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お前が神を殺したいなら、とあなたは言った  作者: ふじやま
他人の気持ちが分かる人間になろう。
113/156

アルール歴2182年 10月7日(+5分)

——ザリナの場合——


 思い返してみれば、ガキの頃から喧嘩ばかりしていた。


 あたしが最初に人を殴ったのは、6歳のときだったと思う。

 歳の離れた兄貴は、ある日突然、同性愛者だっていう言いがかりをつけられた。そして兄貴はそれを否定する材料を持っていなかった。未だに同性愛がタブーになってるバラディスタンの政治(・・)じゃ、よくある話だ。

 結局、兄貴は「名誉を証だてるため」に傭兵になって、あっという間に戦死した。兄貴はやけに頭が良かったけれど、腕っ節のほうはからっきしだったから、戦死したっていうだけでも大したもんだ。あたしらは皆、兄貴の身体で傭兵なんてやろうものなら3日で病気になって死ぬと思ってた。


 あたしは、兄貴のことが大好きだった。


 だから兄貴をハメたヤツのことは絶対に殺してやると思ったし、近所の悪ガキどもが「お前の兄ちゃんはオカマだったんだろ?」だのなんだの囀ろうものなら、ぶん殴ってでも黙らせた。その最初の一発が、6歳のときだったというわけだ。


 けれど12歳になった頃には、あたしにも事情が飲み込めてきた。

 長い話を短くすれば、兄貴は正真正銘、ガチの同性愛者だった。疑惑も陰謀もありゃしない。ただ単に隠し事がバレて、兄貴は死ぬことになった。それだけ。


 でもこれ、当時のあたしにしてみるとショックもショック、大ショックだった。あの兄貴が汚らわしい(・・・・・)オカマなんかであるはずがないって言い張って、6年間ずっと当たるを幸い誰でも彼でもぶん殴ってきたんだから。いまさらどのツラ下げてご近所様に頭を下げりゃいいってんだ。


 で、だ。


 当時のあたしは若かった。若くて純粋だった。おいそこ笑うな、殺すぞ。


 だから兄貴を庇ってたあたしもまた家の恥であって、もうこうなったら立派に戦って死ぬしかないと思い込んだその瞬間に家を飛び出て(ついでに親父が護身用に持ってた短剣を拝借して)、傭兵団の門を叩いてた。

 そこの団長はガキが飛び込んできたことに驚いたみたいだけど、事情を聞くと周囲の反対を押し切ってあたしを実戦につれていくことにした。「こういうヤツには、一度現場を見せるしかない」ってのが団長の判断で、いやはやあの人は本物の賢者ってやつだと今でも思ってる。


 なんのかんので団長とあたしの両親との間で話はついて、3ヶ月後にあたしは戦争の現場(・・)に連れて行ってもらえることになった。


 そしてそこから先、誰も予想ができない展開が待ってた。


 団長はあたしの両親から結構な金額をお包み(・・・)してもらってたらしく、あたしの初陣は安全きわまりない戦場ってことになってた。なにせこの戦いで死ぬつもりだったあたしですら、現地についた途端、「こんなの戦争でもなんでもないじゃねえか」って叫んだくらいだ。

 ぱっと見た感じ、敵は300人いるか、いないか。こっちは一万人とか言ってたな。話半分としても5000人はいたと思う。要するに、互いに「戦ったふり」をして、300のほうは「参りました」をして、あとは賠償金だのなんだの政治の時間(・・・・・)になるっていう、よくある戦争だ。


 ああ、団長の判断は正しかったと思う。何にも知らないガキだったあたしに、「戦争なんてものの大半はこの手の談合でしかないし、名誉もクソもここにはあったもんじゃあない」ってのを教えようとしてくれてたんだ。


 でも、何かが起こった。


 今でもあのとき何が起こったのかは、分からない。けれど夜襲を受けたあたしたちは、あっという間に総崩れになって、わけもわからないうちに敗走——いや、潰走していた。「敵は少数だ、囲んで潰せ」って叫びがあちこちで上がったけれど、夜襲したヤツはその声を目指して最短距離を斬り進んで、ぶっ殺していった。嫌になるほど合理的で、頭のいい戦い方だ。


 あたしを連れてきた団長は、賢かった。

 賢かったから自分の傭兵団をしっかりとまとめ直すと、全速力で戦場から逃げようとした。


 けれどヤツ(・・)は、そんなふうに賢すぎる動きを見せる連中を、見逃さなかった。目にも止まらない速さで走ってきて、行く手を防ごうとした隊員を流れるようにぶっ殺すと、一撃で団長を殺した。

 あとはもう、グダグダだ。ついさっきまで同じ釜の飯を食ってた仲間だとか、そんなのは何の意味もなかった。みながみな我先にと逃げ出して、もうどうにも収拾がつかなくなった。


 あたしはひたすら混乱するばかりだったけれど、自分がやるべきことが何かは分かった。戦って、死ぬ。それだ。そのために、ここにきたのだから。

 だからあたしは短剣を抜いて、団長を殺したヤツに背後から襲いかかった。


 当時のあたし的に言えば、完璧な奇襲のはずだった。でもヤツ(・・)は後ろに目がついてるんじゃないかと思うくらいに、あたしを剣の鞘で無造作に薙ぎ払った。あたしは夕食に食った干し肉のスープの匂いがするゲロを吐き散らしながら、地面を転がった。それからあたしは立ち上がって、またヤツ(・・)に襲いかかった。何度も、何度でも、襲いかかった。


          ■


 審問官たちが投げた火炎瓶の炎は、弱まる気配を見せない。時期的にみて、冬を目前にしたこのあたりはよく乾燥しているから、なんでもかんでもよく燃えるってことだろう。


 戦況は——五分五分、といったところか。

 泣く子も黙る審問会派特別行動班のエリート部隊を相手に五分五分なら大したもんだが、戦争ってのは「立派に戦いました」では意味がない。どんな汚い手を使ってでも、まずは勝たなきゃならない。勝った後で「お前はやりすぎた」と言って処刑されるのと、戦場で負け犬として死ぬのでは、まるで意味が違う。


 まったく。


 あたしはブレンダが繰り出してきた槍を即死まで数センチというところで見切りつつ、反撃する。けれどブレンダもまた、余裕を持ってあたしの反撃を避ける。あいつ、あたし(・・・)と殺し合うことを想定して、馬鹿みたいな鍛錬を積み重ねてきたんだろう。マジで楽しくなってくるくらい、いまのブレンダは、強い。


 でも残念なことに、今のあたしは指揮官でもある。帝都からこっち、苦楽をともにしてきた赤牙団の精鋭部隊を、生かすも殺すもあたしの判断次第なのだ。


 まあ、村に仕掛けたトラップを火炎瓶で焼き払わせて、突入してくるであろう連中を狙撃で削るって作戦は、そこそこ上手く行った。奴らに組織的な戦闘をさせず、乱戦へと持ち込むってのも、こっちの狙い通りだ。ぶっちゃけ、事前の仕込み(・・・)のレベルで言えば、あたしらはとうの昔に圧倒的に勝ってるはずなのだ。

 けれど現状は、五分五分。要するにスタート地点から見比べると、あたしたちは着実に押し込まれている。


 一応、こっちとしてもいろいろと誤算はある。

 一番痛かったのは、あたしのサブとして全体の局面を動かしてもらう予定だったオスヴァルトが、カナリスにぶっ殺されたことだ。

 で、そんなことがなんで起こったかと言えば、あいつらが初手で、ブレンダを含んだ3人をあたしに突っ込ませてきたからだ。

 あたしとしては、あたしを殺しに来るのはカナリスだろうと踏んでた。そこで起こったミスマッチを解消できないでいるうちに、オスヴァルトがカナリスに殺られてしまった。

 今のところ、カナリスにはブルーノを含んだ3人が当たっている。でも、そんなに長くは持たないだろう。なんとかしてブレンダを片付けて、あたしがカナリスを殺す。それ以外に、この状況を覆すのは無理だ。


 あー、いや……別の可能性も、ある、か。

 狙撃隊はナオキが手配した信頼できる(・・・・・)人間たちだ、という。あたしもついさっきまで、狙撃隊がどれくらいの腕前なのか、まるで知らなかった。

 あの連中が狙撃だけじゃなくて近接戦でも戦えるなら、もうすぐ戦況はひっくり返る。


 と、なると。


 問題は、どちらが正解か、ってことになる。

 無理してでもブレンダを殺して、数の有利が効いてるうちにカナリスを殺すか?

 それとも援軍が到着するまで、持久戦をするべきなのか?


 さてさて! もとより期待はしてないが、こういう修羅場のど真ん中じゃあ、ナオキにはまるで期待できない。

 こういうときこそ、シーニーがいてくれればいいんだが。


          ■


 ヤツ(・・)に殴りかかり続けた8度目か9度目あたりで、あたしはとうとう足腰が立たなくなった。あたしは自分があまりにも不甲斐なくて、泣いていたと思う。これでも自分は強いつもりでいたってのもあるが、何より「もう立てない」と思ってしまった自分が、どこまでも情けなかった。


 いやま、実際にはただ単に全身くまなく痛みしか感じなくなってたせいで泣いてたんだと思うけどな。あんまりにも身体が痛めつけられると、心が痛いのか身体が痛いのか、区別なんてつかなくなるものだから。


 地面に這いつくばったままピクリとも動けなくなったあたしに、ヤツ(・・)はゆっくりと近づいてきた。

 これが死なんだ。

 これであたしは名誉ある戦死ができるんだ。

 そんなことを、ちらりと思った。


 でもそれは一瞬のことだった。


 ヤツ(・・)が一歩一歩と近づいてくるにつれて、あたしの心に湧き上がってきたのは「死にたくない」っていう、その一言だった。死にたくない。まだ死にたくない。こんなところで死にたくない。死ぬのは怖い。死ぬのは嫌だ。ただそれだけを、ぐるぐると考え続けていた。


 だからヤツ(・・)が、「お前も名誉の戦死が欲しいクチか?」と聞いてきたとき、あたしは自分にできる限りの強さで首を横に降っていた。あたしは、死にたくなかった。

 そしたらヤツ(・・)は小さく笑うと、「じゃあなんでお前みたいなガキが戦場に来た?」と聞いてきた。あたしは何かまっとうな理由を言わないと殺されると思って、必死になって理由を考えたけれど、とても思いつかなかった。なにせあたしは名誉の戦死(・・・・・)をするために、ここに来たはずだったんだから。

 仕方ないから、あたしは涙と鼻水でグシャグシャになりながら、「死にたかったのに、死にたくないです」みたいなことを言った。ヤツ(・・)はまた、小さく笑った。


          ■


 本格的な乱戦が始まってから10分ほどが経過したが、戦況は徐々に悪化しつつある。


 それまでカナリスを上手くサポートしていた女審問官をブルーノが奇襲で殺すことに成功したものの、カナリスはそのスキを見逃す男じゃあなかった。

 カナリス渾身の一撃をブルーノは奇跡的に躱したけれど、それは「頭蓋骨を割られなかった」というだけであって、鎖骨のあたりに一発を貰ったブルーノの左手はダラリとぶらさがったままだ。ナイフ使いとしては左右のスイッチができなくなったという段階で相当厳しいし、そもそもあの状態の人間を戦力としてカウントしてはいけない。


 ブルーノが傷んだことで、カナリスを足止めし続けるのはほとんど不可能になりつつある。カナリス側も1人失っているから即座に形勢が崩れるということもないだろうけど、このままではあたしはブレンダとカナリスを同時に相手することになりかねない。さすがにいくらあたしでもそんな無理ができるとは思わないし、額の傷から流れてくる血もひどく鬱陶しい。要するに、あらゆる意味において長期戦は拙い。


 やれやれ。もう、仕方ないか。


 あたしは作戦を切り替えて、横薙ぎの一撃を多めに打ち込むようにする。ブレンダは上から振り下ろす一撃は上手くいなしているけれど、横薙ぎの一発は盾でまともに受け止めることが多い。いやま、そうするしかないから、仕方ないんだけど。


 そうやって少し打ち合っていると、ブレンダがあたしの狙いに気づいた。


 今のあたしは、ブレンダを狙って攻撃していない。

 ブレンダの盾を割るために、攻撃をしている。


 盾に片手槍というスタイルのブレンダは、盾を失えば防御力のほとんどを喪失する。もちろんそれでも簡単に殺せる相手じゃあないけど、盾のあるなしは大違いだ。

 一方でブレンダにとってみると、この「盾狙い」は、対処の難しい攻撃となる。躱すためにはバックステップするしかないけれど、足を使って守ると疲労の蓄積も早い。それにリーチの長さではあたしに負けているのだから、あたしが攻撃するたびに後ろに下がっていたのでは、勝負にならない——なにより、ブレンダとあたしの間に別の赤牙団隊員が割って入る状況を簡単に作られてしまう。


 さて、どうよ、ブレンダ?

 盾を割られるまでの間に、カウンターであたしを殺すか?

 それとも絶妙な間合いを保ちながら、あたしを自分との戦いに拘束し続けるか?


 もちろん、あたしだってノーリスクじゃあない。

 まずそもそも、横に振り回す攻撃は、乱戦時にはあまりよろしくない。うっかり味方を殺す危険性が高すぎる(そういう点では、ブレンダの短槍は理想的だ)。

 それからいくらあたしでも、こんな大振りを連続して打ち込めば、疲労が貯まる。ブレンダを殺せたとしても、カナリス相手で力尽きるなんてことも、あり得る。


 だが今のブレンダを殺すには、この程度のリスクは避けられない。


 さあブレンダ——勝負だ!


          ■


 ヤツ(・・)はしばらく笑っていたけれど、突然表情を引き締めると、あたしの胸ぐらを掴んで地面から引きずりあげた。ひょろっとした体つきなのに、凄まじい力だった。いよいよ殺されるんだと思ってションベンを漏らしたのと、首根っこを掴んだ手が女の手だってことに気づいて驚いたのを、あたしは今でも覚えている。


 でもヤツ(・・)は、完全に想像外のことを聞いてきた。


「強くなりたいか?」


 その突拍子もない問いかけに、あたしは反射的に首を縦に振っていた。あたしは、死にたくなかった。だから、もっと強くなりたかった。目の前のバケモノじみたヤツ(・・)みたいに、一人で——馬鹿げたことだが、そのときあたしは本気でヤツ(・・)がたった一人で5000人の軍勢を打ち負かしたと思っていた——5000人と戦って勝てるような、そんな人間になりたかった。

 そしてその途端、いろんなことがハッキリと理解できた。

 あんなに好きだった兄貴がオカマだったことに、あたしは腹を立てたんじゃあない。兄貴くらいに頭が良けりゃ、もっと上手く立ち回れたはずだったんだ。さもなきゃ戦場に行くことになったとしても、頭を使う方面で活躍して生き延びることだってできたはずだったんだ。


 でも兄貴は死んだ。

 兄貴は、弱かった。だから、死んだ。


 あたしが兄貴に感じていたのは、いわゆる「幼い初恋」ってやつだったと思う。そしてあたしは初恋の相手がこんなにも弱かった(・・・・)ことに怒り、嘆き、八つ当たりするばかりで、その事実を認められずにいたのだ。


 あの夜を境に、あたしはヤツ(・・)——つまりは師匠の下で修行に励むことになった。師匠たちは全部で50人くらいのグループで、誰も彼もが何かしら飛び抜けた才能の持ち主だった。

 師匠たちは「ナントカ団」みたいな決まった名前を持たない、実に胡散臭い集団だったけど、居心地は良かった。なにせ金回りが良いから、毎日の食い物も旨い。50人で5000人に勝っちまうような集団だから、雇う側としても500人の兵隊を雇うくらいの予算はポンと出してくれるって寸法だ。


 もっとも、師匠がつけてくれた「修行」の厳しさは、半端なかった。あたしは何度も死ぬかと思ったし、実際ヤバかったことも何度かあった。軍医担当だったミレーニア姉がいなかったら、たぶん死んでたと思う。

 でもそのおかげもあって、あたしはどんどん強くなった。1年で見習い期間が終わって、2年目からは実戦にも参加し、4年目には大きな手柄も立てた。

 それから、ホンモノの恋の味も知った。よりによってあたしは、師匠と恋に落ちたのだ。いろいろとダサい駆け引きはあったが、あたしが初陣から生還すると、師匠はあたしを受け入れてくれた。


 でまあ、結論から言えば、それがしくじり(・・・・)の発端だ。


 どこからどう聞きつけたのか知らないが、実家の連中はあたしがまだ生きていて、正体不明の傭兵団に所属してるってだけじゃなく、兄と同じく立派な同性愛者に育ったということを知った。それで、よせばいいのに暗殺者を送り込んできた。

 暗殺者どもがどうなったかだなんて、言うまでもない。そして仲間(・・)を殺そうとした阿呆どもに、あのバケモノ軍団が何をするか、も。


 結局、あたしの家族はほぼ皆殺しにされた。あたし自身も、親父を斬った。自業自得だ。自分が殺されるリスクも冒さずに誰かを殺そうだなんて、虫が良すぎる。実際、その頃にはもう、あたしとしても「自分の家族を自分の手で殺した」なんて感覚はなかった。弱いヤツが喧嘩を売ってきたので、返り討ちにした。それだけ。

 まぁ、この件についてはなにやらいろいろと誇張された伝説(・・)が出回ってるのは知ってるが、真相はこんなところだ。


 そうやって小煩いしがらみ(・・・・)を断ち切ったあたしは、師匠とその仲間たちと一緒に、末永く幸せに暮らせる——はずだった。


 でも師匠と初めて寝てから8年目の、まさにその記念日に、師匠は死んだ。戦死だった。いつものように単騎で夜襲をしかけた師匠は、いつものように敵軍を潰走させる端緒を作ったものの、ひどい深手を負って帰ってきた。ミレーニア姉は必死で治療したけれど、師匠は7日間ほど死線をさまよってから、ふっつりと死んだ。


 師匠が死んで、あたしは自分が生きている意味を見失った。

 強いことも、弱いことも、何もかも、わけがわからなくなった。

 そのうち自然と、仲間たちとも分かれることになった。当然だ。連中はガチのプロ集団だから、恋人に死なれたショックから立ち直れない弱者(・・)なんて必要としない。


 あたしは剣一本でその日その日の食い扶持を稼ぐようになり、行き当たりばったりに男と寝たり女と寝たりしながら、気がつけばダーヴの街なんていうド田舎に流れ着いていた。


          ■


 6発くらいまともに撃ち込んだところで、バシンという独特の音をたててブレンダが持っていた盾が割れた。なかなか頑丈な盾だったけれど、本気で割りに行けばこんなもんだ。実際、割られたブレンダもそこまで動揺はしていない。剣は折れるものだし、盾は割れるものだ。

 でもこれであたしのほうが圧倒的な優位に立ったのは間違いない。ここは一気に仕掛けて、ブレンダを殺す。それから、カナリスの野郎をぶっ殺す。


 そんなことを考えながら、あたしは猛然とブレンダに斬りかかる。片手槍は、けして防御に向いた武器ではない。ブレンダは思わず「上手い」と唸りたくなるような足さばきでこっちの攻撃を躱したけれど、しょせんは苦し紛れだ。

 上段からの打ち込みを餌にしてブレンダの反撃を誘って、彼女が一歩踏み込んできたところにカウンターで横薙ぎの一閃。伏せてやりすごすには低く、飛び越えるには高すぎ、下がって間合いを切るには手遅れ。だからブレンダはこの一撃を槍で真っ向から受け止めるしかないし、そうなれば片手槍なんぞあっさり折れる。詰みだよ、ブレンダ!


 そしてあたしの思惑どおり、ブレンダは槍を立ててあたしの剣を受け止めようとした。たとえこれで槍を折られても、さらに踏み込んで予備のナイフや短剣であたしを殺そうっていう腹だろう。

 そんな甘えを許すと思ったか、ブレンダ?

 受け止めた槍のシャフトごと、あんたをぶった切ってやる。


 けれど。


 あたしの渾身の一撃を、ブレンダの槍のシャフトはしっかりと受け止めた。

 あたしたちの熱い吐息が交錯するなか、金属の鈍い音が響き渡る。


 ……マジかよ。ってことは何か? ブレンダ、あんたは全金属製(・・・・)の槍を持ち込んだってことか!? それを片手で、こんなに軽々と振り回し続けたってのか!?


 あたしの脳裏に一瞬よぎった驚愕を見逃すほど、ブレンダは甘くない。

 ブレンダの槍の石突が跳ね上がる。あたしの右のこめかみを狙った打ち込み。額から出血してるのが右目に入るせいで、イマイチ間合いの感覚も甘くなってる。クソッタレ、いちいちこっちの嫌がるところを狙いやがって!

 あたしはやむなく剣から右手を放し、自分の頭の右側面を篭手でガードする。ガツンという鈍い衝撃とともに軽く右手に痺れが走ったが、骨は折れちゃいない。でも体勢としてはとても良くない。左手一本での反撃が通じる相手じゃあないし、かといって守りに入るには間合いが悪すぎる。


 内心でやや焦りながら、あたしはそれでも、ブレンダが最後に何を狙っているのかを、本能的に見抜いた。師匠との訓練の中で身につけた、極限の洞察力。あるいは師匠から何が何でも一本取ろうとしていた頃のあたしが毎晩のように考えた、無数の奇襲の語彙(ボキャブラリー)


 いやさ。だってさ。師匠が「私と寝たければ、私から1本くらい取ってみせろ」って言うからさ。こっちも必死だったんだって。


「ザリナ! 随分と! 余裕だな!

 あたしを殺したきゃ! あたし! だけを! 見ろ!」


 ブレンダは至近距離から攻撃を繰り出しつつ、悔しそうに叫ぶ。

 おっと、これは悪いことをした。すまないね。

 じゃあちゃんと、あんたを殺すことだけを考えるさ、ブレンダ。


 でもさあ、ブレンダ。


 これって結局、意味あんのかな。

 あたしらいったい、何やってんのかな。


 あたしはさ。結局さ。今が楽しけりゃ、それが一番なんだ。

 ていうかさ、今が楽しくなきゃ、意味なんてないじゃねえか。


 師匠に死なれたときに、あたしはさんざん悩んだんだよ。

 こんなに必死に強さを追求して、それでも結局いつか死ぬんじゃねえか、って。

 でもさ、何年かして、やっとわかった——いや、思い出した(・・・・・)んだ。


 あたしは強くなりたかったから、強くなったんじゃあ、ない。

 強くなろうとすることが、楽しかったんだ。


 ナオキのことにしても、同じことさ。

 あたしは確かに、ナオキのことを愛してる。

 ナオキが「世界を盗る」のを、手伝ってやろうと思ってる。


 でも結局それにしたって、それが楽しいからだ。

 ナオキはどうしようもないクズの小悪党だけど、あいつを手伝うのは、楽しいんだよ。


 なあ、ブレンダ。

 あんたはちゃんと、楽しんでるか?


 そんなことを考えながら、あたしはブレンダが槍を振りかざしたタイミングにあわせて更に一歩、間合いを詰めた。両手剣にだって、至近距離での致死的な技はある。一番簡単かつ一番効果的なのは、剣の柄で相手の頭をぶん殴ること。この間合いまで踏み込んでしまえば、瞬間的な殺傷力ではあたしの方が上になる。


 だからブレンダは、いまこの瞬間を狙って、あたしを奇襲するしかない。


 そして案の定ブレンダは一歩も後ろに下がることなく、槍を両手に持ち直しながら、水車みたいに穂先を振り回してあたしの喉を切り裂こうとした。これは槍の技ではなく、杖の技——ブレンダはあたしに対して「盾を割られたタイミングでの奇襲が自分の手札のすべてだった」と思わせることで、「短槍を杖術の要領で使って、通常の槍の間合いとはまったく違った距離で奇襲する」計画を、隠そうとしていたのだ。


 でも、甘い。

 それはあたしも師匠に向かって3回試みて、3回しくじった奇襲だ。


 軽くスウェイして予想通りの攻撃を躱しつつ、空いた右手に腰から抜いた鎧通しを握り、間髪入れずにブレンダの心臓のあたりを下から突く。一瞬だけブレンダの鎧が刃物の侵入に抵抗しようとしたけれど、鎧を貫通することに特化した刃物は板金鎧の継ぎ目を押し破り、鎧下の軽チェインメイルを突き破って、ブレンダの内臓に到達した。鎧通しを握った手の中に、ブレンダの全身がビクリと痙攣したその振動が、伝わってくる。悪いね、ブレンダ。愛してたよ。

 あたしはゆっくりと崩れ落ちるブレンダの死体を引き剥がして、両手に剣を握り直す。それから、カナリスを一撃で殺せるタイミングがあることを祈りつつ、部下たちのもとへと向かった。


 ——向かおうと、した。


 向かおうとしたあたしの腰のあたりを、死んだはずのブレンダがしっかりと掴んでいた。いや、違う。これは偶然とか、死ぬ間際のナンタラなんかじゃあない。


 これは明らかに、意図されたタックル(・・・・)だ。


 死んだ——もとい死にかけのブレンダは、これが最後だと言わんばかりの力であたしの背中で両手をクラッチして、締め上げてくる。クソ、こんな時間稼ぎに、何の意味がある! それともこれが審問会派のチームプレイ(・・・・・・)なのか? 自分がほんの数秒でも敵を拘束することで、戦場の行方が変わることを信じる、と?


 あたしは妙にカッとなって、縋り付くブレンダの背中を両手剣の柄で思い切りぶん殴った。鎧がベッコリとへこみ、骨が折れる音が聞こえる。脊髄を折ることはできなかったものの、肋骨が砕けた手応えはあった。

 でもそれは、完全な失策だった。この期に及んでブレンダを「痛みで止めようとする」ことに、意味なんてあるはずがない。あたしは彼女の後頭部に柄を打ち込んで、頭蓋を割るべきだったのだ。


 マズい。これは、マズい。特大級にマズい。

 何がと具体的には言えないが、恐ろしくマズい。


 あたしの脳内で「危険」を告げる鐘がガンガンと打ち鳴らされる。あたしは今すぐ、ここから逃げなきゃいけない。さもなくば——


 あたしは滅茶苦茶に焦りながらも、もう一度剣を振り上げて、柄をブレンダの後頭部に打ち下ろそうとする。でもそのタイミングを見透かしたかのように、ブレンダはさらに一歩、全力で右足を踏み込んだ。大剣を振り上げていたあたしはバランスを崩して、ブレンダに掴まれたまま地面へと倒れてしまう。


 マズい。マズい、マズい、マズい!


 こうなったらもう、なりふりなんて構っていられない。あたしは両手剣を捨てると、予備の鎧通しを抜いた。理想を言えばブレンダの目に一撃を打ち込んで、脳を破壊する。でもそこまで綺麗に(・・・)殺せる状況ではない。やるとしたらブレンダの延髄を後部から破壊するのがベスト。大量の返り血を浴びることになるが、そんなことは言っていられない。


 あたしは必死の思いで右手を振り上げ、ブレンダにトドメを刺そうとした。

 でもブレンダは悪鬼のような表情で——あるいは満面の笑みを浮かべつつ——クラッチを解いて自分の体を引き起こすと、自分の右手であたしの鎧通しをブロックする。ブレンダの右手にあたしの鎧通りが食い込み、派手に出血した。クソ、なんでコイツは死なないんだ!?

 いまやあたしに半ば馬乗りになるような姿勢となったブレンダは、自分の腰からナイフを抜いて、のろのろと振りかざした。ゴボっという音をたてて、彼女の口から血と吐瀉物が流れ落ちる。クソが。マウントを取っているにしても、そんな状態でナイフを使ってあたしを殺せるとでも思ったか? 甘い、甘いんだよ、ブレンダ!


 あたしはブレンダの右手に突き刺さった鎧通しを強引に引き抜き、今度は正面から彼女の右目に鎧通しを撃ち込んだ。彼女は本能的にあたしの一撃を躱そうとしたけれど、瀕死の体はそれを許さなかった。あたしの鎧通しはブレンダの右目を貫通して、彼女の脳にまでその切っ先は届いた。ブレンダは激しく痙攣すると、あたしに覆いかぶさるようにして、死んだ。


 ええい、クソ、が。やってくれるじゃないか、ブレンダ。


 ブレンダは殺したけれど、あたしの窮地が終わったわけじゃあない。乱戦のど真ん中で地面に転がっているなんてのは、最悪の中でも最悪の状況だ。一刻も早くブレンダの死体をはねのけて、まずは立ち上がらなきゃいけない。


 そしてそのとき、あたしはようやく、本当にあたしが見ておくべき(・・・・・・)ものが何だったかに、気づいた。


 ブレンダの手に、槍がない。

 当たり前だ。あたしにタックルして、背後で手をクラッチした段階で、彼女は槍を手放している。

 なら——ならその槍は、どこに行った?


 その途端、あたしの腹に、冷たい痛みが走った。

 痛みはすぐに、焼け付くような激痛に変わる。


 ……クソ、が!


 返り血と額からの出血、そして途轍もない激痛で歪む視界の向こう、あたしの上に覆いかぶさったブレンダの死体の背後に、ガキみたいな年齢の女審問官が立っていた。あたしが最初に斬った審問官だ。

 女は、左手で自分の腹からはみ出している腸を押さえつけ、右手でブレンダが持っていた槍を持っていた。そしてその槍の切っ先はブレンダの死体を貫通し、あたしの腹をぶち抜いたのだ。


 頭のなかで、「死体以外は敵だ」と師匠が告げる声が、聞こえる。


 この、クソ、が!

 あたしは必死になって体を起こそうとしたが、槍は地面にまで貫通しているようで、身動きが取れない。クソ、この傷じゃあカナリスと戦えない。いや、戦うもなにも、あたしは遠からず死ぬ。クソ。クソ、クソ、クソ! だが、まだだ。まだ死なない。まだあたしの戦いは、終わってない。


 言葉にならない呪詛を呻くように吐きながら、あたしはブレンダの体の下から女審問官を睨みつけた。女審問官はあたしに向かって血反吐と一緒に「死ね売女(bitch)」とひとこと吐き出すと、ブレンダに折り重なるように倒れて、死んだ。クソ。クソ、クソ! 売女はどっちだ! 死ぬなら、一人で、死にやがれ!


 激痛をこらえつつ、あたしは強引に起き上がろうとする。そんなことをすれば内臓が派手に傷ついて、5分もせずに死ぬだろう。それがどうした。人間が己の強さを使って(・・・)決められるのは、自分がどうやって死ぬか。それだけだ。あたしは、戦って、死ぬ。最後まで。戦って。


 そうやって地面の上でもがいていると、視界の片隅に見知った男の顔が写った。


 カナリスだ。


 クソ。クソ、クソ、クソ!


 まだだ。まだ! まだだ! 立ち上がって、剣さえ握れば、まだわからない! だからまずは、立ち上がれ。落ち着いて、ひとつずつ、確実に動作しろ! こんなもの、いままでの修羅場に比べりゃ、絶体絶命のうちにも、入らねえだろ!


 カナリスが、手に持したメイスを振り上げる。


 クソ、が!


 まずはあの一撃を、避ける!

 振り下ろされたメイスをうまく握れれば、それだけで戦況は変わる!

 だからまずは、その一発を、キッチリ見切れ、ザリナ!! 

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