閑話 1999年 宮城余市
本編の続きは近々投稿します
宮城余市は、星を見ることが好きだった。
33歳という年齢を考えると多少ロマンチックすぎる感覚かもしれないな、と自覚はしていても、毎晩天体望遠鏡を眺める習慣を止めようとは思わない。
子どものころから、星空に魅かれた。
――今自分が住んでいる場所が地球という一つの星であり、その外には無数の星が浮かぶ広大な宇宙が広がっている――
余市がその事実を知って幼い感動を覚えたのは七歳のころだった。
九歳のころには『宇宙人なんているわけがない』と断言するクラスメートと言い合いになったりもした。
もしかしたら、その時にはすでに彼の運命は決まっていたのかもしれない。
宮城の家はいわゆる名家といわれる家系である。
余市の祖父も、父の白州も政治の世界に生きる男であり、余市もまたそうなることを期待されて育った。
余市は父や祖父を尊敬していたが彼らとは別の世界で叶えたい夢に出会い、ただその道を邁進する青年期を過ごした。
他人は余市を才能豊かな人間だと評価することが多かったが、彼は自分をそんな風には思ったことは一度もない。
ぼくはただの夢想家だ。だから、人よりちょっとばかり努力が出来ただけだ。
その自己認識が正しかったかどうかを判断できるものはいない。だが事実として余市は航空宇宙工学をはじめとするいくつかの学問を修め、26歳のころには米国の航空宇宙局の一員になっていた。
あの星空の向こうには、素敵なことがあると思えるから。
地球以外のどこかの星には、きっと誰かがいるから。
ぼくは、それをこの目で見てみたいから。
まるで、少年のような彼の夢。
少しずつ形になりはじめたそれは、彼の予想もしない形で現実となった。
結論から言えば、余市は夢にたどり着けなかった。なぜならば、夢のほうからやってきたからだ。
余市が数年をかけて完成させた無人探査機『ニッカ』。
当時の地球人類にとって最先端の技術の結晶であったニッカは太陽系外縁部にまで到達し、そこで未知の存在の出現に遭遇する。
時に1999年。
地球人類があらたなステージを迎え、一人の夢見る男の人生が変わった瞬間だった。




