アルール歴2188年 12月3日(+9日)
――ハーマン司祭の場合――
実に、厄介なことになった。
しんしんと雪が舞う空を窓越しに見上げながら、思わず大きなため息をつく。
「いまこの政局において、サンサ教区の中心地であるダーヴの街における司祭に任じられる」ということの意味が理解できないほど、僕は政治音痴ではないつもりだ。それこそユーリーン司祭――もとい聖ユーリーンのレベルで浮世離れでもしていない限り、浮世離れの代名詞として使われるボニサグス派と言えども、この状況の困難さは(あるいはそれがどれくらい困難になり得るかも)理解しているだろう。
そもそもダーヴの街における巨大な異端教団を摘発し、掃滅したのは、パウル一級審問官とカナリス二級審問官を筆頭とした審問会派の特別チームだ。そして彼らが成し遂げたこの偉業の持つ意味は教会史に残るほど大きい、ということになった。
にも関わらずダーヴの街における――そしてサンサ教区における筆頭司祭の椅子がボニサグス派の僕に回ってきたということは、つまり審問会派はボニサグス派に何らか譲歩する必要があったということだ。
と、いうことは。
僕はけして、失敗してはならない。
些細なミス1つでアウトとまでは思わないが、重大なミスを犯そうものなら、審問会派は喜び勇んでボニサグス派を責め立て、僕の代わりに審問会派の司祭を送り込んでくるだろう。
当然、そんなことはボニサグス派としても全力で避けたいわけで、かくして僕はこの地位を受けるにあたって、上司筋からそれはもう強く強く訓告を受けることになった。
なにせボニサグス派は聖ユーリーンが生前に書いた書類のせいで、公式にはニリアン領とダーヴの街という司祭の椅子を2つ失っていて、審問会派の譲歩によってそのうちの1つを取り戻したという格好になっている。ここでさらに1点減点というのは、お偉いさんにとっては「許しがたい」の極みだろう。
とはいえ。
確かに僕は、ユーリーン司祭とは生前、浅からぬつきあいがあった――言うまでもなく男女の関係ではなく、研究者として。「石頭」の二つ名を素早く獲得した彼女と神学論争を交わして最後まで立っていられたのは、同期では僕くらいだったというのもまた、事実だ。
だからといって僕にこのおそろしく困難な状況を引き継がせるってのは、ちょっと人選に無理があったのではなかろうか。
ともあれ、着任して最初の2年は、右往左往しながらもなんとか司祭として勤め上げることに成功していた。サンサ教区の過酷な自然(特に冬期)にもある程度まで慣れたし、その自然の脅威が磨き上げるサンサ教区ならではの精神性も理解した。
今じゃあダーヴの街の人々にも(あるいはいわゆる「顔役」と言われる人たちにも)、一定レベルでの敬意を払われている。まあ、その敬意の7割くらいは、新年開けて一番に街の広場で開かれた飲み比べで僕が優勝したからだけど。
ところがここに来て、ライザンドラ君――正確に言えばライザンドラ司祭という、超大型の爆弾がどこからともなく降ってきた。
もちろん、彼女のことはよく知っていた。
帝都では彼女に関する資料を大量に読んだし、こっちに来てからも「ライザンドラさん」の噂はしょっちゅう耳にした。彼女が「旅の賢者」と呼ばれるようになり、特に旅商人の間で、けして小さくない敬意を集めるに至っているということも。
それから、彼女がミョルニル派に入り、最も苛烈な旅路を送ることで有名な〈渡り鳥の門〉の一員となったのも、把握していた。
そして〈渡り鳥の門〉として活動しながら3年以上生き延びたことで、彼女がミョルニル派から司祭資格を得たことも、把握していた(普通なら10年の生存が司祭資格の発行条件になるが、それでは〈渡り鳥の門〉からは司祭が出なくなってしまうため、特別に3年に引き下げられている)。
ミョルニル派においては、「生き延びた」ということがその人物の能力を最もよく示すものとして理解されている。そして教会としてもミョルニル派のその方針を認めてきた――実際、ミョルニル派として10年生き延びるより、真面目に修行して司祭資格を取ったほうが、ずっと簡単だ。
けれどその彼女が突如ニリアン領に現れ、ニリアン領のホフマン司祭に神前討議をふっかけた挙句(しかも本人だって自分がミョルニル派の司祭だということを理解しているだろうに、わざわざホフマン司祭と同じ「審問会派」の名前を使って!)、村民たちの圧倒的な支持をもって勝利するなんて展開までは、予想できなかった。
ましてや神前討議で歴史的な大敗を喫したホフマン司祭が、その後も何度かライザンドラ司祭と神学論争を交わすなかでライザンドラ司祭に心酔し、彼女の信奉者としてダーヴの街で活動するようになるなど、微塵も予想できなかった。彼(とレイナ嬢)の活動にも支えられ、今ではダーヴの街に「ライザンドラ司祭ファンクラブ」とでも言うべき市民団体が作られているとも聞く。
僕もライザンドラ司祭と何度か直接話をしたことがあるが、なるほど彼女にはホンモノが持つオーラのようなものがある。
僕自身、ボニサグス派のなかでも特に頑固だという自負がなければ――あるいは「僕はユーリーン司祭と真っ向から論争ができた、数少ない同期生だった」というプライドがなければ――ホフマン司祭のように彼女に心酔していたかもしれない。
しかもこれまた微妙に厄介なことに、彼女が主張し実践していることは、僕の目から見てもまったく疵がない。
なにせ彼女がやっていることは〈貧者の儀式〉の復活と竹簡聖書の製造という、かつてニリアン領でユーリーン司祭が主導していた事業、それそのままなのだから。
ユーリーン司祭はあまり定かならぬ理由でこの事業を凍結してしまったが、僕がアクセスできる資料を読んだ範囲で言えば、「何か政治的な取引があったんだろうな」以外に何もコメントできない。すごく四角四面な話をすれば、サンサ教区を統括する司祭として、僕はライザンドラ司祭がいま改めて推進する事業を賞賛こそすれ、否定する理由を持っていないのだ。
そう思って念のため「霊峰サンサ包囲網」を形成するニリアン領以外の諸領を管理する審問会派の司祭に相談もしてみた(ホフマン司祭はライザンドラ司祭のやることなら何でもOKになってしまっているので除外)が、彼らにしても「それらの活動を特に禁じるという命令は受けていない。あまりにも費用対効果が悪すぎるので実施していないだけだ」と言うばかり。もう少し何かあることを覚悟していた僕としては、肩透かしもいいところだ。
それだけに、僕はこの状況が、気持ち悪くて仕方ない。
なにせ相手はあのライザンドラ司祭だ。
彼女がいまだ幼い頃、その天与のものとしか言いようのない叡智を恐れた貴族たちによって、歴史ある大貴族の家が潰されてしまう――そんなおとぎ話の主人公のような人物が、ライザンドラ司祭なのだ(「おとぎ話」と言ったのは、もしこれが完全な真実であるなら、当時のガルシア家はオルセン家を潰すなんていう大事業をするより幼い頃のライザンドラ君を暗殺して一件落着としただろうからだ。オルセン家が取り潰されるに至ったのは、彼女以外にも複数の理由があり、かつそれらが複雑怪奇かつオルセン家にとって不幸な絡まり方をしたからだと考えるのが妥当だろう)。
だが彼女はもはや、ただの「末恐ろしい童女」ではない。
幼くして帝都を追放されてから辛酸の限りを舐め、流れ着いたダーヴの街では一転して異端教団発見と掃滅の戦いにおいて重要な役割を果たし、帝都に返り咲いては特捜審問官の名を帯び、そして再びその才を恐れられて放逐されるも、今度はミョルニル派として我々凡愚では想像すら許されぬ世界を見た。
その実力はといえば、自らの手によってその未来を完膚なきまでに破壊した相手――つまりはホフマン司祭――を、心酔させていることからも明らかだ。
そんな人物が、「聖ユーリーンが始めた事業を完遂させる」だけのために、わざわざニリアン領に戻ってくるだろうか?
世の多くの人々はそれで納得するかもしれない。なにせあの「石頭ユーリーン」は、いまや「聖ユーリーン」なのだから。「聖者が生前に成そうとしていた事業の後を継いで完成させたい」という意志には、一般論で言えば、とてつもない重みがある。
でも僕にとって聖ユーリーンは、石頭ユーリーンでしかない。
そしてそれは、僕よりも遥かに高いレベルで世界を見通しているライザンドラ司祭にとっても、変わらないはずなのだ。
つまり、もしライザンドラ司祭にとって「聖ユーリーンのやり残したことを成し遂げたい」というのが本音かつ本命であるならば。
彼女には、こんな世界の果ての寒村でたいして効果的ではない儀式を采配したり、みすぼらしい竹簡聖書の製造を指導したりするより、もっと他にやるべきことがある。確かにそれらの事業は聖ユーリーンが生前に行なっていたものではあるが、ライザンドラ司祭のような人物であれば聖ユーリーンの理念が指し示す先を実現するべく動くはずなのだ。実際に何をするかなんて、僕には微塵も想像できないが。
彼女はいったい、今ここで何を為そうとしているのか?
そして最終的なゴールとして、何を想定しているのか?
そこがまったく見えてこないもどかしさが、僕にとっては言いようもなく気持ち悪い。
ともあれ。
いかに正式な神前討議の結果だからといって、サンサ教区の人事という教会政治的にとてもホットな案件が、簡単に覆るとは思えない。ライザンドラ司祭は「審問会派修道士助手」を名乗ったが、ミョルニル派は間違いなく「彼女はウチの司祭だ」と言い出すだろう。そのあたりも含めて、帝都での議論は加熱するはずだ。
その上で、この政争の行き着く先は「ライザンドラ司祭の、ニリアン領への就任は認められない」といったあたりで決着するはずだ。ミョルニル派の政治力で帝都の教会政治を勝ち抜けるはずがないし、いまの審問会派はライザンドラ司祭を帝都から再び放逐した主犯格なのだから。最悪、「ライザンドラ司祭には異端の疑いあり」くらいまで言ってくる可能性がある。
そしてそうなったら必然的に、僕はこの事態に対する責任を問われるだろう。「こんなことにならないために貴様をダーヴに送り込んだのに、どういうことだ!」と激高する上役たちの顔は、実に簡単に想像できる。僕は間違いなく過酷な土地に(例えば南方の旧ネウイミナ男爵領とか)に追放され、そこでひっそり死ぬことになる。
いかにライザンドラ司祭には及ばなくても、さすがにその程度は僕にも見えている。
でも、ならば「今からでも遅くない」と判断して、僕の個人的な権力をもってライザンドラ司祭をこの地から追い払うかということになると、やはり「それはない」としか言いようがない。
だって彼女がやっていることには、何一つとして、罪を問われるべき点がないのだから。そこを歪めて「僕は自分のキャリアと命が惜しいので、彼女を告発し排除する」と言い出すのであれば――いや、言い出せるのであれば――僕はボニサグス派なんて選んではいない。
人には、限界がある。
そしてこれが僕の限界であり、僕がこうして生きたという軌跡だ。
迫りくる死を前にして、怖いか怖くないかで言えば、当然、怖い。
けれど、こうも思う。
上司であるケイラス司祭が異端であることが確定し、連座して罪が問われる(いわゆる監督責任的なアレ)ことが確定していたユーリーン司祭は、こんな恐怖をいだきながらこのダーヴの街で毎日を過ごしていたんじゃないだろうか、と。
僕がダーヴ市民から聞く「ユーリーン司祭」像は、「とても真面目で、熱心で、自分たちの些細な悩みにこちらが思わず恐縮してしまうほどに寄り添ってくれる、尊敬すべき人」だ(ちなみに僕の知る「石頭ユーリーン」からは、無限にも近い距離がある人物像と言っていい)。
そんな彼女は、人々に知られることなく、底知れぬ恐怖を抱えて生きていた。
そしてそれでも、ボニサグス派として何ら恥じることなく、真理に至る道を真っ直ぐに歩みながら、生きていた。
きっと、誘惑もあっただろう。
迷いもあっただろう。
悩みも、苦しみもあっただろう。
でも彼女は最後まで、ボニサグス派としての道を違えなかった。
だから彼女に「頑固」と言わしめた僕としては、せめてあの世で(なにせ聖ユーリーンだから、天国にいることに疑いはない)「あなたはほど頑固な人間は初めて見ました。そこまで頑固だと、生きていて苦しくなかったですか?」ともう一度聞かれるあたりをゴールとして目指すのが、分相応というものだ。
幸い、そのためのルートは、聖ユーリーンが拓いてくれた。
ならば僕は、恐れ、惑い、悩み、苦しみながら、その道を行くだけだ。
彼女のように、まっすぐに。




