海賊シャーロット(7)
茉莉香のピンチに駆けつけたのは、移民の少年──コーンだった。
コーンは、茉莉香を守るように、彼女の前に立って宇宙海賊と対峙していた。
「マリカ、イジメル。ぼく許さない。お前たち、出て行け」
コーンが唸るようにそう叫ぶと、海賊達は、
「出て行けと言われて、はいそうですかと出ていけるか。こっちには大事な用事があるんだよ!」
「お子様は怪我しないうちに、帰ってネンネしな」
と、コーンをバカにしたように言った。
「シオン、プラズマだ。燃えカスにしちまえ!」
ゲッツが叫んだ。
「オーケイ。さっきは油断してたが、今度はそうはいかねぇ。喰らいやがれ!」
シオンはそう言うと、数本ものプラズマビームをコーンに放った。それは様々な軌道を描いて、四方や頭上からもコーンを襲った。直ぐ側の茉莉香も危なかった。
「マリカ、ぼくが守る」
コーンが両手を広げると、薄いエネルギーの膜のようなものが周囲を覆った。
シオンの放ったプラズマは、その膜に遮断され、霧散してしまった。
「な、何でだ。プラズマが効かねぇ」
シオンが驚いていると、
「サイコバリアだ。しかも、特性のな。さっき程度のプラズマじゃ、貫通出来なぇな。かと言って、プラズマバスターじゃぁ、船ごとバラバラになっちまう。クククッ、こいつは厄介だぞ」
シャーロットはそう判断を下した。
「じゃぁ、どうするんですかい、船長?」
シオンがシャーロットに訊くと、
「なぁに、超能力は使い方しだいさ。二人共、よく見てろ」
と言うなり、彼の姿が消えた。テレポートしたのだ。
「ワッツ? ……消えタ」
コーンが戸惑っていると、シャーロットは彼のすぐ背後に表れた。コーンが気が付いて振り向くよりも、シャーロットの拳の方が早かった。<バキッ>と音がして、コーンは床に倒れた。
「コーン! あんた、コーンに何すんのよ」
茉莉香が怒って蹴飛ばそうとした時、シャーロットの姿が消えた。そして、今度は茉莉香の背後に現れると、彼女の腕をとって動きを封じた。
「ざっとこんなもんよ。ガキが偉そうに超能力なんか使うんじゃねぇ」
倒れていたコーンは、身体を起こすと、
「マリカ、イジメル。ぼく許さない」
そう言って、テレポートでシャーロットの背後に表れると、茉莉香を捕まえている手を解こうとした。しかし、シャーロットはそれよりも早く瞬間移動をしていた。
「ほうらほら、ボウズ。何してんだよ。こっちだ、こっち」
シャーロットは、コーンをバカにするように、あっちからこっちへとテレポートで移動していた。コーンはそれを追いかけるも、シャーロットの方が上手だった。
「はぁ、はぁ、……マリカ、離せ。マリカ、……イジメルな」
優れた超能力者であるコーンでも、無駄に何回もテレポートをした所為で、疲労が溜まっていった。一方のシャーロットは、効率的な移動を行うことで、疲労を最小限に抑えている。
「よう、あのボウズ、もうヘバッてやんの。今ならシオンのプラズマも当たるかもよ」
ゲッツが、ニヤニヤしながらそう言った。
「そうだな。シオン、一発、優しいのを撃ちこんでみろ」
シャーロットは、ふらりふらりとテレポートでコーンを翻弄しながら、そう命令した。
──シオン、次のテレポートで、お前の正面に移動する。ガキが移動してきたら、俺は離れる。そこを狙え。
シャーロットはコーンに分からないように、シオンにテレパシーを発した。
──分かったぜ、船長。
そして、シャーロットがシオンの眼前にテレポートすると、それを追ってコーンも瞬間移動してきた。
「この瞬間を待ってたぜっ」
シオンはそう叫ぶと、プラズマビームをコーンに放った。
「わ、わー」
テレポート直後で注意がシャーロットに向いていたコーンは、それをまともに受け止めてしまった。反射的にバリアを張ったものの、ビームの反動で壁に飛ばされる。
「う、うう」
壁からずり落ちたコーンが、呻き声を上げていた。
「コーン。大丈夫!」
囚われの茉莉香が、心配して叫んでいた。
コーンのバリアは、疲労で弱まっていた。その為、プラズマを完全には受け止めきれなかったのである。彼は胸を手で押さえていた。合成繊維の焦げた煙が、胸の周辺から立ち上っていた。
「分かったかい、ボウズ。超能力ってのは、こうやって使うんだよ」
シオンが偉そうにコーンを睨んでいた。
「あなた達の狙いはESPエンジンでしょ。コーンは関係ないの。ヒドイことしないで」
茉莉香は必死に懇願した。
「ヒドイ? ヒドイことだって? ヒドイことをしたのは……、オメェたちじゃねぇか。俺の先祖を捕まえて、頭から脳神経を引っ張り出した挙句、薬漬けで意識まで奪いやがって。これ以上にヒドイことがどこに有る!」
さっきまで冷徹だったシャーロットが、激昂している。そうだった。先にヒドイことをしたのは、我々だったのだ。
「そうだ、その通りだ」
いきなり、人の声が入口の方から聞こえてきた。そこに立っていたのは、拳銃を手にした船長だった。
「かつて人類は、取り返しがつかないことをしてしまった。我々は、その罪を引き継いで生きてきた。それは、紛れもない事実だ。しかし、今、お前達にESPエンジンを渡すことは、船長として許す訳にはいかん。そして、乗員に手を出すこともな」
船長は震える手で、銃口を海賊達に向けていた。
「ふーん、お前が船長か。偉そうなことほざいてんじゃねぇ。それから『ESPエンジン』て言うな。あれはエンジンじゃねぇ。俺の曾祖父さんだ。訂正しろ!」
シャーロットがそう怒鳴ると、船長の腕が捻じくれて骨の軋む音が<ビキビキ>と鳴った。
「ぐ、うわぁぁぁぁぁ」
船長の悲鳴が操船室内に響いた。シャーロットの念動力だ。
「船長さんよぉ。オメェは最後に取っておこうと思ったが、取り消しだ。今、ここで、殺してやる」
シャーロットはそう言って目をギラつかせると、船長は宙に浮き上がった。何もない空中で、彼の身体は背中側にエビ反りに曲がり始めた。脊椎が無理な姿勢を強制されて、<メキメキ>と嫌な音が鳴る。
「ふっ、ははははは。誰も俺には逆らえねぇ。非道な人類たちよ、俺を恐れて呼べ。宇宙海賊シャーロットとな」
シャーロットと二人の宇宙海賊は、茉莉香を人質にしたまま、ベッドで治療を受けている、老パイロットの所へ歩いて行った。
「やめて、何をする気? 先輩にヒドイことしないで」
茉莉香の声が悲痛に響いた。
「うるせぇ。さっきから言ってるだろ! 先にヒドイことをしたのは、オメェたちだ」
シャーロットはそう言って、茉莉香を睨むと、老パイロットの胸に手を当てた。
「何する気。やめて、やめてよぉ!」
茉莉香の懇願にも耳を貸さず、シャーロットはそのまま老パイロットの胸に衝撃波を打ち込んだ。
大きな衝撃音がした。
そして、断続的に音を発していた計測器が、<ピー>と泣き始めた。
「先輩!」
シャーロットはニヤリと笑うと、
「これで、この船のパイロットは死んだ。俺の曾祖父さんは開放されるんだ。来い、機関室に行くぞ」
そう言って、シャーロットがベッドを後にした時、<ゾクリ>と言う悍ましい感覚が彼の背中を撫でた。それは、強烈なESP波となって彼を襲った。
海賊達が思わず振り返った時、ベッドの上には光り輝く人影が立っているのを見て取ることが出来た。
──宇宙海賊じゃと。生意気な若造どもが。この船にこれ以上の危害を加える事は、わしが許さん。
老パイロットのテレパシー波が、全員の頭に鳴り響いていた。超能力を持っていないはずの船長の頭の中にさえ。
「バカな……。こいつ、死んだはずじゃ……」
シャーロットは、立ち上がっった老パイロットに恐れをなしていた。勘が教えている。彼等の全ての超能力が封じられている。その上、動くことさえ出来ない。強力な念動が海賊達の全身を締め付けていた。それ以上に、凄まじいテレパシー波が彼等の脳内でほとばしり、脳から運動神経への命令を遮っていた。
(このままでは死ぬ)
シャーロットの受けた恐怖は甚大だった。
──その娘を離せ。
テレパシーによる強制命令で、茉莉香はシャーロットから自由になった。
──失せよ。
今度は、老パイロットの凄まじい衝撃波が三人の海賊を襲った。壁に叩き付けられた海賊達が、それぞれに呻き声をあげる。
「バカな。パイロット程度の超能力者に、俺達が太刀打ち出来ないなんて……」
シャーロットは、有り得ない事態に、恐怖すら感じていた。
(尋常な超能力ではない)
──どうする? お前たちの先祖に助けを求めるか?
老人のテレパシーが告げた。
「そうか、その手があったか。船長、ESPエンジンにアクセスしてくれよ。コントロールを奪っちまうんだ。そしてエンジンの超能力で、海賊船までテレポートしちまおうぜ」
シオンがそう言った。しかし、シャーロットの顔は厳しかった。
「駄目だ、出来ねぇ」
「どうしたんだい、船長」
ゲッツも、怪訝な目をシャーロットに向けた。
「さっきから、ずっと曾祖父さんにアクセスをかけているんだが、どうにも同調できねぇ。……まさか、あの巨大な超能力。……曾祖父さんのものなのか?」
シャーロットの額から嫌な汗が頬を伝わり、顎から滴っていた。
「そ、そんな、まさか。あのジジイに、エンジンからのESP波が流入しているのかよ」
「考えたくはないが、どうもそうらしい。一人の人間の身体には納まりきらないほどの恐るべき超能力だ」
「船長。船長はESPエンジンの直系の子孫なんだろ。だったら、あんなジジイやガキよりも、船長の方が同調しやすいはずだ」
ゲッツが、言葉を挟んだ。
「それが……、出来ねぇんだよ! 奴らの結びつきの方が、大きいってのかよ。そりゃないぜ、祖父さん。……俺たちのご先祖様なんだろ。俺を助けてくれよ。昔の、人間だった頃を、思い出してくれよ。なぁ、曾祖父さんよぉ」
シャーロットの叫びは悲痛であった。
──ここは、お前達なんぞが来るところじゃない。早々に去れ。でなければ……。
「へっ、へへ。でなければ、どうすんだよ。え、老いぼれパイロット」
シャーロットがそう言った途端、強力なプラズマが三人が襲った。かなりの部分はシャーロットのサイコバリアが防いだはずだが、完全では無かった。
「う、うう。くそぉ……」
シャーロットから少し離れたところにいたゲッツが、呻き声を上げていた。
「ゲッツ、おいゲッツ。大丈夫か。船長、ゲッツが」
「分かっている、シオン。今、ゲッツを失う訳にはいかん。出直すぞ。ゲッツを連れて着いて来い」
シャーロットがそう言うと、一瞬のうちに操船室から宇宙海賊達が消え失せた。最後の力を振り絞って、テレポートしたのだろう。
しかし、ギャラクシー77側の受けた傷も深かった。
「先輩。……先輩、助かったんですね。良かったぁ」
──わしの力ではない。これは『彼』の力じゃ。
「え? 『彼』って、ESPエンジンの……。でも良かった、先輩が何ともなくって。でも、コーンや船長さんが、酷い怪我をしてるの」
──分かっておるよ。
老パイロットのテレパシーが、優しく伝わってきた。そして、彼の両脇の空間に意識を失った二人が突然表れた。アポーツ──物体引き寄せである。
まるで老人の手の平で支えられているように見える二人は、空中で胎児のように丸まったまま目を閉じている。
──心配するなや、お嬢ちゃん。二人共、無事じゃ。
パイロットが心配そうな茉莉香を見て、そう言った。
その途端、空中の二人から<シュウシュウ>と蒸気のようなものが吹き出したのだ。
──心配いらん。代謝機能を活性化させて、傷を癒やしておるのじゃ。ドクター、二人に栄養剤を。
「わ、分かった」
医師はそう答えると、点滴の準備を始めた。
──お嬢ちゃん。おいで、お嬢ちゃん。なぁに、心配はいらない。怖いことなんてないさ。おいで。そして同調するのじゃ。わしと『彼』に。
「同調? どうやって?」
──簡単さ。いつもの通りに……。
「いつもの通りに……」
茉莉香がそう応えた途端、頭の中に凄まじい量の情報が流れ込んできた。一つは老パイロットのもの。そしてもうひとつは……、
「ESPエンジン? ESPエンジンの思いが流れ込んでくる」
──そうじゃ。これが、わしが今してやれる精一杯じゃ。相棒、お嬢ちゃんを頼むよ……
そう言ったきり、老パイロットの思念波は途絶えた。




