俺が銀河を守る
二つ間違ってる。そう言ったヒビキの表情は、いつもの飄々としたものではなかった。少なくともアマレットの知る限りは、彼がこのような真剣な顔つきをしたことはない。
「まず、華星人至上主義者連盟(PP)は壊滅も解散もしちゃいないよ。たしかに俺の親父やアードベックさんの尽力で、表向きには活動を停止しているけど、それだけさ。PPのトップ、シーバス・パスティスという男は今でもどこかの星に潜伏しているし、PPの構成員の生き残りは普通に市民として生活している」
「……うそ……」
アマレットは、自身の背中に寒気が走るのを感じた。おそらく、この銀河に住む人間の多くが同じような反応をするだろう。
PP。
それは、狂信的な選民思想にとらわれた一部の華星人たちの秘密結社を指す言葉だ。
他異星人はすべて劣等であり、優等種である華星人によって支配されるべきだという理念を持ち20年ほど前まで密かに勢力を拡大し続けていたとされている。
アマレットからすれば、信じられない思想だった。
どんな星の人だって、笑いもすれば泣きもする。同じように生きているし、自分たちなりの文化がある。
それを一方的に劣等だと断じて支配するという思想は、純粋に、怖い。
PPは末期には過激な行動に出ることが多く、異星人の大量虐殺や惑星の破壊といった大規模なテロ行為が確認されている。その中心にいた人物がシーバス・パスティスだ。
シーバスは非常に高いカリスマ性とサイキッカーとしての能力を持っていた。
テレパシーによるマインドコントロールによるものなのか、それとも純粋に彼の考えに共感したためかは今ではわからないが、当時の星雲連合には密かな彼の支持者も多く。それこそ星雲連合はあやうくPPによって乗っ取られてしまう一歩手前だったとされている。
今では考えられないが、この宇宙は華星人によって支配されていても不思議ではなかったのだ。それも、暴力によって。
その事実は、多くの異星人を震えさせたし、華星人であるアマレットもまた恐ろしいことだと感じている。どうしてそんなことが出来るのか、わからない。
そしてだからこそ全銀河の人類の自由と権利を守るため、としてPPの暴挙を止めたというヨイチ・ミヤシロは素晴らしい人物だと思っていた。
「信じられなくても無理はないけどね。今の星雲連合はあえてその事実を伏せてるから」
「!? どうしてそんなことを……?」
アマレットとしてもヒビキの言うことをそのまま完全に信じているわけではない。でも、昨日の事件のこともあり完全に否定して笑いとばすことは出来なかった。
いつもヘラヘラしている少年が真顔で告げる言葉には、不思議な説得力があった。
「だってさ、どう思う?
『何億人も殺した危ない連中は、実は今でも健在です』
『今は目立った活動はしていませんが、彼らはまだ諦めておらず、いずれはまた何かやるでしょう』
『ちなみに、どの人がその一員なのかはわかりません。あなたの家の隣に住んでいる人かもしれません』
……PPの思想に共感した人間はあのとき捕らえた以上に、みんなが思っているより遥かに多かったってことだよ」
「それは……っ」
アマレットは絶句した。
響の言うことが本当なら、たしかにそんなことを公表できるわけがない。そんなことをすれば、星雲連合は、この銀河はマトモな社会生活が送れなくなってしまうだろう。
「連合側は今のところ何も手を打てていない。なにせ誰が敵なのかも完全にはわからないからね。当時完全にクロだった連中でさえ、強力なテレパシーでマインドコントロールを受けてた、ってことで釈放されてるヤツすらいる。
一方、PP側は表向きの壊滅から16年かけて、少しずつ勢力としての力を取り戻してきた。ある程度動きを再開できるほどにね。昨日のヤツはその下っ端だよ。これは言えないけど、オリオン・アカデミーにはPPが欲しているあるものがあるんだ。学長と副学長はこれを知っていて、守っているけどね」
ヒビキの表情はもういつもの感じに戻っていた。桟橋の柵にもたれかかり、琴星冷菓を食べながら海を見ている。
「信じられない?」
「そ、そんなことない。……でも、どうしてあなたがそんなことを知っているの?」
アマレットは、不思議とヒビキの言うことを疑うことが出来なかった。いきなりこんなに大きく重い話をされるとは予想もしていなかったけど、少なくとも筋は通っているし、なにより彼はこういう冗談をいう少年ではない、と思える。
でも、わからないのは何故ヒビキがこんなことを知っているの? ということだ。
「そこが二つ目。俺の親父は病死じゃないよ。10年前に殺された。具体的に『誰に』ってことまではわからないけど、親父が信頼していた『誰か』はPPの一員だったってことだよ。普通に裏切られて殺された」
「……っ」
父の死を、普段と変わらない軽い言葉で口にする少年にたいし、アマレットはただ言葉を詰まらせるしかなかった。
「親父はPPが壊滅していないことを知っていたし、彼らを止めるために働き続けていた。でも、なにせサイキックスキルを持たないただの地球人政治家だからね。そりゃ暗殺し放題だよ。けど、親父もいつかそうなるかもしれないとは思ってたんだろうね。PPに気付かれないように当時幼かった超絶天才美少年の息子に残してくれたデータがあったよ」
「……それで、あなたは……」
ヒビキはだいぶ細かいことを省いて、大筋だけで伝えているけど、アマレットにも彼が言いたいことがわかった。
ヨイチ・ミヤシロは息子であるヒビキに、持っているPPの情報を残したのだろう。彼ら親子は、いずれ星雲連合を再び襲うであろう危機を知っていたのだ。
そしてそのうえでなお、ヒビキは宇宙に上がってきた。そして昨日はその身を持ってPPの一員と戦った。
首席でアカデミーを卒業し、星雲連合の幹部になるという彼の目的を聞いたことがある。冗談だと思っていたその目的も、ひょっとしたら銀河で力を持つための手段なのかもしれない。
なんでもないことのようにそれを語るヒビキに、アマレットは自分の胸が痛くなるのを感じた。
彼が話したことは、とても16歳の少年が背負うようなことではない。
様々な思いがアマレットの心を駆け巡る。
普段あんなにおちゃらけているように見えるのは、演技?
最初に出会っときヒビキは、宇宙に上がってきた理由を『面白そうだから』と言った。それは彼なりの強がり?
Sフットクラブの男の子のイジメを止めたのは、お父様譲りの、差別を許さない正義感から?
色々なことが得意なのは、必死に努力してきたから?
「……ミヤシロくん……」
アマレットは自分の心のなかで、ヒビキ・ミヤシロという存在が広がっていくのを感じた。
「……あなたは、お父様の意志を継いで……」
胸に手をやると、少しだけ目頭が熱くなっていくように感じたアマレットだったが、ヒビキはきょとんとした顔を向けてきた。
「まさか! そんなわけないじゃん!」
あっけらかんとした口調で、少年はアマレットの言葉を否定した。
「だって親父はさ、本気で『みんなのために!』って思ってたんだぜ? 自分を犠牲にして最後まで地球や他の星の平和と幸せのために戦って、そんで死んだ。はー、もうね。無理の無理。俺は違うよ」
ヒビキは手をパタパタと振りながら、明るい口調のままで言葉を続けた。眉をくいっとあげるいたずらっ子のようなその表情は彼がよくみせる顔つきだ。
「もちろん、復讐だ! なんて言うつもりもないよ。フクシュー、ナニモ、ウマナイ、ヨクナイ」
今度は片言の公用語をおどけたように口にするヒビキ。アマレットは再び彼のことがよくわからなくなった。でも、そんな彼のほうが自然にみえる。なんというか、彼らしい。
アマレットはすこしだけホっとして、それから彼のおどけた言葉につられて小さく笑った。
ヒビキはそんなアマレットを見て満足そうに頷くと、少しだけ残っていたアイスを全部口に入れ、食べ終わってから再び口を開いた。
「PPは止める。銀河は俺が守る。シーバス・パスティスは見つけ出すし、それだけの力を手にいれてみせる。でも動機は親父とは別さ」
ヒビキはそう言いながらアイスの包み紙をクシャクシャに丸めて放り、それをキックした。少し離れた場所にあったダストシュートに包み紙のシュートが見事に決まる。本当に器用な少年である。
自動清掃機の仕事が少し減っただろう。
「お父様とは別の動機……?」
「このアイス旨いね。どこの?」
思案していたアマレットに、ヒビキが聞いてきたのはアイスの種類だった。
話飛びすぎでしょ、と思ったアマレットだったが、たしかにヒビキの気持ちもわかる。
桟橋近くのカフェで売っているこのアイス、琴星で開発されたフローズン・メルト・アイスはたしかに美味しい。
特殊なサイキックスキルで稼動する工場で作られているこのアイスは、まるで溶かしたてのチョコのような食感と味なのにアイスなのだ。冷たいチョコレートフォンデュ、といったところだろうか。
甘いもの好きな琴星人が生み出したこれは、今では宇宙の大人気商品であり、この桟橋近くのカフェの名物スイーツである。
地球から来たばかりのヒビキには、新鮮なのだろう。
「え? あ、えっと。これは琴星の……。でもどこでも食べられるわよ?」
「ふーん。あ、ごめん。なんだっけ? 俺が宇宙を守る動機?」
ヒビキの問いかけに、アマレットはゆっくりと首を横に振った。
「やっぱり、いいわ」
アマレットは気がつけばそう答えていた。認めたくはなかったが、どうしてそうしたのかはわかっている。
このおかしな少年が考えていることがなんなのか、自分で気がつきたくなったのだ。
色々聞いた今だって、やっぱりヒビキは変な男の子だと思う。そういえばなんであんなに強いのかという謎も解けていない。
でも彼の口から一度にそれを『説明』されるのはつまらない。そう感じる。
きっと、彼と接しているうちにみえてくるはずだから。それでいい。
「そう? まあ長話するのもね。じゃあヒントだけ。さっきのアイス。あとアマレットとか、りっちゃん」
「……りっちゃんって誰?」
「アマレットとはまた別の美少女!」
「……はぁ、そう……」
胸を張ってわけのわからないことを言うヒビキ。アマレットはなんだか可笑しくなってしまった。
「……ぷっ……! ふふふっ……あははははっ! …… ホント、あなたっておかしな人ね」
しばしツンとした真顔を保っていたアマレットだったが、途中で耐え切れずおなかを押さえてはしたなく笑ってしまった。
可笑しい。おかしすぎるわよこの人。一体なんなの!?
あんなにハードな話を軽く話すし、わたしのことをデートに誘っておきながら他の女の子のことを持ち出すし。そのくせ、宇宙を守るとサラリと言うなんて、意味わからない。
「おっ。いいねー! 女の子はやっぱり笑顔が素敵だぜ?」
もういい加減慣れた。この甘い言葉は多分本気で言ってる。まったく照れていないところがある意味すごい。
そりゃすこしは、嬉しいけど……。少しね、少し。
と、アマレットは思っている。
「うんうん。よし、これで俺のこともよくわかったね! 仲良くなったね! じゃあ今夜俺んち来る? ダイジョブ! ベッド広いし、避妊具なら……」
とんでもないことを言い出したヒビキ。次の瞬間にはアマレットのてのひらが彼の頬に迫っていた。
「おおっ!?」
ヒビキは素早く身をかがめ、アマレットのビンタを避けた。忌々しいほどに反射神経がいい少年である。
「な、なにを突然?」
驚いた様子なのが逆に驚きである。
「そ、それはこっちの台詞よ! あなた、バカじゃないの!?」
※※
色々あったが、アマレット・アードベックは本日の日記にこう記した。
始めてのデートは、楽しくなくもなかった。でも、やっぱりヒビキはバカだと思う。




