シャーロット捕獲作戦(1)
「ESPエンジン、遠距離スキャンモード。第十二番候補、セクターK13,ポイント31αに設定。スキャンを開始します」
薄暗い総船室の中に、茉莉香の声が響いた。
今、ギャラクシー77とその護衛艦隊は、強力なエスパーである宇宙海賊シャーロットの一味に追われていた。
長大な宇宙空間を超えて、何百光年をも移動する超光速航法──ジャンプの目的地候補には、いくつもの謎の質量体が検知されていた。百年以上続いてきた汎銀河大航海時代で、定期航路のジャンプ先候補ポイントに、正体不明の質量が多数感知される確率は皆無に等しい。明らかに人為的な作為が考えられた。
護衛艦隊の作戦参謀であるオルテガ中佐は、これを、宇宙海賊シャーロットの仕掛けた罠であると考えていた。そして、敢えてその罠に飛び込むことで、彼を捕獲しようと言うのだ。
もちろん、船長以下、ギャラクシー77のメインスタッフ達は、強硬なオルテガ参謀に反対していた。しかし今、ギャラクシー77は軍の指揮下に入っていた。そして、ESPエンジンとその搭載船を統括管理していた『エトウ財団』も、新たなESPエンジンの核心部品となるシャーロットの生体脳を欲していたのだ。
こうして、軍と財団の合意の上で、『シャーロット捕獲作戦』は発令されようとしていた。
「ブリッジ、パイロット。第十二番ジャンプ候補先に多数の質量を感知。ジャンプ先として不適当との結果が出ました」
茉莉香が、スキャン結果をブリッジに報告した。
これで、十二のジャンプ先候補地の中で、ジャンプ可能なのは、第五候補──セクターK20,ポイント61ηだけであった。
「続けて、次のジャンプ先候補のスキャンを行いますか?」
茉莉香は、ブリッジに判断を仰いだ。
<パイロット、ブリッジ。しばらく待て。こちらで検討をする>
と、ブリッジから返答があった。
「ふぅ」
茉莉香は溜息をつくと、シートにもたれかかった。
両手を頭の後ろで組むと、
「あ〜あ。これからどーなるのかなぁ。宇宙海賊の待っているところにジャンプしちゃったら、ガチな戦闘になっちゃうんだろうなぁ。また、誰かが死んじゃうのかなぁ……」
と、独り言を呟いていた。
彼女の頭の隅に、コーンの事が浮かんだ。元々移民としてギャラクシー77に乗船していたコーンは、偶然に潜在していた超能力を発現し、この前の宇宙海賊の襲撃の際に、茉莉香を守って戦ってくれたのだ。傷の癒えたあと、彼は保安部の特殊部隊の候補隊員として、訓練を受けている筈だった。
(コーンも戦いに参加するのかなぁ。怪我しないといいけどなぁ)
これから宇宙海賊との戦闘に入るかも知れない時だったが、彼女には、今ひとつ実感が湧かなかった。
軍のドックで修繕され、より強固な対ESP防護システムを備えた操船室は、前よりも安全である筈だった。いざという時には、軍の対E部隊が護衛に就いてくれることにもなっている。ジャンプさえ実行してしまえば、茉莉香の仕事は終る手筈である。後は、安全な、この総船室に引き籠っていればいい。
茉莉香は、この船でただ一人、ESPエンジンをコントロールできるパイロットだ。
どんな過酷な状況であっても、船は彼女を失う訳にはいかなかった。最大限の戦力で守ってもらえるだろうし、茉莉香もそう説明されていた。
一般乗組員である母のことが気がかりだったが、軍からは「非常事態宣言を出し、一般乗組員はシェルターに避難する事になっている」と、説明されていた。
移民はどうするのかという問題もあったが、軍も船のクルー達も、何も考えていなかった。移民など、彼等にとっては二の次であったのだ。海賊と戦闘になって、移民が何人死のうが、誰も気にすることではない。
移民とは、地球であぶれた余剰人員なのだ。航海の途中で、何らかの事故で何人かの移民が死んでしまおうが、人数が減る分には、返って好都合だった。
もしかしたら、移民の乗船手続きをしたブローカーが被害を被るかも知れなかったが、そんな時のために『保険』と云うものがかけてある。目的地へ予定の人数の移民が届かなかった時に、現地の代理人から慰謝料が請求されるかも知れなかったが、それは保険会社が払うのが通例だ。
ひょっとすると、今回のような特別な作戦が絡んでいる時には、軍から何かしらの保証がある可能性もある。
どっちみち、茉莉香や船のクルー達の心配するところでは無い。
こんなあからさまな移民差別の意識は、ESPエンジンが発明され、汎銀河移民計画が始まってから百年以上を経ても、人類の頭の中に当たり前のように刻み込まれていた。そして、その事に何の疑問を持ってもいなかったのだ。
これも、超能力者の生体脳を組み込むことで完成したESPエンジンと共に、人類に覆い被さっている負の遺産なのかも知れない。
銀河の各地で、財団や軍に対して反旗を翻した宇宙海賊達の台頭は、そんな人類史に待ち受けていたターニングポイントなのかも知れなかった。
しかし、そこまでの事を考える余裕は、軍にも、ギャラクシー77の乗員達にも無かった。当然、茉莉香にも、そんな事は思ってもみなかった。
茉莉香にとっては、宇宙海賊との戦いも、『出来ればシェルターに引き籠っている間に、軍が何とかしてくれれば良い』ぐらいの気持ちだったのだ。
彼女は、虎の子のパイロットであり、先頭に立って戦う下っ端の兵隊では無いのだ。
そんな茉莉香をよそに、オルテガ参謀は、その顔に笑みを浮かべていた。
「決まりだな。第五候補──セクターK20,ポイント61ηに『ジャンプ』を行おう。よろしいな」
参謀は、首をひねって後ろを向くと、キャプテンシートに座っている船長に声をかけた。
ここは、ギャラクシー77のブリッジ。参謀は、キャプテンシートの斜め左前に臨時に設えたシートに座っていた。
そんな参謀に、船長は無言で頷いた。
元より、船長の意思など関係なく『作戦』は開始される。これは単なる『アリバイ作り』でしかない。
参謀は、シートにセットされていたマイクを手に取ると、限られたメンバーに向けて、次のように宣言した。
「発令。本艦隊はこれより『シ号作戦』を開始する。全艦隊、対宇宙戦及び対E戦闘用意。戦闘員は総員配置に付け。ジャンプ先目標ポイントは、セクターK20,ポイント61η。ギャラクシー77は、船内に非常事態宣言を発令。一般乗組員は、特殊シェルターへ避難させよ。繰り返す。本艦隊はこれより『シ号作戦』を開始する」
オルテガ参謀の言葉に続いて、船長が命令を下した。
「総員、『ジャンプ』実行用意。目標ポイント、セクターK20,ポイント61η。一般乗員へは非常事態宣言を発令。速やかにシェルターへの避難を開始。保安部員は、混乱の無きように誘導を行え。航海長、パイロットに『ジャンプ』実行準備を要請。主機関、補助機関、共にリミッター解除。非常用予備コンデンサーに蓄電開始」
「了解。パイロット、ブリッジ。こちら航海長だ。『ジャンプ』先目標ポイント、セクターK20,ポイント61ηに設定。『ジャンプ』実行準備。フルスキャンを開始して欲しい」
航海長自らが、『ジャンプ』の要請を茉莉香に伝えた。
<ブリッジ、パイロット。了解しました。『ジャンプ』先目標ポイントに、セクターK20,ポイント61ηを設定。フルスキャンを開始します>
すぐさま、操船室から茉莉香の返事があった。
「船内に緊急放送を行う。一般乗員の避難を開始」
船務長から、広報担当者に指示が下った。
「了解。船内放送を開始します」
程なく、ギャラクシー77の船内に、次のような放送が響き渡った。
──緊急放送。先程、星間プラズマの異常活性化が確認されました。只今より、本船には非常事態宣言が発令されました。一般乗務員の皆さんは、速やかにシェルターへ避難して下さい。これは訓練ではありません。繰り返します。只今より、本船には非常事態宣言が発令されました。一般乗務員の皆さんは、速やかにシェルターへ避難して下さい。これは訓練ではありません。なお、避難にあたっては、保安部員の誘導に従って下さい。くれぐれも、混乱の無きよう、お願い致します。
突然の緊急放送に、一般乗務員達は驚いたものの、保安部員の誘導に従って従順に避難を開始した。
広大な宇宙空間では、何が起こるか分からない。不測の事態に備えての避難訓練は、定期的に行われてきた。船の外殻のすぐ外は、真空の宇宙空間である。万が一のミスが、船全体の喪失に繋がることは、乗組員の全てが、幼い頃から徹底して教育されている。避難は、さしたる混乱もなく、順調に進んでいるようだった。
「各区域、気密隔壁閉鎖。独立酸素回路開け。FCSオンライン。モビルガナー各機、待機現場にてウェイクアップ開始。いつでも発進できるよう準備。第三特殊中隊は、対E装備の上で配置につけ」
ギャラクシー77に乗り込んでいた士官から、戦闘配置の指令が行われた。
「機関室、ブリッジ。ESPエンジン出力上げ。リミッター解除。非常用コンデンサーに蓄電開始。補助機関、いつでも最大出力が発揮できるように待機」
<ブリッジ、機関室。了解。リミッター解除。ESPエンジン、出力無制限。非常用コンデンサーに蓄電を開始する>
「航法支援システム起動。随伴艦とリアルタイムでオンライン」
<モビルガナー、動力伝達。各機、順次ハンガーアウト。FCS、コンタクト。戦術データリンクプログラム起動。各システム、オンライン>
「船内各ブロック、ESPシャッター起動準備よろし。保安部員は気密服着用の上、対E装備で待機。見張り員、全天観測準備」
ギャラクシー77と護衛艦との間で、着々と作戦の準備が進んでいた。
果たして、ジャンプ先には、どのような罠が仕掛けられているのだろうか? そして、『シャーロット捕獲作戦』は成功するのか。
今、人類史が始まって以来の、大規模なESPと対E兵器との戦闘が開始されようとしていた。




