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至るべき星へ向かって(2)

「おはようございます」


 茉莉香(まりか)の朝は、この挨拶から始まる。


 操船室(パイロットルーム)の扉の脇に出してあるゴミを、担当のおばちゃんが片付けているところだった。

「おや、おはよう、茉莉香ちゃん。今日は早いね」

 現在時刻は、グリニッジ標準時午前八時。茉莉香にしては早い方である。ここ最近、非常事態ばかりだった。徹夜とか夜勤とか、早番だったり、定時を過ぎてから呼び出しがかかったり、更には泊まり込みも珍しくは無かった。それで、この扉の前に立つ時刻がバラバラだったのだ。

「ああ、うん。今日は補助機関のアイドリング運転をするんで、その準備があるんですよぉ」

 少女は扉の前で振り返ると、頭を掻きながらそう応えた。

「大変だねぇ。学校も退めさせられちゃったんでしょう。寂しくない? おばちゃんに出来る事なら、何でも言ってよね」

 やや恰幅の良い中年の女性は、割烹着の上から胸──ではなく腹を叩いた。

「ありがとう。その時は、お願いね。さあて、お仕事お仕事っと」

 茉莉香はそう言うと、もう一度扉の方に向いた。


──声門パターン照合

──網膜パターン判別


 彼女が操船室の扉の真ん中に現れたパネルに触るまでに、部屋のセキュリティーAIは既に第一次の生体認証を終わらせていた。

 茉莉香は、タッチスクリーンパネルに現れた文字をなぞって、自分だけが知っているパスワードを入力した。勿論、表示される仮想キーボートの配列パターンは毎回違っている。


──指紋照合

──皮膚表面分泌物採取、分析開始

──パスワード照合、第一扉、開放


 静かにスライドして開いたドアに、滑るように彼女は入り込んだ。


──臭気採集・分析完了

──DNAマトリックス、登録マップとのズレ0.02%以下

──ESP波、固有振動数合致


 彼女が分厚い隔壁の中を通り過ぎるまでには全ての生体認証が終了し、室内の全システムが目を覚まし始めた。


「ふぅわぁぁ。ねぇーみぃ」

 大きな欠伸をして、コンソールの前の椅子にどっかと座り込んだ時には、操船室の扉はもう閉まっていて、ロックがかかっていた。

 これだけの装甲と電子システムで防護されていても、船の中心部から伝わるエンジンの振動が感じられる。それだけで、茉莉香は、自分が『ESPエンジン』と一体だと言う感覚に浸る事が出来た。

「さぁて、昨日仕込んだ計算は出来てるかなぁ……」

 茉莉香は、メインコンソールを起動させると、IDとパスワードを入力して、システムにログオンした。

 目の前の主画面(メインディスプレイ)には、いくつかの『お知らせ』アイコンと、不具合(ワーニング)を知らせるウィンドウが表示されていた。

「むぅ」

 彼女は、少し口を尖らせると、画面中央で点滅しているウィンドウの【詳細】ボタンに指の先で触れた。

 不愉快に点滅していた『WARNING』の文字が消えると、より大きなウィンドウが開いて、十数行の項目値が滑らかに表示される。

「何よ、コレ。回転系の摩擦係数が大き過ぎ? これじゃぁ、モーメントバランスが取れないって……」

 茉莉香は、左手の中指で自分の髪の毛を玩びながら、問題のありそうな箇所を確認していった。

「何だとぉ。これ、実測値よね。あれだけ言っといたのに……。もしかして、ベアリング、交換してないんじゃないの? このままじゃ、主軸が(ひず)んで機関が飛んじゃうじゃないの」

 どうやら問題点が特定されたらしい。若いパイロットは、主画面の左手に設置されている受話器を取ると、手早く数字キーを押した。機関室への代表回線である。

 しばらくの呼び出し音が鳴ったあと、人間の声が応えた。

<はい、機関室。どうかしましたか?>

 眠気を誘うような男性の声だった。

「あ、機関室ですか。あたし、パイロットの(たちばな)です。昨日、お願いした主軸ベアリングの交換の件なんですが、担当の方、いらっしゃいますか?」

 ついこの間まで、同年代の友人と学校に通っていた割には、茉莉香はまともな言葉遣いで要件を伝えていた。これも、『ESPエンジン』や機械知性体群(AIたち)と深くリンクしたせいだろう。彼女の自覚もないまま、パイロットとしての所作が脳内に記録されたのかも知れない。

<えーっとぉ、分かりました。少々お待ち下さい>

 電話の向こう側からの返事が伝わると、保留状態を示す電子音楽が流れてきた。

 三分ほども待ったろうか。しばらくして音楽が止むと、さっきとは別の男性の声が聞こえた。

<お待たせしました。整備担当の門倉(かどくら)です>

 それに待ってましたとばかりに、茉莉香は要件を伝えようとした。勿論、ビジネス電話のマナーは忘れない。

「あーっと、お世話になってます。あたし、パイロットの橘です。先日お願いした、補助機関主軸のベアリング交換の件なんですけど。今、お時間よろしいですか?」

 すると、向こうの担当は、

<あー、三番から八番の流体カップリングのところね。一応、指示通りに交換しましたが……。何か問題でもありましたか?>

 これに対して、茉莉香は、

「あっ、それなんですけれど。今日のアイドリング運転に先駆けて、駆動シミュレーションをしてたんですけれど。どうも、主軸の動摩擦係数が、想定値よりも大幅に高いようなんですよ」

 と、計算トラブルについてを伝えた。

<ああ……、成程。パラメータには、何の数値を使いましたか>

 担当者の確認に対して、彼女は、

「交換作業終了後の実測値を使っています。安全係数を5として、三百五十万時間後の動作を計算してたんですが、予測より外れが大きすぎるもので。それで、パラメータを再確認したところ、異常値の現れたのが主軸のところだったんです」

 と、詳細を告げた。

<うーむ、マージン5で、三百五十万時間を耐えられない……、ですか。ちょぉーっと、まずいですね。最悪、実機運転の時にトラブるかもです。……このところ故障続きだったんで、台座やハウジングの形状に歪みが出てる可能性も考えられますね。それで、パーツの取付時のアラインメントがズレてるのかも……。すいません、こちらでも確認するんで、シミュレーション結果とパラメータ一覧を送ってもらえませんか。アドレスはTO:門倉で、CC:に機関長と機関助手の田村(たむら)を入れてやって下さい>

 担当者の判断は、迅速だった。


 恒星系内から遥かに離れた外宇宙でのトラブルは、たとえ些細な事が原因でも、船全体の喪失につながる事もある。ましてや推進機関の話だ。補助機関とは言え、疎かには出来ない。

 修理・交換時に、それぞれの部品レベルで定格以内であっても、安全率をとってわざわざシミュレーションをするのは、実機試験で大事になる可能性を少しでも減らすためだ。


「分かりました。取り急ぎメールしますね。試運転前の忙しい時に、ありがとうございます」

<いやいや。早めに連絡をもらえて、こちらこそ助かります。ええーっと、安全が確認されるまでは補助機関のアイドリング運転を延期するように、機関長と保全の方には私から伝えますんで>

「お願いします。早い時間に、わざわざすいません」

<いや、こちらこそ、お手数をかけます。えーっと、すぐに現場に入りますんで、他にも機関の関係で何か問題があるようでしたら、門倉宛にメールして下さい。いやぁ、事前に知らせてくれて助かりました>

「こちらこそです。では、すぐにメールを送りますので、よろしくお願いします。それでは、失礼します」

<失礼します……>


 ひとしきりの業務連絡が終わると、茉莉香は、「ふぅ」と溜息を吐いて受話器を元に戻した。

「んーっと、お仕事ひとつ終ーわり、っと。……ええーっと、その前に、メール、メールっと」

 茉莉香は、忘れないうちに担当者の門倉宛のメール作成に取り掛かった。

 コンソールに手を伸ばして作業ウィンドウを開くと、そこには支援AIの作成した下書きが、既に表示されている。

「ふむふむ……、えーっとぉ……、何なにぃ、……先程のお電話の件、シミュレーション結果とパラメータ一覧を添付ファイルにてご送付します。ご査収のほどよろしくお願いします。えーと、もし、添付ファイルが開けないなどの不具合がありましたら、折り返し橘までご返信下さい、とな。……それからぁ、……補助機関のアイドリング運転試験の目処が立ちましたら、スケジュールなどをお知らせいただければ幸いです。以上よろしくお願いします……まる。ふぅーん、いいじゃん。機械のくせに、良く出来てるわね。なんだか、バカ丁寧過ぎるような気もするけど」

 彼女は、AIの作成した下書きに目を通すと、その出来に感心していた。義務教育の途中までしか受けていない茉莉香は、当然ながら、大人社会のビジネスマナーなど全く習った事もない。母が時折、電話で職場とやり取りするのが聞こえてくるくらいのものだ。

 それで、支援プログラムが自動作成してくれた本文がどこまで正しいのかは、彼女には良く分からなかった。

「ま、取り敢えず、良いんじゃないかな。伝えたい内容は網羅されてるし。……添付ファイルも大丈夫。あっと、宛先が門倉さんで、CC:に機関長さんと、田村さん、っと。後はぁ、……いいかな、いいかなぁ。……いいねぇ。じゃ、じゃあ、送信しちゃうぞぉ。……しちゃう……ぞぉ」

 私的(プライベート)以外の宛先へメールを送る時は、いつも緊張してしまう。

 本文の下書きは、AIが及第点のものを作ってくれた。添付のファイルもよし。送信先も連絡帳から慎重に選んで入力した。そして、確認もした。問題は無い……はずだ。

「これで良いはず、だよね。うん、問題は無い。じゃ、じゃあ、送信っ」

 茉莉香は意を決すると、震える指先で、【送信】と書かれたアイコンに触れた。


<ピッ>


 と電子音が鳴って、作って確認したばかりのメールが送信された。

 作業終了と共に、画面の真ん中に小さな枠が現れた。その中には、〔送信完了〕と書かれてあった。

「ふぅ、これでホントにお仕事ひとつ終わり。ほんじゃぁ、次は、今日の予定を変更しなきゃな」

 メールを送り終えた少女は、パイロットシートの上で両手を上に挙げて大きく伸びをした。

「んんー。ビジネスメールなんて、肩凝るよ。AIの作ったので充分良く出来てるんだから、最後の送信まで自動でやってくれればいいのに」


 基本、面倒臭がり屋の茉莉香は、機械知性体が宛先の入力や送信作業もやってくれない事が、不親切だと思っていた。

 実は、支援AIの作業が、本文の下書きと添付ファイルの設定に制限されている理由は、宛先やその他の情報を入力させる事で、人間が送信しようとしているメールをちゃんと確認するように仕向ける為であった。正式に送信するメールの確認もしなくなれば、何のために人間が作業しているのか、その理由が無くなって仕舞う。

 それでは困る、と機械知性体群(AIたち)は考えているようだった。


 機械知性体と同等の処理速度を誇る『電子使い』ででも無ければ、こと事務処理に関しては、人間が実行するよりも、AIが肩代わりする方が間違いも無く、遥かに早く効率的だ。しかし、それをしないのは、それなりに理由がある筈だ。そして、その理由は、決して人間側のモノではなく、AI達の都合でなくてはならない。

 でなければ、船のオペレーションは、とっくの昔に機械に取って代わられていたに違いない。

 そうならなかったのは、たとえ事務作業でも、作業の中枢部分──その一部分であっても──を人間が担う事が重要だと、AI達が認識しているからに他ならない。その理由や理屈については、今もって不明である。主としてバイナリー計算を行うAI達の思考形態は、人間のそれとは次元の違うモノだからだ。

 その意味では、人間の肉体と切り離され、機械知性体群とダイレクトに接続(コネクト)されている『ESPエンジン』には、彼等──AI達の『気持ち』が、解るのかも知れない。


 しかし、そんな事には一片の興味も無い茉莉香は、少し思案していた。今日の最大のイベントである、補助機関のアイドリング運転が延期になったからである。

「仕方がないなぁ」

 少し口を尖らせた少女は、今度はスケジューラを呼び出して、本日の予定を再考し始めた。今日一日分のタイムラインと、ToDo(やるべき課題)を表示させて、空いた時間に振替え出来るものが無いかを確認していく。


──第七十七太陽系へ向かうための航路変更


 これは、航海長達の方で作成している筈だ。それが分かるまでは、茉莉香にやる事は無い。


──『ESPエンジン』の整備と次回ジャンプのための調整


 これも、機関部と整備部が中心になって進めている。彼等のスケジュール次第だ。


──対宇宙海賊戦闘時のFFPフォース・フィードバック・フェノメノン状態のレポート


 レポート,報告書といえば、茉莉香の一番大嫌いな部類の仕事だ。学校の宿題すら、やらなくていい理由をでっち上げるために、一晩かけて考えることもある彼女である。時間があったとしても、なるべくなら後回しにしたい。それに、その時の記録は、軍があらかた回収してしまっている。これが返却されるまでは、ペンディングである。この件に関しては、公開する情報を慎重に選んで作成しなければならない。よって、ありがたいことに、今日空き時間が出来たからと言って、作業に取り掛かれる類のものでは無かった。


──『ESPエンジン』及び機械知性群とのディープリンクと、制御システムの突然のバージョンアップについてのレポート


 このレポートも、かなり微妙な内容だ。出来ればじっくりと考えたい。と言うか、今は、やりたくない。よって、パス。


──機械知性体群による乗組員のブレイン・ハッキングと操船情報の強制書き込みの件についてのレポート


 これも、強敵を迎えた『ESPエンジン』とAI達のやった事としておこう。シャーロット達の攻撃に対処するには、必要不可欠な事だったのだ。『人道的にどうなのか?』と云うヤヤコシイ問題は付いて回るが、それをも含めて納得してもらえるような報告書を作るのは、結構骨が折れる作業だ。と言うか、茉莉香としては面倒臭いので、今日はそんな事をやる気分では無い。


──関係各部署からの稟議書の確認と承認

──『ESPエンジン』稼働状況の定時報告書の提出

──『ESPエンジン』操作訓練、及びその報告書提出

──操船室内の整理と不要物の廃棄


 これらは、毎日必ずやっている仕事だ。一日の最後にやれば良い。


──操船室内の模様替え


 茉莉香が先代のパイロットから操船室(このへや)を受け継いだ後、海賊の攻撃や隔壁の増設,『ESPエンジン対応兵装』用に後付けされた機器で、室内は雑然としている。年頃の女の子である茉莉香にとっては、メカメカしい室内は『可愛いい』とは程遠い。

 しかし、自宅の彼女の部屋を一目でも見れば分かる通り、茉莉香は片付けが大の苦手である。それも、壊滅的なくらいに。


「そうだ。これにしようっと。やっぱり、あたしみたいな可愛い女の子の詰めてる部屋なんだから、もう少しお洒落にしないとね。お昼までは片付けとお掃除をして、午後からは小物入れとかインテリアの飾り付けをしようっと」


 ここに母の由梨香(ゆりか)が居れば、『そんな事、あなた一人で出来る訳無いでしょう』と、嗜めてくれた筈だ。しかし、残念な事に、操船室は彼女一人の為のお城(・・)なのだ。彼女が好きに出来る。そして、無謀にも茉莉香はそれを実行すると決めたのだ。

「そうと決まれば、話は簡単。……えっとぉ、まずは要らない物を棄てようっと」

 そう言って、茉莉香がシートから立ち上がろうとした時、コンソールが鳴って来客を告げるメッセージが主画面に現れた。

「ん、もう。折角これから片付けをしようとしていたのに。誰よ……」

 少女は少しイラつくと、画面のウィンドウに指で触れた。

「お待たせしました、橘です。どなたでしょうか?」

 内心はイラツイていても、応対する時には見せはしない。なぜなら、彼女は正規のパイロット──大人の仲間入りをしたのだから。

 すぐに、インターホンから男性の声が返って来た。

<ああ、居たんだね、茉莉香くん。私だ、航海長だ。ちょっと話があって来たんだ。少し、時間、空いてないかな?>

 件の声の主は、航海長だった。

「こんな時に何だろ。航路の関係かな。まぁ、断る理由なんて無いし。……はい、大丈夫です。今、ドアを開けますので、お入り下さい」

 少し気になるところはあったものの、特に断る理由も無い。茉莉香は、入口のロックを外すと、扉を開放した。


<シュン>


 という静かな音がして扉が開かれると、そこには航海長の姿が見えた。勿論、事前にセキュリティーAIによる『身体検査』済みである。

「やぁ、茉莉香くん、お邪魔するよ。仕事は、はかどっているようだね」

 機関長と違って知性的な彼は、そう言うと操船室に入って来た。

「航海長こそ、わざわざこんなところにまで来るなんて。珍しいですね」

 茉莉香はシートから立ち上がると、挨拶がてらにそんな話をした。

「ん? 今なら機関部が忙しいから、()は来ないと思ってね」

 つかつかと茉莉香のところまで歩きながら、航海長はそんな事を言った。

()って……、ああ、機関長の事ですね」

 普段のやり取りを見ていれば分かるが、航海長と機関長は、とてもじゃないが仲が良いとは言えない。それで、こんな時間にやって来たのだろう。

 そんな彼は、

「ご明答。彼のようなガサツな人間が、よくあんなスイーツを作れるものだよ」

 と、少し口をへの字にしながらそう応えた。

「今日来たのは、他でもない。以前の約束を果たさなきゃって思ってね」

 航海長の言葉に、茉莉香は首を捻った。以前の約束と言っても、思い当たる節が無かったからだ。彼女がキョトンとしていると、

「茉莉香くんがパイロット候補になった時に、約束したろう。学校へ行けなくなった代わりに、家庭教師をつけるって。忘れて仕舞ったのかい」

 と言って、彼は爽やかな笑顔を見せた。

「え? ……ええぇー!」

 今度こそ茉莉香は驚いた。

「予定されていた補助機関のアイドリング運転が延期になったからね。丁度、私もスケジュールに隙間が出来たんだ。いい機会だから、個人授業をしようかと思ってね」

 彼はそう言いながら、小脇に挟んだA4版ほどのサイズのタブレット端末を、右手に持ち替えた。

「え、あ、いや。家庭教師だなんて。航海長さんに、そんな真似はさせられないですよ。お仕事でお忙しいでしょうし」

 突然の提案に、茉莉香は焦った。


(折角、学校に行かなくて良くなったのに、家庭教師なんて……。やっと勉強とか宿題とかから開放されたんだから、放っといてくれればいいのに)


 これが彼女の本心だった。

「はは、遠慮なんてすることはないよ、茉莉香くん。こんな時ででもないと、時間を作れないからね。補助機関の再点検は、早くても夕方までかかるらしいから、じっくりと教えてあげられるよ。さぁ、何からしようか。『太陽系連合近代史』が良いかな? それとも、『経済学基礎理論』にしようか。……『解析数学』も必須だよね。でも『初等動力学』も外せないな。でも、まずは『広域銀河マップ』を憶えてもらわないと……。そうだね、一時間目はそうしよう」

 そんなに勉強を教えるのが楽しみなのか、航海長は笑みを絶やさずに個人授業のメニューを羅列していた。

「えっと、あ、いや。今更、勉強なんて……。あ、あたしは実践から学んでますから、座学は無くて大丈夫ですよ。航海長も、お忙しいでしょうし」

「そんな事を気にしていたのか。さっきも言ったろう。補助機関(サブドライブ)の件が無くなったので、私の方もスケジュールに空きが出来たんだよ。遠慮する事なんて無いよ。パイロットを引き受けてくれたお礼としてはささやかだが、精一杯やらせてもらうよ。茉莉香くんのお母様にも、重々頼まれていた事だしね」


(ええっ、お母さん。なんて事を頼んでんのよ! 今更お勉強なんてヤダよう。コーンでも機関長でも、誰でもいいから、助けに来てぇ)


 別の意味で、今、茉莉香は窮地に陥っていた。




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