るリッシュの瞳はまっすぐで、見ている方が爽やかな気持ちになってしまいそうだった。
リッシュからすれば、やや無理のある挑戦に巻き込まれたようなもののはずなのに、それでも一生懸命の姿勢でいるところが彼女らしい。
「おっけー。じゃあ早速行こう。航宇機は俺の個人機を上に用意してあるから」
「ボク、ちょっと緊張してきたよ。このエレベーター、使うの初めてなんだ」
言葉を交わしつつ、二人はスペースエレベーターに乗り込んだ。これは、アカデミーから垂直に伸びており、タートルを飛び出し宇宙空間の演習場まで繋がっている。クラブ活動や授業のために宇宙に飛び出すアカデミーには必須の施設といえるものだ。
「今から二時間くらいは宇宙で実践ね。で、そのあとは下の空き教室で復習ね」
響とリッシュはこれから毎日、放課後には一緒にテスト対策をする約束をしていた。
物理や数学といった座学系、サイキックA・Iの基本能力向上はもちろんだが、それより大事なのは宇宙での実践練習だ。これは操縦を取っている響、空間把握を取っているリッシュそれぞれに意味のあるテスト対策だ。
それに、今朝カクから聞いた話によると、操縦と空間把握はセットで行われる。二人乗りの実機を用いた形でだ。
当然、響のパートナー候補はリッシュである。
今日から行う練習はまずお互いのレベル向上を図り、それから先日アネックスに行ったときに思いついた『必殺技』を身に着けることが目的である。
「……でも、ほんとにいいの? テストまでずっとボクに付き合ってくれるなんて…」
リッシュは少しだけすまなそうにしていたが、それは響に言わせれば全然違う。
「いいのいいの。りっちゃんは可愛いしね! 毎日一緒に勉強できるとか最高」
「か、可愛いって。その、ボク……」
「それに、俺はトップとるし、りっちゃんもオプティモとか目じゃないほどの好成績とるの間違いないし。どうせ勉強するなら有意義にしたいでしょ?」
そこまで話したとき、タイミングよくエレベーターが到着した。オリオンアカデミーの居住区を見下ろす宇宙ステーション、空気はあれども無重力の場所だ。
「よし、じゃあ行こっか」
幼さの残る顔をぽかんとさせているリッシュに笑いかけ、響はエレベーターの床を蹴った。ふわりと宙を舞い、振り返って手をさしだしてみせる。
「はい、手かして。気を付けてね」
「……うん!」
リッシュは、ほんの少しだけ恥ずかしそうに、でも彼女らしい朗らかで明るい表情をみせて、響の手を取った。手をつないだ二人は無重力であるがゆえにフワリと浮かび、ウインドウに映る星々を背景にステーションを進む。周りの学生たちに軽く注目を受けるがそれは無視だ。
「……不思議だね。ヒビキくんって」
離れないように、響につかまるリッシュが、くすっと笑った。
「そう?」
「うん。なんだか、響くんが言うとどんな無茶なことでも出来ちゃいそうな気がするよ。それにね……」
そこまで言ってリッシュは慌てて口をつぐんだ。なにやら真っ赤になってもいる。
「う、ううん! なんでもないよ!」
「あー。もしかしてちょっと頭がフワフワした感じ? 無重力って慣れないとそんな感じになるよね」
「そ、そっか。無重力だもんね!」
頬を染めたまま、えへへ、と笑うリッシュ。
ちなみに、響は鈍感な人間ではないので、彼女の言いかけたことについてのアタリはついている。なので、この子強烈に可愛いな! と思った。いきなり彼女を抱きしめて頭を撫でまわしたあげくにもっと過激なことをやらかしたいほどには、である。
「さて、と」
だが、そうした感情はいったん隠しておく。
物事にはタイミングというものがあるのだ。彼女はもっと輝ける女の子だ。まずは、その瞬間を楽しみにしておこう。
そんなことを考えつつ、響はテスト対策を始めるのだった。
※※
夜。みっちりとしたテスト対策初日を終えた響は、リッシュをアカデミー近くの寮にまで送った。まるで子どのもように大きく手を振ってくれた彼女と別れ、再びアカデミーに戻る。
向かう場所は、風紀委員室である。オリオンアカデミーは学生の自由度や権限が大きく、各委員会は個室を持っていたりするのだ。
時間的に委員会は終わっている時間だが、そこには女の子が一人、響を待っているはずだった。風紀委員室は警備員室の隣。ある意味ではアカデミー内では一番安全な場所だ。
響は風紀委員室のドアの前で呼吸を整え、目の周りを軽くマッサージした。
微妙に足元がふらついていたので、身体強化をかけて一時的にそれを誤魔化すことも忘れない。
そこまでやったあと、ドア横のタッチパネルに軽く触れ、室内に音声を送る。
「やっほー。アマちゃん、お待たせー」
本編では断片的に出てていますが、参考までに8部に出てきた選択科目でキャラクターが受講しているものを整理してみました。
響:操縦、超剣術、身体強化
カク:身体強化、攻撃的念力、力場形成
アマレット:精神感応、発生予知、遠隔視
リッシュ:超剣術、空間把握、回復
ラスティ:接触感応、情報解析、力場形成
ってとこですね。学期が変われば受講科目も増えることでしょう。多分




