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シャーロット捕獲作戦(4)

 それは、プラズマと強電磁波の荒れ狂う宇宙空間の片隅に浮かんでいた。


 一見すると、どこにでもある小惑星──いや、小さな岩塊のように思えた。しかし、よく見ると、ゴツゴツした岩石質の表面のそこここに、金属製と思しきパイプや柱,壁のような構造物が突き出し、人工の手が加わった事を表している。

 しかも、凄まじい重力勾配と電磁場の中で、その物体は微動だにしていなかった。

 エトウ財団が、最新のESPエンジンを組み込んで完成した、全長五千メートルを超える巨大移民船──ギャラクシー77でさえ、宇宙の難所と言われる『サルガッソ』空間では、台風の中で為すすべもなく風に舞う木の葉のように翻弄されていると云うのに……。


 そう、これこそ宇宙海賊シャーロットの拠点である武装海賊船であった。それを守っているものこそ、彼等の超能力であった。


 サイコバリア──海賊船の周りに張り巡らされた透明なESP場が、サルガッソの強烈なイオン流や強電磁輻射線を遮っていた。

 サイコキネシス──その強力な念動力は、光ですら捻じ曲げる重力勾配の中で、小さな岩塊を改造した海賊船を、一定の位置に固定していた。


 ギャラクシー77のESPエンジンでさえ困難を極める難題を、海賊達の超能力は、いとも簡単に実現しているように思えた。



「くくく、はっはっは、……あーはっはっは。見たか、ギャラクシー77のパイロット。愚かにも、まんまと罠に落ちるとは。太陽系連邦の宇宙軍も大した事なかったな」

 こう、声も高らかに嘲笑を浴びせたのは、誰あろう、海賊船長のシャーロットだった。

 彼の一味は、全員何かしらの超能力を持っていた。船長の彼自身も、強力なテレポート能力を持つエスパーだった。しかも、彼はギャラクシー77に搭載されている『ESPエンジン』に組み込まれた生体脳の子孫だと云う。

 ギャラクシー77を護衛艦諸共、この宇宙の難所へテレポートさせる超能力も、先祖のそれを受け継いだモノであろう。


「まんまと罠にハマりやがって。地球の宇宙軍の参謀は、無能だなぁ」

 海賊船の薄暗いブリッジに、嘲るような声が響いた。

「ゲッツ、控えろ。あの移民船も、護衛のフリゲート艦も、真の能力(ちから)を隠している。油断は禁物だ」

 先の言葉を吐いた、ゲッツという海賊を諫めたのは、海賊団の副長──サナダである。

「ESPエンジンの真の力は、人間の肉体という枷を外されて、無制限に発揮される強力なESP波にある。その力には船長でさえ敵わなかったんだぞ」

 サナダは、腕を組んで難しい顔を崩さないまま、そう続けた。

 先日の戦闘で、ESPエンジン奪取まであと少しというところで敗退したシャーロットは、さっきまでの笑顔を歪めると、「チッ」と言って副長を睨みつけた。

「サルガッソ空間に、ギャラクシー77を追い込んだまでは我々の作戦通りだ。だが、最後の一手を指し終わるまで、油断は禁物だ、シャーロット」

 海賊一味のリーダーであるシャーロットに怯むことなく、副長のサナダは続けた。

 勢いに走りがちな船長に対して、冷静で経験も重ねている副長は、単純に命令に従っているだけではなかった。彼も彼なりに、己の魂を賭けているモノがあるのだ。船長に行き過ぎたところがあれば、躊躇なく諌めることが出来る。そんな副長は、海賊一味の中でも一目置かれていた。ひょっとすると、その超能力は船長のシャーロットをも凌ぐかも知れない。そう感じている者がほとんどであった。

 そんな副長の言葉は重い。

 シャーロットも、それは承知の上であった。だが、作戦が順調に進んで有頂天になっているところに水を注されて、それでも笑っていられるほど、彼は老成してはいなかった。

「シャーロット、お前の言いたいことは分かる。あと少しだ。あと少しで、我々の念願は叶う。それは、次の希望へと繋がるだろう。ESPエンジンの生体脳を取り戻すことは、もうお前の私怨じゃない。これは、長い年月を虐げられてきた我々エスパーの、復権への第一歩なんだ」

 サナダはそう言うと、船長に一歩近づいた。

「勿論、分かっているさ。奴等をここまで追い込めたのも、皆のお陰だ。オレは、このチャンスを絶対に逃しはしねぇ。オレの先祖の生体脳は、必ず取り戻す。見てみろ。この狂ったような重力と強電磁波の嵐の中で、奴等の船は崩壊寸前だ。最後にちょっと指先で弾けば、ジ・エンド。これは、疑うこと無い、すぐ先の未来だ。そうだろう、サナダ」

 シャーロットは、彼の威厳に怯むこと無い副長に、穏やかな声で以って返した。

 超能力者の集団の中では、腹芸は意味を為さない。真に通じあえるからこそ、冷ややかで現実的な言葉も、疑うことなく受け容れることが出来る。

 サナダの目は、真っ直ぐにシャーロットの瞳の奥を探っているようだった。

 一瞬の後、副長は、ニヤリと口の端で笑みを浮かべた。

「その通りだな、シャーロット。我々が手を下すまでもない。この宇宙嵐の中で、ギャラクシー77は、程なく分解するだろう。中枢に組み込まれた『ESPエンジン』は、その防衛本能でサイコバリアを張って取り残されるだろう。我々は、それを回収するだけだ。完璧な作戦だ。さすがだな、シャーロット」

 そう言うサナダは、船長に逆らう反乱分子ではなく、彼の思惑を確実なものにする信頼できる副長であった。

 その言葉を聞いたシャーロットも、副長に一歩近づいた。

「その通りだよ、サナダ。ただなぁ、一つだけ言わせてもらおう。二度とオレの聞こえるところで、『ESPエンジン』って言うな!」

 彼は、サナダを怒鳴りつけると、強烈な右ストレートを副長の顔面に放ったのだ。それは、船長よりも一回り大柄な副長を吹き飛ばし、遥か離れたコンソールに叩き付けるのに充分な威力を持っていた。

 呻き声をあげながら、がっくりと首を項垂れた副長の口の端から、血が滴っていた。


──強い


 海賊船に乗り込んだ誰もが、こう感じた。

 サナダは、シャーロットが激昂することも、拳を振るうであろうことも、予め分かっていた。超能力もシールドしていた。足場もしっかりと念動で固めてあった。

 何より、サナダの予知が、こう告げていた。


──船長の拳は、自分の顔の寸前で止まるはずだと


 しかし、その全てが覆された。


 超能力が使われた訳ではない。肉体の力が凌駕した訳でもない。

 シャーロットの揺るぎない信念の為せる技であった。


 そしてそれは、海賊船に乗り込んでいる者達全てが知ることとなった。と同時に、それは彼等を『同じ信念』で、再度束ね上げる事になった。それ程の『言葉』と『拳』であったのだ。

「サナダだけじゃねぇ。他の誰にも言わせねぇ。分かったな。オレ達の取り戻そうとしているのは、奴等の作った機械じゃねぇ。れっきとした人間だ。俺達と同じだ。ただ、超能力を便利に使うために、そうされたにすぎねぇ」

 シャーロットの言葉は、船内でESP場を共有する全乗組員に、一瞬の遅滞もなく伝わった。そして海賊船は、一つの信念で駆動する巨大な戦闘知性体へと変貌させた。

 それは、同じく巨大ESP生命体とも云えるギャラクシー77に勝るとも劣らないモノであった。


 そして、海賊船長は遂に決戦に挑むべく、命を発した。

「皆、聞いてくれ。これより本船は、ギャラクシー77の中枢に幽閉されている同胞の奪還のため、戦闘に突入する。総員、第一級戦闘態勢。ESPエクスパンドシステム起動。FCSオンライン。両舷、全速前進」

「全兵装、オンライン。主砲、及びミサイル発射管、準備完了」

「統合ESPフィールド、同調率、八十パーセント。……九十、九十五、九十八、……同調率、百パーセント」

「念動推進機、両舷全速。前進いっぱーい」

<前進いっぱーい>

「測的器、統合ESPフィールドと直結。予知照準システム、リモートビューイングデータにシンクロ」

<突入部隊の各班、特一級ESP装備完了>

「前面サイコバリア、強度を二十パーセントアップ」

<強度、アップ完了>

「目標との距離、六万。接触まで、千六百秒」


 ギャラクシー77が、ESP場を応用した超空間ネットワークで武器システムをリンクしたのと同様に、海賊船にも、乗組員の超能力を統合して束ね武装と直結させる機能が組み込まれてあった。

 それは大勢の意識をまとめ、見かけ上、あたかも一個の生命体の闘争本能として働くように機能していた。

 海賊団のメンバーは、個々人でさえ、攻撃に特化した戦闘機械群を凌駕する強さが発揮されるのだ。それをシンクロし統合したそれは、並みの大型宇宙戦艦を歯牙にもかけぬ戦力を秘めていた。


 強電磁輻射線で全てのレーダー・センサーを封じられ、戦闘AIシステム群も混乱したギャラクシー77には、海賊船の位置さえ把握出来てはいない。ましてや、超能力を駆使して生身で戦いを挑んでくる海賊達をキャッチし、迎撃することは不可能に思えた。

 パイロットからの誘導が途切れ、充分に能力が発揮できないギャラクシー77のESPエンジンは、海賊達の闘争本能を感じて怯えていた。自我を奪われ、意識もなく、コマンドに従ってテレポートを行う機械に改造されたESPエンジンの生体脳だったが、それでも奪え切れないものが残っていた。


──生命としての生存本能だ


 生きることを続けるため、ESPエンジンは最後のあがきを始めようとしていた。


 方や五千メートルを超える巨大ESP生命体。

 方や百数十人の超能力を束ねた戦闘知性体。


 ここは、いかなる物質も直ちに素粒子へと砕かれるサルガッソ空間。

 過酷な戦場で、生き残るのはどちらか?


 それとも……





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