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お前が神を殺したいなら、とあなたは言った  作者: ふじやま
悲しみをわかちあおう。苦しみをわかちあおう。
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アルール歴2182年 8月26日(-5分)

「不可能なことがらを消去していくと、よしんばいかにあり得そうになくても、残ったものこそが真実である」(コナン・ドイル「白面の兵士」)

0942:アルール大聖堂前

――ライザンドラ特捜審問官の場合――


 何度も何度も「もうダメだ、これ以上は走れない」と諦め、その度に「ここで諦めたら一生後悔する」と自分を叱咤して帝都の路地を走り続けた私は、かろうじて時間に間に合った。

 シャレット家もオルセン家も、ともに大聖堂前の旅籠で一時休憩を取っており、しかもこの時間ならさほど波風立てることなく、ハルナさんの隠し持った()をへし折ることができる。


 確かに、理屈の上では人間は素手で人間を殺し得る。

 でもハルナさんのように体格が劣る人は、なかなかもって素手で一撃必殺とは、いかない。彼女は必ず、何かしらの武器を隠し持っているはずなのだ。


 そしてハルナさんが仕込んだトリックは、既に分かっている。


 あの部屋にあった積み木は、合計で4セット。1つのセットに1つしか入っていない種類の積み木を4つ確認したから、これは間違いない。

 けれどなぜか1つだけ、足りない積み木があった――青い円筒形の積み木だ。

 そしてあの青い円筒形の積み木は、特別(・・)なのだ。


 私は必死で呼吸を整えながら、旅籠の門番に特捜審問官の腕章を見せつけ、「シャレット卿に緊急の要件があります」と訴えた。門番は一瞬だけ悩んだようだったが、特捜審問官と喧嘩するのはけして得策ではない。結局、彼は「どうぞ」と私に道を譲った。


 旅籠の中に入ると、ロビーで休憩していた人たちの視線が一気に私に集中した。

 その中には、スタヴロス・オルセンも混じっていた。


「……いよう。リジーじゃないか。

 いろいろ(・・・・)あったようだが、えらく色っぽい美人になったもんだ。

 いったい何人くらいの男を乗せた(・・・)ら、その色気が身につくのかねえ?

 100人か? それとも1000人か?」


 果てしなくつまらない侮辱を、私は綺麗さっぱり無視することにする。

 もともとスタヴロスはどうしようもないアル中の、人間のクズだ。オルセン家でも完全に鼻つまみ者で、お父様は「ミョルニル派の自然修道院にでも入れたほうが良いのではないか」とまで言っていた。ミョルニル派の自然修道院送り――つまり遠回しな(しかし執行の早い)死刑だ。


「おい、リジー! 愛しい、可愛い、美しのリジーちゃんよ!

 オルセン家次期当主の質問に答えるんだ!

 どうなんだ、おい!? あんた、それとも上に乗る(・・・・)ほうだったのか? それとも獣みたいに後ろからされる(・・・・・・・)のがお好みか?

 おい、無視すんな! 俺の質問に答えろ!」


 発作的に「あなたの粗末なモノなんて12秒以内でケリ(・・)がつく」と言い放ちそうになったが、ぐっと堪える。安い挑発に乗るだけ時間の無駄だし、売り言葉に買い言葉で乱闘にでもなったら責任問題だ。これでも彼は今日の結婚式における主役の一人なのだから、顔に青あざを作ったまま大聖堂で教皇猊下の祝福を受けさせるわけにはいかない。

 とはいえ頭に乗らせてしまうと、より大きく時間をロスしかねない。何よりこの手合いには出会い頭に一発ガツンとやって、どっちが上か(・・・・・・)を体に直接叩き込んでおいたほうがいい……と老マルタが言っていた。

 私はイキがって立ち上がったスタヴロスの面前にまでツカツカと大股で歩み寄ると、至近距離から彼の股間を右手で強く鷲掴みにした。今となっては遠い昔にも思えるダーヴの街での日々において、「度を越えて厄介な客」をあしらう技術として自然に身についた、汚い技だ。極度のことなかれ主義だった私ですら、この程度のことはするようになるのがあの店だった。


 急所に走る激痛に脂汗をにじませ始めたスタヴロスの耳元に、私は囁くように語りかける。


()であり続けたければ、黙って座っていなさい」


 そうして右手を離すと、スタヴロスはロビーのソファにがっくりと崩れ落ちた。まったく、こんな男がオルセン家の当主になるとは。肝っ玉も小さければ、モノ(・・)も小さい。小さすぎる。


 厄介者が黙ったところで、私はやや焦りながらシャレット家の執事を探した。タイムリミットが近い。

 幸いにも、シャレット家の執事はロビーにいた。シャレット家の我儘なお坊ちゃまお嬢ちゃまたちの相手をしている彼の肩を掴み、文句を言いそうになったガキども(・・・・)を目線で黙らせると、執事の耳元にそっと囁く。


「可及的速やかに、シャレット卿と面会したく思います。

 これはライザンドラ・オルセンとしての要請ではなく、特捜審問官としての命令(・・)です」


 執事はほんの僅かばかり眉を動かしたが、すぐに私に向かって一礼すると、「ご案内します」と言って奥の個室へと向かった。なんともはや、特捜審問官という肩書きの強さを改めて思い知る。


 シャレット卿がいるという個室に通されると、部屋の中にはハルナさんとシャレット卿がいた。ハルナさんは今も青い円筒形の積み木を齧っていて、シャレット卿は椅子に座ってお茶を飲んでいた。


 ハルナさんもこの場に揃っているとは、実に都合がいい。


 私は二人に一礼すると、「シャレット家のため、またオルセン家のため、ひいては帝都と教会のために、シャレット卿にご提案(・・・)がございます」と告げる。

 私の呼びかけに、シャレット卿は鷹揚に頷いてみせた。すかさず私は要求を伝える。


「では改めて。ハルナさんがいまお持ちの青い積み木。

 その積み木を、改めさせて頂きたいのです」


 あらゆる手品と同じく、種明かしをすれば話は簡単だ。

 あの青い円筒形の積み木は、蓋の閉まる筒状の構造になっていて、子供たちはそのちょっとした隙間に宝物(・・)を隠せるようになっている。こっそりとベッドにお菓子を持ち込んだり、幼い恋の相手と秘密の(しかし親にはバレバレの)文通をしたりといった用途に、この青い積み木は裕福な貴族の子供たちの間で大活躍してきた。


 ハルナさんは、これを利用した。


 コーイン司祭は食事のとき、普通のナイフやフォークではなく、(チョップスティック)を使うという奇癖で知られていた。彼が最晩年に愛用していた箸は、銀で作られた、それは美しいものだったという。

 だが、銀は比較的柔らかい金属だ。箸のような形状のものであれば、庭石その他を利用して一本の鋭利な針へと研ぎ上げることも、不可能ではない。

 実際、ハルナさんが監禁されていた例の部屋には、コーイン司祭が使っていたという箸は(ケースはあったものの)残されていなかった。ほぼ疑いなく、ハルナさんは手頃な大きさに仕上げた(・・・・)その暗器を、筒状の積み木の中に隠したのだ。


 もちろん、ボディチェックその他でバレる可能性は、ゼロではない。

 けれど腫れ物に触れるように扱うしかない(ように仕込んできた)ハルナさんが、見るからに偏執的に積み木に執着している状況において、その積み木を取り上げ、危険がないかしっかりと吟味するというのは、極めて意識の高いプロ中のプロでなくては実行不可能だろう。勝算としては確実に5割は越えていると言えるし、教皇の眼前まで暗器を持って接近できる確率として考えれば、5割以上というのは驚異的な成功率だ。


 私の要求を聞いたシャレット卿は、露骨に表情を歪めた。


「ライザンドラ君――いや、ライザンドラ特捜審問官。私としても特捜審問官の捜査には全力で協力したいと思っている。

 だが今のハルナからあの積み木を取り上げて、それであの子がヒステリーでも起こしたら、君はどう責任を取るつもりなのかね? この旅籠を出るまで、もう10分程度しかないのだぞ?」


 ここが勝負どころだ。


 そう覚悟を決めた私は、下腹に力を入れてシャレット卿を睨み返す。


「教会法に基づき、教皇猊下に謁見する者は、そのすべての(・・・・)所持品を改められねばなりません。

 それはたかが積み木(・・・・・・)ひとつであっても、変わりません。

 それに責任と仰られましたが、その積み木が改められないなどということがあれば、それはシャレット家のみならずオルセン家にとっても責任問題です。教皇猊下との謁見に関する規則に対する違反は、罰則が大きいですからね?」


 私の言葉に対しシャレット卿はしばし押し黙っていたが、やがて軽く肩をすくめると、「やりたまえ」と言った。


「君の指摘する通りだ、ライザンドラ特捜審問官。

 だが、その積み木をハルナから取り上げる仕事は、君がやってくれないか?

 それでハルナがヒステリーを起こしたとしても、責任がどうこうとは言わん。ただ私がやるより、君がやったほうが、成功率(・・・)は高そうだからな」


 ここが妥結点だろう。私はシャレット卿に一礼すると、ハルナさんの前に立った。

 それから自分でも白々しさのあまり吐き気が出そうな言葉を、堂々と口にする。


「ハルナさん。ほんの少しだけ、その積み木を貸してください。

 どうかお願いします。

 ライザンドラお姉さん(・・・・)の、たってのお願いです」


 言いながら、なんとも無意味な説得だなと思う。

 けれどハルナさんであれば、たとえ心が壊れてしまったとしてもなお、ここは退き時(・・・)だと悟ってくれるはずだ。ヒステリーを起こして暴れた結果、式が延期ないし中止となってしまえば、結局彼女の計画(・・)は台無しになる。ここで積み木の中に隠した暗器を抜いて私を殺したとしても、やはりその刃は教皇には届かない――つまり何もかも終わらせる(・・・・・・・・・)には足りない。


 だからこれで、チェックメイトなのだ。

 少なくとも今回の(・・・)戦いは、私がギリギリで勝ったのだ。


 そして案の定、ハルナさんはのっぺりとした無表情を保ったまま、私に積み木を差し出した。後は中に入っている暗器を没収し、何もなかった(・・・・・・)と告げるだけだ。


 私はハルナさんから青い積み木を受け取り、蓋になっているパーツをゆっくりと回転させ、取り外す。


 そして円筒の内部には――


 内部には、小さなキャンディがたくさん詰まっていた。


 馬鹿な。

 そんな、馬鹿な。


 この状況は、理論上なら、あり得る。

 ハルナさんがシャレット卿に本物の(・・・)積み木を託し、シャレット卿は前もって用意しておいた偽の積み木をハルナさんに手渡した。そのパターンだ。私のような強硬派が「手に持っている積み木を改めさせろ」と言い出し、そこで暗器を隠していたのが露見することを避けるために、2人がグルになって一時的に積み木をすり替え、本物をどこかに隠した――それならば、この状況は起こり得る。

 でもそのためには、(ハルナさん)を犯し孕ませたシャレット卿と、父親(シャレット卿)にあらゆる尊厳を奪われたハルナさんが、協力関係になくてはならない。


 そんなことが、現実にあり得るはずが――!


 床にこぼれ落ちたキャンディをハルナさんが嬉しそうにつまみ上げ、いくつも口に放り込む。我ながら見苦しいと思いつつ筒の中のキャンディをすべて机の上に広げ、筒の内部に仕掛けがないか確認し、それからランダムにピックしたキャンディをハルナさんに手渡してみたが、彼女は嬉しそうにそれらも口に入れた。

 つまりこのキャンディが毒薬で、なんらかの手段を使って式の最中に誰かを毒殺するというプランでも、ない。


「ご満足頂けたかね?」


 背後からシャレット卿の静かな声が響いた。

 それはチェックメイト(・・・・・・・)を告げる声、それそのものだった。


 私は諦めきれず、ハルナさんを凝視する。


 口に入れたキャンディを無心に噛み砕くハルナさんは、とても嬉しそうだった。

 その笑顔を呆然と見守る私の耳に、「今度は私の勝ちです、ライザンドラお姉さま」という、幻のような声が聞こえた気がした。

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