し、仕方ないわね!
「……むーっ……」
アマレット・アードベックは落ち着かなかった。
今日は土曜で学校はお休み。自宅の庭で紅茶でも飲みながら華星猫のポチを撫でたりしつつ本を読むのは休日の午前中によくやる楽しみなのだが、今日はなんとなく集中できず、ソワソワしてしまう。
「もう! なんなの! アイツは!?」
つい我慢できずにらしくない声をあげてしまった。ポチはそんなアマレットを眠そうな瞳で見て、一声にゃぁ、と鳴くとベッドに移動して丸くなってしまった。
「……パパ。わたし、ちょっと出かけてきます」
「どこへ行くんだい?」
「さ、散歩です! 散歩!」
父とのやりとりについ嘘をついてしまった。別に悪気はないし、やましいこともない。ただ、昨日のことを、あの少年、ヒビキ・ミヤシロに質問したいだけだ。
あれだけのことがあって、アマレットは教師たちやガードポリスに色々話を聞かれたが、ヒビキはさっさとどこかに消えてしまい、昨日はあれから顔もみせなかった。
「そうよ。そう! 聞きたいことがあるだけ!」
別に誰にも聞かれていないのに、アマレットはひとりで喋りながら一度部屋に戻った。杢星でしか取れないシルクの一種で編まれた部屋着を脱ぎ、外出用の服に着替える。
そういえば、ヒビキ・ミヤシロに制服以外の姿で会うのは初めてだ。
アマレットはウォークインクローゼットを呼び出し、着るものを選ぶ。
「えっと……」
このトップスは男の子みたいだし、このワンピースは少し子どもっぽい。このスカートは可愛いけど少し短すぎる。
「……はっ!」
そこまで考えてふと我に帰る。なんでそんなに真剣に服を選ばなければならないのだろう。
「そ、そうよね」
別に食事に行くわけでもなければ、ヒビキ・ミヤシロは目上の人というわけでもない。
と、思ったことは思ったのだが、せっかくの休日なのでオシャレをするのも悪くない。
悪くないのである。
なので、アマレットは結局はお気に入りのミニスカートと白のトップスで出かけることにした。長い金髪に色的に映えると褒められたことがある組み合わせだ。
すぐに着いてしまった。
なにせ、ヒビキの住んでいるプールハウスは元々はアードベック家の持つプールハウスなので、屋敷から徒歩で行けてしまうのだ。
なだらかな坂道を登ると、プールとプールハウス、それにガレージがあり、『ヒョーサツ』と言う地球の文化らしいネームプレートが掲げられていた。
ガレージに目をやると、彼が普段乗り回しているホバーバイクが駐車してあるので、多分室内にいるのだろう。
「……すー…はーっ……」
訪問センサーを前に無意識に深呼吸をしてしまった。
なぜか無性に緊張する。
なぜか、ってこともないわね。当たり前だもの。
アマレットは自分にそう言い聞かせた。
なにせヒビキ・ミヤシロには謎が多すぎる。何故あれほどまでに戦うことに慣れているのか? あの侵入者と話していた内容はいったいどういうことなのか?
この胸の高鳴りは緊張であり、彼個人の人間性とは関係がないのである。
大体、どちらかといえばヒビキはアマレットの嫌いなタイプだ。やたらチャラチャラとしている女好き。軽口ばかり言ってるし、いやらしい。真面目さの欠片もない。清廉潔白な公人として歴史に名を残しているヨイチ・ミヤシロの息子とは到底思えない。
アマレットは男の子を好きになったことはないが、理想とする男性は謹厳実直にして眉目秀麗な好青年なのである。断じてあんな少年ではない。
好きか嫌いかで言えば、嫌いだし。嫌いか大嫌いかで言えば、大嫌いだ。
「うん。……そう。だから、平気だもの!」
アマレットがそう呟き、センサーに手をかざそうとしたそのときだった。
「あれ? なにしてんの? アマちゃん」
「ひゃぁっ!」
急に背後から声をかけられ、アマレットはなんとも文字化しにくい声と一緒に飛び上がってしまった。あやうく横のプールに落ちるところである。
「ヒ、ヒビキ・ミヤシロ!!」
「なんでフルネーム?」
いつの間に後ろにいたのか、ヒビキ・ミヤシロはいつもの飄々とした顔つきだった。どうやら外出していて、今帰ってきた、というところらしい。彼は、アマレットをじっと見つめ、こう言った。
「へー。私服って、はじめて見た」
「……なによ。変だって言いたいの?」
つい、憎まれ口を叩いてしまったアマレットだったが、ヒビキは真顔で否定し、それから笑った。
「まさか。可愛いね。それ。いつも可愛いけどそれもイイネ!」
まったく恥ずかしがるそぶりも見せずそんなことを言うヒビキにアマレットは一瞬何も言えなくなった。
顔が熱い。
「ありが……、バ、バカじゃないの!?」
「えー? だって美を愛でるのは生きるうえで大事なことなんだよ」
そういうヒビキはハーフパンツにパーカーという服装で、これもいつもとは違う。なにやらスポーツでもやってきたかのような姿である。
「で、俺に用事? コクハク?」
「……そんなわけないでしょ」
ヒビキがあまりにもバカなので、アマレットはなんだか肩の力が抜けてきた。まだ少し胸はうるさいけど、まあなんとか普通に喋ることができそうだ。
「……昨日のこと、それから、あなたには色々聞きたいことがあるの」
会ったら言おうと思っていた台詞を一気に口にするアマレットに対し、ヒビキは一度首をかしげたあと、でポンと手を叩いた。
「あー、あれね。そうだなー。ちょっと長くなるんだよな……すぐまた出ようと思ってたし」
そう答えながら首の後ろのあたりを掻くヒビキ。その話しぶりからするに、本当に忙しいのかもしれない。そういえば、今日はサイブレードを初めとした教材を買いにシティブロックに行くのだと言っていた。
最初、その買い物に付き合ってと誘われたアマレットだったが、断っている。
彼はこっちに着たばかりで困ることもあるだろうから、本当は手伝っても良かったのだが、彼がやたら『デート』を強調するので恥ずかしくなったのだ。
「そう……。じゃあ、その。ごめんなさい。突然お邪魔して」
なんとなくションボリしつつ、しかしそれを悟られないようにアマレットはさらりと言おうとした、だが。
「よし! んじゃやっぱり今日俺とシティブロックまで行かない? いや、昨日はタイミング的に誘いづらかったけど、せっかく来てくれたし。道中で話すよ。話せるところは」
我、完璧な解決策を見つけたり、ヒビキはそんな顔をしていた。
「……し、仕方ないわね!」
アマレットは半ば無意識にそう口にしていた自分に気が付いた。
「おっけー。んじゃさっとミスト浴びて着替えてくるから中で待ってて。バブルベッドの下だけは見ないほうがいいよ。18禁だから。あ、でも念のため一個貰っとく?」
後半は何を言っているのかわからなかったアマレットだったが、ヒビキの言葉に従い、彼のプールハウスに入ってしばし待つ。彼の雰囲気につられて素直に従ってしまったのだ。
「ふーん……」
つい、きょろきょろと部屋を見渡してしまう。
どうやって使うかわからないスポーツ器具のようなもの、地球のものと思しき弦楽器、本棚に置かれたたいりょうのデータディスク。
つけっぱなしの3Dモニタが空中に映し出しているのはサイキックスキルの理論のようだ。
「……? なにかしら……?」
アマレットにはその教材の内容に見覚えがない。今アカデミーで行われている授業とは違う。角度のせいでよく見えないが、式はシンプルなもののようなだし、アカデミーでは習わないほど初歩の教材なのかもしれない。地球から転入したてというヒビキの経歴を考えれば多分そうだろう。彼のサイキックスキルはそれこそアカデミーでは小等部レベルなのだから。
「お待たせ」
思ったより早くヒビキの準備は終わったようだ。細身のパンツとジャケット姿になった彼は、なにやらウキウキしているように見えた。
「よし、デート行こうデート!」
「だから、デートじゃありません!!」
そこはやっぱり、きっちり否定しておかなくてはならないのである。




