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お前が神を殺したいなら、とあなたは言った  作者: ふじやま
他人の気持ちが分かる人間になろう。
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アルール歴2182年 10月7日(+7日)

——ブレンダ武装審問官の場合——

 ナオキの一党を追う——あたしにしてみればザリナを追う——旅はそれからも順調(・・)に続き、あたしたちは基本的には北に向かいつつも、徐々に辺鄙な土地へと誘導されていった。


 彼らは間違いなく、入念に準備した罠のど真ん中であたしたちを待ち伏せするつもりなのだろう。そしてあたしたちを一人残らず皆殺しにする予定なのだ。そうやって「何が・いつ・どこで・どのように起こったのか」という情報を、追跡不能にする。

 こうなってしまえば、たとえ教会が現状を把握したいと思っても、彼らには「あたしたちが生きていて追跡を続けられているかどうか」すら正確には知り得ない、という状況が生まれる。時間をかけて調査すれば(あるいはメリニタ派の奇跡(・・)を使えば)あたしたちの足跡が最後にどこで消えたかを特定できるだろうが、その頃にはもうナオキはこの広大な世界のどこかに姿をくらましてしまっているだろう。


 それだからこそ、あたしたちは負けられない。

 それに「目前にいかなる罠が待ち受けていようとも、その罠で死ななければ、それは罠ではない」というのは、あたしたち特別行動班の隠れたモットーだ。サイコなスヴェンツ傭兵が凝りに凝った罠を仕掛けたのでもなければ――いや、たとえそうだったとしても――あたしたちは仲間の屍を踏み越えて罠を食い破るという自負がある。


 とはいえ目の前の状況は、なかなかに悩ましい。


 ナオキを追って北上し続けたあたしたちは、ついに古い廃村へとナオキを追い詰めた——もとい、ナオキたちは古い廃村に立てこもった。

 時刻はもう夜といって差し支えない時間帯で、おぼろげな月明かりだけが薄ぼんやりとちっぽけな廃村を照らしている。偵察に出たフィン隊員の報告によれば、完全な廃屋となった木造の家々には人の気配がなく、もとは村長(ないし領主)の館であったと思われる石造りの廃墟の中に、数本の松明の明かりと大人数の人の動きが確認できたという。

 遠目には暗闇にしか見えないが、フィン曰く「館は分厚いカーテンを使って厳重に灯火管制をしている」とのこと。いつものことではあるが、神の恩寵とでも言うべきフィンの観察力には、驚嘆の念しか抱けない。


 となると問題は、どうやって仕掛けるか、だ。

 方針としては、大きく分けて2つがあり得る。

 1つはこのまま攻撃を開始し、夜戦を挑む方向性。もう1つは朝まで全周警戒で防御し、夜明けと同時に攻撃を開始する方向性。

 前者は間違いなく乱戦になり、特別行動班最大の強みである組織力が損なわれる。ザリナという暴力のバケモノと戦うことを考えると、あまり望ましくない。

 一方、後者は敵にとって最も理想的な状況を作るだけの時間を(さらに)与えることになる。ナオキという謀略のバケモノと戦うことを考えると、非常に望ましくない。


 けれどカナリス審問官は、拍子抜けするくらいにあっさりと決断を下した。


「これよりナオキとその一党に対する攻撃を開始する。

 諸君らが夜戦ごときをハンディとしないことは、私がよく知っている。

 また、この攻撃開始地点は、既に奴らの手のひらの上(・・・・・・)だ。

 ここで立ち止まって夜明けを待つのは、奴らの罠の真上で一服するに等しい」


 ……なるほど。ご説ごもっともだ。


「命令は一つ。異端者を殲滅せよ。

 説得も、捕虜も、最後の祈りも、すべて不要だ。

 ただ、奴らを皆殺しにしろ」


 応、という小さいけれど断固とした囁きが、全員の口から漏れる。


「では諸君、行くとしよう。

 天に栄光を。地に繁栄を。人の魂に平穏あれ」


 カナリス審問官の合図に合わせて、あたしたちは武器(・・)を構え——そして「放て」の号令一下、一斉にそれ(・・)投擲した(・・・・)

 重たい風切り音をたてながら飛んでいったそれ(・・)は、地面に落ちるや否や爆発し、広範囲に炎の渦を撒き散らす。


 そう——これが審問会派特別行動班の決戦用兵器、〈聖なる炎の炸裂弾ホーリーファイアーグレネード〉だ。


 〈聖なる炎の炸裂弾〉は神代の時代において人類にもたらされたもので、今ではその使用が厳重に管理される封印兵器のひとつだ。

 と言ってもこれは他の封印兵器と異なり、容易に自作できるという特徴がある。要するに、馬鹿しか飲まないような酒精の強い酒が詰まった瓶に火口を突っ込み、敵に向かって投げつければ、それが〈聖なる炎の炸裂弾〉となる(一応、あたしたちが投げたヤツは、審問会派特製のパウダーが入ったやつで、火口がなくても衝撃で爆発するようになっている)。

 なんでも神代にはこの武器を与えられた人間の兵士たちが、多大な犠牲を払いつつも邪悪なる〈黒鉄の虎〉を討ったという。あたしとしては「酔っぱらいが間違って作った馬鹿げたカクテル(・・・・)が、聖書に名を残すような悪魔を殺せるわけないだろ」というのが本音だが、そのあたりの真偽は正直どうでもいい。


 この封印兵器は、強力だ。

 こと、このような状況においては、なおさら。

 そしてそれだけで、事実としては十分だ。


 第一投めを終えたあたしたちは、素早く次の一本を手にとって、投擲機にセットする。投擲機といってもこれまた特別なものではなく、槍投げで使う補助器具とコンパチだ。だがこれを使うことで、〈聖なる炎の炸裂弾〉は、そのまま投げるよりもずっと遠くまで飛ぶ。

 二投めを終え、さらに次の一投。ここまで12秒。あたしたちは剣や槍といった武器もたっぷり訓練するけれど、「重たいものを遠くまで投げる」訓練もまた欠かさない。いや、むしろ〈聖なる炎の炸裂弾〉を使うあたしたち特別行動班にとって、「投擲」は最も重要な戦闘技能ですらある。


 連続的に投げ込まれた30本の〈聖なる炎の炸裂弾〉は、ちっぽけな廃村を一瞬で炎の海へと沈めた。そしてそれほど時を待たずして、あちこちで木っ端が割れる音が響き始める。

 これこそが、あたしたちがこれ(・・)を攻撃の切っ先(・・・)とした、最大の理由と言える。この状況において必ず用意してあるであろう「落とし穴」は、炎による面攻撃に弱いのだ——掘った穴自体をどうにかできるわけではないが、穴を隠すために張った薄い板や枯れ草といった偽装は、炎で排除できる。

 同様にトリップワイヤ(あるいはそれに連動したクロスボウ)といったものも、そのほとんどは炎の力で解除(・・)できる。


 確かに、あたしたち特別行動班は、敵の罠のど真ん中に飛び込み、その罠を食い破る力を持っている。だからといってバカ正直にすべての罠にかかってやる必要はないし、そこまでこっちはお人好しでもない。


「吶喊!」


 カナリス審問官の雄叫びに唱和するように、あたしたちは鬨声を上げつつ燃え上がる廃村へと突入した。あちこちに落とし穴が掘られているが、穴の蓋にかけられた土は爆風で吹き飛び、木製の蓋は炎上している。足首くらいの高さに張られた金属製のトリップワイヤはしっかりと炎に照らし出されていて、チンケな障害物程度の意味しか為していない。


 初手はあたしたちの勝ちだよ、ザリナ。


 あたしがそう内心で呟いたそのとき、先頭を走るカナリス審問官が左手の盾を咄嗟に掲げた。次の瞬間、ガスッという鈍い音をたてて、盾に太い矢が突き刺さる。鏃は盾を貫通していて、その威力からして大型のクロスボウによる狙撃とみて間違いなかった。


 炎で焦げる夜の大気をつんざきながら、さらに2発の矢が飛来する。

 1発はあたしを狙っていたようだが、わずかにハズレ。

 だがもう1発はあたしの右後ろを走っていたバーナードの左肩を直撃し、その鎧を貫通すると、体の奥深くへと食い込んだ。バーナードはその勢いのままに地面に叩きつけられ、言葉を発することもなく死んだ。


 クソッタレが。


 あたしは口の中で小さく呟く。つまりこれは、そういう(・・・・)罠だったのだ。

 あたしたちが設置型のトラップを解除するとしたら、ほぼ間違いなく「焼き払う」という選択になる。けれどそうやって罠を焼き払ってから突入すれば、炎に照らされたあたしたちは狙撃手にとって格好の的だ。

 右を選んでも左を選んでも確実に機能する、陰湿な罠。仕込んだのはナオキだと考えるべきだろう。


 けれどこの罠は、連中の隙でもある。


 連中は少なくとも、正面の館に伏せた兵士と、狙撃隊(最低でも3名)で、兵力を分散させている。確かに狙撃でこちらは1人を失ったが、それでも連中は相当な戦闘能力を持った3人を、主戦場から外しているのだ。


「怯むな勇者たちよ!

 走れ! 勝利は前方にある!」


 カナリス審問官の叱咤激励に応じるように、あたしたちは速度を上げる。

 領主の館に飛び込んでしまえば、狙撃は無効化される。である以上、館そのものが巨大な罠という可能性はある(全員が館に飛び込んだところでドカン)が、それはすぐに分かることだ。


 そして案の定、連中は館の外に飛び出してきた。

 先頭を走るのは、言うまでもなくザリナだ。


 あたしは背中に負った短い投槍を引っ掴むと、全力でザリナに向かって投げつける。「近距離から顔面に向かって投げつけられた物体に対処する」のは、普通に人間にとってみると、けして簡単ではない。


 だがザリナは断じて普通ではなかった。

 彼女は重たい両手剣を軽々と操り最小限の挙動であたしの投槍を跳ね上げると、あたしに向かって一直線に走り込んでくる。


 あたしもあたしですぐに体制を立て直すと、対ザリナ戦に向けて用意した短槍を手にして、全速力で走る。途中でカナリス審問官を追い抜いたのは、計画通り。あたしの左後方はモニカが、右後方はイェルケが固める形で、三角形のフォーメーションを保ったまま、ザリナと激突する。これまで幾多の強敵を屠ってきた、審問会派特別行動班伝統のトリニタス陣形。


 燃える村の炎に照らされて、ザリナが満面の笑みを浮かべたのが見える。

 あいつ、この状況を楽しんでやがる。

 その余裕、後悔させてやる!


 あたしは瞬きもせず、ザリナの制空権(・・・)に飛び込む。

 前回はこの間合いを読み間違った挙句、暴風のような剣速と、巨大な落石のような剣圧の前に、何もできずに昏倒させられた。


 予想通り、ザリナの切っ先が大上段から落ちてくる。

 武器のリーチで劣るあたしは、まずはこれをなんとかしないと、ザリナを殺せない。そしてそのための訓練は、血反吐を吐きながら、延々と繰り返してきた。

 あたしは左手に構えた盾をかざし、ザリナの一撃を受け止めるのではなく、いなす(・・・)ような角度にして迎え撃つ。あんなものを正面から受け止めていたら、数発で——下手すると1発で——盾が割れてしまう。けれど斬撃に対して最適な角度で()を作ってやれば、切っ先は盾の表面を滑り、そのまま地面を抉ることになる。そのスキにもう1歩踏み込めれば、そこはあたしの間合いだ。


 かざした盾に、重たい衝撃が走る。

 黒と赤に染まった夜闇に、華々しく火花が散る。


 でも盾は割れてはいない。あたしの腕も折れてない。

 だからここで、一歩を、踏み込む!


 そしてあたしは、左手の盾を自分の体へと引きつけながら、大きく一歩を踏み出した。


 だのに——そこにザリナはいなかった。


 一瞬、完全に思考が停止する。


 馬鹿な? いったい——いったい、何が……?


 次の瞬間、左後方で重たいうめき声が上がった。モニカの声だ。

 反射的に振り返ったあたしの目に写ったのは、腹を切られて地面に崩れ落ちたモニカと、振り抜いた剣を素早く構え直すザリナの姿だった。裂帛の奇声をあげつつイェルケがザリナに斬りかかるが、ザリナのコンパクトな前蹴りがイェルケの脇腹を貫く。一瞬で息を詰まらせたイェルケもまた、地面に崩れ落ちた。


 ようやく、理解が追いつく。


 ザリナはあたしが盾を上げた瞬間を狙って、あたしの盾で剣を滑らせながら、あたしの左脇へと駆け抜けたのだ。自分の盾で自分の左側視界を覆っていたあたしは、そのことに気づかなかった。

 そしてあたしの横を駆け抜けざま、モニカを斬った。モニカにしてみれば、あたしの影から突然ザリナが飛び出てきたようにしか見えなかっただろう。


 濃い、血の匂いが立ち込める。

 モニカは腹を押さえたまま、立ち上がれない。おそらく、内臓がはみ出てる。

 イェルケはなんとか片膝をついたが、そこにザリナの部下がつっかけてきて、自分の身を守るので精一杯になっている。


 ザリナが剣を振りかぶった。

 モニカにとどめを刺すつもりだろう。

 彼女がいつも「集団戦では弱いヤツから狩るべきだ」「とどめを刺すのはお情けなんかじゃあない、死体以外は敵だからだ」と言っていたのを、思い出す。


 気がつくと、あたしの手と足が動いていた。


 一挙動で2歩の距離を踏み込み、半身になって右手の槍をザリナに突き込む。距離と威力は稼げるが、防御が疎かになる一撃。前回はまさに、この攻撃に対するカウンターをもらって昏倒した。


「ブレンダ! 久しぶり! 

 愛してるよ! そしてさようなら!」


 ザリナは大声で笑いながら、あたしの名前を呼ぶ。


「ザリナあああああああああぁぁっ!!!」


 あたしも大声で彼女の名を呼びながら、彼女の喉元に穂先を突き進める。


 豪、と風切り音が唸り、ザリナの大剣が天から落ちてくる。

 あれを頭に受ければ、兜なんて何の意味もなさない。


 さあ来いザリナ!

 これは、あたしの、賭けだ!


 次の瞬間、あたしの眼前、数センチのところを銀色の奔流が流れ落ちていった。

 賭けに勝ったことを知ったあたしは、ザリナの喉を突き破るべく、腕ごと上体を前傾させる。

 ザリナの目に驚きがよぎり、それと時を同じくして、彼女は超人的な身体能力を発揮してあたしの穂先を躱した。いや——完全には躱せず、額に浅く傷を負った。致命傷には程遠いが、けして小さくないダメージ。


 タネをあかせば簡単だ。


 あたしはほとんど何もかもを前回と同じように(・・・・・・・・)撃ち込んだ。姿勢も、予備動作も、運足も、何もかも。

 だからザリナは——あたしのことなら何でも知っているザリナは——ほんのわずかに、油断した。目で見たものではなく、頭のなかにある「ブレンダ」を、追いかけた。

 けれど今の突き込みを行うにあたって、あたしは槍のグリップ・ポイントを普段より二握り後ろに取っていた。槍の重心よりずっと後ろを握っているから、穂先はブレやすいし、力も乗りにくい。それでも槍のコントロールを失わないための訓練を、あたしはずっと積んできた。


 結果、ザリナはちょうど二握りぶん、間合いを読み違えた。

 そして彼女のカウンターは空を切り、あたしの突き込みは彼女に血を流させた。


 すかさずさらに間合いを詰めようとするあたしの突進を、ザリナは脱兎のような後退——彼女のイメージからは程遠い比喩だけど、そう言うしかない——で躱すと、剣を構え直した。


「やるじゃないか、ブレンダ。

 謝るよ。あんたのこと、舐めてた」


 楽しくて仕方ないといった笑みを浮かべながら、ザリナが叫ぶ。彼女の鼻がひくついてるのが、わかる。身体的な愉悦を感じているとき、彼女はいつもああやって鼻をひくひくさせる。


「感謝しな、ザリナ。

 あんたを殺すためだけに、地位も名誉も投げ打って、ここまで来てやったよ。

 その価値があったことを、証明してもらおうじゃない」


 呼吸を落ち着けながら、ザリナを挑発する。

 既に周囲は激しい乱戦になっている。敵と味方が入り乱れて戦うこの状況にあっては、もはや敵の狙撃班は仕事ができまい。特別行動班の強みである集団戦は封じられたが、狙撃不能とのトレードなら上出来だ。


「あっは、そこまで言うならあたしをちゃんと(・・・・)愉しませてみな、ブレンダ!」


 そう叫びながら、ザリナは一気に間合いを詰めてきた。


 あたしは今度こそ、彼女の全力の一撃を、正面から盾でいなす。


 炎に焦げる闇の中に火花が散り、金属が軋む音が夜の中に吸い込まれていく。

 周囲では罵声と悲鳴が交錯し、大気はゆっくりと血と臓物と吐瀉物の匂いで満ちて行こうとしていた。


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