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てのひらに星雲を  作者: Q7/喜友名トト
シーズン2~期末テスト編~
39/70

先生にチクろうかな

 カクと一緒に朝食取りつつアカデミーの期末テストの概要を聞いた響は、一時間目をサボって二時間目から登校した。


 月曜の一時間目は一般科目の化学。地球にいたころに学んだ内容を聞くために90分も教室に座っているなら眠っていた方が有意義だという判断である。今さらアボガドロ定数について知りたいことなどなにもなかった。


 二時間目はサイキックⅠ。これは操能力マシンコントロール身体強化バイタルブーストのような専門的なものではないがサイキックスキルの基本や原理を学び、基礎的なサイキックウェーブの出力を高めるための科目だ。これは響ら四年次の学生の必修科目となっているため、時間はそれぞれ別だが、同じ講義を全員が受けていた。

今のところ響もこの講義は皆出席で受けている。


「おはよ、アマちゃん」


 教室に入り知った顔を探し、隣の席に腰かける響。アマレットはなにやら難しい顔をして空間表示ディスプレイを操作していたが、響に気が付くと手を止めた。


 整った顔だちがツンとした表情を作り、美しい瞳がジト、と響を見つめてくる。


「おはようミヤシロくん……もしかして、一時間目、休んだのかしら?」


「うん。……ああ、数学は受けるよ。先週アマちゃんと約束したからね。でも、化学と物理は期末テストが終わるまで全部サボる予定」


 これはアマレットには伝えておかなければいけないことだった。響がテストまでに受ける予定の授業はサイキック系の科目のほかは公用語、銀河史、宇宙生物、星雲地理だけだ。すなわち地球では学べなかった、今の響がよく知らないことのみである。


「なっ……!? あなた……!」


 予想通りぷりぷりと怒りだしたアマレットに響は先手を打つ。


「先生たちには言っといたから」


「そんなこと、許されるわけがないでしょ……」


 アマレットは呆れた声をあげてため息をついたが、響は笑って答えた。


「そーだね。だから、サボる科目は満点が取れなかったら落第でいいって条件で許してもらった。アカデミーは実力主義なんだから、そこまで言えば断られる理由ないでしょ」


「!? ま、満点なんて、あなたが取れるわけないでしょう!?」


 バタンと音をたてて立ち上がったアマレット。彼女にしてはかなり大きいボリュームの声が出ているのは、それだけ響の言葉がむちゃくちゃだと思った、ということだろうか。


「やー、どうかなー。まだ受けたことないからわかんないよ」

 

「……念のために聞くけど、アカデミーでは二科目以上で落第点をとったら退学になるってことは知ってるのかしら?」

 

 一度立った席に再び座ったアマレットはため息をついている。心底呆れているようだった。


「え、そうなの? やべぇ。ミスった」


「バカじゃないの!?」


 うがー、と突っかかってくるこの美少女は一見すると怒っているし、実際怒っているのだが、それは彼女の優しさや真面目さからくるものだと響は知っている。


「……はぁ、あなたと話してるとおかしくなりそう。……いい? 先生たちにもう一度話しにいって、取り消してもらったほうがいいわ。その、私も一緒に行ってあげるから」


 うん、やっぱりこの子は綺麗な上にいい子だ。これはもう、俺が好きになっても仕方ないな。響はそんなことを思いながらも答えた。


「やだ」


「!?……あなた、本気? アカデミーを退学になりたいの?」


「や、それはさ」


「んん! お静かに!!」


 二人は会話を続けようとしたが、いつの間にか教室に入ってきていた教師がそれを遮った。

 教師に注意を受ける、それは響はともかくとしてアマレットにしてはかなり珍しいことだ。


「あ……もうしわけありません」


 アマレットは恐縮している。たしかに授業開始時刻は過ぎていたが、彼女がそれに気が付かなかったのも無理はない。アマレットは、教室の様子がいつもと違っていたため、勘違いをしたのだろう。


「……今日は欠席者が多いですが、授業は予定通りに進めます」


 サイキックAの担当教師であるマッカラン女史は軽く咳払いをしてからそう呟いた。痩せた体と厳しい顔つきが特徴の中年女性である彼女は、いつもより若干暗い表情をしているように見える。


「欠席? 8人もですか?」


「病欠とのことです。では、前回の続きから授業を始めます。各自ディスプレイにテキストを表示しなさい。テレキネシスの効果範囲を拡大するためのベクトル計算について……」


マッカラン女史は、響の疑問に対してそれ以上何か言うつもりはないようだ。すでに講義用の空間ディスプレイには、高度なベクトル計算の式が表示されている。


 しかし、これは少し妙だ。


「……?」


 響は講義を聞きつつ、顎に手を当てて考えた。

オリオンアカデミーが存在するタートルの環境設定は多くの異星人にとって快適な状態に保たれている。サイキックスキルを用いた医療機関も充実しており、多少の病気やケガならすぐに全快させることができるのだ。


 まして、アカデミーの学生であれば本人のサイキックウェーブも強く、たいていはリッチな家庭に生まれているため医療費は問題ない。だから、学生のほとんどはつねに健康体だと言える。


 それなのに同時に8人も欠席するというのは異常だ。休んでいる生徒は全員真面目な男子であり、示しあわせてサボって遊びにいくようなやつらではない。


 響は念のため、カクやリッシュに携帯端末からメッセージを送り、それぞれのクラスの出席状況を確認した。どうやら、他のクラスにも欠席者が多く出ているらしい。宇宙空間に浮かび環境設定が完璧になされているタートル内でインフルエンザが流行るわけがない。これは、なにかがおかしい。


「……ねー、アマちゃん、あのさぁ」


 講義が半分ほど過ぎたころ、響が隣に座る美少女に疑問を投げかけようとした、そのときだった。


「きゃーーーーーーーーっ!!!!」


 突如、耳が痛いほどの悲鳴が響いた。絹を引き裂くような、という慣用句がしっくりくるほどのその悲鳴に、教室内が騒然となる。


「!?」

「なんだ、今の?」

「女子の声だよな……?」


悲鳴は、響たちが講義を受けている教室からそう遠くないところから発せられたものだ。


「みなさん、落ち着きなさい!!」


 教師であるマッカラン女史は眼鏡の位置を右手で直しつつやや大きな声を上げた。が、それはあまり効果を得られていないようだ。


「また、侵入してきたやつがいるんじゃないのか……?」


 誰かがぽつりと呟いた。アカデミーでは数か月前、PPの構成員が侵入し何人かの女子生徒に暴行未遂事件が発生している。表向きにはただの変質者の凶行として処理された事件だが、その記憶はいまだ学生たちの脳裏から消えてはいないようだった。怖がっているもの半分、好奇の感情を持つもの半分、というところだろうか。


「すぐに警備員が確認するはずです。みなさんはこのまま教室で静かに…… はっ!?」

「ミヤシロくん!?」


 マッカラン女史とアマレットが絶句した理由、それは、教室内にいるべき一人の男子生徒がすでに席にいなかったことだ。


「ミスターミヤシロ!?」


 マッカラン女史の驚きの声を背中で聞きつつ、響はすでに駆け出していた。

 走り抜ける廊下から見える各教室では、講義中だったクラスの連中がざわついており、何人かは響をみて驚きの声をあげたが、気にしない。ただ、走る。


あの事件があってから、オリオンアカデミーはセキュリティレベルを上げており、外部からの許可なき侵入はほぼ不可能になっているはずだ。それなのになぜ?


 疑問があれば自分で解消する。『敵』の可能性があるのならならなおさらだ。他の学生たちのように事実を隠蔽されるのはゴメンだ。


 たしかにここしばらく、平穏な日々が続いていた。でも、それで油断したりはしない。


「どこだ? どこから聞こえた……?」


 アカデミーの講義棟は広大だが、響は一瞬の記憶を頼りに曲がり道を選択していき、脚を止めない。できれば、現場に向かっているであろう警備員たちより早く到着したい、と考えてのことだった。


 パルクールのように廊下を駆け抜け、立体的に交差している階段を跳ぶ。悲鳴が聞こえてから二分後、響は現場が見下ろせる場所に到着していた。


 西棟の一階、吹き抜けになっている中央ロビー。そこにはすでに警備員が到着しており、野次馬の学生たちの姿も見えた。彼らの中心には頭から血を流し倒れている一人の男子学生と、それを見て悲鳴を上げて腰を抜かした思われる女子学生がいた。


 


「……ちっ」


 さすがに警備員たちのレスポンタイムはずいぶん向上したらしい。もう今からではあの場の状況を確認することは不可能だろう。


 いったい何があった?

 響は、ロビーの周辺を見渡し、あることに気が付いた。


「……?」


 倒れた男子学生を発見した女子学生が悲鳴をあげ警備員が集まっている、というショッキングな現場に1人だけ背を向け、その場から素早く立ち去ろうとしている人物がいたのだ。彼は、ちらりとも振り返って現場を見ようともしない。そして講義棟から出ていこうとしている。


「あいつは、たしか……」


 響は、その人物を知っていた。ちゃんと会話をしたことはないが、何度も顔を見たことがある。たしか、いつもオプティモの後ろにいる取り巻きの一人だ。


 なにか、奇妙だった。


 響は、去っていく彼の背中が消える前に行動に移ることにした。


 足音を消し、一定の距離を保って後を追う。彼は、講義棟を出て、キャンパスの中庭を通過し、第一駐車場に向かっているようだ。その足取りは、まるで逃げているようだった。


 昼休み前の駐車場には人気ひとけがない。この時間には学生たちのエアカーやホバークラフトで満車になっていることは周知の事実である上に今は一応講義時間なのだから当たり前だ。


「……何か用かな? ミヤシロくん」


 ふいに、前を行く彼の足が止まった。


「あれ、バレてた? えっと、あー、君、名前なんだっけ? オプティモの取り巻きC君だよね?」


 尾行を気付かれていたことには少し驚いた響だったが、それは悟られるのはマズイ気がする。響はあえて軽い口調で答えた。


「ははは、ひどいなぁ。僕はマニエ。君とは、操能力マシンコントロールの授業で一緒だろう?」


 振り返ったマニエは嗤っていた。唇の端をつり上げたその表情はどこかいびつだ。


「ああそうだ。マニエ君だった。でさ、さっき、人が倒れてた現場にいたよね?」

 

 探り合いをするのも面倒だ。そう考えた響はあえてストレートな質問を投げかけることにした。


「うん。そうだね」


 だが、マニエの顔に動揺の色は見えない。いや、それどころか、むしろ嬉々とした表情を浮かべている。オプティモと一緒に他人を見下して笑うときとは、別人のような笑顔だった。


「あれってさ、もしかして、君がやったの?」

「あはははははは。うん。そうだよ。あははははははは」


 ぞわり。響の背中に冷たい感触が走った。それはマニエの愉快そうな言葉と、彼が纏うサイキックウェーブが突如増大したことによるものだ。


冷たく、どこか不気味な気配。狂ったような笑い声。高まっていくサイキックウェーブはそれらと合わさって強烈な不快感をもたらしている。


 こいつはなんだ? なんのためにそんなことをした? ひょっとしてPPの構成員だったりするのか? 学生のこいつが? 何故? ひょっとしてオプティモも?


 一瞬のうちに、響の脳内を様々な疑問が駆け巡った。

わからない。響は何度もマニエを見かけており、他人を見下すエリート気取りグループの一人、という程度の認識しかなかった。少なくとも、そんな大それたことをしでかす男には見えなかった。


だが、今目の前にいるマニエは明らかに尋常ではない。


「へえ。そうなんだ。……えっと、じゃあどうしようかな。とりあえず、先生にチクろうかな……」



「無理だよ。君には」


 マニエが右手をかざし、手のひらを響に向けた。


「え?」


「だって、ほら。ここには僕と君しかいないだろう? 君って、案外マヌケなんだね」


 マニエは、周囲を見渡してからゆっくりと告げた。


 昼休み前の駐車場には、誰もいない。一番近くにいる警備員でさえ、校門付近からここまで来るのに数分はかかるだろう。


響の頬を、汗が伝った。全身が警戒信号を伝えてくる。


やばい、こいつは何かヤバい。強くそう感じる。

同じ四年次の学生なのだからそれほどサイキックスキルの開きはないはずだし、喧嘩慣れしている、という意味では響のほうが上のはずだ。だが、これまで何度か殺されかけたことのある響の経験からくるカンは、現状の危険を感じていた。


「あのさ、君ってなんなの?」


 響は軽い口調で質問をしつつ、膝を軽く曲げ、精神を集中した。サイキックウェーブを神経系に流し、反射神経を高める準備を済ませる。脳で判断してから体を動かすまでのタイムラグを身体強化バイタルブーストによって極小化し、危険に備える。


 来る。攻撃がくる。恐らくテレキネシスによる遠距離攻撃だ。物を飛ばしてくるか、直接こっちの体を弾き飛ばすか、どちらかだろう。


 かわす、絶対にかわす。研ぎ澄ませ、研ぎ澄ませ。俺なら躱せる。


「すぐにわかると思うよ。まあ、わかっても意味はないけどね。あははははは。君は結構タフそうだし、さっきの人みたいに昏倒しないで済むといいね」


 マニエが一歩近づき、その右手が光った。だが、その攻撃は、響の予想とは異なるものだ。


「っ!?」


 一瞬にして広範囲に放たれた青白い光は避けられる種類のものではなかった。だが、物理的な威力も感じられない。圧力も熱も、何もだ。不発に終わった、ということだろうか。


 それならば、と響は駆け出した。間合いを詰めて一撃。それで終わりだ。

 その、はずだった。


「あはははははははは」


「……ぐっ……」


 瞬間、強烈な頭痛が響を襲った。とても走れるような状況ではなく、膝をついてしまう。

 

誰か知らないヤツの声が、脳内に直接語り掛けてくる。不快なサイキックウェーブが響の精神を侵食していく。


〈同士となれ。あのお方のために。素晴らしい理想のために〉


繰り返し聞こえる声は、徐々に大きさを増していく。手足を動かすのが億劫になり、考える能力が奪われていく。強烈な眠気が降りてくる。


 薄れゆく意識の中で、響は理解した。


これは、精神感応テレパシーによる攻撃だ。しかも、とても四年次の学生が使えるような代物ではない恐ろしくハイレベルなものだ。


このまま眠りに落ちてしまったら、この不快感に屈してしまったらどうなってしまうのか? あまり楽しい結果にならないことだけは明らかだ。


だが、響は一応はこの状態から脱するための方法はアカデミーで習って知っている。直感的にも納得できることでもある。


「……古典的な手だし、いやだけど、これしかないか……」


 響は左手で自分の右手人差し指を掴み、ためらうことなく、それをへし折った。


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