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シャーロット捕獲作戦(2)

 今、ギャラクシー77には、『シ号作戦』が発令されていた。本格的なシャーロット捕獲作戦である。

 ブリッジには、やっつけで増設された電子機器やケーブルが、所狭しと溢れかえっていた。ここは、作戦の臨時CIC(中央情報作戦室)と化していた。本格的な大規模戦闘を行うには、ギャラクシー77の自前の電子制御システムだけでは不充分だったのだ。


「戦術支援AI起動完了。シミュレーションパターン、インプット開始。戦術データリンク、オンライン」

「護衛艦とのデータ接続、レーザー通信回線から超空間ネットワークへ移行」

「航路、最終補正。重力偏差、1.25」

「偏差、1.25、了解」

<ブリッジ、機関室。主機関、補助機関、共に良好。非常用コンデンサー、蓄電率80%。超電導EM推進機、ウォームアップ完了>

「機関室、ブリッジ。了解した」

「ミストチャンバー開放。対デプリ防御壁、構築開始」

<了解。ミストチャンバー開放します>

<ブリッジ、パイロット。ジャンプ先ポイントのスキャン完了。異物体検知なし。『ジャンプ』可能です>

 大量の情報が飛び交う中に、総船室の茉莉香(まりか)からの報告も混じっていた。

<ブリッジ、機関室。ESPエンジン、ジャンプモードへ。出力安定。コンデンサー、蓄電完了>

<CIC、コロンブスー3。戦術超空間ネットワーク、リンク確立。タイマー同調。ディレイ、0.62>

「航法支援システム、ジャンプ実行プログラム、ステップ、E12からK82まで終了。直ちに、『ジャンプ』可能」

「星間マップ、アップデート。全天観測、準備完了」

<ブリッジ、パイロット。ESPエンジン、ジャンプモードに移行完了。最終シーケンスに入ります。ジャンプ先座標、固定。偏差、1.25。システム、オールグリーン。『ジャンプ』、実行準備完了>

「パイロット、ブリッジ。了解した。間もなくカウントダウンに入る。……船長」

 航海長が、茉莉香からの報告を聞いて、キャプテンシートの船長を振り返った。視界には軍帽を被って薄ら笑いを浮かべている、オルテガ参謀が入っていた。

 船長は、意を決したように立ち上がると、命を下した。

「全艦隊、『ジャンプ』実行、三百秒前。カウントダウン開始」

 航海長はそれを聞いて頷くと、参謀から目を外らすように、コンソールへ向き直した。

「全艦隊、『ジャンプ』に備え。カウントダウン開始。広報、船内放送を流せ」

「了解、船内放送を流します」



──乗組員の皆様にお知らせします。本船は、これより、活性化した星間プラズマを回避するため、『緊急ジャンプ』を実行します。不測の事態に備えて、シェルターで待機するようにお願いします。本船は、これより『緊急ジャンプ』を実行します。乗組員の皆様は、シェルターで待機するようにお願いします。



「『ジャンプ』実行、六十秒前。全システム、異常無し」

「艦隊連動航法システム、最終フェーズへ」

「『ジャンプ』実行、三十秒前」

<対デプリ防御壁、構築完了>

「総員、『ジャンプ』実行準備。……『ジャンプ』実行、十秒前、……五、四、三、二、一、『ジャンプ』!」



──『ジャンプ』完了しました。乗組員の皆様は、船の安全が確認されるまで、そのままシェルターで待機して頂くようお願いします。繰り返します。乗組員の皆様は、船の安全が確認されるまで、そのままシェルターにて待機して頂くようお願いします。



 船内放送終了と同時に、ギャラクシー77の電子システムが、物凄い勢いで活動を開始した。ブリッジのパネルが頻繁に明滅し、モニターに大量の情報が流れていった。と同時に、突発的な振動が艦隊を襲った。外宇宙を映し出していた前面の大型投影パネルが、一瞬でブラックアウトする。


 予期はしていたものの、突然の出来事にブリッジのメンバーに動揺が走った。

「来たか……」

 オルテガ参謀は、シートに座ったまま薄目を開いて、こう呟いた。しかし、他のクルーには、何が起こっているのか、すぐには理解できないでいた。

 もう一度、振動がブリッジを襲うと、照明が消えた。

「う、うわっ。何が起こったんだ」

 すぐに非常用の赤黒い照明に切り替わり、視界は確保された。しかし、クルー達は不安を隠しきれないでいた。

 だが、こんな時でも、船長は落ち着いていた。

「狼狽えるな! 各部、ダメージチェック。見張り員、全天観測。現在位置を割り出せ。星域マップとの照合急げ」

 すぐさま、船長が恫喝するように、怒鳴り声を発した。それを聞いたクルー達は、我に返ると自分達の成すべき事を行い始めた。


「船体最外殻、DからHラインの情報収集モジュールからのデータ途絶」

「随伴艦ロスト。戦術ネットワーク、一時オフライン」

<船外カメラ、露出オーバー。画像、入りません>

「予備カメラに切換え。ダメージ・コントロール。復旧を急げ。見張員は、全天観測を急げ」

「しかし、画像データが入らなければ、AIパターン認識が……」

「バカもの! 目視で確認しろ」

「も、目視って……」

「目で見るのだ。何のための訓練だ」

「わ、分かりました。各見張り員、こちらブリッジ。目視で全天観測。位置割出し急げ」

<了解。全天観測かい……えっ? 目視って、目視ですか……>

「目で見るんだよ。備え付けのスペクトロメータがあるだろう。訓練通りにすればいい」

<でも、目視なんて。こんな事、初めてで……>

「泣き言を言うな。船の一大事だ。外部観測用の窓があるだろう」

<りょ、了解。目視での全天観測、開始します>

 船内通信のやり取りを聞いて、船長は「ふぅ」と溜息を吐いたが、それも束の間、更に報告が入った。

「対デプリ防御壁、コロイド損耗率25%。効力が弱まっています」

「くぅ、こんな時に……。ミストチャンバー、全開放。コロイドの供給を維持」

「了解。ミストチャンバー全開放せよ」

<ミストチャンバー、全開放します>

「機関室、ブリッジ。動力、どうなっている! 船も電力も不安定だぞ」

<ブリッジ、機関室。主動力ダウン。出力が安定しない。今、非常用コンデンサーから電力を送る。復旧までしばらく待ってくれ>

「機関室、どれくらいかかる?」

<十分で直す>

「遅い! 五分で直せ」

<ご……って。了解。五分待て>

「航海長。パイロットは、茉莉香ちゃんはどうした。ESPエンジンはどうなってる」

「確認します。パイロット、ブリッジ。茉莉香くん。どうした? 聞こえるか? エンジンはどうなってる」

<…………>

 航海長が茉莉香を呼び出したが、返答は無かった。

「どうした! 茉莉香くん。無事か? 返事を……」

 航海長は、尚も問いかけたが、スピーカーからは、<ブツブツ>と小さな雑音が聞こえるだけだった。

「ま、茉莉香くん。茉莉香くん、……大丈夫か? 返事を……」

 航海長は、更にマイクに問いかけながらも、返ってこない返事に肩を落としかけた。

 そこに、雑音に混じって、スピーカーから音声が聞こえた。

<……ザ、ザザッ……ちら……ット、……ン、……し>

「茉莉香くんか! 大丈夫か。無事か? 茉莉香くん、茉莉香くん」

<……ッジ、パイロット。瞬間的な、強電磁場の流入で、ESPエンジンが本能的に防御態勢に入ったため、出力が不安定になっていました>

 操船室から、茉莉香の連絡が入った。回線が復旧したらしい。

「茉莉香くん、無事か! 無事なんだな。……良かった」

 その言葉に、航海長は「ホッ」と胸を撫で下ろした。

<ブリッジ、パイロット。ESPエンジン、損傷なし。強電磁パルスをESP波と勘違いして、ビックリしちゃったみたいです。さっきまで、ESPシャッターがかかってて、ESPエンジンと操船室が隔離されていたんですが、……〜ん、んっと。復帰しました。ESPエンジン、出力安定。三秒後に、電力を送電開始、……っと。もう大丈夫ですよ>

 茉莉香のこの言葉から程なく、ブリッジの照明が明滅して、明るくなった。

「電力、回復しました。動力回線、安定」

「戦術情報ネットワーク、回復。各システム、オンライン」

<CIC、コロンブスー1。どうなっている? 艦が安定しない。情報をくれ>

<こちら、コロンブスー3。超空間ネットワーク、回復。戦術データリンク、オンライン。……しかし、ノイズが大きい。電子システムが混乱している。外部情報がとれない。フォローを要請する>

 随伴艦との回線が復帰した。しかし、突然の事に、彼等も混乱しているようだった。

「護衛艦、二隻とも生きています」

「無事だったか……。良かった」

 護衛のフリゲート艦が健在と知って、船長も胸を撫で下ろした。しかし、それも一瞬。すぐさま正面を睨むと、

「戦術支援AI、再起動。情報モジュールの復帰を急げ。各部、現状報告」

 と、檄を放った。

「船外最外殻、損傷軽微。対デプリ防御壁、90%を維持」

「星間プラズマ、濃度高い。強電磁場が、システムに干渉しています」

 はからずもフェイクに流した船内放送と同じような環境になっている。そんなオペレータの報告に、船長は、

「位相反転。電磁場を中和しろ。急げ」

 と命じた。

「了解。中和フィールド、形成。システム、復旧まで百六十秒」

「遅い。こちらでやる。コンソールを回せ」

 航海長は、そう叱咤すると、眼前のパネルを素早く操作し始めた。

「回線、復旧まで五秒、……復帰」

 航海長がそう宣言すると、情報ディスプレイのノイズが消え、各所のデータを表示し始めた。各電子機器のパイロットランプの明滅も安定してきた。

「っ来た。船外情報モジュール、サブシステムに切換え。情報データリンク、復帰します」

 オペレータの一人が、システムの復旧を告げると、ブリッジのクルーは一斉に自身の役割を思い出した。

「予備カメラ、シャッターオープン。映像、回復します」

 情報オペレータが報告すると、前面の大型パネルが明滅し、船外の光景を映し出した。

「何だ、これは……」

 ブリッジの誰もが、息を呑んだ。

 そこには、眩く煌めいている稲妻が走っていた。太いプラズマ流が宙を走り、暗いはずの宇宙空間を眩く照らしていた。

「ここは、どこだ? ジャンプ先の、セクターK20,ポイント61ηでは無いのか」

 オルテガ参謀が、椅子から立ち上がりかけると、こう呟いた。

「くっ。見張り員、全天観測まだか。現在位置、特定急げ」

 参謀は、思わず自らそう命じていた。しかし、船長は逆に落ち着いていた。

「観測しないでも分かる。ここは、セクターK99,ポイント99ω。銀河の難所、『サルガッソ』だ」

 と、低いが力強い声がブリッジに響き渡った。

「サルガッソ? だって? ……まさか、そんな」

 参謀は、半腰でキャプテンシートを振り返ると、船長を見やった。

「やられた。シャーロットは、我々を、ここ『サルガッソ』にまでテレポートさせたのだ。……これが、奴等の『罠』だったのだ」

 そう口走る船長は、悲痛な顔をしていた。


 果たして、宇宙の難所『サルガッソ』とは。茉莉香達は、危機を乗り越えられるのか。




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