アルール歴2185年 10月1日〜 (+716日)
――ライザンドラの場合――
レナートの取り巻きとしてラドニの街に浸透したカーマイン3級審問官は、彼の活動における最も異常な点に目をつけた。つまりレナートの活動資金はどこから出ているのかという、基本的な問いだ。
ラドニの街におけるレナートの躍進は、彼が始めた無私の奉仕活動に端を発している。けれど炊き出しひとつとっても、継続的に実行するには財政基盤が必要だ。元商売人として言えば「商売には原資が必要」だし、現ミョルニル派修道士見習いとして言えば「人間1人が食べていくには、結構なカネが必要」なのだ。
結論から言えば、レナートはいわゆる傀儡だった。
帝都には彼をバックアップする大貴族たちがいて、「レナート」という人間は彼らの思惑にとって最も都合の良い人物だった、というだけの話だ。
そして黒幕たる大貴族の思惑にしても、「極端に生産性が落ちているネウイミナ男爵領の鉱山経営を刷新する」ことが第一目標で、「ついでに大きな反乱でも起こってくれれば儲けもの」という、実に雑な仕込みだったという。
確かに、ネウイミナ男爵領で起こったことは一通り、この文脈で理解できる。
鉱山の生産性が悪化していることと、ラドニの街がひどく荒れていることは、同じ現象の両輪だ。爆発的な人口増加によって、曲がりなりにも維持されていた既存の秩序が破壊されれば、もともと怪しかった労働生産性など一瞬で吹き飛ぶ。
この状況において「男爵領に送り込まれるであろう囚人の数は今後とも減少する気配がない」となれば、鉱山の健全な運営のために必要なのは「口減らし」だ。
生産性悪化は急激な人口増加が原因なのだから、人口を減らしてしまえばいい。なので鉱山労働者を束ねて反乱を起こさせれば、反乱鎮圧の名目で彼らを一掃できる。
もしその反乱が大規模化すればネウイミナ男爵の責を問うことで吊るす首を増やせるから、帝都でくすぶっている貴族の子弟に「男爵領」を1つ、くれてやれる――こんなものを「策」と呼ぶなどおこがましいにも程があるが、思いついた人間にとってみれば一世一代の名案だったのだろう。
けれど、帝都で策を練った連中は、かつての私達とまったく同じミスを犯した。
〈同盟〉を、侮ったのだ。
確かに〈同盟〉は、部外者の目から見れば、人類史に残るレベルの愚行を行って、その構成員のほとんどが殺されたり幽閉されたりするに至った、愚物の群れだ。
でも、本当に冷静に彼らの業績を評価するならば、食い詰めた貴族子弟の雑多な群れでしかない集団をもって〈ボニサグスの図書館〉を焼き、彼らがターゲットとした聖職者を殺すことにも成功したという、もはや奇跡としか言いようのない成功を収めた集団だ。
だのに〈同盟〉を見下した帝都の貴族たちは、彼らがどれほどの異常な成果を成し遂げたかという事実から目をそらし、「歴史的な愚行」でその評価を終えてしまった。
レナートは本番にこそ参加できなかったが、〈同盟〉が郊外の廃農園で行っていた軍事教練には参加していた人物だ。つまり彼は、部分的とは言えやり方を知っている。
帝都の謀略家たちは、そんな危険人物に、カネと権限をふんだんに与えてしまった。
表向きは「馬鹿な傀儡」のフリをしてラドニの街に入ったレナートは、粛清の嵐を逃れたかつての同志を集めていった。
彼らの目的は、いたってシンプル。教皇の暗殺と、教会の刷新だ。
〈同盟〉の偉大なる指導者だったローランド司祭を処刑し、〈同盟〉の歴史と思想を完膚なきまでに消し去った教会は、炎をもって浄化されるべきである、というわけだ。
〈同盟〉で学んだ手練手管を活用し、レナートはあっという間に巨大な異端教団をラドニの街に作り上げた。
なにせ教区を管轄するイブレフ司祭は絵に描いたような腐敗司祭だったから、レナートには何の監視もつくことなく、やりたい放題ができた。レナートにとっての責務と言えば、せいぜいが「スポンサー様に向かって定期的に報告書を書く」程度だ。
またレナートは前回の失敗を踏まえ、教団をかなり緻密に作り込んだ。
清貧・勤労・貞節という基本的な美徳を前面に打ち出した彼の説法は、それ単体ではなんら異常ではなかった。教会が危険視するような内容は、まったく含まれていない。
ラドニ市民にとってみるとこの3つの美徳は「綺麗事」でしかなかったが、その3つから程遠いイブレフ司祭という反面教師が間近にいたこともあって、「神に仕えるってのは、やっぱりそういうことじゃなきゃいかんよな」という共通理解は一瞬で常識へと昇華した。
そのことにしても、教会が目くじら立てて何かを言わねばならないことではなかった。事実、教会は「清貧・勤労・貞節」を司祭の美徳として認めているのだから。
かくしてラドニ市民にとって――また、ラドニの街とだいたい似たり寄ったりな状況にあった他の鉱山都市の市民にとっても――レナートは「神の代理人」となった。
ここまでくると、教会にとって状況はだいぶ際どくなってくる。
レナートは「司祭見習い」の資格こそ有しているが、「司祭」ではない。つまり教会が認める正式な「神の代理人」ではない。そんな人物が地域住民から「神の代理人」として崇拝されるというのは、笑顔で歓迎できる状況ではない。
でもその一方で、鉱山人口の「大規模な口減らし」を企図した帝都貴族にとってみると、レナートが「人間のクズども」を上手く取りまとめているだけでなく、教会からも危険視され始めたというのは、完璧な状況だった。
彼ら的には「レナートが異端として教会に摘発されるところまで行けば、彼の影響下にある市民を異端審問の名の下に粛清し、場合によっては彼の活動を支持したネウイミナ男爵の首も取れる」「だからもっと派手にやれ」なのだ。
教会世界と世俗社会の鍔迫り合いが始まったことで、ラドニ市民の間でのレナート人気はいよいよ高まっていった。
なにせ「腐敗の頂点たる帝都の中央教会」が、レナートを危険視しているのだ。レナートを崇拝する市民たちにとってみれば、それはレナートの正義を証明することそのものだった。
また、帝都の貴族たちにとってみても、教皇の暗殺が横行するレベルで混迷する教会政治にはそろそろ愛想が尽きたという機運があった(無論、このあたりで教会権力を大きくヘコませることで、自分たちの利権と権勢を拡張できるはずだという読みも、彼らの間には当然あっただろう)。
貴族たちのなかには公然とレナートを援助する側に回る者も現れ、その地殻変動に合わせるかのように、教会内部でも「レナートに正式な司祭資格を与えるべきではないのか」といった動きが広まりつつあった。
そしてこの政治的な緊張が、二人の優秀な潜入審問官を殺すことになった。
■
カーマイン3級審問官とシャル3級審問官は、レナートが自分の取り巻きの中枢に対して吹き込んでいる異端思想をキャッチしていた。「内輪の席」においてレナートは、堂々とフランシス説――聖職者は神の意志を伝えるパイプに過ぎず、たとえ聖職者本人が腐敗していようとも、彼を介して伝えられる神意に偽りはないとする、今の教会と帝国の秩序を支える根源的な説――を否定していた。
それどころか彼は、「真の信徒は個人の財産を持つべきではない」「地上におけるあらゆる富は神の恵みであり、それは真の信徒の間で平等に共有されねばならない」とまで語ったという。
後者は後者で荒唐無稽というか、まるで現実性のない妄想だが(実際にそれに極めて近い生活をしている私が保証するが、こんな生き方は普通の人には無理だ)、前者は前者で著しく危険だ。
なるほど「聖職者たるもの清廉であるべし」というのは尤もだし、私ですら「聖職者は清廉であってほしい」と思う。また「清廉でない者は司祭であるべきではない」というのも、ちょっと高邁すぎる理想だとは思うけれど、モットーとしてはアリだと思う。ユーリーン司祭のような不器用極まる生き方しかできない人をちゃんと掬い上げるためには、この手のお綺麗な大義名分は意外と有益だったりするのだ。
けれどフランシス説の否定、つまり「司祭という地位にふさわしくないほど堕落した司祭が行った儀式には、神意が届いていない」ということになると、これは極めて危険な考え方だ。
一見すると、この説は正しいように思える。青臭いけれど、筋は通っている、的な。
でもこの説が正しいとすれば、「信徒に隠れて悪徳に耽っていた司祭」が為した洗礼や告解はすべて無効、ということになる。つまり、一瞬にして大量の「洗礼を受けていない、みなし異端者」ないし「告解せずに死んだ、迷える魂」が発生する。ここで発生する社会的混乱を修復できる可能性は、皆無だ。
また、フランシス説を否定するともう一つ、致命的な制度欠陥が発生する。
現状、司祭資格の記録と管理は極めて厳格に行われている。「司祭を騙る」というのは、あの〈同盟〉ですら手を出さなかった領域なのだ。逆に言えば教会は「誰が司祭なのか・だったのか」という精密な記録を、今なおしっかりと保全している。
けれど「司祭が司祭足り得るかは、その人格によって決まる」となると、「ある司祭はいつから司祭となり、いつその資格を失ったのか」が、おそろしく曖昧になる――つまり悪意ある連中が他人を蹴落とすため、「Aという輩はX司祭の洗礼を受けたが、X司祭はその時点において腐敗司祭だった」という申し立てを乱発することが可能となる。
そしてX司祭が故人だった場合(より正確に言えば故人でなくとも)、この申し立ての真偽を問うことは不可能だ。
結果としてこの戦いは、よりカネ(=余暇)を持っているか、より地位が高いか、より大きな暴力を駆使できる側が、必ず勝利する。証明しようのないものを証明する戦いにおいて、勝敗を分けるのはだいたいその3つだからだ。
これを言い換えれば、「社会的に成功した暇人は、そうでない人間の魂の価値を自由に歪め得る」ということになるだろう。これをもって「この世の地獄」と言わずして、何が地獄だろうか。
カーマイン3級審問官とシャル3級審問官は、レナートが意図的にフランシス説の破壊を試みていることを、素早く察知した。
レナートとその同志たちが目指すのは教皇の暗殺と教会組織の破壊であり、その行為を正当化するためには、フランシス説は邪魔なのだ。「腐敗した教皇と教会に神意を伝える資格なし。倫理的に優れた我々こそが、真の神意を世に伝える唯一の存在である」というロジックは、彼らがよって立つべき基盤とすら言える。
レナートたちが非常に慎重に、かつ巧妙にネウイミナ男爵領の信仰を乗っ取ろうとしていることを把握した潜入審問官たちは、帝都に向けて警告と救援要請を発した。少なくとも審問会派とボニサグス派は、事態の危険性を理解すると信じて。
けれどそのシグナルは、世俗権力と教会権力の鍔迫り合いの中で、握りつぶされた。どちらの勢力にとってみても、「レナートは異端である」という確定情報は、望ましいものではなかったのだ。
今はまだレナートを担ぎたがっている世俗権力はもちろん、「レナートに正式な司祭資格を与えるべきではないか」と言い出してしまった教会権力にとっても、「このタイミングでそれを言うか!?」というのが、二人の潜入審問官たちがもたらした急報だったのだ。
もちろん、なかにはまっとうな判断に則って「異端討つべし」と唱えた人々もいたし、あるいは主流派に対する逆張りとして「異端討つべし」と叫んだ人もいたことだろう。
けれどそうやって異議を唱えること自体が政治的な闘争を生み、実際にどのように動くべきかという議論は先延ばしにされ続けた。つまるところ審問会派もボニサグス派も、もはや正常な機能を失っているのだ。
再三に渡る救援要請は黙殺され続け、巨大な異端教団のど真ん中で孤立無援になった二人の潜入審問官は、ついに追い詰められた。そんな絶望的な状況においていかなる秘策を使ったのか、シャル3級審問官が(おそらくは己の血で)書いたと思しき緊急通信が、彼らが発した最後の連絡となった。
今なお、彼らがどこでどのように戦い、どこで死んだのか、分かっていない。
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私たちがシャル3級審問官の緊急通信を次の伝令に届けてから半年ほどで、「スピリドの反乱」が本格的に始まった。
最終的に折り合いがつかなくなっていたネウイミナ男爵を執務室の窓から投げ落として殺害したレナートたちは、ネウイミナ男爵の弟を真の領主として迎えた。
レナートの熱心なシンパだった男爵の弟はレナートの手によってじきじきに男爵位を受け、ここに聖俗が一体化した新ネウイミナ男爵領が生まれることになった。
新ネウイミナ男爵によって司祭に任命されたレナート・スピリド(とんだマッチポンプもあったものだ)は、〈同盟〉仕込みの練兵システムで急速に実戦力を高めていった。清貧・勤労・貞節を至上の美徳として掲げるレナート派にとって、流刑植民地でもあるネウイミナ男爵領は訓練材料の確保に事欠かない土地でもある。
とはいえ、ここまで荒れ果てたネウイミナ男爵領においても皇帝陛下に愚直なる忠誠を誓う軍人というのはいるもので、その名すら伝わっていない勇敢なる兵士は帝国と教会が共同管理する烽火台への突入に成功。「反乱発生」を知らせる赤の狼煙は各地の烽火台間をリレーされ、南方で(つまりはネウイミナ領で)大規模な反乱が起こったことを瞬く間に帝都へと伝送した。
さすがに看過できる状況ではなくなった――あるいは当初の見込み通りに状況が推移したことに対し、帝国は反乱鎮圧のための動員を行った。教会もまた大規模戦闘に特化した神聖騎士団を招集し、ネウイミナ男爵領にはびこる異端を掃滅することを誓った。
だがこの2つの軍隊の間には、明らかな温度差があった。
前者にしてみると、この戦いは茶番でしかなかった。勝利が確定している戦いであり、分け前の配分もすでに決まっている。しかも分け前といったところで流刑植民地の利権であり、「できれば鉱山の経営権だけ頂きたい」というのが参加諸侯の本音だったろう。
また帝国にしてみると、実はこの戦いには大義と言えるものがない、という問題もあった。ネウイミナ男爵が殺されて弟が後継者となったというのは、どんなに大げさに語ってみても、男爵家のお家騒動でしかない。
帝室としては「跡目争いで死人が出るのは仕方ないが、せめて殺しを隠す努力くらいはしろ」と叱責する必要こそあれ、正統な継承権を持った後継者が後を継いだのである以上、本来ならせいぜい「次に同じことをしたら取り潰すぞ」と警告する程度の騒ぎだ。結局、このお家騒動で流された血(=帝国の資産)のほとんどは、ネウイミナ男爵一家の血でしかないのだから。
ところが後者にしてみると、話はそうお気楽ではない。
ネウイミナ男爵領におけるレナートの反乱は、教会権力に対する挑戦だ。また、教会の内部事情に詳しい人間であれば、潜入審問官が一命を賭してその危険を訴え続けた、極めて危険度の高い異端教団による反乱であることも知っている。
「ここまで状況が悪くなる前に対処できたはずではないか」という声は教会内部でも小さくなく、それゆえ「レナートを懐柔するべきだ」と主張していた主流派にとってみれば「この一戦でレナートを吊るし、帳尻をあわせる」以外に汚名返上のチャンスはない。
そしてこの温度差は、最悪の形で露呈した。
レナートたちが取った作戦は、ある意味で予想の範疇というか、予想のど真ん中だった。つまりは焦土戦術だ。帝国の辺境たるネウイミナ男爵領は無駄に広く、そして伝染病によって簡単に人が死んでいく過酷な土地だ。であるならば、その土地が持つ敵対性を最大限に活かせるのが焦土作戦であるのは、議論の余地もなかった。
けれど帝国の遠征部隊は、新ネウイミナ男爵が自領の街を焼いてでも徹底抗戦するだろうとは、考えなかった。この程度の戦いにおいて、そんなことはあり得ないと、最初からその可能性を排除してしまった。
一方で教会の神聖騎士団は、レナートが焦土戦術を取る可能性は高いと踏んでいた。異端教団とは往々にしてそんなものだからだ。
かくしてネウイミナ男爵領に入った教会・帝国連合軍総勢3000人は、領境すぐの宿場町が完全に焼き払われ、井戸には汚物がたっぷりと投げ込まれているのを見て、お約束のように口論を始めることになった。
帝国軍は急遽、補給物資の増発を命令し、またネウイミナ男爵領に隣接する諸侯領からの徴発も行った。だが当面の間、補給が足りないのは明白であり、帝国軍は恥を忍んで神聖騎士団から糧食や医薬品、果ては毛布や衣料といったものを借りることになった。
そうやって実際の戦闘が始まる前から陰鬱な空気が流れ始めていた連合軍の士気をさらに挫いたのが、レナートが仕込んだ次なる攻勢だった。
レナートたちは街道に無数の罠を仕掛け、また当然のように迂回路にも陰湿な罠を仕掛けていた。汚物が塗りたくられた杭といったもので負傷した兵士たちは、あっという間に病魔に冒され、死んでいった。
また、深夜になると森の奥から「腐敗した教会に天誅を」と叫びながら自殺的な突撃をしてくる小部隊にも、連合軍は苦しめられた。
彼らはしばしば深刻な熱病に罹患しており、皮肉にも連合軍はその死体を「清めて焼いて埋める」という丁寧な埋葬手続きで葬らねばならなかった――さもなくば伝染病が蔓延して、一気に遠征隊が壊滅する危険性があったからだ。
「死んだ自軍の兵士は適当に埋葬されるだけなのに、敵軍の兵士は丁寧に埋葬される」という状況もまた、連合軍兵士の士気をみるみる削いでいった。
そうやってゆっくりとした消耗戦を繰り返した遠征軍は、2週間ほどでようやくレナートが率いる敵本体を発見。「レナート軍は約4000人」という報告を聞いた遠征軍は、「数では負けているものの、練度と装備の差を考えれば1時間以内に戦いは一方的に決着する」と考え、正面決戦を前提とした布陣をした。
レナート軍もまた正面決戦を前提とした布陣を行い、夜明けと同時に両軍の突撃ラッパが鳴り響いた。
後にペレサの戦いと呼ばれる帝国と教会史に残る最悪の戦いは、かくして幕を開けた。




