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てのひらに星雲を  作者: Q7/喜友名トト
シーズン2~期末テスト編~
36/70

おなか痛いのか?

 響にとって、今日は楽しい一日になりそうだった。


 まず、朝イチでリッシュの暮らす学生寮に迎えに行った。入学早々ダルモア副学長から貰った援助金おこづかいで購入したホバーカーは実に乗り心地がよく、マニュアル、サイキックを切り替えながらの運転は楽しい。


 そして、時間より五分早いにも係わらず学生寮の門のあたりで待ってくれていたリッシュはいつもより女の子っぽい可愛らしい服装、白のミニワンピースを着ていたりもした。前髪の作り方もちょっと違う。


「あれ? 今日いつもとちょっと雰囲気違うね」

「う、うん。……へん、かなぁ?」


前髪をつまみながらそんな風に照れているリッシュは異常に可愛らしかった。それを見た響は思わず彼女を抱きかかえて踊りだしそうになったくらいである。

服装や髪型が可愛いというのはそれ自体とても嬉しいことなのだが、それよりも重要なのは、彼女が『わざわざ』『あえて』そうしてくれたという事実だ。昨夜は何を着るのか悩んでくれたりしたのかと思うと響はウキウキした。


 宇宙港からワープ船でスポーツ・レジャー用のタートルである『アネックス』へ移動。まずは本日の一応の目的であるリッシュの空間把握パーセプションの実践である。響はとりあえずこれを済ましておくことにした。午後は遊ぶためだ。


二人乗りの小型航宙機グラスパーをレンタルし、コースに出る。アネックス周辺に設置されたレジャー用のコースはアトラクション的な要素もあり、しかも安全だ。また、宇宙空間は大気や他の要素がないため、空間把握はやりやすい。


操縦は響が行い、リッシュは後部席で空間把握に集中してもらった。だが、それでも彼女の苦手はやっぱり相当なものでなかなか上手くいかなかった。


いろいろ試してみた結果、最後の手段として彼女には一度目を瞑ってもらうことにした。


「じゃあ、ちょっとテキストの内容を思い出しつつ、集中してみて。テレキネシスとかヒールのときとは違って、サイキックウェーブを薄く周りに広げる感じ。最初はゆっくりでいいと思う。操縦は絶対大丈夫だから、心配しないで目、閉じててね」


「う、うん! やってみるよ」


「では第一問です! ちゃーらっ!」


「え? えっ?」


「今俺は機体を停止させました。さて、一番近い障害物はどの方向にあるでしょう?」


 そうやってリッシュに挑戦してもらう。実は、これは響自身が操縦マシンコントロールを学び始めたころの学習法だった。マニュアルでしか操縦できないフリをしていた当時、それでもクラスメートたちに劣らぬように編み出した方法である。


あえて視界をなくし、サイキックウェーブによる空間把握に集中する。もっとも、響の場合は操縦してくれる協力者がいなかったため何機もグラスパーを壊したし、事故って死にそうになったり怪我をして保健室のお世話になったこともあったのだが、それだけの価値はあったと思っている。


「う、うーん……ちょっと待ってね」

「大丈夫。ゆっくりでいいよ」


 後部席を振り返ってみると、リッシュは素直に目をぎゅっと閉じて小さな困惑の声をあげていた。その姿は子どものようで可愛いが、あくまでも彼女は真面目である。薄いブルーな光がリッシュを中心として広がっていく。


「……右ななめ前……?」


 おそるおそる、というように口にするリッシュ。


「ふむふむ。距離はわかる?」


「えと、えと……50くらいかな……? なんか、三角っぽい形かな……」


「おっけー。じゃあ一度目をあけて確認してみて」


 リッシュは大きな瞳を開き、宇宙空間を確認した。彼女は一瞬嬉しそうな顔になったが、すぐにしゅん、とした表情になる。


「ハズレかぁ。ごめんね……」


 この純粋で健気すぎる少女は、数時間訓練に付き合ってもらったにもかかわらず結果を出せなかったことを申し訳なく思っているようだ。が、響に言わせれば、けっしてそんなことはない。


「右斜め前は当たってたじゃん。形も大体あってる。距離は難しいから仕方ないよ」



 なので、響はにっこり笑ってリッシュの頭を軽く撫でた。


「わ、わわ」


 リッシュが顔を真っ赤にしてあたふたと照れたのを見て、響はさっと手を引っ込めた。


「あ、ごめん。つい」

「う、ううん。大丈夫だよ」


 普通、10歳も過ぎれば他人に頭を撫でられることなんて早々あるものじゃない。人によっては不快感を与えることもある。だがこういうことはタイミングが重要なのであり、今はベストだといえる。


「うん! ありがとう、ヒビキくん」


 まだ頬にさした桜色が消えていないなか、八重歯がみえる満面の笑みを浮かべるリッシュ。響はそんな彼女をみて色んな意味で興奮した。


 ラスティもアマレットも可愛いけど、りっちゃんもいいよなぁ。これはどうやって最後まで持っていくべきだろうか。などとゲスいことを反射的に考えるのがこの少年にとってはクセのようなもだ。


「おっけー。じゃああと少しやったら今日はもう練習終わり。きっかけはもう大丈夫だから、あとはなんとなるよ多分」


 これはまぁ、午後はデートを楽しみたいという気持ちも裏にはあるのだが響の本心でもあった。感知系は最初のコツがわかればあとは精度を上げていく作業なのだ。リッシュは元々理論は勉強していたし、とっかかりがなかっただけのだ。でも今日で最初のステップをクリアした。時間はかかるかもしれないが、少なくとも期末テストで落第するようなことはないだろう。


 響はそんな推測のもと数回同じ練習を繰り返し、リッシュがそれをマスターしたことを確認すると、最後に気になっていたことを試してみることにした。これで本当に練習は終わりだ。


「あ、そうだ。りっちゃん。ちょっと思いついたことがあってさ。一回その方法で操縦してみたいんだけど、協力してくれる?」


「うん? なにかな?」


 小首をかしげきょとんとしているリッシュに内容を説明し、実験を行う。十分可能性を感じる結果だった。


※※


 航宙機を用いた空間把握パーセプションを終えた響とリッシュはアネックス内にある人工のビーチスペースへ移動することにした。せっかく美少女お手製の弁当を楽しむのなら、宇宙空間よりは太陽や風が気持ちいい場所のほうがいい。


「思ったより人が多いんだね」


 トコトコと響の横を歩くリッシュは、人工のビーチにいるたくさんの人たちをみてそんなことを言った。


「そうだね。あんまり普段見かけない感じの人たちもいるし、バカンスに来てるんじゃないのかな」


 見回す砂浜には、変わった特徴を持つ人たちが多かった。耳がとがっていたり、髪の色が虹色だったり、とにかく色々だ。アカデミーでは見かけない人種、いや星種の人たちもたくさんいて、宇宙の多様性を改めて感じさせた。


 アネックスには様々なレジャー施設があるほか、コテージやホテル、カジノなどが点在しており宇宙のレジャー地と言って差し支えない。そこにいる人たちは皆、そこはかとなくセレブな雰囲気をかもし出していた。

近くのタートルに住んでいる響たちは別だが、別銀河からのワープにはそれなりに金もかかる。このアネックスは宇宙のセレブたちのバカンスの島、といったところなのだろう。


「りっちゃん、水着持ってきた?」

「え? ううん。ボク、泳ぐと思ってなかったから」

「よし、じゃあ後で借り……」


 ウキウキした気持ちで食後の予定を話そうとした響の言葉は無粋な声に遮られた。


「ミヤシロじゃないか。まさかこんなところでお前に会うとは思わなかったな。たいした能力もないくせに、有名人は余裕なんだな?」


 純情可憐な美少女と歩く砂浜、というワンシーンを邪魔してきたのは響の同級生のオプティモ・マキシモである。名家の出身であり成績もトップクラスの彼は、日ごろからやたらと響を敵対視し、会うたびにイチイチ絡んでくる人物だ。学外で会うのはこれが初めてだった。


彼はとりまきと思しき男女数名を引き連れてコテージに向かう途中のようだったが、今日も嫌味にあざ笑うような口調で響を挑発してきた。


「どちらさんか知りませんがお元気? そうか元気ですかそれはよかった。じゃあまた」


むかつくことはむかつくし、普段なら少し遊んでやらないこともない響だったが、今はデート中だ。余計なことに時間を取られたくないと考え、さっさと立ち去ることにした。オプティモのほうだってお仲間とバカンスにきているわけで、きっと今からハイクラスなランチでも取りにいくのだろう。そこまでしつこくはしてこないはずだ。


だが、オプティモの言動は響の想像とは違っていた。


「……待てミヤシロ。この僕が声をかけてやったんだぞ」

 

いつもより声が低い。そして、どこか目つきも違う。響はなんとも思わないが、一緒にいたリッシュは少し怯えたように響の裾を掴んでいる。


「? どうした? おなか痛いのか? トイレならこの先42・195キロだ。三時間くらいでいけるから頑張れ」


 傲慢なオプティモの言動に軽口で答える響。


「ふざけるな」


 小さく呻くような声をあげるオプティモからはサイキックウェーブが漏れ出していた。ビーチの砂浜がゆっくりと舞い上がり、青白い光が彼から放たれている。


「……おまえ」


 響は、少しだけ驚いた。オプティモが嫌味で傲慢なことは知っていた。でも、これほどまでに攻撃的な性格だっただろうか。


「や、やめてオプティモくん。ボクたち、もう行くから……」


リッシュはけして響の影に隠れるようなことはしない。むしろ、響を庇うようにきゅっと寄り添ってきてくれた。それは嬉しいことだしリッシュらしいと思う。だが、響はそんな状態を容認する気はさらさらない。



「……おちつけよオプティモ。こんなところで危ないことするな。りっちゃんが驚いてるだろ」

 そう言って、一歩前に出てオプティモとリッシュの間に入る響。オプティモはそんな様子を見て鼻で笑った。


「はっ、奨学金でアカデミーに通っているような貧乏人の杢星人がどうしたって? 同じようなレベルの人種同士、仲が良くて何よりだな」



 


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