ESPエンジンの子供達(2)
(え? ……聞こえる。だれ? どこから? 『ESPエンジン』……、チガウ。このESP波は、どこかで……)
真空の宇宙を漂っていたコーンは、誰かの感応波を感じ取った。それは、宇宙の彼方からではなく、足元で慣性航行をするギャラクシー77の中から聞こえるような気がした。
船の乗組員の中で、ESPシャッター機能を備えたエネルギー伝導装甲システムを通り抜ける程の感応波を使える者は限られている。彼の思いつく限りでは、茉莉香と『ESPエンジン』、……そして、宇宙海賊。
確か、宇宙海賊達は跡形も無く殲滅した、と聞いている。だが、もし生き残りが居たとしたら、
(マリカ……、アブナイ)
そう判断したコーンは、矢も盾も堪らず、船内へと瞬間移動をした。
<ガッ、ぐぁ>
船の最外殻──甲板の上で、コーンはひっくり返っていた。
船内にテレポートするつもりだったコーンだが、彼はESPを受け付けない甲板に弾かれて仕舞ったのだ。
(うー、シット。エネルギー伝導装甲はESPを通さないんだた。……少し……イタイ)
コーンは上半身を起こして、腰を擦っていた。
(たたた。宇宙服は……だいじょぶ、破けてない。生命維持装置も元気。……さて、どしよう。入口を探さないと)
船内へのハッチを探そうと、コーンが周りを見渡すと、ギャラクシー77の作業員達が働いているのが見える。その遙か向こうにそびえているのは、護衛のフリーゲート艦か。
この艦も、今さっき、彼が衝突を防いだのだ。
結局、コーンは、二隻もの護衛艦の接舷を、手伝ったことになる。続けて二度も大きな念動力を使って、彼の疲労は見かけ以上に蓄積している筈だ。
それでも、茉莉香に危険が迫っているなら、すぐに駆け付けなければ。
コーンは、ずいぶん昔に聞かされたお伽噺の騎士のような心境にあったのかも知れない。
気を取り直して、彼はその場に立ち上がった。首を何回か横に振って意識をはっきりさせる。改めて周囲を見渡すと、右側で誰かが手を振っているのが見えた。
(なに? だれ?)
コーンが「ボー」としていると、ソイツは片手を振りながら、反対の手でヘルメットの喉元を押し付ける仕草を何度もしていた。
(あっ! 通信機)
コーンは、その仕草が『無線のスウィッチを入れろ』ということであることをやっと理解した。右手で宇宙服の喉元のスウィッチを押す。
少しばかりの雑音が流れた後、チューナーが自動的に指向性の電波を捉えて同調する。
三秒くらいで、通信機は話し掛けてきている人物の声を、ヘルメットのスピーカーに出力した。
<そこの君、何やってるの! 名前は? 所属は?>
声からして女性のようだ。慌ててコーンは返事をした。
<あ、すいません。ボク、保安部見習いのコーンと言います。……えっと、船外の見回りをしていて、迷子になっちゃって……>
コーンは、ウソとホントが混じった事を手短に応えた。
<保安部? 認識ナンバーは? 見習いって、……聞いたこと無いけど。ナンバーが登録されてる筈よね。まずは、それを聞いてからよ>
宇宙服の女性は、少し警戒しているようだ。
記者会見で、正式に宇宙海賊は全滅したとは聞かされていたが、どこかに生き残りがいるとも限らない。こんなところで、ポツンと一人だけでウロウロしているコーンを、不審に思わない筈が無い。
<聞こえないの! 認識番号を言うのよ。それと、認証パスコードも>
再び女性が尋ねた。こんなところで言い争って、時間を無駄に使う訳にはいかない。
<ボクは、保安部特務課課長付きのコーンです。えと、認識番号は、GGS07563ESP01。それから……、認証パスコードは、ZZ87Q3です>
通信機でそれを聞いた女性は、左手首の端末情報を確認しているようだった。
<ふむん。確かに保安部に所属しているようね。でも、末尾コードが『ESP01』なんて、初めて聞いたわ。新しい部署なのかしら。……まぁ良いわ。それで、君は一体どうしたの?>
女性は、コーンにあまり近付こうとはせず、無線で単刀直入に要件を訊いた。
それに対してコーンは、
<あ、いや……ボク、船外の警備で甲板に出て歩き回っていたら、ハッチがどこにあるのか分からなくなったです。迷子。ボク、迷子になってしまった。あのぅ……出入り口がどこか、教えてくれないでしょか>
コーンは、やや拙い日本語で尋ねてみた。
彼のそんな様子を見て、宇宙服の女性は納得したのだろう。左手で、ある方角を指差した。
<あっちへ五十メートル程行けば、ハッチがあるわよ。開け方くらい分かるわよね>
あまりにもそっけない返事だった。ヘルメットで表情は分からなかったが、どうやら、彼女はコーンを厄介者と判断したようだ。これくらいの距離なら、コーンくらいのテレパシー能力でも、彼女が自分にどんな感情を持っているかくらいは察せられる。
<ありがとございます>
コーンは一言お礼を言って、頭を深々と下げた。そのまま、スタコラサッサと彼女が指をさした方角へ小走りで駆けて行く。
変に思われて、詮索されるのが面倒だったのだ。
ついこの間まで移民をやっていたコーンでさえ、世間にもまれれば、この程度の人間関係を察する事くらい出来るようになる。茉莉香がいれば、『成長したわね』と言って喜んでくれるだろうか。
コーンは、頭の隅に茉莉香の顔を思い出して、我に返った。急いで確かめなければならない。
甲板上に転がっているガラクタに注意しながら、彼女の指差した方角へ進んでいると、緩やかに湾曲した甲板に、二メートル四方程の出っ張り状の構造物を見付ける事が出来た。
左腕にセットしている端末から信号を送ってみると、上手い具合に反応が返って来た。
(あったぁ。やっと見つけたぁ)
彼は出っ張りの一部に端末をかざした。すると、金属の構造物の隙間から、光がチカチカと瞬くのが見えた。
(認識してくれた、……のかな?)
コーンは少し不安になりかけていたが、すぐに金属板がスライドして、コントロールパネルを防護している蓋が現れた。
彼は、蓋に付いているごっついハンドルを握って捻った。カチリとロックが外れる感触が、手から伝わって来た。そのままハンドルを引っ張ると、厚さ三センチはありそうな蓋が開いた。中には、LCD表示パネルと、その下に数字や記号を含めたいくつかの制御ボタンが並んだキーボードが収まっていた。
コーンは、解錠用のキーコードと自分の認識番号を入力すると、最後に腕の端末に表示されたPINコードを入力する。
ディスプレイと腕の端末がチカチカと明滅するのを見て、コーンは機械同士が何やら早口で会話をしているように思えた。
しかし、それも束の間の事。すぐに甲板の一部がせり上がって開口部が出来上がった。
(ふう。やっと開いてくれた。機械、使うのメンドくさい)
テレポートさえ使えれば、面倒な事などしなくても一瞬で船内に入れるというのに。どうして、こんなふうにヤヤコシイ手続きが必要なのか、コーンには全く理解できなかった。
だが、理解できないからとボヤいているだけでは、先へ進めない。彼は、その手続きに戸惑いながらも、三日かけてこれを丸暗記したのだ。
おかげで、こうやって真空の宇宙から、空気のある船内に入る事が出来る。
コーンは、扉の内部にある手すりに掴まると、四角い穴へと入り込んだ。そこにあるのは、また扉とコントロールパネルである。だが、今度の操作は簡単だった。彼は、赤くて大きい四角いボタンを押すと、腕の端末をパネルに押し付けた。
すぐさま、青と赤のランプが点滅して、目の前の扉がスライドして開いた。
ホッとしたコーンは、ドアをくぐって次の部屋へと入った。後ろを振り返って、外部ドアに異物が無いのを確認する。
「外壁扉、異物無し、ヨシ! 安全装置、動作確認、ヨシ! 安全距離、確認、ヨシ! 外壁扉付近に人影無し、ヨシ! 外壁扉、閉鎖」
コーンは教わった通りに、声に出して安全を確認し、指差し呼称をすると、外壁扉の閉鎖レバーを引いた。重いモーターの回る振動が伝わると、船内に入るときに最初に通った扉が、ゆっくりと閉まり始めた。
最後の十センチを一分程もかけて、やっと外壁扉が閉まると、コーンは次のプロセスに入った。
「外壁扉、閉鎖確認、ヨシ! 扉、異物挟み込み無し、ヨシ! 扉周辺、異物無し、ヨシ! 扉ロック、ヨシ! コントローラー異常ランプ点灯無し、ヨシ! 外壁扉開閉器、スウィッチオフ、ヨシ! ……えっと、それから……。第二扉、異物無し、ヨシ! 第二扉から二メートル、ヨシ! 第二扉周辺に人影無し、ヨシ! 第二扉閉鎖、……扉閉鎖、ヨシ! エアロック内に危険物無し、ヨシ! 宇宙服気密、ヨシ! 船内側扉、気密、ヨシ! エアバルブ開放、ダイヤルメモリ3、ヨシ! ……室内一気圧、ヨシ! 気密漏れ確認、ヨシ! 酸素濃度、ヨシ! 気温十八度、ヨシ! 湿度四十五パーセント、ヨシ! 危険性ガス検知器、ヨシ! エアロック内安全、ヨシ!」
これまた、くどいくらいの安全確認を指差し呼称をしながら行ったコーンは、やっとヘルメットのバイザーを開放した。宇宙服とエアロック内とに生じていた僅かな気圧の違いで、<プシュッ>という音がした。
「ふう。えと、船内に入るんだから……、第二扉、ヨシ! 気圧、ヨシ! 船内側扉、異常無し、ヨシ! 船内側気圧確認、一気圧ヨシ! 温度差、五度以内、ヨシ! 船内側扉外に人影無し、ヨシ! 扉からの安全距離、ヨシ! 船内側扉、開放……、開放ヨシ! 気圧偏差無し、ヨシ! ……ふぅ、やっと船の中、入れる。日本人は、どうしてこうも安全確認が好きなんだろ。ボク、良く分からない。……あ、忘れるところだった。安全のポイント、気圧確認ヨシ! ゼロ災でいこう、ヨシ!」
コーンは、最後のオマジナイを、気圧計を指差しながら唱えると、フラフラと船内に通じる扉をくぐった。
何十年、何百年経っても、人的ミスに依る宇宙船の事故が極端に少ないのは、もしかしたら、エトウ財団が組み上げ、運営してきた、日本の昔ながらの安全意識のお陰なのかも知れない。
コーンは、後ろを振り返ってエアロックの扉が閉まっているのを再確認して、向かって右の部屋へ向かった。そこは、一般用の更衣室だった。
彼は、据え付けのテーブルの前までやってくると、ヘルメットを脱いでそこに置いた。
「ふう。……おっと、ここでホッとしてはダメ。あの感応波を調べないと」
一息吐く暇もなく、彼は宇宙服の生命維持装置のパックを外した。それを規定の棚に置いて、電源のケーブルとエアの充填ホースを接続し、制御装置のスイッチを入れた。後は放っておけば、充電とエアの補給が自動制御で行われる。
続いて、分厚い宇宙服を脱いで、壁際に作り付けられているロッカーに吊るした。開け放たれたロッカーの扉の裏には、チェックリストが吊るされていた。コーンは、少し顔を顰めると、リストの項目と宇宙服を丹念に見比べながら、✔(チェック)を付けていった。最後の欄に、自分の名前と認識番号を書き加える。これで、宇宙服のクリーニングとメンテは、担当者がやってくれる。
コーンは、やれやれといった表情で、最後に部屋の隅の姿見の前へ行くと、身体の前後ろを確認した。保安部の制服に包まれた彼の姿は、さっきよりも身軽に見える。
ヘルメットを被っていたせいで癖がついたのだろう、髪の毛が一部、寝癖のように立っていた。彼はそれを隠すように、手荷物バックから取り出した帽子を被った。
「これで問題ない。……ふぅ、船外へ出入りするのって、超面倒くさい。雑誌に載ってたマンガでは、三秒くらいで出入りしてたのに。こんなの詐欺です」
コーンは、鏡の前で思わず不平を漏らしていた。
いや、今はそんな事より、例の感応波だ。
彼は、両手で頬をパンと軽く叩くと、気を取り直した。目をつむって精神を集中させる。
(……聞こえる。かすかだけど、誰かの感応波。どこから?)
やはり、感応波は船内から発せられているようだった。コーンは、自分が何も無い空間に漂っているイメージを浮かべた。心を自由にして、漂ってくる感応波を感じ取る。
数十秒程経った時、彼は眼を開いた。
「捕まえた。最外殻の第八十二番移民街区。……え? 移民街区から? どうして?」
コーンも、元々は移民としてギャラクシー77に乗り込んでいた。移民も移民街区の事も、良く分かっているつもりだった。
少なくとも今まで暮らしてきたブロックには、感応波なんて超能力を使える者などに遭ったことは無い。
「取り敢えず、発信源まで行ってみよう」
コーンは意を決すると、再度、精神を集中させた。
船内でも、気密隔壁にはESPシャッターが機能している。だが、目的地が分かれば、適切に距離をきざんで瞬間移動して行けるはずだ。
頭の中に船内の配置を思い浮かべ、目的地までの経路を想像する。
彼の頭の中に、最初の移動先の部屋のイメージが鮮明になった瞬間、コーンの姿は部屋から消えていた。
そして三分後、コーンは目的の第八十二番移民街区に現れた。
「ここの筈……、だけれど。寂れてる。思ったより人が居ないなぁ」
コーンの口から、思わずそんな言葉が出て来た。
宇宙海賊との交戦で、船の甲板は傷付き、幾人かの移民達は宇宙に投げ出されたのだろう。
それ以外に、第四十八太陽系で兵器を搬入した時にも、格納用に移民街区が転用された。移動が間に合わずに閉め出されたり、最悪、隔壁の外に放り出された者もいたのだろう。
ギャラクシー77の乗組員達──移民は乗組員には数えない──は、彼等の人数など数えていないのだ。
それは、あからさまな差別意識ではあったが、移民船ではこれが普通なのだ。そんな事は、元移民であったコーンには、痛いほど分かっていた。
しかし、今そんな事を考えていても、先には進めない。彼は、自分の端末を取り出して付近の監視カメラの映像を確認し始めた。
(やっぱり、何人も宇宙へ投げ出されている。……船長さんもマリカも、移民達の事は全然考えて無いんだ)
当然と言えば当然のことなのだが、今のコーンには、それが辛かった。かと言って、自分に何が出来るだろう……。結局、何も出来ない。それが、更に彼の気持ちを傷付けた。
(いけない、いけない。今はそんな時じゃない)
コーンは気を取り直して、幾つかのカメラの映像を丹念に見ていた。
(あれ、おかしいな?)
しばらく録画映像を再生していて、コーンは妙な不自然さを覚えた。
画像が乱れているのはしようがない。サルガッソ空間の強電磁場の影響下で、電子機器は不調だった。その上、宇宙海賊との戦闘もあったのだ。まともに記録が残っているだけでも幸運だ。
だが、コーンが感じた不自然さは、そんな事では無かった。途切れ途切れの粗い映像の間に、妙に鮮明な画像が交じるのだ。
(そうだ、オリジナルのデータ)
コーンは、録画映像の検索先を、船の映像アーカイブスからオリジナルデータへと切り替えた。
こんな時、保安部の認識番号を持っていると重宝する。船内の安全管理の為、保安部にはオリジナルデータの保管サーバへのアクセス権が与えられている。
しかし、元データにアクセスしてみて、彼は驚いた。
「えっ、そんな。オリジナルの映像記録、メチャメチャ。そんなバカな」
保安部に入ってから教わった事は色々あったが、記録については早くに叩き込まれた。船の記録データがオリジナルと違うなんて、あってはならない事の筈だ。それは、災害や事故が有った時に、裁判や保険会社への対応のためだ。
保険会社や検察官に証拠として提出するため、オリジナルのデータは一度だけ書き込みの出来る光磁気メディアに記録され、ブラックボックスに保管される。改竄や消去は、物理的に不可能な仕組みになっていた。
確かに機器の故障で記録が出来ない場合はあるだろう。それは仕方がない。だが、今、彼がアクセスしようとした映像は、一面がランダムな雑音で塗り込められていた。何者かが映像を書き込む時に割り込みをかけて、無意味なデータにしたのだ。
アーカイブスの映像と、オリジナルが違う。元データも潰されている。
(何があったの……)
コーンが混乱しかけている時に、遠くから声が聞こえてきた。どうも、移民の子供達のようだ。追いかけっこでもしているのだろう。どんな時にも、子供達が元気だというのは、心を和ませてくれる。
「こんな時でも、子供達、元気いっぱい。これ、いい事」
コーンは、一時、記録映像の事を忘れて、子供達の声に聞き入った。
「待ってよ。置いてかないでよ、シャル」
「アハハハ、早く来ないと置いてくよ、リョウ。ほら、ゲッツも」
「え! ゲッツだって!」
コーンはその名前に聞き覚えがあった。いや、聞き間違いかも知れない。
彼は心拍数が上がるのを感じながらも、我慢して子供達の声を聞き逃さないようにしていた。
「待ってよ、シャル。待ってえー。シャルったら。シャル、……もぉ、シャーロットぉ」
「なっ、なにい! シャーロットだって!」
コーンの耳に響いた名前は、あの忌まわしい海賊船長と同じものであった。




