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「余裕を持って到着できるように早めに宿を出たんですが、ここに来る途中に迷子の女の子がいて一緒にお母さんを捜していたらこんな時間になってしまって」
お待たせしてしまってすいません。と入ってきたなんとも人の良さそうな青年は周りに頭を下げた。
迷子の面倒をみるなど遅刻の言い訳としては到底信用できるものではないが、この青年が言うとなんとも真実味がある。
そんな礼儀正しい本人とは反対に、青年を見る周りの視線は驚愕、畏怖のそれだ。
「『優者』アレン・ルクランシェ。最もXランクに近いといわれてるAランク冒険者です」
突然の登場に呆気にとられて、ぼぉっと青年を眺めているとアイリスが彼の正体を教えてくれる。復帰したばかりのアイリスですら知っている有名人なのか。
Xランク――深月が最強であると信じる、レーベのいる高みへと手を掛けている人間。
「変わらないね君は。遅刻なら別に気にしなくていいよ、それよりその迷子のお母さんは見つかったのかい?」
そこへローワンが割り込んだ。遅刻を怒る様子はなく、むしろよくやったねと賞賛するような笑顔だ。
「あ、はいっ! 無事に見つけることができました」
「そう。それは良かったね」
「皆さんもお待たせして申し訳ありません」
どうやら見た目通りのお人好しのようで、その姿はとてもレーベのみたいにドラゴンを瞬殺できるようには見えない。見た目がそこまで強そうに見えないという点ではレーベも同じだが。
「まさか『優者』の野郎まで引っ張ってくるとはなぁ……」
そう言ったアルザの口調はどこか楽しそうで、わずかだが親しみが感じられた。
「知り合い?」
「5年前に、ちょっとな。あいつがまだEランクの駆け出しで、オレがCに成ったばかりの頃の話だ」
当時の事を思い出しているのか、懐かしそうに目を細めて話す。
「ふーん。どんな奴?」
「性格は一言で言うと超お人好し。国の騎士団や冒険者達が殆ど行かない山奥や僻地をまわっては、危険なモンスターの討伐や撃退をほとんど利益のでない安い報酬で請け負うなんてバカをやってやがる。だから優しい者と書く『優者』なんて寒い二つ名を持っているし、冒険者とは思えないほど一般人から人気がある。少数だがアレンの生き方に共感してバカのマネをする冒険者も出てきているぐらいだ」
なるほど、それは確かに優しい大バカだ。人に為に命を懸けてのただ働きとは恐れ入る。
「戦闘面も一言で済む。いわゆるただの天才だ」
張り合おうって意地がバカに思えるぐらいのな、と苦い表情。
「ジョブはスタンダードな魔法剣士だが、剣技も魔法も、どっちも最高レベルの腕前を持ってやがる。冒険者になってまだたった6年しか経っていないまだ新人と言ってもいい奴がだ」
「6年か……、おっさんは冒険者はじめてから何年よ?」
「12年」
12年。上位パーティのリーダーである、アルザですらBランクまで上がるのにもそんなにかかったのか。
その半分の年月で、軽く最高ランクにたどり着き、ランク付けすら不可能な程の強さを手に入れるには、いったいどれだけの才能が必要なのだろう。
深月がわかるのは、間違いなく自分にはそれだけの才が無いということ。
「という訳で、今回のクエストに助っ人として来てくれたアレン・ルクランシェ君だ。彼の実力の程はみんなも噂程度には知っていると思うけど、ギルドが保証しよう噂以上の実力者だよ」
たった6年でレーベに届こうかという才の途方も無さを考えていると、ローワンが声を上げてみんなの注目を集める。
「今回は危険なクエストになる確率が非常に高い。また一切の情報がなく、何が起こっても不思議ではない、不測の事態は確実に起こるとの心得てくれ。彼の参加とさっき説明した状況を踏まえて、改めてクエストへ参加するかどうか考えて欲しい。出発は明日の朝にするから、参加する者はもう一度ここに集合してくれ」
そしてその場は解散となった。
冒険者たちが次々と部屋から出ていく。
「おいっ。アレン!!」
アルザがローワンとの会話を終えたアレンに声をかける。
知り合いという言葉にウソは無かったらしく、アルザの声に振り返り『昼の影』を見つけたアレンは嬉しそうに笑ってこちらに向かってくる。
「じゃ、ボクはもう行くわ。明日の用意もあるし」
5年ぶりの再会に自分が水を差すこともない。
「やっぱりお前も参加するのか?」
「ああ。最近サイフが軽くなる一方だし、ここらで一気に稼いでおきたいしな」
そしてなによりも、レーベに近いなんて云われる『優者』の実力をこの目で確かめてやりたくなった。いくら天才だろうが、あんな優男がレーベの足下にたどり着けるはずがないのだ。それは自分の信じる者が絶対だという信頼なのに、不安と嫉妬と焦りが入り交じったかのようで少し不快な感情だった。
「うっし、じゃあ帰るぞ」
従者たちに声をかけて部屋を出る。
すれ違い際にこちらに向かって来る勇者の顔を、この言い様のない不快な感情のまま見ないように。
一方でアレンの方はこちらをじっと見ているような気がしたが、気のせいだろうと特に立ち止まりもせず出ていった。
◇◆◆
アレンは出ていく深月たちの背中をじっと眺めていた。
「よっ、久しぶりだな」
アルザが声をかけても、まだ深月たちが出ていった扉を惚けたように見つめている。
何か気になった事でもあったのだろうか。
アルザ自身、深月には不可解な処が多いと考えている。ギルタブリルの入手方法や、そのギルタブリルをどのようにしてあそこまで懐かせたのか、なにより自らの腕を手刀で切り落とした超武闘派のとんでもダークエルフ。
もう詮索しないと約束したため、積極的に調べていないが、最強のAランク冒険者の目から見れば何かわかったのかもしれない。
「どうかしたのか? なにかあのモンスターテイマーに気になるとこでもあったのか?」
もしここで何らかの情報を手に入れたとしても事故だ事故、とさりげなく聞き出そうとする。
しばらく固まっていたアレンは、やがてゆっくりと口を開く。
「――可憐だ」
「……………………はぁ?」
「控えめで中性的なスタイル、健康的で無邪気で無防備な色気、芸術のように完璧なのに、幼い子供のように不完全さをっ未来を感じさせる美貌っ!! ――彼女はまさかっ、地上に舞い降りた美の女神の化身っ!?!?」
……………………。
全員絶句である。
――彼女。その代名詞が指す人物はだれなのか、使い魔のうちの誰かかもしれないが、深月の使い魔の中に「控えめで中性的なスタイル」の持ち主などいない。
となると残るは……、
止まった世界でアルザがぼそりと、
「7年越しで今やっと気づいた。お前……、アホだったんだな……」
おそらくこの呟きは『昼の影』メンバー全員の総意であっただろう。
そんな思わずこぼれてしまった呟きも、脳内で深月の姿を無限リピートさせているアレンの耳にはまったく入らない。
頬を紅潮させて、キラキラした瞳で天を仰いでいる。
これは面白いことになるかもしれない、アルザはそう直感した。
「アルザさんっ、どうか彼女の名前教えてください!」
感動の波が一度引いて、ひとまず思考がお花畑から現実に戻ってきたアレンはアルザの両手を握りしめ鼻先3センチメートルまで迫る。
「うおっ、近い近い近いっ!!」
急に目の前に現れたアレンの顔が現れ、アルザは驚き思わず仰け反る。
アルザですら反応はおろかいつ動き出したのかすらかわからない、最強のAランク冒険者と呼ばれるにふさわしい体捌きだ。
「あのなアレン非常に言いにくいが、アイツは――」
これ以上アレンのヤケドを大きくしてはいけない。とジェイクが口を開くが、
「まぁ待てよっジェイクっ!! ここは先輩として、そしてかつての戦友として、アレンの為にオレたちが一肌脱いでやろうじゃないかっ!」
「そう、私たちに任せて。ちゃんと二人の仲を取り持ってあげる」
アルザが慌てて遮り、それにカルミナものっかった。
「ホントですか!? ありがとうございます!」
「任せとけって、オレたちに任せておけば万事完璧だからよ。なぁカルミナ?」
「もちろん。なにせアルザはあのモンスターテイマーの師匠。私たち以外に適任はいない」
二人はジェイクに口を挟ませないように、次々と畳みかけていく。
「そうだな、まずは声を掛けてこい。ちょうどこれから新たな技術を教えてやろうと思っていたんだ」
「アルザさん、アナタは本当に彼女の師匠を!! わかりましたっ、行ってきます!!」
「おうっ。頑張れよ、男は度胸だ」
「頑張ってっ、応援してる」
走って深月を追いかけに行ったアレンを、アルザとカルミナはすごくいい笑顔を浮かべてヒラヒラと手を振って見送る。
そして、
「お前等、一体どういうつもりだ?」
「なにが?」
アレンが部屋の外に出たのを確認してから、大人しく黙っていたジェイクがアルザたちを問いつめる。
「まさかと本気でトボケれると思っていないだろうな、何故アレンに緒方深月の本当の性別を教えなかった? 今度は何を企んでいるんだ?」
「別に何も企んだりしてないってっ。オレたちはあいつが本気なら、ただサポートしたいだけなんだ!! この真剣な思いはがどうして伝わらない!?」
顔を俯かせ、震えるほど拳を固く握りしめ、オレの思いやりの心は本物なんだぜアピール。
「顔、ニヤケきっているぞ」
「しまったっ」
口元を手で隠すような仕草を取る。しかし今度は目が笑って肩が震えている。これっぽっちも「しまった」と思っていない事がまるわかりだ。
「それで、本音はどうなんだ?」
「「面白そうだから」」
二人とも即答である。
ジェイクは大きくため息をついてこめかみを押さえた。
「その、もしかしたら愛が性別を越える事だってあるかもしれません……よ?」
ククミの精一杯のフォローもどこか的を外していた。
◇◆◆
「—―っくちゅん! う~~……」
ギルドを出てすぐ、深月は急な寒気に襲われた。
「今の、もしかしてくしゃみですか?」
「だったらなんだよ」
「いえ、なんでも」
「深月ノクシャミ、カワイイ」
「うっさいわっ」
ずずっ、と鼻を啜る。
誰かがボクの噂でもしているのだろうか。
「風邪ですか?」
レーベが心配そうにオデコに手のひらを当ててきた。
「いやぁ、なんか急に寒気がしただけ」
「風邪の初期症状かもしれません。早めに対処すべきかと。そういえば市井では風邪は移すと直ると言われているようですね、そして風邪はキスをすると移るとも。――さぁ深月様っ、どうぞ!!」
「ベヒーモスは状態異常にならないんだろ」
目を瞑り唇を突き出すレーベをスルーしてさっさと宿に向かう。
念のため今日は早く寝ることにしよう。




