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お前が神を殺したいなら、とあなたは言った  作者: ふじやま
他人の気持ちが分かる人間になろう。
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アルール歴2182年 9月2日(+4日)

——賢人会議議員・賢者イェシカの場合——

 まったく、世話が焼ける。


 そんなことを思いながら、私はとりあえずの満足感に浸っていた。前教皇ヘルメティウス10世の突然の(・・・)崩御から一週間。ベルカストロ枢機卿はインノセンス16世となって、これからの教会を導いていくことになった。今日はそのお披露目パレードだ。

 「ヘルメティウス10世の喪も開けぬうちに新教皇のお披露目パレードとは如何なものか」という意見もなくはないが、教皇の座が空白のままというわけにもいかない。


 それに〈ボニサグスの図書館〉が異端者によって焼かれたこと、かつては帝都の華と讃えられた才女であったハルナ・シャレット嬢が狂気の果てで非業の死を遂げたことは、帝都市民にも大きな衝撃を与えている。

 加えて、ハルナ・シャレット嬢の狂気にはシャレット家による汚れた策謀があったことが明らかとなり、シャレット家は目下、帝国官憲によって厳重な取り調べを受けているというのもマイナス気味のニュースだ。

 帝都市民は新しい娯楽に飢えている反面、その根底ではとても保守的――あるいは頑迷な人々だ。変化はあくまでちょっとしたもの(・・・・・・・・)であるのが望ましいのであって、オルセン家に続いてシャレット家までもが崩壊するかもしれないという状況は、多くの市民にとって凶兆でしかない。


 それゆえ、インノセンス16世のお披露目パレードは、できる限り盛大なものでなくてはならなかった。

 教会は盤石であり、その教会を守護するアルール帝国もまた揺るがない。そんな確信(・・)は、市民が毎日を穏やかに生きるにあたって、根源的な力となる。

 そして威風堂々としたパレードは、その空虚な確信(・・)に対する、れっきとした証拠となるのだ。


 かくして、極めて短い準備期間でありながらも、インノセンス16世お披露目パレードは盛大に執り行われることとなった。

 市民や貴族の中には「こんな短期間で、これほどのパレードを準備できるだなんて、ヘルメティウス10世の死期が近いことを教会は知っていたに違いない」という陰謀論を囁く者もいるようだが、本当に賢明な人々はそんな噂には耳を貸さないものだ。

 本当に賢いのであれば、そこ(・・)は踏み込むべきではない領域であることくらい、すぐに分かるはずなのだから。


 聖歌隊と楽隊が荘厳な音楽を奏でるなか、インノセンス16世を乗せた無蓋馬車はゆっくりと帝都を練り歩く。


 沿道に詰めかけた市民たちは「インノセンス16世万歳」と唱和し、新教皇の就任にあわせて新たに枢機卿となった面々も市民から喝采を浴びている。

 聖歌隊には選りすぐりの美少年と美少女たちが並び、清楚な立ち姿を見せつけつつ、天使たちの歌声を響かせる。

 空はどこまでも気持ちよく晴れ渡っていて、歴史ある帝都の街並みとあいまって、すべてを美しい一幅の絵のように見せていた。


 私もまた、賢人会議の一員として、パレードに参加している。

 私が乗る輿はインノセンス16世の無蓋馬車がすぐそこに見えるほど近く、分かる人間に対しては「わたしたちが彼を教皇にした」というアピールになっていた。馬鹿馬鹿しいと思うものの、この手の示威行為は政治(・・)を円滑に進めるにあたっては欠かせない。


 それに――実際、ベルカストロ枢機卿を教皇の座に送り込むまでには、とてつもなく手間がかかったというのもまた、事実だ。


 ベルカストロ枢機卿は、生まれてすぐに親に捨てられ、アルール大聖堂付きの孤児院で成長した人物だ。幼い頃から文武に渡ってメキメキと頭角を表した(つまり孤児院における座学で最優秀を取り、かつ院内で発生する喧嘩にはことごとく勝利した)彼は、奨学金を勝ち取って中央神学校に進み、そこでも再び突出した成績を残していった。

 若くしてボニサグス派のトップクラスと認められた彼は教会政治もそつなくこなし、40代にして枢機卿に就任。それからも巧みな政治的采配と深い見識に基づいた判断によって信望を集め、「敵からは深く憎まれるが、味方からはより深く尊敬される」人物として教会政治の頂点でしのぎを削るプレイヤーの一人となった。

 弱点らしい弱点といえば、学生時代から続く女癖の悪さだろうか。彼は妙に顔の造形が良く、若い頃はとにかくモテた。彼もまた据え膳食わぬはなんとやらの精神に基いて、そのあたりはわりと節操なく関係を持っていた。噂では、枢機卿になってからよりも学生時代のほうが「刃物を突きつけられた回数は多い」らしい。

 この女癖の悪さは今も絶賛継続中で、私が知る限り、彼には若い正妻以外に愛人が少なくとも5人はいる。彼いわく「妻たち(・・)は仲良くしていますよ」だそうだが、女として言わせてもらえば「そんなことがあるものか」の一言に尽きる。彼が懇意にしている女たちはみな、彼の女癖について上品に口を噤む程度にはちゃんとした(・・・・・・)教育を受けているが、内心でどんな嵐が吹き荒れているかを想像するだにぞっとする。


 まったく。本当にあの女癖だけは、誰の影響なのやら。


 いや、あの甘いマスクと手の速さがどこから来たのかは、分かっている。

 なにせベルカストロは、私とマクファーレンの間に生まれた子なのだから。


 あの頃はまだまだ政治力を持たない若造だった私達は、結婚前の私の妊娠が発覚するや否や、私は「病気」として田舎に隔離され、マクファーレンは北方の厳しい修道院に放り込まれた。

 生まれた子供は親に奪われ、苦労に苦労を重ねて我が子の行方を知ったのは、ベルカストロが中央神学校に進んだ直後のことだった。


 その頃には自分の足で立つ(・・・・・・・)ことを学んだ私とマクファーレンは、ささやかながらも結婚式をあげ、夫婦となった。そしてベルカストロを正式に養子として迎え入れよう――という相談をしていたあたりでマクファーレンに愛人が3人ほどいることが分かり、私達の蜜月は1ヶ月も持たずに崩壊した。

 とはいえその後も婚姻関係だけは維持しているし、二人の資産力や影響力を駆使して、協力して影からベルカストロを支えてもきた。彼が「俺は教皇になりたい」と言い出したときには、正直かなり面食らったし、そんな地位の先にあなたの幸せは存在しないのだから辞めておけと説得してしまいそうにもなったけれど、冷静に考えてみればベルカストロももういいトシをした大人なわけだし、今更私達が親でございと言って彼の野心を制止するのも筋が通るまい。かくして彼は彼なりに努力を積み重ね、私達は体感でその数倍の苦労をした末に、今日のこの日に至ったというわけだ。


 ――ほんとうに、世話が焼ける。


 けれど、苦労をしただけのことは、あった。

 ベルカストロ枢機卿――いまやインノセンス16世は、ヘルメティウス10世と異なり、これからの教会がいかにあるべきかという点について、かなり大胆な改革案を胸に抱いている。具体的に言えば、中央神学校が手狭になってきている(建物も老朽化が目立ってきた)という問題を建前にして、新たに統合的な神学校を開設しようというプランだ。


 この新しい神学校においては、奨学金を給付する枠をよりゆるく(・・・)取る。具体的に言えば、たとえ平民であっても、己の才能を磨いてきた有能な人物であれば入学できるようなシステムだ。

 これまでも類似のシステムは存在したが、そもそも枠が小さいのみならず、返済義務のある奨学金がほとんどだったため、結果的に平民上がりの俊英はクリアモン派のような「給料の良い仕事がすぐに得られる派閥」を選ぶしかなかった。司祭の椅子は貴族上がりの司祭候補生の間で取り合いになっていることもあって、彼ら平民上がり(・・・・・)が介入する余地もまたほとんどないのが現状なのだ。


 だが新しい神学校においては、貴族出身だろうが平民出身だろうが、能力以外には問われない。

 そしてまた、この神学校では、卒業生は必ずしも聖職者になることを求められない。帝国の官僚や軍人となる試験を受け、そちらの道に進んでも構わないのだ。


 将来の選択肢の広さと、学べる内容の豊富さ、そして「優秀であれば学費免除」という餌――この合わせ技でもって野心ある人材を教会側でかき集め、その卒業生が社会のあちこちに広がっていくことによって、教会の政治的プレセンスを高める。

 一方で家格頼りで「中央神学校卒」というブランドに縋りつくしかない貴族の余剰な子弟(・・・・・)たちは、今後とも中央神学校に縋りつき続けることになる。新しい神学校には()がないから、貴族としては「中央神学校」というブランドを選ぶしかないのだ。かくして残念(・・)な連中は隔離され、本物の才能は切磋琢磨する場を得る。乱暴といえば乱暴だが、今の教会に溜まった垢を落とすにあたっては、程よい刺激となるだろう。


 そんなことを考えながら前を見ると、インノセンス16世は無蓋馬車の座席から立ち上がって、沿道の市民に対し手を振っている。沿道に詰めかけたうら若き乙女たちからは、もう立派な中年男性である(そしてそのわりには引き締まった身体と整った容貌を維持している)新教皇に対して黄色い歓声が上がった。

 ……いや、このパレードの趣旨から考えれば完璧な対応であり、完璧な反応なのだが、母としては実に頭痛に絶えない光景だ。



 そしてそのとき、それ(・・)は起こった。



 パレードは旧市街に差し掛かっていた。帝都が丘の上に作られた小さな砦でしかなかった時代に砦の麓にゆっくりと(そして無秩序に)広がっていた街並みが、何度かの大火と再開発をくぐり抜けた後にしぶとく生き残った、生まれながらの迷路のような地域だ。

 当然ながら道幅は極端に狭く、そのわりに建物は4階建て、5階建てと高層化が進んでいる。上下水などのインフラがいろいろと不便なので金持ちは絶対に住もうとしないが、観光客には大人気のスポットで、夕暮れ時の街並みは多くの芸術家にインスピレーションを与えてきた。


 そしてまさにパレードの列が狭い路地(名前としては「大通り」)に差し掛かったとき、突如、アパルトメントの屋上から何かの液体が詰まった樽が投げ落とされた。


 落下した樽は、幸いにして特に何かにぶつかることもなく、石畳の上で弾けて壊れた。

 だが、中に入っていた液体が問題だった。微妙な刺激臭とも、あるいは男性向けの香水ともつかない匂いがするその液体は、特定の動物を極度に興奮させる香りを撒き散らしたのだ。


 本能的に、私は危険と――絶望を感じていた。

 このパレードの実行にあたっては、各所に無理を押し通してきた。最も無理を通したのは、セキュリティ部門に対してだ。彼らは「そのスケジュールでは安全確保には不十分だ」を何度も繰り返し申し立ててきて、私もその気持ちはわかったけれど、引き下がるわけにはいかなかったのだ。そも、セキュリティ担当が示す「危険性」は、どれも机上の空論としか言いようがなかったし。


 けれど、これは……マズい。

 凄まじく、マズい。


 私の想像を裏切ることなく、屋上から半身を乗り出した謎の人影が、何かを撒き散らした。護衛の兵士たちが咄嗟に弓を構え、人影に向かって射掛ける。エリート中のエリートである彼らの狙いは外れず、謎の人影は一瞬で数本の矢を受け、屋上から路上へと滑落した。


 でも彼はもう、その目的を果たしていた。


 彼が撒き散らしたのは、金属の小さな破片――細かい棘がついた、いわゆるまきびし(・・・・)のようなものだった。市民の幾人かが「痛い」と叫んで身体に刺さったそれを振り落とし、中には路上に落ちたそれ(・・)を踏み抜いて悲鳴を上げた不運な者もいたようだが、最も甚大な影響を受けたのは馬たちだった。

 最初に投げ落とされた興奮剤で知覚が極度に鋭敏になっていた馬たちの何頭かは、屋上から撒き散らされたまきびしを身体に受け、大きくいななくと、棹立ちになった。


 ああ。


 ああ――こんな。

 こんな、ことって。


 新教皇の――息子の乗った馬車が、暴走を始める。迂闊にも立ち上がっていた息子はバランスを崩し、馬車の外に放り出された。悲鳴。絶叫。馬のいななき。私が乗っていた輿も、突然地面に投げ出される。全身の痛みに耐えながら後ろを見ると、興奮しきった馬が輿の担ぎ手に噛み付いていた。担ぎ手の悲痛な叫び。血しぶき。パニック。

 恐慌は恐慌を呼び、馬の次は人が狂乱しはじめる。暴走だ、陰謀だ、暗殺だ、逃げろといった声があちこちで叫ばれ、右に逃げようとした群衆と左に逃げようとした群衆が路上にはみ出してくる。警備の兵士たちは懸命に群衆を抑制しようとするが、多勢に無勢で話にならない。

 そうこうしているうちに、暴走する馬と馬車が路地の無秩序さを拡大していく。いななき。悲鳴。流血。流血。骨が砕ける音。


 誰かに、思い切り足を踏まれた。

 続いて胸のあたりを強く踏まれる。


 歳を経て脆くなった骨が、ボキリと嫌な音をたてた。

 一拍の間を置いて、燃えるような激痛が全身を貫く。


 私は必死の思いで、馬車から落ちた息子がどうなったかを、目で追う。

 でも視界には大量の無秩序な足しか映らなかった。



 ああ――こんな。

 こんな――ことって……



 朦朧としはじめた意識の中で、私は祈るような、願うような、か細い歌声を聞く。



♪野の獣は ぽつぽつ歩く

 一人で歩く ぽくぽく歩く

 いつから いつから 野の獣は

 のけものになったの?


 野の獣は ほろほろ歩く

 二人で歩く ぼろぼろ歩く

 いつまで いつまで 野の獣は

 のけもののままなの?


 野の獣は ぽとぽと歩く

 三人で歩く ほとほと歩く

 どうして どうして 野の獣は

 のけものとよばれるの?


 さあ祈りましょう あなたに祈りましょう

 さあ祈りましょう わたしに祈りましょう


 日々であるために 省かれた時と

 100であるために みなされた1つ


 皆であるために 無視された人と

 獣であるための のけものたちを


 さあ祈りましょう あなたに祈りましょう

 さあ祈りましょう わたしに祈りましょう


 天に自由を 地に希望を

 我らの魂に 平穏のあらんことを♪



 この歌は……

 こんな危険な歌が、なぜ帝都の、こんなところで――



 背後で、大きな悲鳴が上がった。

 もはやほとんど感じない痛みをこらえつつ、反射的に首だけで後ろを見る。



 そこには、興奮しきった目でたかだかと前足を上げた、黒い軍馬の姿があった。







 そして、


 その足が、


 天から、


 降ってきて、


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