アルール歴2189年 12月7日(+25日)
――神城ナオキの場合――
パイプから紫煙を深々と吸い込み、天井に向けてゆっくりと煙を吐き出す。
昔から何も変わらない、極限まで非生産的な行為。
考えてみれば、前世では教祖なんていうアウトローな仕事で稼いでたってのに、死ぬだいぶ前から「信徒の前での喫煙は厳に謹んでください」と秘書だの金庫番だのに説教されていた。
前世と現世を比べると、現世は前世でいう「宗教がガッチガチに支配する世界」だが、俺は前世よりずっと気軽にタバコを吸っている。
そこまで考えてから、俺はパイプの灰を捨てた。
こっちに来てから、前世のことを思い出すなんてことは滅多になかった。夢によう子が出てきたり、カナリスの前で泥酔して懺悔めいたことをやらかしたりと、その程度だ。どっちも、改めて思い出したいイベントじゃあない。
「……緊張しているのかもな。
まったく、柄にもない」
声に出してそう呟きながら、パイプに葉を詰め直す。卓上に置かれたアルコールランプから火を取ると、やや甘めの香りが立ち上った。
まだ夕刻を告げる教会の鐘は鳴っていなかったが、周囲はすっかり暗くなっている。ポツリポツリと灯されたランプの炎が、豪奢な壁紙の貼られた壁や天井に反射し、不思議にゆらめく模様を描き出す。
パイプから立ち上る煙の匂いとあいまって、空気はまったりと甘く、エキゾチックな香りが漂っていた。
小さな音をたてて、ドアが開く。
部屋に入ってきた人物は、頭から足元までをすっぽりと隠す、分厚い外套を着ていた。ものものしさを感じさせなくもないが、場所と季節を考えれば、そこまで不自然な服装でもない。
なにしろここは特殊な欲望を満たすための、夢の館――〈緋色の煉獄〉亭だ。経営者は変わったがサービスと客層は変わっておらず、身元を知られたくない客なんざ掃いて捨てるほどいる。しかも季節は冬のど真ん中だから、しっかりしたコートを着ていない人間を探すほうが難しい。
「お前に呼び出されるとは思わなかったよ。
久しぶりだな、ライザンドラ。8年ぶり、か?」
ライザンドラは俺の前で分厚い外套を脱ぐと、近くの椅子に投げかけた。かつて俺が見立てた、白いブラウスと黒いロングスカートを着た彼女は、ただ――美しかった。
透き通るような白磁の美貌。
アイスブルーの宝石のような瞳。
輝くようなプラチナブロンドの髪。
細いながらも実用的な筋肉に覆われた手足。
そしてそれらすべてを内側から輝かせる類まれなる知性と、世界を焼き尽くさんばかりの苛烈な闘争心。
あのデリク卿ですら一撃で落ちたというのも、納得できる。彼女にはそれだけの説得力があった。
「お久しぶりです、ナオキ。
状況が予想より早く、かつ大胆に動きそうです。
危険は承知ですが、あなたと会う必要があると判断しました。
あなたであれば、現状すらも想定の一部でしょうし」
過大評価の極みのような言葉に、俺は思わず苦笑する。
「俺を買いかぶりすぎだ。
とはいえ、年内にはデリク卿が動くだろうとは踏んでいた。
理由はいくらでも言えるが、そうだな――まあ、一番デカイのはお前がデリク卿と会って話をしたっていう案件だ」
俺の言葉を聞いて、ライザンドラもまた苦笑した。
「それはライザンドラを買いかぶりすぎです。
あのとき既にデリク卿は精神の均整を欠いていました。
彼はただ、足元が危うくなっていたタイミングで、背後から突かれたというだけのこと。
これはまったく根拠のない推測ですが、デリク卿を追い込んだのはあなただったのでは、ナオキ?」
俺は曖昧に笑い、イエスともノーとも返事をしなかった。それが一番の回答になると分かっているから。
「――デリク卿の本質は、どこまで行っても、帝国の大貴族様だ。しかも年齢的に見ても実績的に見ても、『脂の乗り切った』という言葉がふさわしい。政治屋としては、人生で一番精力的に働ける時期だな。
だからこそ殴られたら殴り返してくるし、このままでは主導権を失うと感じたらテーブルをひっくり返してでも主導権を取り返そうとする。
つまり、お前にこてんぱんに叩きのめされたデリク卿は、絶対にテーブルをひっくり返して、自分から状況を作ろうとする。このまま状況に対処する側に立っていたら、予想外の原因と結果が連鎖して、最悪デリク家が吹っ飛ぶからな。
そこまで選択肢が狭まった人間を染め上げるくらい、今のお前なら朝飯前だったんじゃないか、ライザンドラ?」
俺の言葉を聞きながら、ライザンドラはベッドの端に腰を下ろした。到底上品とは言いかねる振る舞いだが、所作の一つ一つにいわく言い難い優美さがある。ずっと見ていたくなる、そんな美しさ。
ライザンドラから無理やり視線を引き剥がして、俺は机の側に置いていたカバンに手を伸ばした。前世で言うアタッシュケース。職人に無理言って作らせた特注品だ。俺が知っているアタッシュより何倍も重いが、それでもコレは必要だった。
幾重にも仕掛けられた鍵を開けて、中身を慎重に取り出す。質素だが頑丈な木箱に収められたそれは、実際の重量よりもずっと重たく感じられた。
俺は木箱にも設えられていた鍵を開けて、目的のブツを取り出すと、ベッドサイドのローテーブルの上に置いた。
「土産だ。上手く使え。
ちゃんと作ったのはそれだけだが、簡易版なら家内制手工業で量産中だ。
そうだな……年末までってことなら、30は出せる」
ライザンドラはローテーブルに置かれた聖書を手にとった。
そして中身も見ずに、その本質を言い当てる。
「現代口語訳の聖書、ですか。
予想の範囲ではありますが、予想の範囲にある中では最も危険な製品ですね。さすがはナオキ、としか言いようがありません」
俺は薄く笑いながら、売り口上を口にした。
「翻訳をしたのはヴェルディティウス派の修道士。つまりそれは正式な聖書さ。
製本と装丁はダーヴの街で半分趣味みたいな本を作ってる職人に依頼した。地元の成金から自叙伝の製造を依頼されるような由緒ある工房を切り盛りする、頑固な親方が手づから作った逸品だよ。
そういう仕事を請けてる工房だから、職人たちは揃って口が固いってのも申し分ない」
黒革で装丁された表紙には宝石や金箔といった華美な装飾こそないが、月のない夜の湖面を思わせる静かな緊張感が横溢している。
俺としてはぶっとい金文字で「聖書」と大書して欲しかったのだが、親方が「そんなゲスな仕事ができるか」とゴネた(俺もゲスだという自覚はある)のと、「ホンモノの聖書は『人の一生でただ1冊、これがあれば他は不要な本』なのだから、書名なんざ不要なんだよ」というマニアックな熱意にほだされて、おっそろしく玄人好みの現行デザインで仕上げてもらうことにした。
結果として俺のオタク心すら満足させる一冊として仕上がったのは、良かったのか、悪かったのか。装丁に拘ることで、「この世界の歴史を決定的に変えてしまう本」「これを起点として何万人もの人間が死んでいく本」を作るというプレッシャーから俺は逃げていたのではないか、などと思わなくもない。
ライザンドラは、もはや美術品とも言える渾身の作品をしばし愛おしげに撫でていたが、やがてそれをローテーブルに戻した。
けれどその次に彼女が口にした一言は、完全に俺の予想を越えていた。
「こんな高価なもの、無料で頂くわけにはいきません。
おいくらで売って頂けますか?」
……なるほど。
確かにこれは彼女にとって、リベンジのチャンスだ。
彼女を俺自身が直接鍛えていた頃、俺は彼女に向かって「俺にこのナイフを売りつけてみろ」という形で、セールストークの練習をさせることがあった。そして当然と言えば当然だが、彼女は一度たりと俺を納得させられなかった。
なにせ俺は「実体が存在しないものを売ってカネを稼ぐ」ことに特化したプロであり、彼女は元貴族のお嬢様だ。下女として酷使された時期も、娼婦として働いていた頃も、彼女の内的な進歩は止まっている。
結果、何度やっても俺のほうが「そういう利点と欠点があるなら、こんな商品があるから、そっちを買ったほうがよくないか?」と提案し、思わずといった様子で彼女が頷くという展開に終わっていた。猟師とカモが勝負するようなもんだ。
だがこの8年で、彼女は変わった。
この世界のエリートである異端審問官の、その中でも超ガチ勢のど真ん中で、彼女は徹底的に鍛えられた。そしてその世界で、一時的とはいえ現場の頂点に立った。
さらにその後、彼女は俺の前世で言えば千日回峰行(いわゆる荒行の中でも特にヤバイやつ)めいた日々を送っている。宗教家として言えば、俺なんかじゃあもう比較にもならない。こっちはただのゴロツキで、あっちは半分ほど神だ。
だから彼女は今度こそ、「俺から自分が望む値段でものを買う」という形で、商談をまとめられる――かもしれない。
もっとも、こっちにも宗教屋としてのプライドがある。宗教世界の極みに立ったライザンドラが、世俗の汚泥に完全適応することで生きている俺を呼びつけ、「世俗の技術でお前を打ち負かす」と宣言したのだ。ここでおめおめと引き下がるようでは、クソ野郎によるクソ野郎のためのクソ世界の沽券に関わる。
ともあれ、切り出しは無難なところから行くとしよう。
「そうさな。一般的に言えば、コイツの値段はとんでもないことになる。
なにせ職人の作業環境が特殊でな。
翻訳家への支払いは、通常より高く見積もらなきゃならん」
聖書を現代口語訳するにあたって翻訳を担当してもらったヴェルディティウス派の修道士には、霊峰サンサに構えた俺のアジトで作業をしてもらっている。霊峰サンサは審問会派によって300年も包囲され続けているだけあって、縄張り意識の強い公権力は絶対に入りこんでこない。俺みたいな人間たちにとっては地上の天国だ。
もっとも生活環境としては劣悪の極みであり、そこで学者先生を飼うとなると、なかなかに気持ちよくカネが吹っ飛んでいく。
「装丁にも、技術料・原材料費ともども、相応のカネがかかってる。普通に『芸術品』と呼んで問題のないレベルだからな。
そのあたりを全部加味すると……そうだな――お前がいま勤めてる教会が1軒建つくらいの金額になる。
ま、俺としては無利子の36回分割払いとかでも構わんぜ。宗教屋として言わせてもらえば、あんまりにも単価の高いグッズで稼ぐってのは、トータルで見るとデメリットのほうが大きくなりがちなんでな。運転資金は気持ちお高めな消耗品で稼ぐのが一番だ」
俺の説明を聞きながら、ライザンドラは感心したように何度も頷いた。
そしてその怜悧な表情をまるで動かさないまま、こう言った。
「その程度の金額でよろしいのですね?
そのお金を払えば、売って頂ける。そういう理解でよろしいですね?」
俺はヘラヘラと笑って「そうだ」と返事しようとして、ライザンドラが何を言いたいのかを、ようやく悟った。
しまった。これは、罠だ。
とてつもない罠に、俺は正面からノコノコと乗り込んだ。
ほとんど条件反射のようにして動揺を押し隠す俺に向かって、氷の刃のような追求の一手が放たれる。
「この本を原本として、世界には急激に現代口語版の聖書が広まるでしょう。
文字を読める人はそこまで多くはないとはいえ、商売人であれば最低限の口語は読めます。この〈真紅の煉獄〉亭のような、身体だけではなく技芸も求められるような世界で口に糊する女たちであっても、口語であればそれなりに読める人は多い。
それが何を意味するのか、理解していないナオキではないでしょう?」
クソッタレが。この女、俺をハメやがった。
これは商談なんかじゃあない。一種の教理問答であり、思想闘争だ。
ライザンドラは商談の練習でリベンジしようとしているように見せかけ、俺はその誘いにうかうかと乗った。いや、俺のチンケなプライドが、そこから逃げることを許さなかった。
だが彼女はその先に底の見えない罠を張って、待ち構えていたのだ。
クソが。そもそもこの会見自体、彼女が俺を呼んだんだろうが。だったら俺はなぜ、そこに用意周到な罠が待っている可能性を考えなかった!?
「この本は、やがて絶対的な聖典となるでしょう。
世界に対して異を唱える大きなうねりにおける、象徴となるでしょう。
つまりこの本は、何十万人という人間を殺す、決定的な兵器となります。
ナオキ。あなたにとってその数十万の命は、辺境の小さな教会1軒ぶんの値段だ――そういうことですね?」
俺は慎重に息を継いでから、まずは脊髄反射めいた反論を抑え込む。
さすがにこれは、誘導にしたってあまりにもミエミエだ。
だが、だからこそその誘導に飛び込むのも、ひとつの選択肢だろう。
幸いこの手の詭弁にどう対抗すべきかは、前世でいろいろ勉強している。
「ライザンドラ。その理屈は、2つの点で成り立たない。
1つめ。人間を殺すなら、そこらの鍛冶屋で売ってる粗雑なナイフでも十分だ。じゃあその鍛冶屋は『自分にとって人間の命など、この雑なナイフ1本程度の価値しかない』と考えているか?
この聖書だって、同じことだ。俺はこの聖書を売るにあたって、教会1軒ぶんの価値しか請求できない。そこから先で何十万人が死んだり殺されたりするのを料金に乗せるってのは、殺したり死んだりする連中の人件費を掠めとろうっていう発想だ。そんなことじゃあ、長く続く商売はできん」
俺の反論を、ライザンドラは興味深げに聞く。その表情から、俺は何も読み取れない。内心でやや焦りつつ、だがここは焦ったら負けだと念じながら、俺は2つ目の論点を切り出す。
「2つめ。人を殺すのは、聖書じゃあない。人を殺すのは、人だ。
それにお前はこの聖書が人を殺すところばかり強調したが、この聖書によって救われる人間だって多いだろう。俺にはその人数を正確に見積もることなんてできないが、ゼロではないはずだ。
人間一人が救われる、そのきっかけを作るためにかかるカネが、教会1軒ぶん。安すぎる見積もりじゃあないだろうし、高すぎるってこともないだろう?」
俺の主張を最後まで聞いたライザンドラは、しかし、またしても予期せぬ角度から反撃してきた。
「『人を殺すのは剣ではない。人が人を殺すのだ』ですか。
神代の叙事詩に歌われる英雄の一人が、そんな言葉を遺したそうですね。
もっともその言葉を語った本人自身、かなり否定的な意味を込めてその言葉を口にしたという説が有力ですが」
この、クソッタレな、前任者どもが!
全米ライフル協会の決まり文句を、異世界に来てまで広めてるんじゃねえよ!
「ナオキ。今の2つの指摘で、分かったことがあります。
あなたは自分が何をしようとしているのか、本当には理解していない。
あるいは理解していてもなお、それを心の奥底に抑え込んでいる。
できれば後者であってほしいと思いますが、おそらく前者でしょう。
なぜなら後者であるというなら、あなたはもはや人間とは言い難い存在だとしか評価するほかないから。
ですがあなたの強さはことごとく、あまりにも人間らしすぎることに由来しています」
まじまじと、ライザンドラの顔を見る。
ほとんど罵倒ともいえる言葉だというのに、俺の心に怒りは湧き上がらなかった。ただ漠然とした不安のようなものが立ち込めていくのを、感じる。
「つまりあなたは、ぞっとするほどに、人間なのです。
人間だからこそ、自分がしようとしていることを理解しきれていない。
だからその一歩を軽々と踏み出せてしまうし、事実あなたはこの聖書の持つ本質が何かを口にしない。
ナオキ。もっと本質を語ってください。この聖書の、本質を。ライザンドラが『それならばどんな大金を積んででも買いたい』と思うように」
喉が、乾く。
こいつは、現代口語訳した聖書を世に普及させることによって何が起こるのか、俺が本当には理解していないと言っている。
だが、それはあり得ない。
こちとらプロの宗教屋で、前世ではそれなりに成功もしてる。
確かに俺は無知無学だが、宗教屋として成功したからこそ、猛勉強もした。
特に宗教の歴史と、ヨーロッパで起きた宗教改革の流れについては、必死で勉強した。なにせ宗教改革ってのは、当時の俺個人の視点に引き戻せば、「部下が反乱を起こして、教団が2つに割れ、信徒も2つ以上の派閥に分かれて殺し合った」という案件だ。俺が汗水たらして作り上げた教団で、そんなことが起こってもらっちゃあ困る。
だからこそ俺は、口語訳された聖書がどんな爆弾めいた効果を持つかを――そして活版印刷術とセットではないことにより、それが必然的に限定的な効果しか及ぼさないであろうことも――知っているし、予測もつく。チート野郎を舐めんなよ?
ようやく盛り上がってきた怒りを軽くいなしつつ(怒りに飲まれたらこの商売はおしまいだ)、俺は要点を簡潔にまとめてプレゼンする。
「口語訳聖書が持つ意味は、大きく分けて2つある。
1つ目。聖職者の社会的地位が変わる。
これまでは訓練された聖職者だけが読めていた聖書が、そこそこの教育がある人間なら誰でも読めるようになる。こうなれば当然、聖職者の権威は大いに損なわれる。
研究者が長年に渡って煮詰めてきた研究なんて全部すっとばして、『聖書のこの一文と、こっちの一文は、内容が矛盾しているじゃないか』と言い出すヤツも出てくるだろう。
この権威における地殻変動に、旧来の権威はまず対応しきれない。直接ぶん殴る以外、手はないと言ってもいい。だから間違いなく世界は荒れるし、それに乗じて下剋上を狙う連中が、聖書なんて関係なしに戦争をおっぱじめることもあるだろう。
なんにせよ、世界は今のままではあり続けられない」
俺の説明に、ライザンドラは「よく理解していますね」と言わんばかりの顔で頷く。クソ、忌々しい。
「2つ目。言語の社会的地位が変わる。
今はまだ帝国公用語に翻訳されているだけだが、そう遠からずサンサの方言で書かれたバージョンも登場するだろう。エイダ伯のような野心家であれば、帝国公用語が流通する前にこの地域で使われていた言葉に翻訳しようとするかもしれない。
こうなってくれば、『帝国』っていうシステムがあってもなお隠しきれていない『地域性』は、世界のあちこちで強化されていく。『俺は帝国市民である以前に、サンサの民だ』みたいな意識を強く持つヤツは、どんどん増えるだろう。ひ弱な帝国野郎を罵る言葉は、今でさえ潤沢なんだから。
もちろん帝国は帝国で四分五裂していた時期もあるから、これだけで『帝国が滅びる』とは言えない。だが今の形での帝国を維持するのは、無理だ。この点においても、世界は今のままではあり続けられない」
ライザンドラは目を閉じ、何度も頷く。
「それもまた知れたこと」と言わんばかりの態度だ。
「組織として見れば、帝国も教会も、大きくグラついてる。
お前がこの聖書を上手く使えば、連中に引導を渡せるだろう」
俺のプレゼンを聞き終えたライザンドラは、しばらく黙って俺の顔を見つめた。俺のすべてを見透かさんとするかのような視線が、俺を真っ直ぐに射抜く。
俺も負けじと、彼女の瞳を覗き込んだ。
そして彼女は俺から目をそらすことなく、審判を下した。
「ナオキ。それはせいぜい、真実の半分です。
教理においても、政治においても、教会と帝国は今のままではあり続けられなくなる。
それらはほぼ間違いなく起こることですが、あなたが立ち向かわねばならないのは、それだけではありません」
ここまでは、予測していた。
彼女は俺の知識よりも、さらに先にあるものを見ている。
だがそういうことであるなら、俺はこのさらに先だって知っている。だから間違いなく、彼女の想像など越えた、より詳細で、より具体的な未来像を、彼女に突きつけ返すことができる。
そうなればこの勝負は俺が勝ったも同然だ。
けれどその予定は、あっけなく崩れた。
しかも、とんでもない角度からの一言で。




