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お前が神を殺したいなら、とあなたは言った  作者: ふじやま
エピローグ:天に自由を、地に希望を、我らの魂に平穏あれ
154/156

天真歴16年(アルール歴2198年) 9月14日(+1955日)

――「ライザンドラ」の場合――

 もう一歩、階段を登る。


 この一歩一歩を、教会に集まった選りすぐりの信徒3000人が注視しているのを意識しながら、私は階段を登る。


          ■


 帝都での公開討論が暴動に発展したあの日から、まるで何かのタガが外れたかのように、世界は壊れていった。


 ひとつひとつの破綻は、それほど大きなものではなかった。帝国と教会がある程度まで機能していれば、どれひとつをとっても、大きな騒ぎになど成り得なかっただろう。

 今の帝国や教会に不満を抱く若者がアルール大聖堂前の広場に集まって夜を徹して大騒ぎしたことも、いまの教会のあり方を批判する人々が聖ユーリーンの遺品を掲げて帝都を練り歩いたことも、あるいは教会に対して批判的な人々を積極的かつ自発的に(・・・・・・・・・)取り締まる自警団が自然に生まれていったことも、すべては穏当に処理されていったに違いない。


 だがそういった些細な騒ぎ(・・)は、あっという間に帝都を飛び出し、帝国全域に広がっていった。そしてこれに伴い、審問会派や神聖騎士団が帝国のあちこちに遠征することになった。

 彼らの遠征は、相応の成果こそ挙げ続けたものの、総論として言えば焼け石に水と言うか、むしろ彼らは状況を悪化させ続けた。というのも彼らが活躍すればするほど、「聖なる教えを守れ」と訴える自警団員たちの活動は過激化したからだ。

 審問会派や神聖騎士団は彼ら自警団にとってヒーロー(・・・・)であり、ヒーローが活躍すれば、そのヒーローを崇拝する人々は「我々(・・)は何かを成し遂げた」と思い込む――たとえその「我々」とやらは、実際には酒場でクダを巻いていただけであったとしても。過激化する自警団の活動は、彼らと対立する不平市民(・・・・)との間の溝を、どんどん深めていった。


 一方、あまりに行き過ぎた行動を取った一部の自警団に対しては、帝国や教会から正式な処罰が下された。そしてそれらの処分は、自警団の間に一種の派閥(ざっくり言えば、処分は妥当だと感じた派閥と、そうは思えなかった派閥)を作るきっかけとなった。

 かくして最初はまだしも分かりやすかった「今の教会と帝国を支持する自警団」対「今の教会と帝国を批判する不平市民たち」という構図は、やがてその渦中にある本人たちにすらよくわからない、混沌の渦へと帰した。


 この混乱は、サンサ自治区においては内戦という形で表面化した。

 サンサ内戦は、ナオキさんたちにとってみれば「なにもかも予定通り」の、血まみれの戦いとなった。基本的な対立軸は、革新派を名乗るサンサ東部と、守旧派を名乗るサンサ西部の戦いということになるが、その内情はどこまでも行き当たりばったりな、グダグダの戦いでしかなかった。裏切りや鞍替えは日常茶飯事で、誰もが目先の利益のために戦い、何の意味もなく大量の血が流れた。

 見るに堪えない醜悪なサンサ内戦だったが、ナオキさんたちはこの内戦の行方を正確に読んでおり、そしてその読みは外れなかった。かつてライザンドラ司祭が口にした通り、半年ほどで守旧派は息切れをし始め、派閥内部での戦いが目立つ様になり始めたのだ(もちろん革新派内部での内ゲバも相当なものだったが、守旧派に比べればまだ節度があった)。正義の剣には正義の剣が突き立てられ、聖なる復讐は聖なる復讐で返され、流血と残虐の度合いは歯止めを失おうとしていた。


 かくしてサンサ内戦がいよいよ「戦いのための戦い」に堕したことが誰の目にも明らかになったそのとき、ナオキさんが立ち上がった。

 ダーヴの街の広場で、背後にライザンドラ司祭やデリク卿(そして何の因果かこの私)らを従えてなされた「最初の説法」は、いま思い出しても身震いする。


 ナオキさんの――いや、ナオキ教祖の主張は、とてもシンプルだった。


 まず、ナオキ教祖はサンサ内戦で起きた無数の論争や闘争、そのすべてを否定した。そして大胆にも、帝国に教会、そして〈エイダの掟〉すら否定した。ナオキ教祖のこの言葉に対しては、聴衆の間から強い反発の声も上がったが、「ならばその何か(・・)が、いまこの地で起きている悲惨を救い得たのか。あるいは、救い得るのか」という教祖の言葉を前に、誰もが沈黙するほかなかった。「諸君らが語る何か(・・)がサンサ内戦を抑止ないし終結させ得たのであれば、我々の目の前で起こり続けている悲劇はずっと前に終わっていたはずではないか」という言葉に、聴衆は誰一人として反論できなかったのだ。


 それからナオキ教祖は、さらに否定を重ねた。

 我々が苦しむこの悲惨は、我々が善なること(・・・・・)を成し遂げ得ると思い上がったがゆえの、天からの罰である、と。

 迷い苦しみ過ちを繰り返す我ら人の子は、何をしようが間違う(・・・・・・・・・)のであり、間違いに間違いを重ねた先で神の正義を顕現させられるなど、増長も甚だしいのだ、と。


「見よ、我らの足下に広がる、無辜の血に染まった紅の大地を。

 これこそは『我こそ真の正義を成し遂げん』と叫んだ不信心者どもが、壺中で相食む毒蛇がごとく相争った、その唯一の成果である」


 ナオキ教祖のその言葉に、聴衆の半分は滂沱の涙を流し、残り半分は怒りに満ちた同意の声をあげた。

 要するに、理不尽と混迷と悲惨を極めたこの泥沼のサンサ内戦において、ナオキ教祖は「我々(・・)はなぜ悲惨であるのか」「我々(・・)をこの惨状に追い込んだのは誰か」を、わかりやすく(・・・・・・)説明してのけた(・・・・・・・)。ナオキ教祖という稀代の詐欺師が語る「なにもかも正義が暴走したのが悪い」という単純かつ卓越した与太話に、聴衆は歓喜した――彼らはついに真実を知った(・・・・・・)のだ。


「ゆえに諸君、祈ろうではないか! 我ら人の子に成し得る唯一の善なること(・・・・・)は、ただ祈ることのみなのだ!

 諸君らは幸いである。なぜなら諸君らは今日、自分たちはこれまで善なること(・・・・・)と信じて邪悪を成してきたことに気づいたからだ。

 そして、己は善なること(・・・・・)を成しているという傲慢に取り憑かれたまま邪悪を成し続ける異端者どもと、己の邪悪さに気づきそれでもなお善なること(・・・・・)を求める諸君らの、どちらに天の門が開かれるかなど、論じるまでもない!

 それゆえに、私は繰り返す。

 諸君、祈ろうではないか! 我ら人の子に成し得る唯一の善なること(・・・・・)は、ただ祈ることのみである!」


 磨き上げられた宝石のような聖書を掲げてそう絶叫したナオキ教祖の周囲で、聴衆は次々に跪くと、一心不乱に神への祈りを捧げ始めた。そしてそれに呼応するかのようにライザンドラ司祭がナオキ教祖に代わって登壇すると、慈愛に満ちた声で祈りを主導した。


 この瞬間、ダーヴの街の広場は、教会と化したのだ。


 ……実を言えば、ナオキ教祖がここで語った考え方は、けして新しいものではない。難解をもって知られるシドニウス・ライザンドラ論文の根幹を成すのもこの考え方で、これ自体は教会でも比較的スタンダードな説に属する(「神は絶対に間違えないが、人は間違える」という、いわゆる完全無謬説と根本は同じだ)。

 だがナオキ教祖は、言外に「神の代理人としての教会」を否定している。極端な話をすれば、教会に導かれた祈りであるかどうかになど意味も価値もなく、ただ祈ること(そして祈る個人)そのものに意味と価値がある、と言っているも同然だ。


 だからこそ(・・・・・)、サンサ内戦を通じてあらゆる理不尽に打ちのめされてきた人々は、ナオキ教祖をまるごと受け入れた。

 ナオキ教祖が提示した理念ではなく、「お前は悪くない」「お前には価値がある」「お前の人生には意味がある」と語るナオキ教祖それ自身を、天の真実(・・・・)を語る者として受け入れた。そしてナオキ教祖が示した「たった一つの、誰にでもできる、なすべきこと(すなわち、祈るという行為)」を、無批判に実行した。


 ナオキ教祖はこれまでの打ち合わせで、何度か「人間は自分の聞きたがっている言葉しか耳に入れないもんだ」と、皮肉交じりに口にしてきた。

 だから、これがつまり、そういうこと(・・・・・・)でしかないというのは、よくわかる。

 あのとき人々が信じたのは天の真実(・・・・)などではなく、人の真実(・・・・)でしかないことは、よくわかっている。


 でも私には、あのときナオキ教祖が口にした言葉を信じた人々(にんげん)を愚鈍と罵ることなど、できない。


 絶対に、できない。


          ■


 そして私はまた一歩、階段を登る。


          ■


 ナオキ教祖がダーヴの街で最初の説法をしてから、後に〈天真救済教団〉と呼ばれるようになる私達の組織は、急激に膨れ上がっていった。

 〈天真救済教団〉の先駆けとなる「新しい祈り」は瞬く間にサンサ自治区全域へと広がっていき、サンサ内戦は「新しい祈りを受け入れるか否か」の戦いへと収斂されていった。最終的には〈守旧派〉のなかでも「絶対に〈エイダの掟〉だけは譲れない」という一派のみが抵抗勢力となり、内戦最後の戦いとなった会戦は名前すら与えられない、いたって小規模な遭遇戦に終わった。


 内戦終結に伴いサンサ教区では審問会派による思想調査が行われ、ナオキ教祖が率いる「新しい祈り」を奉じるグループ――つまりサンサ教区全体――は異端であると断じられた。私が言うのも何だが、当然だろう。


 この裁定に対しライザンドラ司祭は真っ向から反対意見を述べ、ナオキ教祖は「もはや教会に真実なし」と宣言して、ここに〈天真救済教団〉が成立。ナオキ教祖は正式に「ナオキ教祖」となり、ライザンドラ司祭は「ライザンドラ祭祀長」に就任した。

 またデリク卿は正式に〈天真救済教団〉に私財をすべて喜捨する(ナオキ教祖たちのこれまでの活動資金は基本的にデリク卿が出してきたわけで、実態は何ら変わらないが)ことを宣言し、以後「デリク最高司祭」と呼ばれるようになった。


 かくして「敵と味方」がこの上なく分かりやすくなった〈天真救済教団〉は、敵を倒すため、見事なまでに一致団結した(このあたりはナオキ教祖とデリク最高司祭の手腕あってのことでもある)。

 一方で教会と帝国は、そこまで一致団結とはいかなかった。

 なにせ同時期に帝国のあちこちで似たような異端教団が立ち上がっており、教会は明確な対処方針を定めきれずにいた。しかも〈天真救済教団〉が掲げる思想は「どうしようもなく異端」というわけでもなかったため、教会内部は融和策と強硬策で真っ二つに分かれざるを得なかった。

 また、帝国にしてみるとサンサ自治区は「血を流して再び帝国領に編入したところで経済価値はきわめて低い」土地であり、こちらも戦意は高まりようがなかった。いくら「戦争に勝って一旗揚げる」ことを夢見る貧乏貴族であっても、「あの(・・)サンサの民を自分が征服者として統治する」のは無謀すぎると判断する者が大多数だったのだ(しかもあの(・・)ライザンドラ司祭が率いる謎の異端教団のおまけ付きとなれば、物件としては最悪に近い)。


 最終的に、教会は神聖騎士団を動員して〈天真救済教団〉との正面決戦に打って出たが、ミュレイ郊外での会戦は双方にさしたる被害も出さぬまま、先走って突撃した少数の部隊が相互に返り討ちにあっただけに終わった。後に教会と〈天真救済教団〉の双方が「我々はミュレイの戦いに勝利した」という声明を出したことからも明らかなように、双方とも「勝った」と宣言できる状況だけが欲しかった戦いだったのだ。


 教会に勝利したという実績を得た〈天真救済教団〉は、その後も安定して支配地域を拡大した。

 一方で〈天真救済教団〉に勝利したという実績を得た神聖騎士団は各地の貴族から大量の寄付金を獲得し、雨後の筍のごとく発生した異端教団を相手どって連戦に次ぐ連戦を英雄的に戦った挙げ句、最後は教皇テシウス11世もろとも全滅した――らしい。彼らの最期がどんなものであったにせよ、ナオキ教祖の「神聖騎士たちは最高に気持ち良かっただろうが、滅びの美学につきあわされた事務方にしてみれば『ふざけんな』に尽きるだろうな」というコメントには、同意せざるを得ない。


 「教皇が異端教団相手に戦死した」という知らせは、もはや立っているほうが不思議なくらいに追い詰められていた教会にとって、とどめの一撃(クー・デ・グラ)となった。組織そのものが完全に崩壊しなかったのは、「公開討論の場で歴史的な醜態を晒すような教皇であればこそ、異端教団を相手に戦死するような過ちを犯した」という、一貫性のある物語が成り立ったからだろう。

 実はこのあたり、公開討論の後、政治的には完全な死に体だったテシウス11世を、シドニウス司祭が守っていたという噂もある。テシウス11世戦死の責任を負ってシドニウス司祭は殉教したが、もし戦死していたのがまっとうな(・・・・・)教皇だったらと考えると、シドニウス司祭によるダメージコントロールは完璧だったと言えるだろう。気味の悪い老人だとは思っていたけれど、案の定、最期までやり手だった。


 ただ、それでも教会による支配(・・)は、崩壊した。テシウス11世が戦死したその年、〈豊穣の儀式〉がついに機能を停止したのだ。教皇の首を槍の穂先にぶら下げた異端教団が「我らこそ真の神の下僕」と叫んだその声に呼応する帝国市民はごく少数だったが、今の教会が神の恩寵を俗世に導く仲介者として適切であると信じ続けられる市民もまた少数派となっていたのだ。


 帝国と教会が相補関係にあったのは、教会が〈豊穣の儀式〉を提供していればこその話だ。〈豊穣の儀式〉が効果を発揮しなくなったいま、帝国としては教会を飼う(・・)メリットが完全に消え去ってしまった。結局のところ教会はいつしか、「農産物の収量を増大させる装置」にその身を堕としていたのだ。

 だがこの状況は、そんな情緒的な感慨(・・)で完結させられるものではない。

 〈豊穣の儀式〉の効果が失われた以上、大飢饉の発生は避けられない。つまり帝国も教会も、このままでは滅亡する。


 そしてこの瀬戸際において、帝国と教会の差が出た。

 教会にしてみれば、〈豊穣の儀式〉の効果が失われる――つまりそのレベルで信者を失ったなら、「教会は終わり」だ。ゆえに、いざそうなってしまったが最後、対策などない。

 だが帝国にしてみると(より厳密に言えば、個別の領主にとってみると)、〈豊穣の儀式〉が受けられない可能性は、計算の内側に入っている。彼らにとってこれは「考えたくもない事態」ではあるが、「あり得ないこと」ではないのだ。


 かくして帝国貴族たちの間で激しい政争が始まり、ときにそれは武力衝突へと発展した。生存のための合従連衡が横行し、そして真っ先にこのサバイバルレースから脱落したのは、アルール帝国の帝室だった。帝室が持つ最大の利権は教会との強いつながりであり、教会が力を失った以上、帝室はお飾り以上のものにはなりえない。


 この生存競争のなかで、私たち〈天真救済教団〉は結束を維持し続けた。理由は様々だが、ナオキ教祖が「偽りの善性を信じた異端者たちが教会を壟断し続けたことに対し、まもなく〈怒りの日〉が訪れる」と予言(さすがのナオキ教祖もこれを「預言」とは主張しなかった)したのが大きい。

 〈貧者の儀式〉すら効果を発揮しなくなることに対し、ナオキ教祖は信徒の間に〈怒りの日〉という謎の概念を広めることで、前もって他人に責任転嫁しておいたのだ。


 もっとも、すべてが上手く行ったわけではなかった。


 帝国全土で始まった争乱のなか、〈天真救済教団〉が支配地域を広げていくにあたって、武力衝突は避けられない。そして戦いがあるところ、死者もまた避けられない。

 レイナ様も、その一人だ。

 旧ニリアン領の生き残りを率いて偵察に出たレイナ様は、敵の大規模な待ち伏せに遭遇し、帰らぬ人となった。激怒したデリク最高司祭は敵軍を一人残らず殺し尽くすまで戦ったが、これによってデリク最高司祭の配下にも余計な戦死者が出た。


 レイナ様の戦死は、思わぬ損害も産んだ。シーニー最高司令官だ。

 レイナ様が死んだと知ったシーニー最高司令官は、顔面を蒼白にして悲鳴をあげると、床に倒れて意識を失った。そして3日後に意識を取り戻したときには、身体のあちこちが麻痺していた。医師の見立てでは「麻痺の原因は精神的なもの」だそうだが、その見立てが正しいとしても(あるいは正しいからこそ)、シーニー最高司令官にもう軍務が務まらないのは明らかだった。

 幸い、シーニー最高司令官は部下を育成していたし、彼女が倒れた2ヶ月後にはスヴェンツ傭兵から営業(・・)が回ってきたこともあって、私たちは迅速に指揮系統を再建できた(シーニー最高司令官の子飼いだった翠爪団はいったん解体され、新たに編成された蒼牙団の指揮下に置かれることになった)。でも再建された指揮系統が、シーニー最高司令官が作り上げたそれ(・・)に比べてあちこちで微妙に劣っていることを、やがて私たちは仲間の血でもって知ることになる。


 そんなこんなで貴重な才能を失いながら、それでも他の勢力が失う(・・)速度よりはこちらが失う(・・)速度のほうが遅いと必死で念じつつ、〈天真救済教団〉は戦い続け、勝ち続け、信徒と支配地域を広げ続けた。


 それでも、ついにその日は来た。


 いつものように私室で私を相手に神学の講義をしていたライザンドラ祭祀長は、普段より激しく咳き込むと、大量に喀血した。そしてその日の夜のうちに、息を引き取ったのだ。


 ライザンドラ祭祀長の遺体にすがって泣きじゃくっていた私は、集まってきた他の司祭たちの手によって祭祀長から引き剥がされ、狭い部屋に閉じ込められた。

 もっとも私は自分が閉じ込められていたことに、まったく気づいていなかった。私はひたすら泣き続け、泣きつかれると毛布にくるまって眠り、目が覚めるとまた泣きじゃくって、それなのにどうしようもなく空腹になって、差し入れられた食事を貪るように食べては、また眠り、目が覚めると泣いた。ナオキ教祖が私を迎えに来たのはライザンドラ祭祀長が死んで5日後だったけれど、そう言われるまで私は「もう5日も経った」ことに気づかなかった。


 そんな状態だったから、ナオキ教祖に「ライザンドラの名を継いで、新たな祭祀長に就任してほしい」と言われたとき、私が「謹んでお引き受けします。全力で務めを果たします」とか口走ったのは、一種の事故だったと思う。


 いまでも、あんなことを自分が口にしただなんて、信じられない。どう考えたって私には荷が重すぎるというか、分不相応にもほどがある。

 だからきっとあの言葉は、この世に残っていたライザンドラ師匠の魂が、私に憑依して言った言葉なんだと思う。現世に残った魂だの憑依だの、実に馬鹿げた話だが、それ以外に私には説明ができない。


          ■


 そして私はまた一歩、階段を登る。

 あともう1段登れば、私は「ライザンドラ」の名を継いで、いまや世界有数の教団となった〈天真救済教団〉の祭祀長となる。


 ――本当に?


 これは本当に、現実に起きていることなのだろうか?


 そんなことを、思う。

 でも間違いなく、これは現実に起きていることだ。

 まるで現実味はないけれど、これは現実そのものなのだ。


 なんとも言葉にできない思いを抱え込んだまま、私はふと、壇上を見上げる。

 階段をあと1段登った先には、ナオキ教祖が待っている。

 いつもどおりの質素な服を着て、茫漠とした(アルカイックな)笑みを浮かべたナオキ教祖が、私を待っている。


 ――本当に?


 本当に私は、この最後の一歩を、踏み出してよいのだろうか?

 そんなことを、思う。


 そしてそのとき、唐突に私は思い出した。


 私が閉じ込められていた部屋に入ってきたナオキ教祖は、しばらくの間、床にうずくまって泣きじゃくる私を見つめていた。

 それから私に近づいて、膝をつくと、私の背中を何度もさすってくれた。

 その手の暖かさが、その手の優しさが、無性に悔しくて、私は思わずナオキ教祖に食ってかかった。


 あなたは悲しくないのか。

 あなたはなぜ泣かないのか。

 あなたはそれでも人間なのか。

 私にはあなたたちのことがまるで分からない――と。


 しゃくりあげながら糾弾する私に向かって、ナオキ教祖は静かに告げた。


「俺には泣く資格がない。

 ライザンドラですら、もう俺が泣くことを許してはくれない」


 だから、そういうことなのだろう。


 この最後の一段を登れば。

 この最後の一歩を踏み出せば。

 私もまた、泣くことを許されなくなる。


 そういうこと。


 あるいは、それだけのこと。


 むしろ私にしてみれば、「泣くことが許されない」ことは、願ったり叶ったりだ。


 泣くことが許されなくなった私は、当面の間、「自分はなぜこんなところにいるのだろう」と悩んだりしなくなるだろう。「泣くことが許されない者」になれたなら、私はもう「場違いなほどに平凡な人間」ではなくなる。

 ナオキ教祖なら「人間その程度の理由があれば人生を投げ打てる」とでも言うだろうけれど、私にしてみれば「これだけの理由があれば人生の行先を決めるには十分すぎる」。少なくとも私は、「こんなに馬鹿馬鹿しくも浅はか、かつ刹那的な理由で自分の人生を決めた人がいる」という話を聞いたとしても、その人のことを笑ったりはしない。




 ならば。


 ならばたとえこの一段が、己が絞首台へと登る一段に等しかろうとも――




「天に自由を、地に希望を、我らの魂に平穏あれ」


 心の中でそう呟いてから、私は最後の一歩を、踏み出す。

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― 新着の感想 ―
[一言] 怪作であり傑作。下手に入れ込んで読むと精神がガリガリ削られていくのが難点。
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