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大航海(3)

 周囲に何もない宇宙空間に、それは存在していた。

 モノとしては、直径四百メートルほどの岩塊であったが、そこここに見えるパイプや構造物、砲塔などにより、小惑星を改造した宇宙要塞と思われた。

 宇宙海賊シャーロットの武装海賊船である。


「船長、何にもありませんぜ。ジャンプの空間航跡(トレース)が間違ってたんじゃないっすか」

 レーダーを担当していると思われる男がそう言った。

「もっとよく探してみろ。何かあるはずだ」

 そう言われて、レーダー係は、ブツブツ言いながらコンソールを操作していた。

「船長、左舷前方に、何かありますぜ。でも、宇宙艇にしては変な形をしてますぜ。質量もおかしい。軽すぎっすよ」

 この何も無い空間に、海賊達は何かを発見したようだ。

「オースチン、船を近づけろ」

「了解、船長」

 オースチンと呼ばれた男は、モニタ画面を見つめながら精神を集中しているようだった。

 と、そのうちに、巨大な岩塊は滑るように移動を始めた。ロケットブースターも使わずに、緩やかに岩塊は移動していた。


──超能力である。オースチンは、サイコキネシスを使って、岩塊を移動させているのだ。


 宇宙海賊シャーロットの一味は、皆、何かしらの超能力を持っていた。通常空間での移動は、念動力を使っているらしい。しかし、直径四百メートル規模の岩塊を容易(たやす)く移動させるとは、驚異的な超能力者である。これを戦闘で使ったら、小型の戦闘宇宙艇など一瞬で押し潰されてしまうだろう。そのことだけでも、シャーロットの一味が一筋縄ではいかないことを示していた。


「何だこりゃぁ? 船長、ただの鉄板みたいですよ」

「それから、この、うじゃうじゃしてるのは……、ケーブルか何かですかね?」

「アンテナみたいな物もあるようですぜい」

 それぞれの担当から、シャーロットに報告があった。

 それを聞いていた副長のサナダは、

「ジャンプのトレースが、あながち間違っているとは言えなかったようですな。シャーロット、これは……」

 と言いかけた。それに対しシャーロットは、

「そうだな。船体の一部だろう。ジャンプに失敗したんだろう。アンテナや安定翼の一部なんかが、ここに転送されてしまったんだろうな。ふむ、……あの小娘の仕事か?」

 と、現状を分析していた。

「へへ。まるで素人みたいですぜ。ジャンプで船の一部を、別の所に置き忘れるなんてな。一人前のパイロットのすることじゃねえな」

 海賊の一人が、バカにするように言った。

「そうだな。ま、そういうことだ。我々は、取り残された方に来ちまったという訳か」

 副長は、冷静にそう言った。

「それでも誤差を考えると、そう遠くない所に、ギャラクシー77はテレポートしたと考えられますな」

 サナダは重ねてそう言った。


 超光速航法『ジャンプ』とは、その実、超能力によるテレポート──瞬間移動なのだ。恒星間航行用移民船──ギャラクシー77の搭載する『ESPエンジン』の中核には、取り出された強力な超能力者の脳髄が組み込まれている。薬物と電気刺激により自我を奪われた脳髄は、『パイロット』と呼ばれる制御者の入力するコマンドのままに、巨大な移民船を超能力で時空を超えて何十光年、何百光年をもテレポートさせるのだ。

 そしてギャラクシー77の『ESPエンジン』に使われている生体脳こそ、これも強力な超能力者である宇宙海賊シャーロットの先祖なのだ。

 彼は今、その先祖の脳神経を取り戻すべく、ギャラクシー77を追っていた。


(祖父さん、俺がきっと取り戻してやるからな)


 シャーロットは心の中で、決意を固めていた。



 『ESPエンジン』の発明は、人類に恒星間航行という多大な恩恵をもたらした。しかし、それは同時に、超能力者を非人道的に扱うという暗黒面を持っていた。

 それ故に、『ESPエンジン』の発明者の一人であるエトウは、スズキとともに『エトウ財団』を創設し、『ESPエンジン』の闇の部分を隠蔽したのだ。『ESPエンジン』の製作が『エトウ財団』にのみ可能なのは、生体脳の制御と超能力の発現に関するノウハウを、特許や論文としてすら開示していないからである。

 勿論、その事は地球の統合国家連合体のトップの知るところであるが、彼等が財団を糾弾できないのは、超光速宇宙船の存在が人類にとって必要不可欠だったからに他ならない。

 国内に外国からの経済難民や不法移民を受け入れ続けては、自国の負担となり経済の悪化を招いてしまう。その事は、先進各国は二十一世紀の初頭に既に経験済みであった。難民や移民を受け入れずに済む方法は、彼等を自国以外の『何処か』へ放り出すしかない。しかし、当時の地球には、そんな都合の良い場所は無かったのである。


 それを解決したのが、太陽系以外の他星系の地球型惑星の開拓と、そこへの半強制移民だったのだ。


 現在の地球は、見かけ上、繁栄を続けているように見えた。しかし、それはこのような陰謀と犠牲の上に成り立つものに過ぎなかった。その意味で、富める者がより富を得、貧しき民はいつまでも虐げられるという構図は、十九世紀以前のヨーロッパの国際関係と大して変わっていなかった。



「船長、鉄屑の解析が終わりましたぜ」

 海賊船のブリッジにいるシャーロットの元に、連絡が入った。

「結果を教えろ」

 シャーロットは憮然とした態度で返事をした。

「へい。照合の結果、サンプルは、後期型改アラスカ級宇宙フリーゲート艦の後尾安定翼の一部と判明しました。アンテナやケーブル類も、同艦の物っす」

「確かか?」

 シャーロットは重ねて訊いた。

「統合宇宙軍のデータベースとぴったり符合してます。まず間違いないっす」

 これを聞いたシャーロットは眉をひそめた。

「シャーロット。敵さん、用心棒を雇ったようだな」

 副長のサナダが代弁した。


──『ESPエンジン』を持たない宇宙船は、恒星間を航行できない


 この前提によって建造された超大型移民船は、基本的に外宇宙での戦闘が考慮されていない。外宇宙での襲撃者は前提により皆無であり、恒星系内に入ってしまえば現地の防衛宇宙軍が護ってくれるからだ。

 事実、シャーロットが現れるまで、宇宙海賊等による襲撃は、恒星系内やその外周宙域のみで発生していた。


「フリゲートが護衛に就いているとなれば、ギャラクシー77襲撃は考え直した方がいい。武装した上に小回りの効くフリゲートが相手じゃ、襲撃はかなり手こずる事だろう。シャーロット、俺達も、あんた同様『エトウ財団』のやったことは絶対に許せないと思ってる。実際、財団の犠牲になった者の縁者も少なからず乗船して行動を共にしているんだ。だが、この前みたいに負傷者──ましてや死者をも出しかねない方法は、強引過ぎやしないか」

 サナダは、諭すようにシャーロットに言った。

「分かってる! 分かってるさ。……しかし、俺の祖父さんの脳なんだぞ。それは、俺がこの手で取り返さないとならんのだ。これは、俺の一族の悲願なんだよ」

 シャーロットは、吐き出すように語った。

「船長。そんな事、俺達だって分かってるさ。いざとなったら、この生命だってかけてみせる」

「そうだ! 宇宙軍のフリゲートなんて、俺のサイコキネシスでペチャンコにしてやるぜ」

 ブリッジにいた海賊達は、口々にそう言った。

 しかし、副長のサナダは、

「冷静になれ。俺達の目的は『ESPエンジン』の奪還だ。しかし、犠牲が出ると分かっていて飛び込むのは危険だ、と言ってるんだ」

 と、冷徹な言葉を発した。

「分かってるさ。俺だって仲間は大切だ。血を分けた家族と同じだと思ってる」

 シャーロットの握りしめられている拳から、血の雫が(したた)っていた。命知らずの海賊。しかし、だからこそ、血の盟約で結ばれた仲間は大切であり、家族・兄弟以上の絆を持っているのだ。

 そんなシャーロットの肩を、後ろから叩いた者がいた。

「若き海賊よ。落ち着け。策はある筈だ。ここは、敵さんの情報を探るのが先決だと思わんか?」

 そう言ったのは、白いヒゲを蓄えた古老だった。

「エルクの爺さん……」

 シャーロットは振り向かずに、独り言のように呟いた。

 老人は、シャーロットの先代の船長であり、恩師であり、彼の後ろ盾でもあった。

「何なら、ワシが乗り込んでも良いぞ」

 その言葉に、海賊船長は驚きを隠せなかった。

「爺さんに、そんな事をさせられる訳ねえじゃないか」

 シャーロットは、この老人に肉親以上の恩があった。「この人に、自分の都合で生命を賭けさせる事は出来ない」 彼は、そう思っていた。

「シャーロット。お前の考えは、テレパシーなんぞ使わなくとも分かっておるぞ。引退したとはいえ、まだまだその辺のヒヨッコには負けんぞ。それに、このジジイの生命一つで済むなら、丁度いい買物とは思わんか? のう、シャーロット」

 老人は、シワと見分けの付かない細い目を更に細くして、そう言った。

「いや、それは認められん」

 シャーロットは硬い声で応えた。

「そうか? ワシも見くびられたもんだのう」

 老人の言葉に、シャーロットは、

「そんなんじゃねぇ。あんたには、返しても返しきれねぇ恩がある。今度の事は、俺の私怨なんだ」

 と言った。対して老人は、

「分かっておるよ。年寄りの戯言じゃ。ほっほっほ。シャーロット、肩の力を抜け。船長がそんなじゃ、若いもんがビビるじゃろう。なぁ、サナダ」

 と言って、ウインクをした。

 そう言われた副長は、頭を掻きながら立ち上がると、

「そうだな。シャーロット、機会はこれからもたくさんある。俺達は海賊だ。軍のルールで戦う必要はない。海賊は海賊らしく、自由にやっていこうじゃないか」

 と、若き船長に声をかけた。二人の言葉に、彼も苦笑いを浮かべると、

「そうさな。お前らの言う通りだ。俺達は自由な海賊だ。らしく(・・・)いこうじゃないか」

 と応えていた。

「おう、それでこそ、俺達の船長だ」

「軍なんてクソ喰らえ」

 ブリッジのあちこちから歓声が湧き上がった。それに対して不敵な笑いを浮かべた海賊船長は、

「総員配置に付け。三十分後にテレポートだ。気合入れて行くぞ」

 と、命令を下した。


 ギャラクシー77に、これまで以上の脅威が迫りつつあった。

 果たして勝利の女神は、どちらに微笑むのだろう……




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