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「お前らっ、しまっていくぞー!」
一見するとやや目つきの荒んだ美少女にも見える。
その立ち居振る舞いや言動は荒っぽいが、顔立ちは非常に整っており中性的。どちらかと言うと女性らしさを感じる。
声を聞いても声の高い男性なのか、声の低い女性なのか更に迷う。
身長は男性としては少し低めで、女性なら少し高い。
最近筋肉が付いて男らしくなって来たと思っている本人は決して認めないだろうが、骨格からして線が細く華奢でやや丸みのある印象なので、武道や人体に詳しい人物でも性別の判断に迷うだろう。
新人冒険者――緒方深月――
二塁と三塁の間を守る遊撃手兼監督の深月は、植物の蔓でできた変わったグローブを左手に装着しノリノリで周りのナイン(?)を鼓舞する。
「ダンジョンでは味方として振る舞っていたが、こうして敵味方として別れたからには容赦はせん。すでに力を隠す必要もなくなったいま、深月様のためにも必ずや貴様たちを撃ち取ってやろう」
マウンドに上がるのは深月の第一の僕である『ベヒーモス』レーヴァイア。
ヤる気満々と言った表情でボールを手の上で弄んでいる。
「ねー、経験ないのにどうしてそんなに自信満々なのよ! ちゃんとストライク入るんでしょうね!?」
キャッチャーはつい最近深月の使い魔になった『不死の王』倉木蘭。
キャッチャーマスクこそ被っていないが、野球経験者なのかと思うほど腰を落としミットを構える姿はなかなか堂に入っている。
「未だルールはよくわからんが、とりあえず来たボールを打ち返して走ればいいんだな?」
バッターボックスに立つのは『昼の影』の頼れる前衛であるジェイク・グリオ。堅実な守りと攻め時を見誤らない判断力で安定感のあるランクC+の戦士である。
数々の冒険を共にした愛用の大剣を数度ぶんぶんと素振りし打席に立った。
「打てジェイク! やれー! やっちまえー!」
「そうだー、アルザはたぶん打てないからジェイクだけが頼り!」
「ジェイクさんがんばってくださいー!」
ベンチ(?)に控える『昼の影』の面々から檄が飛ぶ。
「ぷれいぼーる!」
審判役のマンドラゴラが試合開始のコールを告げた。
「本気を出した我が力……」
大きく振りかぶるレーぺ。
全てを塗りつぶすかの様なプレッシャーが溢れる。
『神気』解放。
「ご覧くださいッ!!」
投球フォームなどまったく考えられていないであろう、ただただ力任せに思い切りボールを投げただけだが、放たれた白球は音を置き去りにし、見事なコントロールで構えたキャッチャーミットへと大気を強引に切り裂きながらソニックブームを発生させ一直線にすすむ。そしてまるで大砲の着弾音かとでも云うような轟音と共に――キャッチャーの上半身を吹き飛ばした。
『……………………………、――――――――っ』
「アアーーァイッ!」
あまりに衝撃的な光景に周りが目を見開いて絶句し、一言も言葉を発するとができない中で、
独特な『卍』に似たポーズからこれまた独特な発音の、球審マンドラゴラのストライクコールが響きわたった。
「な、なななっ、なんじゃそりゃー! ちょっとは加減しろバカッ!」
「貴女ねーーっ! 私じゃなかったら死んでたわよーー!
可愛い後輩になんてことすんのよっ!? 」
殺人ボールを放った使い魔の主である深月と、上半身が吹き飛ばされた後即座に再生した倉木が非難の声をあげる。
「す、すみません深月様っ、どうにも手加減というものが…………」
「まぁ実を言うとレーベならもしかしてヤってしまうじゃねーかと思ってたけどもっ」
「それで私をキャッチャーに指名したんだ!? 深月ちゃん酷くないっ!?」
この最強の僕は能力が高過ぎるが故に手加減というものが致命的に下手だ。
獅子はウサギ1匹を狩るのにも全力を出すならぬ、神獣はゴブリン1匹狩るのにも全力を出す奴だ。
間近で超スプラッタ現場を見てしまったジェイクはもう顔色が青を通り越して白になっている。
レーベのコントロールが悪ければあの砲弾がジェイクの頭に向かってきたかもしれないので当たり前だ。
周りで見ていた冒険者も、もし自分がバッターボックスに立った時にあの砲弾が自分に向かったらと気が気でない。
「打てるわきゃねーだろクソガキッ!! ピッチャー交代しろ!」
「見てよジェイクの顔、ちょっと見たことない色になってる。正直笑える」
「笑っちゃダメですよカルミナさんっ! ジェイクさん可哀想に……、あんな死の気配すぐ近くで感じてしまったらいくら冒険者でもトラウマものですよ……」
冒険者たちはもう大騒ぎだが観客席(?)で見ているマンドラゴラたちは大喜びだ。
「すばらしいしょきゅう」「まりょくのこもったいいたまですなー」「これはもうふみこめませんなー」「やはりびびらせてこそやきう」「もうすこし、とうぶふきんのほうがー」「ぷはー、むぎしゅがうまい」「それむぎちゃやでー」
「これぞまんどらごらめいぶつっ」「『邪危宇』!!」
『邪危宇』ってなんだよ……。
マンドラゴラたちの中で盛んに行われているというスポーツ、邪危宇。
深月はマンドラゴラたちとの雑談の中からその存在を知り、地球の野球のことかと話を聞くと、さすが異世界野球と云うべきか大まかなところは野球と同じなのがだ、ところどころなかなかにとち狂ったルールをしていた。
まずバッテイングやピッチングの際に魔法を使うことは問題なくむしろ当たり前。
そしてバットも一応マンドラゴラたちの作ったそれっぽいものはあるのだが必ずというのものではなく、細長いバットのようなものであればOK。バットか否かの判断はマンドラゴラたちのその場のノリと勢いで決められる。
つまりジェイクの大剣はバットであると認められたわけだ。
ホームベースや塁ベースはあるがフェンスはなく、プレイフィールドも曖昧なのでホームランもだいたいノリで決めている。
つまりは魔法をつかった超適当な草野球だ。
「ピッチャー交代! ボク!」
審判マンドラゴラへ交代を告げ、とぼとぼと肩を落として歩くレーベの背中をぽんとすれ違い様に叩いて守備位置を変わる。
ピッチャー深月、キャッチャー倉木、セカンドネル、センターアイリス、ショートレーベ。その他のポジションはマンドラゴラたちが守っている。
『せんしゅのこうたいをおしらせしますー。ぴっちゃー、べひーもすにかわりましてー、みつきー』
「きゃー」「いけめーん」「かっこいいー」「だいてー」「やしなってー」「おれにもちゅっってしてくれや~」
ウグイス嬢マンドラゴラのコールに観客マンドラゴラの黄色い声援がとぶ。
深月は何食わぬすました顔でマウンドへ向かうが、口元はにやけている。なんともちょろい。
倉木と深月はマウンド上でグローブで口元を隠して話す。
「深月ちゃん野球できるの?」
「ふっふっふっ、任せてくれ。体育の授業だけじゃなくたまに友達と昼休み野球して遊んでた。しかもめっちゃ暇な時動画サイトでメジャーリーガーの変化球の投げ方解説とかめちゃくちゃ見てたから!」
「うーん、不安しかないなー」
高校球児でもないのに熱心に一流選手の身体の使い方、打撃理論、変化球、盗塁の仕方などなぜか熱心に見ていた深月。
いちおう体育の授業で試そうとするのだがやっぱりというかそれはそうだろというか、ろくに練習もしていない一流の技術が動画を見ただけで身につくわけもなく。
だが日々の鍛錬により自分の身体を思い描いたとおりに動かせるようになってきて、さらには魔力による身体強化も上乗せされた今なら!と考える。
「そういう蘭はどうなんだよ?」
「私は中学三年間ソフトボール部だったから」
だから構えや動作が堂に入っていたのか。
「サインとかどーするよ? どうせカーブとかスライダーとか言っても相手は知らねーだろうから口で言うか?」
「んー、それでもいいし、私この身体になってからすごく反射神経とか動体視力良くなったから、たぶんなんにもなくても捕れるよ」
「そりゃそうか」
レーベと正面から殴り合いできるぐらいなんだもん。
「ちなみにどう責めようとか考えてるの?」
「動画で数々の名キャッチャーが言っていた、いかにインコースの厳しいとこを攻めることができるかどうかだって」
「あんな破壊兵器ボールを見せたあとに?」
「ジェイクさんはいい奴だけど、勝負事はきっちりやらないと失礼出しな! インハイめちゃくちゃ厳しくいこう! あんな究極デスボールを間近で見た後ならボクのボールでも絶対びびる!」
「深月ちゃん性格わるーい!」
悪い顔で「ふっふっふっ」と笑う深月に蘭はけらけらと楽しそうに答える。
ジェイクの顔色が戻らないうちにとさっさと試合を再開させる。
ホームベースに身体の側面を向け左足を大きく引き上げ軸足にしっかりと体重を乗せる。日々の訓練と魔力による身体強化のお陰で、自分の思い描く投球フォームを作ることができた。
体重移動と共に軸足でピッチャープレートを蹴りしっかりと力をボールに伝える。
プロ顔負けの美しいのワインドアップの投球フォームから放たれたストレートは狙いどおりジェイクの顔面付近へ。
とても素人の投球とか思えない150キロの速球。
「うおっ!?」
先程のレーベのボールが脳裏にまだこびりついているジェイクは思わず仰け反り、さらに大剣でガードしてしまう。
「よし! ファースト!」
「あうとー」
弾かれたボールはピッチャー正面へ転がって、深月はボールを拾い上げそのまま一塁へ送球。
ファーストマンドラゴラはなんなく捕球しアウト。ジェイクは腰がひけてしまった自分が不甲斐ないのか悔しそうにベンチ(?)へ戻る。
「よっしゃー! ワンアウト!」
「汚ねぇぞガキ! 正々堂々勝負しろ!」
「あーん? なんのことだか、これはむしろ頭脳プレーっクレバーなプレイなんだよ!」
「何が頭脳プレーだ! しかもお前絶対昔やってただろ!? なんだあの投げ方は!? 」
「一流野球選手の再現が可能になったこよボクのボールに触れられると思うなっ」
相手ベンチから野次が飛ぶが深月はテンション高く、むしろ挑発するように笑う。
「しかし……、えらい効率的で利にかなった投げ方やったな」
「確かにね。身体で起こしたパワーを道具を使わずボールの伝える、素手での投擲手段として考え抜かれた身体の使い方だよ」
「カレル、次打ってみたらどうや?」
「……くだんねぇ」
「ははっ、あんたらしいね。よし次はあたしが行こう!」
見学してた『昼の影』以外の冒険者たちも深月の投球をみて興味を持つ。
『女神の楯』リーダー、イリーダがマンドラゴラたちの用意したバットを手に打席へ向かう。
「さて、よろしく頼むよ」
一言倉木に声をかけてバッターボックスの中へ。
初球はストレート、外角低めに決まったそれを見逃す。
「ねぇ、あなた私のこと恨んでないの? 仲間だった人私のせいで死んじゃったんでしょ?」
倉木はボールを深月に返しながら、まっすぐ前を見ながら何気なく聞く。
「おや、あんたは罪悪感なんて感じてるのかい?」
「それがびっくり全然まったく。頭ではとんでもない取り返しのつかないことしちゃったってわかってるだけど、気持ちが全然ついてこないの」
お互いにまったく顔を見ずにやり取りをする。
2球目も同じくストレート、内角に。ストライク。
「そりゃあよかった。あんたが人並みの情を考えを持っていたら間違いなくケジメはつけるんだけど、過去に被害を受けたからって他の冒険者がテイムしてるモンスターを殺すようなご法度はしないよ」
3球目、今度はやや甘いところにきたストレートをイリーダは痛烈に打ち返した。
センター方向に高く飛んだ打球は間違いなくホームランと行ったあたりだ。推定飛距離200メートル、野球史に残る超特大の打球。イリーダは歩かずその場で打球の行方を見ている。
そして初めて倉木の方を向いて、一級の冒険者にふさわしい獰猛な笑顔を浮かべて、
「あんたが正真正銘の化物で本当によかったよ。ま、あんたが使い魔じゃなくなることがあれば、あたしがどんな手段をつかってもぶっ殺してやるよ」
死を克服した倉木でさえゾクリとするようななんとも美しい笑顔だった。
「そっか、貴女カッコいいね。……でもちゃんと最後までボール見た方がいいよ?」
野球なら確実にホームランだがこれは『邪危宇』フェンスもホームランゾーンもない。
そしてセンターを守るのはケンタウロスであるアイリス。
あの200メートルの特大飛球に追い付き危なげなくキャッチした。
「あうとー」
「あれー!? あのケンタウロスのお嬢ちゃんやるじゃないか! 間違いなくいったと思ったのになー、くそー!」
カッコつけて歩かなかったのに恥ずかしいーっ、とすごすご戻ろうとする。
その背中に倉木は声をかける。
「もしも深月ちゃんと離れるようなことがあれば私は自分から消えるから!」
「そりゃあ本当に残念だ!」
帰ってきた声は本当に残念そうな響きで、改めて冒険者はカッコいいなと思った。




