アルール歴2187年 9月13日〜 (+449日)
――ライザンドラの場合――
スピリドの反乱は事実上の終局に入っていたが、ネウイミナ男爵は徹底抗戦を叫んで狂信的な信徒と一緒にラドニの街郊外の炭鉱に籠城した。
おそらくこれは彼らが仕込んでいた「最悪の場合」のシナリオであり、炭鉱には無数の罠が仕掛けられ、また膨大な量の水と食料が備蓄されていると思われた。
だがペレサからラドニの街まで粛々と軍勢を進めたデリク卿は、男爵が異端教団とともに鉱山に籠ったという知らせを聞いて、短い命令を発した。
「水攻めせよ」
命令一下、鉱山の入り口に向けて、にわかじたての大型水車と水道橋が建設されはじめた。
工事の最中に帝都からは「炭鉱を使えなくする気か」という抗議の手紙や使者がひっきりなしに届いたが、デリク卿は最初に提示した条件を楯にそれらの要請をすべて無視し、3ヶ月ほどで工事を終わらせた。
水道橋の落成式において、水門を固定していたロープはデリク卿の剣の一閃で切断され、街の近くを流れるネリス川の水は、ゆっくりと、しかし確実に、鉱山へと流れ込んでいった。
本格的な水攻めが始まってから3日目には、ネウイミナ男爵を先頭にして武装した一団が鉱山出口へと突撃してきたが、警備の兵士たちによってあっさりと全滅させられた。デリク卿は「捕虜の必要はない」と命令しており、ネウイミナ男爵の首は防腐処理の後、帝都へと送られた。
その後も数回、鉱山からの脱出を試みる異端者たちが現れたが、全員がその場で殺害された。
やがて鉱山出口まで水が溢れ、これをもってデリク卿はスピリドの反乱が完全に鎮圧されたことを宣言。第一次遠征隊が全滅した戦いからおよそ1年半の年月を要したものの、かつてないほど巨大な異端教団は掃滅された。
ちなみにこの水攻めについては、帝都においてデリク卿を批判していた諸侯たちがこぞって問題視した。
というのも帝国のあらゆる不動産は、帝国法に則って言えば、皇帝が所有するためだ。諸侯から平民に至るまで、帝国に生きるすべての人間は、皇帝から土地を「借りている」に過ぎない。
よって、鉱山を丸々1つ廃坑にした今回の水攻めは、「皇帝の資産を勝手に毀損した」行為にほかならない――なんとも見苦しい揚げ足取りだ。
とはいえデリク卿もその問題については自覚していたようで、帝都に凱旋したデリク卿は皇帝に戦果を報告するにあたり、「賊ごときを処刑するために陛下の貴重な財産を永久に損ねたことを謝罪します」と語って頭を垂れている。
もっとも、この謝罪に対しアグノーメン8世は間髪入れずに「善し」と返答し、この一幕をもってアグノーメン8世とデリク卿の評価は不動のものとなった。
事実、「帝国と教会の安寧のためであれば鉱山のひとつ程度、帝国の上級貴族は個人の責任において水没させる」という評判と、「現皇帝は果断かつ峻烈である」という評判は、どうしようもない混乱へと落ち込みかけていた帝国と教会を、大いに救うものでもあった。
かくして、奸智に長けた勇猛なるデリク卿と、英明なるアグノーメン8世によって、帝国の安定は辛うじて回復された――と、思われた。
だがデリク卿の凱旋から3ヶ月後、突如アグノーメン8世が崩御する。
後を継いだコンラドゥス4世はけして暗愚ではなかった――むしろ高い政治センスを備えていた。それゆえに現状の極めて不安定な世俗世界において自分が長く帝位にあり続けるためには何をするべきかを、ある意味で的確に判断した。
かくしてコンラドゥス4世の統治において、デリク卿は「敬して遠ざけられる」存在となった。デリク家の持つ七名家筆頭としての立場は揺るぎようもなかったが、それ以上のプレセンスも発揮できなくなった。コンラドゥス4世としては、これによってデリク卿に恨まれたとしても、デリク家以外の六家からの支持が得られる以上、他に選択肢がなかったとも言える。
だがデリク卿を「危険な交渉相手」と警戒していた諸外国や少数民族は、よりによってそのデリク卿を粗略に扱う帝室を与しやすしと判断した。
コンラドゥス4世にとっての政治は「帝国は世界に冠たるスーパーパワー」であることを自明としたものであり、彼の視線は原則として国内にしか向いていなかったのだ。
この判断を、一概に誤りと言うことはできない。このときの帝国にしてみると、国内の安定回復こそが絶対の課題だったのだから。
けれど「功臣には正しく報いる」という大原則を歪めることで帝国の安定を取り戻そうという方針は、〈過ちをもって過ちを糺す〉という試みでしかない。
元審問会派としては「小さな過ちの背後には、より大きな過ちがある。しかるに、より大きな過ちを前にしたときに、さらに大きな過ちをもって戦うことを繰り返していくならば、いつか世界で最も邪悪なのは我ら自身ということになるだろう」としか評しようがない選択だ――が、〈過ちをもって過ちを糺さず〉を貫いたカナリス2級審問官のことを思うと、私としては「難しい」以外に何も言えなくなってしまうのもまた事実だった。
■
スピリドの反乱が燃え上がり、デリク卿によって殲滅され、そしてそのデリク卿さえも冷遇されるという、目まぐるしくも陰鬱なる日々が過ぎていく間も、私は〈渡り鳥の門〉として世界を飛び回っていた。
この4年ほどの間に、私は何度も死にかけたし、たくさんの死を見たし、また想像していたよりもずっと多くの人々に出会った。
特にスピリドの反乱が本格化してからは、人に会うことが増えた。多くの商人たちはこれから先で似たような戦乱がいくつも起こると踏んで、先行投資を始めていたからだ。長期保存可能な保存食や医薬品、さもなくば古着や毛布といった類のものを満載にした隊商が、主要な街道のあちこちを行き来していた。
旅の商人たちにとって、私たち〈渡り鳥の門〉は、貴重な情報源でもあった。私たちは様々な最新情報と交換で食料を融通してもらったり、ときには最寄りのミョルニル派集落の位置を特定できる情報を教えてもらったりした。
そうやって情報交換をするなかで、私はしばしば、商人たちから相談を受けた。私のような若輩者に人生相談を持ちかけたところで仕方あるまいとも思ったが、気がつけば私が所属している群れにおいて、私は古参と言うべき立場になっていたのだ。
なので仕方なく、人と神の関係であったり、浮世で生きることの苦しさだったり、人間が生きる意味であったり(このあたりになると私は完全に聞き役だ)、そういった由無し事を、聞いたり語ったりした。
やがて、なんとも馬鹿げたことに私に会って教えを請うために宿場町で何日も待ったり、ミョルニル派の集落で何週間も暮らしたり、ときには(どうやって探しているのかは知らないが)旅を続ける私を追いかけてきたりする人々が出始めた。
けれど彼らの抱える苦悩はあまりに深く、私はなんら有益な助言を与えられなかった。「かつて自分が捨てた妻と子が隣の教区にいるのだが、子は苦難の末に商人として大成した。ところで私は医者に余命半年程度と告げられたので、彼らに会いに行って許しを請いたい。でもその勇気が出ない」といった、限りなく告解に近い相談を持ちかけられても、私にできることはせいぜいが一緒に悩むことくらいだ。
まったく、純粋神学の申し子であるあのユーリーン司祭ですら、ニリアン領では日々、村人の悩みに適切な答えを与えてきたというのに。
自分でも嫌になるくらいのポンコツ聖職者(見習い)っぷりを遺憾なく発揮し続けた私だが、来客は増え続けた。
この不可思議なる来客数増大の理由には、思い当たる節もある。
スピリドの反乱において帝国軍と神聖騎士団が大敗を喫した頃、その凶報は世俗世界にも一瞬で広がった。そのため、たまたま旅路を同じくした隊商の団長に「ネウイミナでの戦争はどれくらい続くのか」と聞かれることも多かった。
この質問に対しては、私はわりと自信を持って答えることができた。
私の推測では、スピリドの反乱は「持って3年、早ければ1年」というところだったからだ。
理由はいくつもあるが、まずそもそもネウイミナ男爵領は耕作に向いておらず、食料生産量に難があるという抜本的な問題が指摘できる。レナートはこの問題をある程度まで解決できたから決起したのだろうが、短期間で農業生産力を劇的に向上させるのは困難だ。つまり彼らは必ずどこかの段階で飢え、集団は自壊する。
では飢えが拡大する前に占領地を――できれば耕作適合地を――増やしたら、この問題は解決するかと言えば、それもあり得ない。現代的な農耕は、「そのあたりに種を撒いたら半年くらいで食べ物になります」というものではない。農民たちが毎日のように畑の手入れをして始めて、生産量が確保できるのだ(しかも少なからぬ地域においては、聖職者による〈豊穣の儀式〉による収量増大も加味される)。
ここにおいて「戦って手に入れた土地」が再び農作物を安定して生産できるようになるまでには、時間がかかる。「敵国を占領して領土を拡張すれば国力が高まって嬉しい」という図式は、完全に誤りだとは言わないが、楽観的すぎる構図なのは事実だ。
また、ネウイミナ男爵領の主要な経済資源が石炭だというのも、とても不利な材料だ。
石炭というのは、消費のされ方がかなり特殊だ。国家が経営するような大規模製鉄場においては石炭が大量に消費されるが、これは逆に言えば「石炭をまとめ買いするのは国家規模の組織」ということでもある。
ここにおいてネウイミナ男爵領が帝国に対して反旗を翻すというのは、経済的に言えば純然たる自殺行為だ。仮にネウイミナ男爵領がネウイミナ神聖王国(仮)として独立したとしても、彼らは最大の貿易相手国と戦争することになる。そんな戦争が、長続きするはずがない。
最後に――実はこれが最大の問題なのだが――レナートが連合軍に勝った、というのは、彼らにとって最大の躓きになり得る。
即物的な話をすれば、勝利と恩賞は切っても切れない関係にある。けれどレナートたちにとってペレサの戦いは防衛戦であり、恩賞として配布できるのは名誉だけだ。これは確実に不満の温床となるだろう。
また、仮にも帝国と教会の軍勢に対して勝利した以上、「時代が変わった」「古い社会は寿命を迎えた」「いまこそ勝ち馬に乗るべきだ」と判断する粗忽者は、必ず出現する。
そうやってレナートの下に馳せ参ずる者が増えれば増えるほど、レナートが「顕著な功績を挙げたことに対して褒美を与える」ケースもまた増えざるを得ない。これは「サイコロを振る回数が増えれば、アタリが出る回数も増える」という話であって、統計的に見て不可避の状況だ。
そうやって数的に見ると幾何級数的に拡大する組織に対し、組織内部の富の拡大は追いつかない。だから必ずどこかで、「レナートは俺たちを正しく評価しない」といった声が吹き上がる。
以上のように、食料生産・経済・組織の3つの側面から、スピリドの反乱はどこかで破綻せざるを得ない。
――といった感じで私が話した解説は、旅の商人たちの間で一気に拡散したらしい。少なからぬ野心家が私の観測に乗って勝負に出て、「早ければ1年」に賭けた(そしてデリク卿に取り入って大儲けした)商人からは、ちょっと驚くような規模のご寄進を受け取ったりもした。
また「長くて3年」に賭けた側にしても、その多くが為した「スピリドの反乱には深入りすべきでない」という判断自体は間違っておらず、旅の途中でまったく見ず知らずの行商人から「ありがとうございました!」と礼を言われることも増えた。
もっともこの件に関して最大のサプライズは、ボニサグス派の司祭が聞き取り調査に来たことだろうか。
ベッラと名乗ったこの司祭に対して、私は改めて自分が行った推測を語った。そしてベッラ司祭から「レナートは元〈同盟〉の同志たちによって殺された」というその筋からの情報(公式な発表では「レナートはデリク卿が討ち取った」)を聞いた私は、自分はまだまだ浅いと反省することになった。
考えてみれば「組織の拡大速度と組織の富の増大速度が一致しない」という問題は、レナートが「元〈同盟〉の同志を仲間として引き込んだ」段階で、もう始まっていたのだ。
もしナオキであれば、「スピリドの反乱を仕切っているのは元〈同盟〉のメンバー」という情報を得たその段階で、反乱がどれくらい持続し得て、どのようにして崩壊するかを、かなり正確に予測してみせただろう。
「極貧の土地で、自分が王様になりたい馬鹿が、革命を始めた。
馬鹿が革命を成功させるためには、手下が必要だ。
幸いその馬鹿には、馬鹿な知り合いがいたから、馬鹿の群れを作った。
この状況で、馬鹿の共食い以外の何かが起こるわけないだろ?」
彼ならばこんな感じで、無数の人々の苦悩と苦難、怨念と野心、そして魂を焦がすような決断を、あっさりと要約してみせたに違いない。
今となっては、ナオキが詐欺師であることに、私はなんら疑いを抱いていない。
だが、ナオキは「ただの詐欺師」ではない。
彼は、「とてつもない詐欺師」なのだ。
私はまだまだ、ナオキに及ばない。
それがスピリドの反乱が私に残した教訓だった。
――そう、そのときは思っていた。




