アルール歴2182年 8月22日(+4日)
——ハルナ・シャレットの場合——
「……以上の布告をもって、ハルナ3級審問官は審問会派から除籍となります。同時に、審問官資格も失効となりました。
なお、年金および戦傷者待遇は維持されます。またあくまで勇退扱いですので、審問会派の記録から抹消されることもありません。
ハルナ3級審問官——いえ、ハルナ・シャレット様。貴女の神と審問会派への奉仕と献身に、心からの敬意と謝意を表します」
グリューネ2級審問官の声を遠くに聞きながら、私はぼんやりと首をかしげる。
——いや、分かっている。理解できている。彼女がいま何を伝え、何を思い、そして私がどのような状況に陥ったのかも。
「本当にわかってんのかねえ」
「分かってるわよ! この女を殺そう! 今すぐ!」
「わかってねーじゃねーか」
「おなかへったー」
うるさい! うるさい、うるさい、うるさい!
私は必死になって首を振って、脳内に響くいろんな声を振り払おうとする。
でも一生懸命首を振ると、〈自分〉が真っ先に振り落とされそうになってしまって、慌てて首を振るのを止めた。
そしてこの一連の奇行を、グリューネ2級審問官は哀れみの目で見ていた。
「——では、私はこれで失礼します。
願わくば、ハルナ・シャレット様の未来に幸せがあらんことを」
「ほら! やっぱり殺そう! 今すぐ殺そう! 殺して犯そう!」
「えー、そんなのめんどくさーい」
「あー、いいねそれ。犯そう。殺そう」
うるさい! うるさい! うるさい!
背を向けて去っていくグリューネ2級審問官の姿を見ながら、私はまたしても激しく首を振る。嫌だ。もう嫌だ。黙って。黙れ。黙れってば!
「黙れって言ってもなあ。ボクは君だし」
「うるさいのはアンタだよ! 殺すよ!」
「おなかへったー」
「ま、ボクは記録係だから。とりあえず黙っておくよ」
「記録係だってさ! スカしちゃって! 犯すよ!」
頭の中でワンワンと唸り声をあげる彼女たちに半ば圧倒されつつ、私は必死になって考えをまとめる。
私は審問官資格を失った。
これは、予測の範囲内だ。
むしろこの一手が打たれるのが、遅すぎるくらいに、遅い。
「カナリス師匠がダダ捏ねたんでしょ」
「殺そう! カナリスを殺そう!」
「馬鹿言うな、ボクのほうが殺されるって」
師匠はこの際、どうでもいい。
よくないけど、どうでもいいことにするしかない。
そうじゃない。
そうじゃなくて。
「あのお菓子、おいしかったー」
そうじゃなくて!
「そうじゃなくて?」
そうじゃなくて!!
聞いてよ、みんな!
もうこんなの、何もかも、終わりにしよう!
もう、終わりにしなきゃいけない!!
「そうだ! 殺そう! みんな殺そう!!」
「ハッ、本当は殺したくないくせに、強がって」
「そうかなあ。ボクも、もうこれ、終わりにしたいよ?」
「なら舌でも噛めばいいじゃない」
「舌って美味しいの?」
「殺そう! 殺そう! 舌を食いちぎって殺そう!」
うるさい! うるさい、うるさい!
なんで! なんでわたしだけが!
わたしだけが死ななきゃいけないの!
わたしはもう、
なにもかもを、
終わりにしたいんだって!!
「死にたいと思うことがありますか?
何もかもを無茶苦茶にして、
終わりにしてしまいたいと思うことがありますか?」
「当たり前じゃん! みんな殺そう! 殺して犯そう!!」
「ちょっと待った、君は誰?」
「あれ、これって新しい子かも」
「えっちなことしたい」
「あはは、殺しちゃおう! 新入りを殺そう! 犯そう!」
うるさい!
うるさい!!
うるさい!!!
ころしたいんじゃあない!!
おなかもへってない!!
はずかしいことがしたいのでもないから!!
「えー。それうそでしょー」
「あっは、うそつきー。おおうそつきー。
あのとき何度も、殺してやるって誓ったじゃない」
「今更そんなことを言うかなあ。
あのとき君は、
場末の娼婦でも恥じらうような言葉を、
際限なく繰り返していたじゃないか」
「これって、あなたがおかしいから?
それとも、世界がおかしいから?」
うるさい!!!!!
うるさい、うるさい!!!!!!!
わたしは、おかしくなった!
でも、せかいも、おかしいじゃない!!
わたしと、せかいと、どっちもおかしいなら!
じゃあ、そのぜんぶを、おわらせるしかないじゃない!!
「だから言ってるでしょ? 殺そう! 犯そう! 犯して殺そう!」
「まあ、終わらせるしかないのは全力で同意だね。
君の全部を引き受けてる、
ボクの身にもなってほしい」
「ごはんー。それか、えっちなことー」
うるさい!!!!!!
うるさい!!!!!!!!
うるさい、うるさい、うるさい!!!!!!!!!
「うーん。そんなに嫌なら今度こそ黙るけど。
でも思うに、君が願うべきことは、
それじゃないはずだよ。じゃあね」
……うるさい!!!
うるさい、うるさい!!!!!
うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい!!!!!!!!!
うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、たすけて、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、たすけて、うるさい、たすけて、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、たすけて、うるさい、たすけて、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、たすけて、たすけて、たすけて、たすけて、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、たすけて、たすけて、たすけて、たすけて、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、たすけて、たすけて、たすけて、たすけて、うるさい、うるさい、うるさい、たすけて、たすけて、たすけて、たすけて、たすけて、たすけて、うるさい、うるさい、うるさい、たすけて、たすけて、たすけて、たすけて、たすけて、たすけて、うるさい、たすけて、うるさい、たすけて、たすけて、たすけて、たすけて、たすけて、たすけて、たすけて、たすけて、うるさい、たすけて、うるさい、たすけて、たすけて、たすけて、たすけて、たすけて、たすけて、たすけて、たすけて、たすけて、たすけて、うるさい、たすけて、たすけて、たすけて、たすけて、たすけて、たすけて、たすけて、たすけて、うるさい、たすけて、たすけて、たすけて、たすけて、たすけて、たすけて、たすけて、たすけて、たすけて、たすけて、たすけて、たすけて、たすけて、たすけて、たすけて、たすけて、
たすけて、
たすけて、
たすけて、ください、
どうか
たすけて
……そうして、私は震える指先で積み木をひとつ、
そっと摘み上げると、
決死の思いで、
それをつみあげる。
どうか
たすけて
どうか
たすけて
カナリス、師匠
どうか




